トヨタ、豊田社長によるF1撤退会見
「現在の経営環境や、中長期的な観点から苦渋の決断」

会見に臨んだ豊田章男社長(右)と山科忠専務取締役兼トヨタF1チーム代表

2009年11月4日記者発表



 トヨタ自動車は11月4日、フォーミュラ・ワン世界選手権(F1)から撤退すると発表した。この発表について、同社の東京本社で豊田章男社長、専務取締役兼トヨタF1チーム代表の山科忠氏が出席して、記者会見が行われた。

 同社は2002年以降、8年間に渡ってF1に参戦してきた。モータースポーツ活動はクルマの持つ「夢」や「感動」をユーザーにもたらす重要な位置づけだと考えており、この最高峰のレースへの挑戦はトヨタブランドの認知度、信頼度を向上した上、技術開発面、人材育成面でも多くのメリットをもらたしてくれたと言う。その活動も、今年をもって終止符を打つ。

終始厳しい表情を見せた豊田氏

 会見冒頭で、豊田社長は「本日の発表はF1についてです」と述べ、撤退への説明が行われた。豊田氏は「今日行われた取締役会をもって、本年でF1への参戦を終了することとなった。この8年間ご支援を頂いたファンの皆様、スポンサーの皆様、メディアの皆様、そしてF1を通じ、クルマの魅力を全世界にアピールし続けてくれたレーサーや関係者に、心より御礼申し上げたい。先日も、鈴鹿サーキットで行われた日本グランプリを観戦した。そこでのファンの熱狂ぶりや、パナソニック・トヨタ・レーシングチームの素晴らしいチームプレーに感動し、そしてその走りに感銘を受けた。ファンのことを考えると、身につまされる思いだが、現在の経営環境や、中長期的な観点から苦渋の決断をせざるを得なかったことをどうかご理解頂きたい。ファンからは来年こそは頑張れと激励を頂いていたが、期待に添うことができず、心からお詫び申し上げたい。トヨタのF1チームは、この8年間で合計140戦に参戦し、1戦1戦を戦い抜く中で着実に実力を向上してきた。世界の強豪の中で戦いつづけたチーム関係者に敬意を表するとともに、夢を分かち合えたことに心から感謝したい」と話した。

苦渋の決断に涙をこらえ切れなかった山科氏

 本年6月に代表取締役に就任して以来、商品を軸とした経営に重点を置きたいとし、すなわち味わいのあるクルマを作り、ユーザーに喜んでもらいたいと豊田氏は考えてきたと言う。「今はユーザーに喜んで頂けるクルマ作りにできる限りシフトすべきだと思い、F1からの撤退を決めた次第。ご存じのとおり、トヨタの経営は引き続き厳しい状況だが、こういう時だからこそ、次の世代に何を残さなければならないのか、といった事を考えなければならなかった」と話す。

 また、「自動車を通じて、豊かな社会作りに貢献することが創業時からの考えであり、これからも自動車文化の一層の推進に向け、さまざまな活動を続けていきたい」と考えを述べた。そのほかのモータースポーツにおいては、活動計画を見直すとしながらも、ユーザーがクルマをより身近に感じられる大切な活動として、またクルマと人を鍛える活動として取り組むとしている。

 なお、F1に参戦していたトヨタのモータースポーツ子会社「Toyota Motorsport GmbH(トヨタモータースポーツ有限会社)は、欧州におけるモータースポーツ活動拠点へと事業内容を転換する構え。

 以下、記者との質疑応答の内容を紹介する。

──なぜ撤退するに至ったのか改めて説明願いたい。あわせて2012年までF1の活動を続けると述べていたが、この時期になぜ撤退を決定したのか。今回の撤退により、日本メーカーの参戦がなくなることについてどのように考えているのか。

