岡本幸一郎がスパーダとモデューロXを乗り比べる
今回のテーマは、ホンダの人気ミニバン「ステップワゴン スパーダ」(以下「スパーダ」)と、そのスパーダをベースにホンダアクセスがコンプリートカーとして仕上げた「ステップワゴン モデューロX」(以下「モデューロX」)の快適性能の比較だ。といっても、ちょっと普段と毛色が違うレビューであることは後述しよう。
岡本はすでにどちらにも試乗済み。スパーダはスポーティなルックスと箱型ミニバンならではの広い室内空間に、縦にも横にも開くリアゲートなど使い勝手にも優れ、それでいて走らせれば、背の高いミニバンらしからぬそつのない走りを見せてくれて、このクルマだけ見ていればこれで充分に魅力的なクルマだと思える。
しかしそれを知った上でモデューロXに乗ると、スパーダに輪をかけて走りがよくて、さすがはホンダアクセスだと感心させられたことは過去記事でもお伝えしたとおり。クルマ好きにとって、思わず笑みがこぼれてしまうほどの仕上がりだ。
モデューロXの走りのよさはすでに経験済み
ここで難しいのは、走りのよさと快適性の高さは、一般的には相反する関係にあることだ。すなわち走行性能を追求したクルマ好きにとって魅力的なクルマは、一般的なドライバーやパッセンジャーにとっては魅力的ではなく、ファミリーカーには適していない可能性が高くなる。
ところがモデューロXは、運転する楽しさを有しながらも、乗り心地においても、おそらく多くの人にとって快適と感じられるであろうことが期待できる。
まさにそれこそが今回のテーマ。走りの違いはわかったので、今度はスパーダとモデューロXの“快適性”を比較しようと言うのである。
しかしこのテーマ、モータージャーナリスト泣かせなテーマでもある。速さや騒音などは、定量的な評価ができるが、快適性というのはあくまで感性の部分。感じ方は人それぞれだ。
そこで今回は、クルマの動きを明らかにする高速度カメラや、脳波から感情を読み取る「感性アナライザ」といった装置を使うことで、感性の部分である快適性を“見える化”しようという、かつてない試みにチャレンジする運びとなった次第である。
なお、被験者として、スパーダとモデューロXがどのように違うのかを知らない2名の女性モデルにも参加してもらった。
テストしたのは以下の5つの項目だ。
織永さわさんには一般女性代表としてハンドルも握ってもらった
はるまさんには後席でパッセンジャーとして体感してもらう
快適性を比較する上で、まず注目したのが段差を越えたときのタイヤの動きや車内の揺れ、そして音だ。スポーティなハンドリングを得るためには、とかくバネレートは高くなりがち。バネレートが上がればキビキビとした走りやロールの少ないコーナリングが期待できるが、乗り心地だけで見ればネガティブな方向だ。
モデューロXも同様でバネレートをアップしているので、その点だけを見れば乗り心地では不利に働くはず。ただし、単にスプリングをハイレートのものに換えているだけでなく、コンプリートカーとしてダンパーも併せてマッチングを最適化しており、どのような結果になるのか興味深いところだ。
ギャップ通過時の動きを見える化するために用意したのがハイスピードカメラ。ギャップ通過時のタイヤの動きなどをスロー再生することで、その違いを見て取ろうというわけだ。
ハイスピードカメラを使って、ギャップ通過時の動きを検証する
まず見てもらいたいのが、ギャップを乗り越える瞬間のタイヤを撮影した動画。加えて、車内にGセンサーを置いて、縦方向のGの変化を測定している。
特に差が明確になったのがGセンサーの変化だ。ピークを過ぎたあとの振動の収束の仕方が、モデューロXのほうが早いように見える。これはタイヤの動きを見ていても、スパーダのほうが段差を越えた後に若干振動が残る様子がうかがえる。
次に、車内での乗り心地をイメージするため、車内にプリンとくるタムを置いてみて、その様子を撮影したのが以下の動画。
20km/hでは大きな差は見られないが30km/h、40km/hと速度が上がるにつれて差が大きくなってきて、スパーダの方がプリン、くるタムともに縦方向に大きく動くのが見て取れる。
これはおそらくバネレートだけでなく、ダンパーの性能も向上し、最適化しているためだと思われる。振動の収束が早いのはまさにダンパーがきちんと仕事をしている証拠。プリンやくるタムの動きがモデューロXのほうが小さいのは、ダンパーの初期の動きがスムーズなのかもしれない。実際に乗っていてもモデューロXはバネレートを上げているのに角が少ないように感じていたが、それがまさに“見える化”できていて納得の結果となった。
