特別企画

【特別企画】2014年のSUPER GTへ向け取り組み始めたタイヤメーカー(ブリヂストン編)

2013年シーズンを振り返り、2014年の展望について聞く

 SUPER GTは、自動車メーカーが作成するレース専用車で戦われるGT500に加え、市販レーシングカーの仕様であるFIA-GT3と、日本の自動車メーカーなどが作成するレース専用車JAF-GT300から構成されるGT300の2つのカテゴリーが混走する自動車レースで、日本を中心に転戦する自動車レースとしては、スーパーフォーミュラと並び最高峰とされるシリーズだ。

 そのSUPER GTは、お互いに速さを競う自動車メーカー同士の競争の場というだけでなく、タイヤメーカーに対しても競争の門戸を開いているという意味では世界的にも珍しいシリーズで、日本を代表するタイヤメーカーであるブリヂストン、ヨコハマタイヤ(横浜ゴム)、ダンロップ(住友ゴム工業)の3社に加えて、ブリヂストンと世界シェアトップの座を激しく奪い合っているフランスのミシュランを加えた4社がトップカテゴリーとなるGT500に参戦し、毎年激しい競争を繰り広げている。本記事では、そうしたGT500に参戦するタイヤメーカー4社に、2013年シーズンのSUPER GTの活動とタイヤ規定が変わる2014年シーズンに関してインタビューした内容をお届けする。

 第1回は「ブリヂストン編」とし、“ポテンザ”のスポーツブランドで、SUPER GTとスーパーフォーミュラにタイヤを供給している取り組みについて、ブリヂストン グローバルモータースポーツ推進部長 二見恭太氏、同 MSタイヤ開発部 設計第2ユニット 課長 細谷良弘氏のお2人にSUPER GT活動についてうかがってきた。

ブリヂストン グローバルモータースポーツ推進部長 二見恭太氏(左)、同 MSタイヤ開発部 設計第2ユニット 課長 細谷良弘氏(右)

2年連続でミシュランに取られたGT500王者の座を奪回

 企業とモータースポーツの関わりほど、難しいテーマはない。企業が株主に利益を還元するための組織である以上、広告宣伝という形でモータースポーツに関わるというのが、多くの企業にとっては自然な形だろう。ただ、タイヤという車の最も重要な部品を供給するタイヤメーカーにとっては、単にマーケティングという形で参加するだけでなく、競争が存在する中で他社と競い合いながら結果を出していくという要素も絡んでくる。勝てばよい宣伝になるのはもちろんだが、逆に負けるリスクもあるだけに、話は簡単ではない。

 SUPER GTは、トップカテゴリーであるGT500には4メーカーが、GT300には5メーカーが参加するという、世界的に見てもまれな激しいタイヤ戦争が行われているレースカテゴリーである。これが成り立つ背景には、日本だけでタイヤメーカーが複数社存在するという特殊事情もあるし、SUPER GTを統括するGTAが複数のタイヤメーカーが参加することを歓迎しているなどの事情があるのだが、それでも見る側からすれば、クルマだけでなく、タイヤの要素も競争に絡んで来るだけに、見ていて楽しいのは言うまでもない。

「勝負に強いこだわりがある」と語る二見氏

 そうした中でブリヂストンは、ライバルのミシュランと並んで常に勝ちにこだわっている印象を受ける。実際、二見氏は「もちろん勝負にはこだわっている。SUPER GTは世界でも珍しい激しいタイヤ競争があり、その中で勝った負けたということだけでなく、自分達の技術力がどの位置にあるのかを把握することもできる」と述べ、自分達の技術に自信を持っているからこそ勝ち負けに強いこだわりを持っているということを隠そうとはしていない。そんなブリヂストンにとって、F1時代も含めて、“宿命のライバル”と言ってよいミシュランに2011年、2012年と2シーズン連続でGT500のチャンピオンを持って行かれたことは、大きな衝撃だったようだ。