豊田氏:ご存じのとおり、私自身モータースポーツは個人的にも推進している一人で、モータースポーツを自動車の文化の1つにしていきたい、そのように考えてきた。その自分と、今年の6月に代表取締役に就任してからは、立場が変わってしまったことをご理解頂きたい。昨年来の経済危機以降、F1を続けるか続けないか、社内でも議論になったことがある。その中でも、モータースポーツを1つの文化として育て上げたいという考えの下、TMG(トヨタ モータースポーツ有限会社)を中心に、ここにいる山科専務、ジョン・ハウエット氏(TMG社長)が頑張ってチーム全体のコスト削減も行ってくれた。ありとあらゆる手を尽くしてやってきたし、ファンの皆様からも唯一残された日本チームとして応援頂いて本当に感謝している。富士スピードウェイでのF1開催を中止したのも、サーキット分野はモビリティランドに託し、チームとして日本を代表する気概で最終戦まで頑張ってきたが、今日、社内での取締役会で撤退せざるを得ないという判断に至った。しかしながら、ここまで育てて頂いた関係者、応援してくれたファンに対して期待を裏切ってしまったことは、自分自身残念だし、苦渋の決断だということを理解頂きたい。

──この撤退が業績にどのような影響があるか。F1撤退を決めた理由の一番はコストなのか。だとしたらF1で予算の上限を決めることに反対したのはトヨタを含めたメーカー系チームだったと思うが、そのあたりの整合性はどう考えているのか。

豊田氏:業績への影響ですが、明日、第二四半期の決算発表を行うので、それを確認頂きたい。
山科氏:予算の上限については、メーカー系チームが一方的に反対したとお考えのようだが、実際はあまりにも急激な予算削減案が出てきたためで、それ以降はFIAとさまざまな意見交換をしてきた。単にトヨタが反対していると捉えられているが、必ずしもそうではないと理解頂きたい。

──今シーズン、御社はウィリアムズにエンジンを供給しているが、来シーズン以降はこれらも行わない予定なのか。今後収益が改善しない限りは国際レースに参戦することはないのか。

豊田氏:F1に関しては完全撤退と考えてよろしいかと思う。また、現在活動している国際レースについては継続するが、それ以外のことはまったく白紙だ。

──今年は優勝に近かったレースもあったかと思うが、結果により撤退しなかったことはあるか。また、世界一の自動車メーカーが撤退することについてどのような考えを持っているか。

豊田氏:今シーズンはチームは本当に頑張ってくれた。特にシンガポールGPと日本GPについては、優勝を逃したというよりも、よくぞ準優勝を勝ち取ってくれた、そのような印象だ。また、残り2戦について、ティモ・グロック選手は怪我をしてしまったが、TDP(トヨタ・ヤング・ドライバーズ・プログラム)出身の小林可夢偉選手が残り2戦に出場することができ、非常によかったのではないかと思っている。F1サーキットで入賞し、みごとな戦いを示してくれたと感じている。その後に継続してチャンスを与えられないことは大変申し訳ないと思うが、中嶋一貴選手を含めて彼らはまだ若い。これまでの走りが評価され、必ずや彼らにチャンスが回ってくると祈りたいし、いろいろな形でサポートしていきたいと考えている。また、優勝したからといって、今回の撤退がなかったとは思っていない。

──今回のF1撤退とエコカー開発の関連はあるのか。

豊田氏:東京モーターショーの際、エコカーとワクワク感のあるクルマの双方からアピールを行った。確かに現在の自動車における100年に1度の転換期ということを考えると、環境車が非常に重要なクルマであることは間違いない。しかしながら、モビリティの中におけるクルマの利点というのは、例えばA地点からB地点に移動する際、そこにドライバーの意志があり自由がある。だからそのワクワク感を否定してはどうしようもない。今後も環境車とワクワク感のあるクルマの双方を成り立たせるべきだと考えている。

──F1から撤退するにあたり、TDP出身の中嶋選手や小林選手のサポートはどうなるのか。またTDPの育成プログラムはどうなるのか。

山科氏:TDPも縮小するものの、継続はしていく。中嶋選手や小林選手についてはTMGとのドライバー契約などがあるので、今後も継続していく予定だ。できれば(声を詰まらせながら)、他のチームでも乗せたい、そのように思っている。

──ホンダに続き、トヨタの撤退は日本企業はF1を継続する意志が弱いのではという印象を世界に与えてしまったのではないか。またF1は撤退し、北米におけるNAS CARレースなどを継続する理由は何か。

豊田氏:F1は世界のレースにおける最高峰のものだと考えている。その中で、それぞれの地域に文化があり、アメリカで言うとそれがNAS CAR、南米地区だとラリー、日本でいくとSUPER GTだと考えている。F1の撤退は決定したが、そのほかのレースについては今後も継続していく予定だ。

(編集部:小林 隆)
2009年 11月 4日