F1日本グランプリ直前企画
F1をフジテレビNEXTで満喫する

鈴鹿に行けない人は、臨場感豊かな5.1chサラウンドで楽しむ


F1日本グランプリを放映するフジテレビ

 さて、いよいよ今週末には、待ちに待ったF1日本グランプリが三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキットで開催される。2007年に富士スピードウェイに開催が移ったため、2006年以来3年振りとなる鈴鹿での日本グランプリだが、楽しみにしている読者も多いだろう。なお、チケットの販売はまだ続いているようなので、これからでも行こうと思う人は鈴鹿サーキットのWebサイトをなどを見てみるとよいだろう。

 さて、残念ながら鈴鹿サーキットに直接行けない人(筆者もそうだ)は、テレビで観戦ということになるだろう。そのときにお勧めなのが、以前の記事でも触れたフジテレビNEXTのF1中継だ。全戦、しかもフリー走行も含めて全セッション生中継となるフジテレビNEXTのF1中継は、F1マニアであればお金を払ってでも見る価値があるコンテンツだと言えるだろう。

 特に日本グランプリでは、HD放送(High Definition放送、地デジやBSデジタルなどのハイビジョン放送)となり、かつ音声もAACの5.1chの、より臨場感あふれた放送になる予定だ。今回はそうしたフジテレビNEXTを運営しているフジテレビジョン(以下、フジテレビ)に、放送の裏側でどのようなことが行われているか、お話をうかがってきた。


ヨーロッパのグランプリ中継は、国際映像を利用
 現在フジテレビNEXT、および地上波のフジテレビ系列で放送されているF1中継に利用されている映像は、F1の商業権を管理するFOA(Formula One Administration、エフオーエー)から提供される“国際映像”というものが利用される。各国でF1中継を行う場合には、このFOA(ちなみに、FOAの代表はもちろんあのバーニー・エクレストン)と放送契約を結び、契約料を払って放送を行っている。従って、日本のフジテレビもFOAと契約を結んでおり、それに基づいて日本でF1中継を放送している。

 国際映像はFOAのテレビクルーないしは開催国のホスト局(日本で言えばフジテレビ)が作成し、それが放送衛星などを通じて各国に配信される仕組みになっている。この国際映像は、ヨーロッパで放送されることを前提としていることもあり、アスペクト比16:9のPAL方式の映像が配信される。フジテレビは衛星などを通じてこの信号を受け取り、日本の放送方式であるNTSCに変換した後、ISDB-S/Tにアップコンバートして放送している仕組みとなっている。このため、通常のF1放送ではHD解像度の放送なのにちょっと映像が甘く感じることがあると思うが、その理由は元のソースがSD(Standard Definition、標準画質、アナログテレビ放送と同様)解像度であるためだ。

株式会社フジテレビジョン デジタルコンテンツ局ペイTV運営センター ペイTV運営部 技術統括担当部長の相馬厚氏。2008年のF1日本グランプリ制作も担当した

 フジテレビ デジタルコンテンツ局ペイTV事業センター技術統括担当部長の相馬厚氏によれば、放送衛星などを通じて送信される電波の遅れ、フジテレビ側でアップコンバートする信号の遅れなどにより、実際のライブに比べて数秒のずれが発生していると言う。

 例えばレース中にクラッシュなどの事故が発生したときに、現地解説の2人(今宮純氏、川井一仁氏)が実際の映像よりも前に叫び声を上げることがあるのは、このずれに起因している。これは、現在のテクノロジーでは致し方ないずれであり、むしろこの程度で済んでいるのをほめるべき話だ(以前の衛星中継はもっとずれがあった)。

 ちなみに、フジテレビNEXTの放送は現地解説の2人(今宮氏と川井氏)は現地サーキットの中継ボックスから、それ以外のアナウンサーと日本の解説(本誌でもおなじみ小倉茂徳氏や森脇基恭氏)は日本のフジテレビのスタジオから放送に参加する仕組みになっている。

日本グランプリは、フジテレビがホストのため本物のHD映像に
 FOAの撮影チームが作成した映像を放送する他国のF1グランプリとは異なり、日本グランプリではフジテレビがホストとなり、国際映像を作成する。「日本グランプリではフジテレビの機材を利用して撮影するため、映像そのものがもともとHD解像度になるので、実際に地上波やフジテレビNEXTの放送に利用する映像もHD解像度になる」(相馬氏)とのこと。これにより、デジタル放送らしい、ぱりっとした映像でレースを楽しむことができるようになる。

