自動車技術会、ヒヤリハットデータベースの現状紹介 世界でも類を見ない3万3000件のデータを活用 |
自動車技術会は3月31日、交通事故ゼロを目指す新たな取り組みとして、「タクシーのドライブレコーダーが記録した『あわやの瞬間』ヒヤッと、ハッとした危険事例を『ひと・くるま・まち』の安全研究に活用する取り組み」と題した報道発表を行った。
■2006~2008年で3万3000件のヒヤリハットデータを収集
発表に出席したのは、自動車技術会共同研究センター「ヒヤリハットデータベース活用委員会」の3名。自動車技術会の茂呂克巳氏と、東京農工大学永井正夫教授、東京大学鎌田実教授だ。発表では、代表して永井教授がプレゼンテーション資料を用いての解説を行った。今回の活動は、交通事故死者数は減ってはいるものの、依然として死傷者数と物損事故が高水準となっていることから、ヒヤリハットデータの充実により交通事故低減に貢献するべく2006年から開始したと言う。2008年度の交通事故死者数は、第8次交通安全基本計画の2010年の目標値5500人よりも少ない5155名となったが、死傷者数は約100万人、物損事故も約700万件となっている。
自動車技術会の茂呂克巳氏 | 東京大学の鎌田実教授 | 東京都千代田区にある自動車技術会の会議室にて発表は行われた |
自動車技術会では、2005年から東京と静岡のタクシー会社の協力を得て、タクシーにドライブレコーダーを搭載。2005年末に都内のタクシー35台に旧型ドライブレコーダーを搭載するところからスタートし、2006年末にドライブレコーダーを新型にスイッチすると同時に、都内は105台まで搭載車数を一気に増やした。そして2008年には静岡市内の20台にも新型を搭載し、今年度末までに3万3000件に及ぶヒヤリハット事例を集積するに至った。事例データの内訳は、旧型の35台で収集した件数が3700件。都内の新型が2006年末から2009年3月(2008年度末)までに2万6100件。静岡市内で開始から今年度末までに3200件となっている。
ヒヤリハット事例とは、急ハンドルや急ブレーキを行うような事態に陥り、事故の危険性が高かった状況のこと。急ハンドルや急ブレーキをトリガーとしてドライブレコーダーを作動させる仕組みで、そうした交通事故や未遂の事例を収集したものとなっている。タクシーのみ(しかも東京、静岡ともに1社のみ)というデータサンプリング対象としては偏っている部分があるのだが、それでも3万3000件というデータベースは世界にも類がないと言う。
従来のデータは、事故発生後のデータの集積のみだったそうだが、今回はヒヤリハット事例の直前・直後のものも。これらの事例を用いることで、交通事故分析・研究、予防安全装置の開発・検証、道路環境の改善、安全教育などの幅広い分野への活用を可能としている。ちなみに、Uターンなどの故意の操作の場合や機器異常、タクシー特有の乗客を乗せるための急ブレーキなどは、事例から排除されている形だ。
ヒヤリハット事例で記録されるデータは、発生前10秒および発生後5秒の計15秒間の前方映像、前後左右上下3軸の加減速G、GPS情報、車速パルス、ブレーキ信号、ウインカー信号など。それらをセンサーコントロールが取りまとめ、メモリーカードに書き込む形だ。後にメモリーカードを回収し、現在は手作業で1件につき10分ほどかけてデータベースに登録している。手作業で行っている理由は、事故を含むヒヤリハットデータか、そうでないゴミデータ(前述した排除事例)かを分類する際、プログラムだと対応できない場合も多々あるからだそうだ。ただし、ある程度は自動化できる部分も判明してきたので、今後はそうしたデータ登録作業の効率化なども図られていくとする。
データベース画面は、Windows用ソフトで、動画が左に最も大きなスペースを取っていて、その右に車両速度や加減速G、ブレーキのタイミングなどが分かるグラフ、その下に地図の位置情報がある。そのほか、発生日時、経度・緯度・住所の位置情報、車両情報、状況コメント、データ分類といった文字・数値情報も見られるようになっている。ただし、都内の江東区を拠点とするタクシー会社のため、位置情報としては東京・墨田区のJR総武線・錦糸町駅周辺がもっとも多いなど、一般的な事例としては紹介しにくいため、データベースの一般公開予定は現状ないとした。
