【やじうまCar Watch】クルマ好きのための映画「グラン・トリノ」鑑賞法 男たちの過去と未来をクルマが表現する |
「ミニミニ大作戦」「トランザム7000」「フェラーリの鷹」……クルマの名前をタイトルにした映画は、たいていはそのクルマがすばらしい走りを見せて大活躍することになっている。だがクリント・イーストウッド監督の最新作「グラン・トリノ」に登場する1972年型フォード・グラン・トリノは、映画の中ではほとんど走らない。
なーんだ、と言わず、ぜひ劇場にお運びいただきたい。クルマ好きの琴線にきっと触れる映画だから。
■主人公は元自動車工
ストーリーはこうだ。主人公は、フォードの自動車工を定年まで勤め上げた頑迷な老人、ウォルト・コワルスキー(クリント・イーストウッド)。妻に先立たれ、トヨタのセールスマンになった息子や、隣近所のアジア系移民の振る舞いにイライラしながら、死を待つだけの日々を送っていた。唯一の楽しみは、「1972年に俺がステアリングを取り付けた」という愛車グラン・トリノを磨き、ビールを飲みながら眺めることだった。
ある日、隣に住むモン族の少年タオ(ビー・バン)が、あろうことかグラン・トリノを盗みに入る。これをきっかけにタオ一家との付き合いを深めることになったウォルトは、定職にも就かずにいたタオに「アメリカの男」としての生き方を教え、自立を助ける。
タオはおとなしい性格で、親戚の不良グループの誘いを断り切れずにいた。グラン・トリノを盗みに入ったのも、不良グループにけしかけられてのことだ。ウォルトの助けで成長したタオに、彼らはなおもしつこく近寄り、タオ一家にまでその手を伸ばそうとする。不良グループがいては、タオもその家族も幸せになれない。そう考えたウォルトは、ある決断をした……。
日がなビールを飲みながらグラン・トリノを眺めて過ごすだけのウォルトだったが | 隣の少年タオがグラン・トリノを盗みに入ったのを機に、交流が生まれる | |
快活で聡明なタオの姉、スー(アーニー・ハー)がウォルトの心を開く | ウォルトはタオに大切な工具を与え、アメリカでの生き方を教える | だが不良グループはしつこくタオとその一家につきまとう |
■グラン・トリノが体現する現代アメリカ
グラン・トリノというクルマは、フォードの1970年代前半のマッスルカーだ。「トリノ」という名前は、1960年代後半のインターミディエイト(中級車)「フェアレーン」の上級グレードに付けられたのが始まりだ。1970年代に入ってフェアレーンが消滅し、インターミディエイトはすべて「トリノ」を名乗るようになる。フェアレーン時代は3000ドル以下だった価格が、トリノになると3000ドル台後半になっているから、上級移行ということだろう。そのトリノのスポーツグレードが、グラン・トリノというわけだ。
映画に登場する1972年式グラン・トリノは、最大で7リッターのV型8気筒 OHVを搭載。マスキー法(大気汚染防止法)対策で出力が低下したにもかかわらず、最高出力が219PS、最大トルクが50.6kgmとなっている。この時代のハイパフォーマンスカーの定石どおり、エンジンはフロントに縦置きし、後輪を駆動する。そのサイズたるや5530×2010×1360mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2997mmと巨大で、重量も1900kgに及ぶ。1972年式は、モノコックボディやフロント・ダブルウィッシュボーンに4輪コイルといった、その当時の最新の技術をトリノとして初めて身に纏ったモデルだ。
まさにマッスル・カー絶頂期のモデルと言えるが、1977年にトリノは消滅し、フォードのインターミディエイトはトリノよりもおとなしいイメージの「LTD II」に置き換えられる。このあたりで、1980年代に向けて“大きなアメ車”の衰退が始まったと言えるだろう。
撮影中の1コマ。登場するグラン・トリノはユタ州で“キャスティング”された。メンテナンスが行き届き、ちゃんと走る上物だったとか | ウォルトの普段の愛車はいかにもアメリカの親爺らしく、フォードのポンコツトラック | 撮影中の1コマ。なぜアウディの帽子? |
ウォルト(クリント・イーストウッド) | タオ(ビー・バン) | スー(アーニー・ハー) |
ハイランドパーク工場(2009年1月撮影) |
こうして見ると、どうやらイーストウッド監督は、グラン・トリノというクルマに「ウォルトの老後の楽しみ」以上の役目を負わせているようだ。
この映画の舞台は当初、ミネソタ州だったが、イーストウッド監督によってミシガン州デトロイトの住宅地、ハイランドパークに変更されたのだそうだ。デトロイトといえば自動車産業の中心地だし、ハイランドパークといえばフォードがT型を大量生産するための大規模な工場を建てたところだ。
しかし今やその工場は廃屋となり、映画に描かれる住宅街も、住人はマイノリティ(黒人やラテンアメリカ、アジア系)ばかり、道路はマイノリティの不良たちが闊歩し、治安はよくない。自動車産業、ひいてはアメリカという国の衰退を体現するような街なのだ。
グラン・トリノも、そんな背景を強調しつつ、強いアメリカの思い出にしがみついて生きるウォルトの姿を浮き彫りにする、大切なキャラクターなのだ。
さらにグラン・トリノは、ウォルトと、ウォルトが信じてやまない「アメリカの男の生き方」の再生も象徴している。ウォルトがアジア系移民たちに心を開き、タオにアメリカン・スピリットを託すと、グラン・トリノはガレージから明るい日差しの下に引き出され、ごく短い走行シーンを披露する。
このあたりはぜひ映画館でお確かめいただきたいのだが、この映画の少しだけしか走らないグラン・トリノは、凡百のカーチェイスに出てくるクルマよりも魅力的に見える。グラン・トリノ自身の魅力なのか、イーストウッド監督の手腕によるのか(たぶん、両方の相乗効果だと思うのだが)、不思議なことにグラン・トリノは、ガレージや庭に佇んでいるだけでウォルトのたくさんの思い出と、タオの輝かしい未来を感じさせてくれるのだ。これほどクルマを映画的に表現した作品には、なかなかお目にかかれないと思う。
■自動車から映画へ
映画は舞台となったミシガン州デトロイトで撮影された。ミシガン州は2008年に、同州で制作される映画の制作費を助成するなどの奨励策を始めており、この「グラン・トリノ」もこれを利用している。同様な映画制作の誘致は全米のさまざまな州で行われているが、ミシガン州はこのために大規模な映画スタジオまで建設した。その用地は、ポンティアック市のGMの工場跡地だそうだ。
自動車産業から映画産業へ。「グラン・トリノ」を取り巻く現実世界も、「グラン・トリノ」が描く衰退と再生の道を歩んでいるのだ。
Photo:(C) 2009 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED
(編集部:編集部:田中真一郎)
2009年 4月 17日