最後に先代モデルのステップワゴンも含めた比較動画をご覧いただきたい。特に注目したいのは音だ。
聞いてもらえばすぐに分かると思うが、先代モデルと現行モデルのスパーダとの差がとても大きい。モデューロXもいっそう落ち着いた音になっているが、その差はわずかで、新旧の差が非常に大きいことがわかる。つまりノーマルのスパーダであっても、高い静粛性を確保できているということだ。
ダンパーとスプリングの最適化のおかげで、大きなギャップを乗り越えたときにも角が少なく、収束性も高いのが分かったモデューロX。では、実際の一般道を運転したときに、ドライバー、そしてパッセンジャーにとってどのような心的影響を与えるのかを見える化してみたい。
ここで登場するのが、慶應義塾大学の満倉靖恵博士が開発した「感性アナライザ」という測定器だ。脳波を測定するセンサーを頭に付けることで、その人の心の動きを数値化することができると言う。
感性アナライザは、脳波計から取得した脳波をもとに「興味、好き、ストレス、集中、沈静」という5つの要素(感性)を算出・記録して分析が可能。リアルタイムで端末に表示される値は参考値のため、詳しくはデータを持ち帰り研究室で分析してもらう必要がある。このグラフは、岡本氏が一般道をModulo Xで走行した際の生データをグラフ化したもの。データ量は膨大であり、また、ノイズを除去して分析する研究室の特許ノウハウが感性アナライザの核心となる
ここでは、岡本のほかに、女性モデルのさわさんにも運転してもらい、一般的なドライバーの感覚を測定した。その他、もう一人の女性モデルはるまさんやその他のスタッフにも後席に乗ってもらい、パッセンジャーとしての感覚を計測した。
脳波を測定するヘッドセット型のセンサーをつけることで、心の動きを数値化できる「感性アナライザ(©電通サイエンスジャム)」
ルートは郊外の一般道。岡本もさわさんも初めて走る道で、カーナビの指示に従って走行した。走行速度は30~50km/h程度だ。
モデューロXについては、当日ドライブした印象としては、ところどころ路面の荒れた郊外の道路を含むコースだったが、スパーダと比べると横揺れが小さく、舗装の継ぎ目などの段差を乗り越えたあとの振動も収束の早さを感じた。
感性アナライザを装着しての走行測定ルート図。A 荒れた路面、B マンホール+急カーブ、C 交差点からせまい道への進入など、様々な要素が含まれている。実験前に練習走行は行なわず、乗る順番による差をなくすために「実験1回目 車種A → 車種B」「実験2回目 車種B → 車種A」とそれぞれ1回ずつ測定した
女性ドライバーのさわさんも、ハンドルを握った印象として、モデューロXのほうが乗り心地をよく感じたと言っていたし、後席にのったはるまさんは、カーブなどでモデューロXのほうが遠心力が小さいように感じて、快適だったと言う。
※一般道でのロケ撮影、ならびに車外カメラの取り付けは、許可を得て実施しています。(木更津警察署 第10439号)
交通量の少ない郊外のルートを走行。かなり路面の荒れた場所もあるルートだ
さわさんにはハンドルも握ってもらい、一般女性が運転した場合の感性を調べる
はるまさんをはじめ、そのほかのスタッフにも同乗してもらって、パッセンジャーの感性も測定
できるだけノイズ要素が入らないよう、測定走行は無言で行う。(※地点A,B,C 各10秒、計12パターンの参考映像)
後日、満倉博士のもとを訪れて結果を見せてもらったのが、下のグラフ。岡本、そしてさわさんやはるまさんが感じたことが、感性アナライザでも明確に表れていた。
慶應義塾大学 理工学部准教授 満倉 靖恵博士のもとを訪れ、感性アナライザのデータ分析結果を伺った
ドライバー2名の感性アナライザ測定結果。順番誤差を少なくするため、1回ずつ計測した値を平均している
ドライバー2名のコース全体の平均値を見ると、「わくわく」以外の項目すべてでモデューロXが上回った。快適性については岡本、さわさんともにモデューロXが上回っている。といっても博士いわく60を超えるというのは比較的高い数値とのことなので、スパーダにおいても充分高い快適性が確保されていることが分かる。
また、楽しさが大きく上回っているのも合点がいく。岡本自身もそう感じたが、さわさんもしきりに楽しいと言う言葉をつぶやいていて、感性アナライザの結果と通じる。
わくわくについてはスパーダが上回っているが、わくわくという評価軸は、瞬間瞬間の感情の振れ幅を見ていて、その方向性は個人差が大きいという。そう考えると、たとえばジェットコースターでワクワクするように、安定感のあるモデューロXより、スパーダのほうが上回ったと見ると納得がいく。