ヒヤリハット事例入力件数の実績(配布資料から抜粋) | ドライブレコーダーで記録されるデータやタイミングなど装置の概要(配布資料から抜粋) | Windows上で動作するデータベース画面(配布資料から抜粋) |
■ヒヤリハットデータの分析結果
3万3000件のヒヤリハットデータを用いた各種の分析結果も公表された。まず事故類型別比較としては、警察庁交通局の2008年度の交通事故統計(76万6147件)と、ヒヤリハットデータの高・中レベル(8516件)のものを円グラフで比較。比率は異なるが、実際の交通事故統計中人対車両で1位の「横断歩道横断中」、車両相互で1位の「追突」はヒヤリハットでも大きな割合を占めているのが分かる。ヒヤリハットは実事故の状況分類と類似しており、しかもそこに至った直前の様子も分かることから、事故防止に役立てることが可能というわけだ。
ヒヤリハット中・高レベルでのタイプ別の内訳を見ると、「四輪車対歩行者」では、直進中の横断者、右左折中横断者、交差点以外の飛び出しがベスト3で、どれも300件前後と群を抜く。「四輪車対四輪車」では、追突が2000件を超え、2位の割り込み(1100件弱)の倍近い形だ。
全ヒヤリハットデータの各曜日における3時間ごとの発生状況では、日曜日がもっとも少なくて1000件強、その後曜日を重ねごとに増え、最大が金曜日の1700件以上。時間帯別で見ると、曜日によって特徴があるようだ。データの多い金曜日の場合、週末ということもあってか稼動するタクシーも増える。21時~0時が282件と全曜日の全時間帯でトップ。それに次いで多いのが、その1つ前の時間帯、金曜日の18時~21時で276件だ。第3位は、第1位の後の時間帯である土曜日の0時~3時の274件。第4位は意外で、月曜日の15時~18時の271件。週の始まりで集中力が落ちやすいといったことがあるのだろうか。第5位は、水曜日の21時~0時の256件。こちらは、週半ばで疲れがピーク、というところだろうか。
事故類型別比較(配布F資料から抜粋) | 四輪車対歩行者、四輪車対四輪車のヒヤリハットタイプの内訳(配布資料から抜粋) | 全ひやりデータの曜日・3時間ごとの発生状況(配布資料から抜粋) |
そのほか、ヒヤリハット事例や事故事例として、ドライブレコーダーで収集された動画も公開された。現在、公式サイト上で「飛び出し注意、間一髪」編として、「バスの陰から歩行者横断ヒヤリ」、「自転車飛び出し」、「車両左から飛び出し」の3本の実際に記録された動画が公開されている。これらの画像は、自動車技術会のトップページのメニュー「自動車技術会案内」から「プレスリリース」を選び、2009年3月31日付けの「交通事故ゼロを目指して新たな取り組みへ-ヒヤリハットデータベースの紹介-」というPDFをダウンロードしていただけば、視聴可能だ(PDF内のサムネール画像から、動画へのリンクが張ってある)。
バスの陰から歩行者横断ヒヤリ(配信動画の1シーン) | 自転車飛び出し(配信動画の1シーン) | 車両左から飛び出し(配信動画の1シーン) |
発表会で公開された動画としては、高速道路での料金所通過の際、ETCレーンをあまり減速せずに抜けてきた大型車両が幅寄せをしてきてあわや接触というシーンや、実際に事故に至ってしまったケースとして、信号無視で左から交差点に突っ込んできた車との接触シーンなどが紹介されていた。また、スクーターが1BOXカーに引っ掛けられるようにして撮影車両の前方で転倒してしまった事故を収めたものもあった。スクーターの転倒を目撃して自車のドライバーがおそらくは急ブレーキを踏み、その結果ドライブレコーダーが動作したものと思われるが、他車の事故を記録できる場合もあると言う。こうした、ドライブレコーダーの数々の有効性も紹介されていた。
■自動車メーカーのワーキンググループや大学での研究事例
自動車メーカー有志9社によるワーキンググループが結成されており、共有テーマについての共同研究や、大学での研究事例なども紹介された。自動車メーカー9社による共同研究の事例としては、ヒヤリハットデータを効率的に抽出し解析の参考となるツールを作成する「ドライブレコーダーによるヒヤリハットデータの予防安全対策候補別分類」がある。