 従って、ブリヂストンの2013年の目標はシンプルにGT500のチャンピオン奪回だったと言ってよい。そうした中でブリヂストンが採った体制は、2012年と台数は同じだが、日産とホンダが1台ずつ減り、レクサス勢が1台増えるという、レクサス勢を重視したような体制だ。ブリヂストンの二見氏は「各チームが、マシン、ドライバー、タイヤのベスト・パッケージを考えている。その結果、こうした体制になった」とは言うものの、ホンダが3台、日産が1台に比べてレクサスは5台という体制からも、レクサス勢のブリヂストンのマッチングが、シリーズチャンピオン奪回の鍵になりそうだというのはシーズン前からささやかれていた。

8戦7勝で、シリーズランキングの上位3位までを独占と大成功を収めたGT500

 2013年のGT500は、38号車ZENT CERUMO SC430が見事シリーズチャンピオンを獲得し、17号車KEIHIN HSV-010がシリーズ2位、36号車PETRONAS TOM'S SC430がシリーズ3位と、シリーズの上位3台をブリヂストンユーザーが占める結果になった。レースの勝敗でも8戦7勝と、当初の目標だった全勝こそ逃したものの、堂々たる成果と言ってよいだろう。

●2013年GT500クラスの主な戦績

カーナンバーエントラント車両名ドライバーシリーズ順位
38LEXUS TEAM ZENT CERUMOZENT CERUMO SC430立川祐路/平手晃平1位
17KEIHIN REAL RACINGKEIHIN HSV-010塚越広大/金石年弘2位
36LEXUS TEAM PETRONAS TOM'SPETRONAS TOM'S SC430中嶋一貴/ジェームス・ロシター3位

●2013年GT300クラスの主な戦績

カーナンバーエントラント車両名ドライバーシリーズ順位
16TEAM 無限MUGEN CR-Z GT武藤英紀/中山友貴1位
55AUTOBACS RACING TEAM AGURIARTA CR-Z GT高木真一/小林崇志7位

 この結果について二見氏は「ホッとしている。ひとえにメーカー、チーム、そしてドライバーが頑張ってくれたおかげ」と、まずは一安心というのが正直な感想だという。また、この好成績は、2013年シーズンのテスト方針を大きく変えたことが影響しているとも語ってくれた。

 2012年までのブリヂストンは、タイヤメーカーに許されたタイヤメーカーテストの時間をGT500の大多数(15台中9台、2012年は10台)を占めるユーザーチームが公平にテストができるようにしていた。ところが「2013年はブリヂストンからメーカーに無理を言わせてもらって、レクサスさん、ホンダさん、日産さんの各メーカーから1人の開発ドライバーを決めてもらい、そのドライバーに集中してテストをしてもらった。そのテストで的確なコメントをもらい、それを次の開発につなげていった」(二見氏)と、タイヤ開発のプログラムを大きく変えることで、それをより的確な開発へとつなげていったのだ。多数のユーザーチームを抱えるブリヂストンであるだけに、ある意味で、一部チームだけを優遇する措置ともとられかねないため、選ばれなかったドライバーやチームからは不満がでてもおかしくないところだ。しかし、そうしたテストの結果としてタイヤそのものの性能が上がっていったため、不満はほとんんどなかったのだという。なお、「選ばれたドライバーは誰なのですか?」と聞いてみたが、それは「内緒」(二見氏)とのことだったが、誰もが納得できる人選だったそうだ。

タイヤ開発を担う細谷氏

 ブリヂストンとしては「2012年はウェットに課題があると言われてきたので、2013年はウェットタイヤに関してかなり開発を進め、ウェットパターンを変えるなどしてきた。ただ、2013年は雨のレースがほとんどなく、それを試せなかったのが残念だった」(細谷氏)とのこと。実際、ブリヂストンがウェットタイヤの開発に力を入れているというのは、他のタイヤメーカーも警戒しており、ブリヂストンとしては実戦で試したかったそうなのだが、2013年はほとんどのレースで天候に恵まれることになったため、試す機会がなかったのだ。こちらの答えは今シーズン以降への持ち越しとなる。