株式会社フジテレビジョン デジタルコンテンツ局ペイTV運営センター ペイTV運営部の江尻教彰氏。フジテレビNEXTの番組作りに携わっている

 ただ、考えてみればもともとFOAが作成する国際映像をもらう権利は放送契約に含まれているはずで、フジテレビが自社の機材を使って国際映像を作成するメリットとはどこにあるのだろう。余計なお世話だが収支は大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。この点に関しては相馬氏と同部署の江尻教彰氏によると「実際のところ完全な持ち出し。FOAから費用が払われる訳ではない」と、やはり完全な持ち出しになってしまうというのが現実であるようだ。

 それでも自社で費用を負担してまで国際映像を作るのは、「1つには自分たちの作りたい映像が作れること。そしてもう1つは日本でやっているイベントをフジテレビで放送するのに、ほかの会社が作った映像をただ流すという訳にはいかない」(相馬氏)と、テレビマンらしい矜恃がなす技であるようだ。もちろん、独自の映像を作りたいという中には、日本グランプリなのだから日本のチームやドライバーをできるだけ映したいという事情もあるだろう。特に地上波の場合には、CMで制作費がまかなわれている訳で、スポンサーの意向もある程度は聞く必要もあるだろう。矜恃と実利、そうした両方が絡み合って独自の映像を作るという決断をしていると考えるのが実態に近いのではないだろうか。

 ただ、視聴者である我々としては、背景が何であろうが、よりきれいな映像が見られて、日本のチームやドライバーをより応援しやすい放送になるのであれば、大歓迎だろう。

昨年初めて取り組んだ5.1chのサラウンド音声を今年も実施
 フジテレビが自社で国際映像を作成することで、これまでの放送ではなかった新しい取り組みを行うこともできるようになった。それが音声の多チャンネル化だ。

 日本のデジタルテレビの仕様では、音声はステレオ(2ch)以外にAACの5.1chが規定されており、多チャンネル音声放送が可能になっている。5.1chの音声というと、DVD-Videoなどで使われているDolby Digitalの5.1chなどが有名だ。念のため説明しておくと、ステレオで利用される前面に置かれる2つのスピーカー(2ch)以外に、センタースピーカー(1ch)、リアスピーカー(2ch)、低音を担当するウーファー(低音のみのため0.1chと数えられている)という6つのスピーカーを用意する方式のことを指している。

 視聴者の前方だけでなく後方にスピーカーがあることで、例えば前方から後方に移動する物体がある場合に、視聴者の耳にも音声が前方から後方に移動するように聞こえることとなり、より臨場感のある音声を聞くことができる。なお、この5.1chの音声を楽しむには、デジタル放送対応テレビ以外に、AAC音声に対応したAVアンプ、そしてフロント2つ、センター1つ、リア2つ、ウーファー1つの合計で6つのスピーカーが必要になる。

 江尻氏によると「昨年のフジテレビCSHD、現在のフジテレビNEXTで初めて5.1ch音声を付与した放送にチャレンジした。フジテレビとしてもCS放送の加入者を増やしたい。そのためにプレミアム感を出したいと考えていた」と、5.1ch化は視聴者サービスの一環としてフジテレビが独自に取り組んだものだと言う。言うまでもなく、本来の国際映像は2chの音声のみになっており、「フジテレビがF1中継を始めた当初は国際映像はモノラルだった」(相馬氏)とのことなので、国際映像だけであればとてもとても5.1chの音声を流すなどは夢のまた夢だろう。

 では、どのようにして5.1chの音声を作り出しているのだろうか? 昨年富士スピードウェイで行われたF1日本グランプリでフジテレビCSHD(当時)の放送向けに5.1ch音声の作成を担当した相馬氏によれば「5.1chの音声といっても、カメラ位置に6つのマイクを用意している訳ではない。コーナー、コーナーにステレオマイクをそれぞれ用意しており、車が通過するときにまずは手前のマイクをONにして、車が通過すると奥側にあるマイクに入ってきた音声を有効にするという仕組みになっている」と言うことだ。つまり、あくまで現場に設置したステレオのマイクを上手に活用して、5.1chの音声を作り出しているのだ。