ここでは、ヒヤリハットデータベースの高レベルのデータ800件を使用し、24種類の車両予防安全対策候補別に分類が行われたそうである。ヒヤリハットデータは個別イベントにおける原因を具体的に把握できるため、予防安全装置の作動条件との対応付けが可能で、今回の結果からヒヤリハット事象ごとの効果的な安全装置の位置付けが明確になったとしている。
大学の研究事例では、今回の報道発表も行った永井教授の東京農工大を中心とした「ドライブレコーダを活用した交差点黄信号におけるドライバー挙動の分析」と、鎌田教授の東京大学を中心とした「前者追従時のヒヤリハットデータに基づく道路環境要因と運転行動の関連性の検討」が紹介された。
前者は、交差点で信号が黄色に切り替わった際の急停止事例に着目。ドライバーは、信号が黄色に切り替わるときに、停止するかそのまま交差点に進入するかのジレンマが発生し、どっちつかずの状況が交差点での交通事故を起こす引き金となるとされている。公道実験では、黄信号に起因した危険領域を明らかにしつつ、ドライバーのブレーキ操作における特徴や、交差点周辺車両の有無、歩行者の有無、交差点形状、そしてジレンマによって誘発される追突ヒヤリハットといったさまざまな観点からの分析が行われた。こちらに関しては、5月20日~22日までパシフィコ横浜で開催される、自動車技術会春季大会(自動車技術の展示会「人とくるまのテクノロジー展2009」を含む、各種学術講演やフォーラムなどが行なわれるイベント)で発表される予定だ。
後者は、2008年の春季大会で発表された内容。追突時のヒヤリハットデータの中で最も多い追従時の事象に注目し、前車と隣接車を含む交通環境に関しての解析が行われた。結果として、前方の走行環境が運転者の運転行動に影響を与えることがより明確となり、特に隣接者群の挙動が、前車に対する危険リスクに影響を与える可能性があることが分かったとしている。
それから、ヒヤリハット多発地点=危険な場所の明確化ということで、国土交通省国土技術政策総合研究所と共同でヒヤリハットマップも作成中であることも紹介。Google Earthにヒヤリハットデータを入力して表示するという内容で、JR錦糸町駅を中心に、江東区、墨田区、台東区、中央区などで発生したヒヤリハットデータが入力されていた。
ヒヤリハットデータベース活動員ワーキンググループ研究事例(配布資料から抜粋) | 大学研究事例(配布資料から抜粋) | ヒヤリハットマップ(配布資料から抜粋) |
■今後の展開
今後の展開として、まず国土交通省、警察庁など行政との連携を強める。安全安心な社会にするためには、人、道路、車の3要素を1つのものとしてまとめて事故防止策を検討することが必要だと言う。人に対しては、運転教習、適性診断、法的規制の「安全教育」。車に対しては、衝突安全、予防安全、運転支援の「安全技術開発」。道路に対しては、ヒヤリハットマップ、情報通信、インフラの「交通環境整備」。この3つを一体として進めていくことが重要とした。
また日本学術会議として、総合工学委員会と機械工学委員会合道による「工学システムに関する安全・安心・リスク検討分科会」と「事故死傷者ゼロを目指すための科学的アプローチ」の検討小委員会が設けられた。2008年6月26日には前者の検討小委員会が提言として、「交通事故ゼロの社会を目指して」を公表している。同提言の骨子としては、1つ目がドライブレコーダーの活用強化。2つ目が、ヒューマンファクター基礎研究の推進。3つ目が、予防安全技術の研究開発と普及促進。4つ目が意識向上・交通安全教育の徹底化とした。
以上で発表は終了となり、前述した自動車技術会の2009年春季大会でも、ヒヤリハットデータベース関連の発表を行うことがアナウンスされた。
一般の車にまで普及させていくのは難しいかも知れないが、通勤・通学や営業などで毎日利用される車へのドライブレコーダーの搭載は有効ではないかと感じる。ETC車載器のようにキャンペーンを使って低価格で、というのは難しいかも知れないが、各地域のタクシー会社1社の所属車だけというのは、情報としては少ない。ヒヤリハットデータ収集のためのモニタードライバー募集といったことを行政と連動して実施したり、収集したヒヤリハットデータはカーナビメーカーに無償で提供して収録してもらったりするといった展開が必要ではないだろうか。せっかくのデータなので、ぜひ一般利用者への有効活用を進めていただきたい。
(編集部:デイビー日高)
2009年 4月 2日