 また、2013年シーズンの終盤には、新しい課題として“ピックアップ”と呼ばれる現象に悩まされるチームが増えた。このピックアップというのは、レースの途中にコースに落ちているゴミをタイヤが拾ってしまうことで、ゴミを拾うことで急激にタイムが落ちてしまうことを指している。ユニークなのは、このピックアップ現象がでたのは、ブリヂストンとミシュランのユーザーで、ヨコハマタイヤとダンロップのユーザーには起きなかったことだ。ブリヂストンの細谷氏は「影響を受けるクルマ、ドライバーにもばらつきがあり、どのようなメカニズムで発生するのかはまだ分かっていない。ある条件が整うと起きやすいという程度までは分かってきたが、発生すると振動が発生しそのピックアップが取れるまではパフォーマンスに影響がでる」ということのようだ。実際、第7戦のオートポリス、最終戦のツインリンクもてぎではこのピックアップが原因と思われる謎の性能低下に見舞われていた車両が何台かあり、それが勝負の行方に大きな影響を与えていた。こちらも、2014年シーズン以降の課題ということになるだろう。

2勝を挙げ、シリーズチャンピオンを獲得という“望外”の結果を実現したGT300

 全力で王座を奪還しにいき、見事結果を出すことができたGT500に対して、GT300は“望外の結果”と言ってもよいだろう。GT300に関しては、ブリヂストンは2台のハイブリッドレーシングカー、ホンダ CR-Z GTにタイヤを供給し、55号車ARTA CR-Z GTが2勝してシリーズ7位、16号車MUGEN CR-Z GTがアジアン・ル・マン戦で1勝とコンスタントに表彰台を獲得したこでシリーズチャンピオンを獲得する結果になった。二見氏は「2013年のGT300に関しては、シーズン前には1回は優勝したいねと言っていたが、蓋を開けてみたらホンダさんの大変な努力と頑張りもあって、素晴らしい結果に結びつけていただいた」と、細谷氏も「第3戦セパン、第4戦菅生と勝ったときには、正直勝てるとは思っていなかったのでアレっと思ったぐらいだった」と語り、ブリヂストンにとってもここまでの好成績は予想外だったようだ。

 GT300に対してブリヂストンが手を抜いていたという訳ではない。しかし、2012年の中盤に初めてGT300に参戦し、それを1年目だとしても2013年で2年目。そうしたことを考えると、結果が出るのはもう少し先じゃないかとブリヂストン自身も考えていたということだろう。細谷氏は「もちろんタイヤの技術力に関しては自信があり、1度ぐらいは勝ちたいと思っていた。それ以上の結果が出たのはユーザーチームが頑張ってくれたということ」と、何よりもチームの頑張りが大きかったことを強調する。

 実際、GT300のチャンピオンを獲得した16号車MUGEN CR-Z GTは、ポイントは獲得できているとはいえ、特別戦に位置づけられるアジアン・ル・マン戦で優勝したものの、通常のシリーズ戦では勝ちがないのにチャンピオン獲得となった。チャンピオンを獲得できたのは、どのレースでもコンスタントにポイントを稼いできたからだろう。もちろん、2013年のGT300の車両規定が、JAF-GT300のハイブリッド車に有利であったことは否定できないが、それでもほかのハイブリッド車が必ずしもコンスタントに上位に来ていないことを見ても、無限チームの総合力でタイトルを獲得した結果と言えるだろう。

 ブリヂストンにとって印象に残るレースは、55号車ARTA CR-Z GTが2戦連続で優勝した第4戦菅生のレースだという。というのも、このレースでは8号車ARTA HSV-10がGT500で優勝しており、「弊社の重要なビジネスパートナーであるオートバックスさんのチームが両クラスを制覇したのは非常に印象的だった。そこにブリヂストンとしても貢献することができたのが嬉しかった」(二見氏)と、ARTAが両クラス制覇したことがとても印象的だったそうだ。

