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4月1日、東京 三鷹の「富士重工業株式会社 東京事業所」も「株式会社SUBARU 東京事業所」に

中島飛行機時代から使われている森山荘近くには桜咲く

2017年4月1日 実施

4月1日、富士重工業株式会社から株式会社SUBARUとなった東京事業所。富士重工業の前身である中島飛行機時代から研究開発の拠点となっている

 4月1日、富士重工業株式会社は株式会社SUBARUに社名変更した。社名変更前日に開催された社名変更式典の模様は関連記事「4月1日付けで『富士重工業株式会社』から『株式会社SUBARU』に。社員向け社名変更式典開催」でお届けしたとおり。4月1日に各所で社名変更に伴う作業が行なわれた。

 記者が取材に訪れたのは、東京都三鷹市大沢の東京事業所。かつてエンジン生産などを行なっている時代は三鷹製作所と名付けられていた事業拠点で、現在はエンジンなどパワーユニットの開発を行なっている事業所となる。

銘板変更前の東京事業所
富士重工業株式会社 東京事務所の正門銘板。重厚な雰囲気が漂っている
銘板変更作業前に時間があったので、ちょっとだけ東京事業所内を案内していただいた。写真は中島飛行機時代に来客をもてなすために建てられたという「森山荘」。現在は、社員のパーティなどに利用されているとのこと
森山荘を正面から
森山荘の入口
森山荘の入口側から東京事業所方面を望む。左はエンジンの研究棟
森山荘近くには桜が咲いていた。東京事業所近辺は桜が多くあり、かつて中島飛行機三鷹研究所の一部だった国際基督教大学(ICU)は桜の名所として三鷹市民に知られている

 この三鷹の地は富士重工業の前身である中島飛行機時代には三鷹研究所として航空機の研究開発拠点となっており、当時より敷地面積は減ったものの、今でも研究開発の拠点になっているわけだ。2009年には東京事業所前に販売会社である東京スバルのハブ&サテライト構想により大規模ハブ店舗「CAR DO SUBARU 三鷹」がオープンし(現在は、「東京スバル 三鷹店」)、多摩地区に住んでいるスバル車オーナーであれば訪れたことのある人もいるだろう。

ハブ店舗「東京スバル 三鷹」。右奥に進むと東京事業所
こちらはすでに株式会社SUBARUになっていた。4月1日午前中に作業を行なったとのこと
2009年に撮影した「CAR DO SUBARU 三鷹」オープン時の写真。富士重工業 東京事業所と当時は書かれていた
メイン看板も4月1日午前中に作業を実施

 今回は、東京事業所の正門にある銘板を「富士重工業株式会社 東京事業所」から「株式会社SUBARU 東京事業所」へと変更する作業の模様をお届けする。

4月1日13時、東京事業所正門銘板変更作業が始まった
東京事業所正門銘板
4本のボルトで正門に取り付けられている
ヤットコを使って取り外し作業開始
ゆっくり力をかけていく
見ていると意外とあっさり外すことができていた
こんな感じです~
銘板が取り外されたあとのコンクリート
コンクリート壁を掃除
新銘板が取り出された
新銘板を慎重に運ぶ
「株式会社SUBARU 東京事業所」と書かれた新銘板。現代的なデザイン
新銘板についての感想を述べ合う富士重工業……、ではなくSUBARUスタッフ
コンクリート側のボルト位置と新銘板のボルト位置を確認する
水平出し
ボルト位置が若干異なっているため、右上のボルト位置を原点として、ほかのボルト位置を微調整
電動ドリルを使ってボルト穴をずらす作業開始
全体風景
作業中
作業中
ドリルを変更して作業中。最終的に8mmのドリルを使っていた
位置確認
位置確認
位置合わせで問題がなかったので、養生テープなど剥がしてコンクリート用ボンドを注入
ボンド注入
ボンドは「K120」
新銘板を取り付け
水平を確認しつつ取り付け
少し離れて水平確認
新銘板を丁寧に拭き上げる
さらに拭き拭き
取り付けられた新銘板
銘板の細部。文字の背景はエンボス調加工が行なわれている
完成した株式会社SUBARU 東京事業所の新銘板
現代的なシンプルフォントによる社名と背景のエンボス調加工による高級感をバランスさせた新銘板

 作業は13時ごろ始まり、撮影などで作業をちょっとだけ中断してもらいつつ13時20分ごろには終了。無事に何事もなく終了した。取り外された「富士重工業株式会社 東京事業所」と書かれた旧銘板は、東京事業所内においてとりあえず保存されるとのこと。東京事業所になる前の三鷹製作所時代の銘板も東京事業所内に保存されているとのことだ。

 会社にとって歴史ある三鷹の地にある事業所の銘板変更作業。4月1日は土曜日のため事業所を訪れる人は少なく、作業はたんたんと終了したものの、株式会社SUBARUの始まりの風景の一つが三鷹にあった。