 具体的に説明するために下の図1を見てほしい。F1マシンが1のカメラがあるところを通過するときに、まず2にあるマイクからの音声をフロントスピーカーから出す。そしてマシンが通過して行くときに、今度は3にあるマイクから拾った音を徐々に上げていってリアスピーカーから音を出すのだ。これにより、視聴者にはまるで車が通過していったように音声が聞こえるようになるのだ。

図1:5.1chサラウンド音声制作のためのマイク配置例。1つのコーナーだけでなく、コース全周にわたってマイクを配置し、ミキシングによってサラウンド音声を作り上げる

 難しいのは、常に3のマイクから拾った音声をずっと出していればよいという訳ではなく、徐々に音声を上げていくという手作業が必要になる。というのも、F1の場合カメラが追っている車だけでなく、前後に周回遅れの車がいることもある。そのため、3の音声を常に有効にしていると別の車の音も拾ってしまい、臨場感のある音にならないのだ。このため、必ず現地で手作業によるミキシングという地道な作業が必要になるのだと言う。

 なお、今年の放送に関しては、地上波の放送も5.1chになる予定なので、別の方法が採られる可能性があるとのことだが、こうして聞くと、実に大変な作業を経て放送されていることが改めて分かる。

 実際、筆者も昨年の日本グランプリの音声を改めて聞いてみたが、車が画面を通過するときに、フロントスピーカーから聞こえてきた音声が、徐々にリアスピーカーに移動して行き、まるでサーキットにいて自分の前を車が通過していったような臨場感を体感できた。「一度聞いたら戻れなくなる」(相馬氏)と言うのも、納得だ。

フジテレビのオフィスに即席で5.1chのサラウンド環境を構築してもらい、昨年の日本グランプリを視聴した。追い込んだセッティングがされていないのにもかかわらず、臨場感を感じることができた

実はとても恵まれている日本のF1放送
 このように、実に多くの取り組みが行われているフジテレビNEXTのF1中継だが、フジテレビがこうした取り組みを積極的に行う背景には、もちろんCS放送の視聴契約を増やしていきたいという思惑があるのは言うまでもない。「これまで5.1chの放送と言えば映画が中心だった。しかし、今後はスポーツ中継を中心に増やしていきたいと考えており、F1だけでなくほかのスポーツでも積極的に取り組んでいきたい」(江尻氏)というのがフジテレビ側の意向だ。

 なお、蛇足ながらフジテレビとFOAのF1放送の契約は、もちろんCS放送のためだけの契約ではなく、地上波が大前提としてあり、CS放送のほうはそれに付随するものだと以前から聞いている。フジテレビの関係者はF1放送の契約がどのようになっているかに関しては非常に口が堅いので、うかがい知ることはできないのだが、ある程度の推測はできる。

 というのも、ちょっと考えればすぐ分かると思うが、有料のCS放送と、無料の地上波、どちらのほうが視聴者が多いかと言えば、それは地上波のほうだろう。FOAにとってみれば、F1のスポンサーに対して、どれだけの視聴者がF1を見ているかが、放送契約をする上で非常に重要な要素であることは言うまでもない。

 例えば、地上波の視聴率が10%であれば、単純計算で日本では1200万人の人が見ていることになる。フジテレビではCS放送の加入者がどれだけなのかは公表していないため分からないが、どう考えてもそこまでの加入者がいるとは思えない。従って、CSのほうも、地上波があって初めて成り立つというのが現実ではないだろうか(そう考えると、F1命という筆者のようなマニアは、F1中継を今後も続けてもらうためにはCS放送だけでなく、地上波の放送も一生懸命見ないといけないだろう……)。

 何が言いたいのかと言えば、そうした現実(FOAにとって重要なのは視聴者数であること)を前にして考えれば、フジテレビがCS放送でF1を生中継してくれているのは、F1マニアにとって非常にありがたい、ということだ。実際、世界中のどこを探しても、金曜日のフリー走行まで含めて全セッション生中継という放送はフジテレビNEXT以外にはないのだ。そう考えれば、フジテレビNEXTの視聴にかかる月々の視聴料もF1マニアにとっては決して高いとは言えないと思うのだがいかがだろうか。

 とまれ、そうした難しい話はともかく、今週末の日本グランプリ。現地に行けなくてテレビ観戦するよという読者であれば、自宅でフルHDの映像と、5.1chの音声で、サーキットにいるような臨場感でF1中継を視聴してみてはいかがだろうか。

(笠原一輝)
2009年 9月 30日