2014年の目標は、GT500は全勝優勝、GT300は王座防衛

 ブリヂストンにとって、2クラスとも制覇することができたという意味で、2013年は近年にない最良の1年だったと言ってよいだろう。しかし、競争相手も黙ってはいないし、2014年は王者として追われる立場になったのだから、いかにしてこのタイトルを防衛するのか、ブリヂストンにとってはそこが重要になってくる。

 特にGT500クラスは、車両も、エンジンも、そしてタイヤサイズまで、ほとんどすべてが一新されることになる。規則が変わるときには前年まであまり目立たなかったチームがいきなりチャンピオンになるような“革命”が起きてもおかしくないわけで、現在“王者”の側にいるブリヂストンとしてもうかうかしていられない。特にタイヤに関してはフロントタイヤのサイズ変更が発生するので、タイヤメーカーとしては対処する必要がある。

 2014年のGT500向けタイヤ開発の状況だが、「ようやく走り出したという状況ですが、現時点(2013年11月のJAF GP時点)で、車両の方が完全にできあがっている状況ではなく、ロングランができないので、これからそれを確認していく段階に入る」(細谷氏)と、2014年の状況は見えておらず、初期テスト段階であるとのことだ。細谷氏によれば、ブリヂストンにとっての課題は、他メーカーと同じようにフロントタイヤが小さくなるとともに、リアタイヤのインチサイズがサイズアップされることだという。「現在(2013年シーズン)は外径は同じでインチサイズを17インチとしているが、2014年は18インチとレギュレーションで決められており、その作り込みが必要になる」(細谷氏)とのとおりで、課題は山積み。まずはそれらを1つ1つ解決していって、今シーズンに備える必要があるという。

 なお、ブリヂストンはもう1つのトップカテゴリーであるスーパーフォーミュラに対してワンメイクで供給しているが、既報のとおりスーパーフォーミュラも2014年に新型車両が導入されることになるので、細谷氏をはじめとしたブリヂストンの開発陣は今大忙しだという。ただ、こちらも新型車両ではロングランができていない状況なので、やはり開発の初期段階とのことだ。

 気になる2014年の体制だが、「GT500の方はメーカーさんの意向もあるので決まるまでには時間がかかる。2013年に戦ってきたユーザーさんにはぜひ2014年も選んでいただきたいと思っている」(二見氏)と、2013年11月時点では白紙ということだった。ただ、すでに2014年型のタイヤテストでは、2013年シーズンにブリヂストンを利用していたチームのドライバーがブリヂストンタイヤを装着して走っている現状もあるので、基本的に装着チームが大きく変わるということはなさそうだ。

 2013年に初めてチャンピオンを獲得したGT300に関しては「ホンダさんの2台は2014年も継続していただけると信じています。もし、我々のタイヤを使いたいとおっしゃっていただけるユーザーが新たに現れた場合には検討してみますが、積極的に私どもの方からアプローチするという話ではない」(二見氏)と、タイヤ供給に関する話があるのは嬉しいが、かといってブリヂストンから積極的に話をしに行く段階ではないとしている。

 2014年の展開について細谷氏は、「ゼロからのスタートになる。サイズ的にはFIA-GT3と同じサイズになるため、ダンロップさんや横浜ゴムさんの方が経験がある。逆にブリヂストンが頑張っていかないといけない展開だと思う」と述べ、2013年の延長線上でブリヂストンの優位が続くような展開ではないと厳しい見方をしている。その上で、マーケティングサイドの二見氏は「GT500は全戦優勝、そしてGT300に関しては王者として2連覇」という高い目標を細谷氏をはじめとする技術陣に課すつもりだという。だが、目標を高く掲げなければ、結果は絶対についてこない。勝負にこだわるブリヂストンが、よい意味でどれだけ大人げない技術開発をしてくれるのか、実に楽しみなシーズンになりそうだ。

笠原一輝

Photo:安田 剛