次のグラフはパッセンジャーの測定結果。おもしろいことにパッセンジャーにおいても楽しさの部分でモデューロXが大きく上回っている。今回のテーマである快適性については若干ではあるがスパーダが上回った。これから走行する路面の状況や曲がる方向が分かっているドライバーと比べて、心の準備ができないパッセンジャーにおいては、スパーダのほうが快適に感じられたのかもしれない。とはいえどちらも70を超える数値で、高い快適性を確保できていることがわかる。
こちらはパッセンジャーの感性アナライザの結果
せまい道で対向車が現われると、(画面左下)ドライバーは早い段階からストレスを感じ、(画面右下)3列目乗員は少し遅れてストレスを感じるといったデータも測定できた。一般道での測定ではこのような外的要因での感性変化が避けられないため、本稿ではある程度シーンを区切った結果をお伝えしたい
【岡本さん運転 5名の測定結果(左:スパーダ / 右:モデューロX)】
地点A(荒れた路面)
地点B(マンホール+急カーブ)
地点C(せまい道への進入)
【さわさん運転 5名の測定結果(左:スパーダ / 右:モデューロX)】
地点A(荒れた路面)
地点B(マンホール+急カーブ)
地点C(せまい道への進入)
測定結果を見ると、パッセンジャーの快適性においてはスパーダが若干上回るものの、いずれもとても高い快適性が確保できていることが分かる。また楽しさ、心地よさ、安心感においては、ドライバー、パッセンジャーともにモデューロXが上回っており、モデューロXとスパーダのキャラクターの違いが明確になったように思える。
今回のテーマは快適性ではあるのだが、最後にサーキットを走ってみた。
1周2kmあまりのサーキット、といっても限界速度での走行というわけではなく、ワインディングをちょっとハイペースで走るぐらいの感じを想定して上限80km/hで走行。すると、モデューロXのほうがコーナリング時のロールが小さく、同じタイヤを履きながらもグリップ感が高く感じられて、より走りやすく意のままに操れる感覚が高かった。
今回初めてサーキットを走行したというさわさんだが、同様に、「モデューロXのほうが走りやすい。運転していて楽しい」とのこと。実際、彼女は初めてとは思えないほどの威勢のいい踏みっぷりだったのだが…(笑)、モデューロXではさらにその勢いが増していた。といっても無茶な運転ということはなく、あとで話を聞いてみると、とあるRの小さいコーナーでモデューロXのほうが高い車速で通過できることもしっかり感じ取っていた。
モデューロXは、より操作したとおりに走ってくれる印象で、ロードインフォメーションも的確に伝わってくるので、さわさんのように初めてサーキットを走る人であっても、自然と速いペースで走ることができたのだろう。
クルマの運転に専念できるサーキットだと、よりモデューロXが狙ったラインをトレースできて走りやすいのを感じる
初めてサーキットを走ったというさわさんだが、モデューロXになったらペースがアップ
ホームストレートを使ってスラロームもテスト
サーキットではホームストレート上にパイロンを置いてスラローム走行も行った。スラロームでは、60km/hで走行。厳正を期すため、クルーズコントロールをセットして、同じようにステアリングを切ることを心がけて走行したのだが、モデューロXのほうが初期の応答遅れが小さく、ロールも小さく、走りやすかった。そのため、知らず知らずのうちに脱出速度にも差がついてしまったことが、こうして動画で見比べると顕著に見て取れる。
今回、丸1日かけてスパーダとモデューロXを乗り比べ、さまざまな計測を行ったわけだが、普段主観で評価している印象と、今回客観的な評価をした結果を見比べると、なるほど合点のいく結果だったと思う。
スパーダはそれ自体非常に高いレベルで仕上がっていると思うが、モデューロXはさらに走る楽しさを味わえる仕上がりになっているし、その割に快適性も悪くない。そのことは結果にもしっかりと表れていた。
そして、一般的なドライバーやパッセンジャーにとっても同じような結果が表れたのは、今回の実験で明確になった発見だった。個人的には特にサーキットをとても楽しそうに走るさわさんの姿が印象的で、一般的なドライバーであっても運転の楽しさを感じさせられるモデューロXは、まさに開発陣が目指した、コンプリートカーとしての高い完成度を実現できた証しだと思う。
(Reported by 岡本幸一郎)