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ボンネビル・スピードウェイでクラス最速421.595km/hを達成した「Honda S-Dream Streamliner」開発スタッフに聞く

エンジンは0.66リッターで254PS

2016年11月17日~12月9日 実施

 本田技術研究所 四輪R&Dセンターの若手技術者16名が、ボンネビル・スピードウェイで最速記録を競う「Mike Cook's Bonneville Shootout」に参加。同メンバーが製作した「Honda S-Dream Streamliner」が、421.595km/hというFIA(国際自動車連盟)公認のクラス最高速記録を達成した。

 今回、東京 南青山にある「ホンダウエルカムプラザ青山」で11月17日~12月9日の期間実施される「Honda S-Dream Streamliner」の特別展示に合わせて、参加メンバーの3名に話を聞くことができたので、その様子をお伝えする。

ホンダウエルカムプラザ青山に展示された「Honda S-Dream Streamliner」
Honda S-Dream Streamlinerは、S660用をベースにしたエンジンを搭載している

 16名のメンバーが参加したMike Cook's Bonneville Shootoutは、FIAが規定する「自動車」「量産車」「JETやロケットを推進力にするクルマ」「ドラッグレーサー」の4つのカテゴリーに、エンジン形式/排気量/過給の有無/電池形式/ソーラーの、計13に分けられたクラスでそれぞれ最高速を競うチャレンジ。

 今回のチャレンジには、本田技術研究所 四輪R&Dセンターの若手技術者16名が公募で参加。将来に向けた技術開発と若手技術者の育成がその目的という。ホンダチームは「自動車(Category A)」「レシプロ過給エンジン(Group 1)」「排気量500cc~750cc(Class 4)」というカテゴリーとクラスにエントリー、以下2つの最高速記録を樹立した。

・1マイル測定区間の記録として261.875mph (421.446km/h):スタート地点から5~6マイル地点の1マイル(約1.6km)の計測区間を1時間以内に往復した速度の平均値。

・1km測定区間の記録として261.966mph (421.595km/h):スタート地点から5.5マイル地点の前後500m(1km)の計測区間を1時間以内に往復した速度の平均値。

開発目標は450km/h以上、最高出力は250PS以上

展示マシンは現地を走行したままなので、タイヤハウスに塩が付着している
エンジンを冷やすためのラジエターは、車体後部に用意された水槽に氷水を入れてドブ漬けされる
エンジン開発を担当した株式会社本田技術研究所 四輪R&Dセンター 末永充史氏

 Honda S-Dream Streamlinerには、軽自動車「S660」用のエンジンをベースにした直列3気筒DOHC 0.66リッターターボエンジンを搭載。最高出力188kW(254PS)/7700rpm、最大トルク239Nm(23.9kgm)/7000rpmを発生し、最高回転数は1万rpmまで引き上げられている。

 参戦マシンの開発目標は最高速450km/h以上、空力性能はCd値0.09以下。最高速で発生する走行抵抗に打ち勝つために、エンジンの最高出力は250PS以上を目標に掲げた。S660用のエンジンには、1万rpmという高回転に耐えられるように改良を加えるとともに、ピストンリングをはじめとする各部のフリクション低減が図られている。

 エンジン開発を担当した末永充史氏は「最高出力の250PSというのは、5000rpmで発生させるのと、1万rpmで発生させるのでは世界が違っていて、5000rpmで発生させようとすると爆発圧力が高くて、ピストンやコンロッドなど各部を強化してかなければならない。それは嫌なので、1万rpmまで上げられる見込みがあったので、回転数を上げて爆発圧力を低くしていく、そこらへんのバランスが必要でした」などとエンジンの特徴を話した。

現地では急遽、カウル形状の変更も

 車体開発から、テスト、本番と平穏無事に記録達成を果たしたわけではない。ボンネビル・スピードウェイでのテスト走行では思ってもいない事態が発生し、急遽カウルの形状変更が行なわれている。

キャノピー周辺から車体側面にかけて、カウルを継ぎ合わせた手作り感が残っている
前面投影面積を小さくするため、ドライバーは寝そべったスタイルでコックピットに収まる

 車体の開発にあたっては、レース参加者が公開している動画などを参考にして、国内でコースレイアウトを再現してテストを行なっていたという。しかし、実際にコースに足を運ぶと想定していた状況とは違い、パイロンの設置方法が違っていたり、ラインも引かれておらず、持ち込んだマシンのカウル形状では視野角が狭すぎることが判明した。

車体の開発を担当した株式会社本田技術研究所 四輪R&Dセンター 酒井敬史氏

 車体の開発を担当した酒井敬史氏は「実際にコースを走らせてみると、想定していたのと違う状況が発生してしまいました。ドライバーの宮城さんから“これじゃ走行できない”との判断が下されたので、若干空力性能は犠牲になりますが、もっと視野角を広げる形状に変更する決断をしました」と、現地で急遽カウルの形状変更を実施することを決断したという。

 車体の開発担当として、その時の気持ちについて酒井氏は「やるしかないですよね。そこで諦めてしまったら日本に帰るしかないので……。最高速を達成することで得られる技術や経験を、今後の糧にすることが大きな目的でしたので、それぞれ意見はありましたが決断しました。もちろん、最高速は非常に危険な領域です。研究所で安全評価をしながら開発を進めてきたのに、現地で改修をするとなると問題になりますので、判断は迷いました。しかし、現地の改修に関しても、並行作業で空力シミュレーションで安全を担保しながら進めていくことで決断をしました」。

 プロジェクトを終えて、酒井氏は「短い期間で限られたメンバーでやっていて、実際に普段自分たちが思い描いているプランよりはるかに短い期間でプロジェクトが進行しました。しかし、きちんとメンバーがベクトルを揃えて同じ目標に向かっていくと、こんな変わった取り組みでも短い期間で目標を達成することができるんだと、限界を自分で決めてはいけないんだなと思いました。自分の限界を超えていくと、さらによい解答を得られるということを、メンバーと一緒に体現することができました」と感想を話した。

 エンジンを担当した末永氏も「この短い期間のなかで、各メンバーそれぞれ、できたこともあればできなかったこともあったと思います。しかし、この1年間、自分たちの経験として得られるものがあったので、ホンダとして意味のあるプロジェクトだったと思います。今後の量産車開発においても、違う視点からものごとを見ることができたりして、開発に役立っていくと思います」と感想を話した。

 プロジェクトリーダーの蔦佳佑氏は「普段行なっている量産車の開発では、自分のやったことの結果はさまざまな立場や見方があり、明確でない部分があります。しかし、レースは同じハコのなかで自分がやったことの『いい』『わるい』が明確に出ます。今回のメンバーは20代~30代が中心で、まだまだ会社組織のなかでは自分で物事を決めて、自分で動かしていくという経験が少ないので、自分たちがやったことがちゃんと結果になったという自信につながったことが大きな収穫だったと思います」と語り、今後の量産車開発に携わるうえで、1つの自信につながったとの考えを示した。

写真中央、プロジェクトリーダーの株式会社本田技術研究所 四輪R&Dセンター 蔦佳佑氏