シムドライブ、電気自動車の先行開発車事業第1号開始 自動車メーカーなど34事業体と2013年の量産開始を目指す |
電気自動車の技術普及を目標としているシムドライブ(SIM-Drive)は1月22日、同社初の事業として「先行開発車事業第1号」を開始すると発表し、都内ホテルで記者会見を行った。第1号の開発には、いすゞ自動車や三菱自動車工業など自動車メーカーや自治体を含む34の事業体が参加し、2013年頃の量産を目指すと言う。
シムドライブは最高速370km/hを記録した8輪電気自動車「Eliica(エリーカ)」などで知られる慶應義塾大学環境情報学部教授の清水浩氏が代表取締役社長を務める会社。ベネッセコーポレーション代表取締役会長兼CEOの福武總一郎氏、ガリバーインターナショナル、ナノオプトニクス・エナジー、丸紅などが出資し、産学連携ベンチャーとして、2009年8月20日に設立された。
清水教授が30年間研究開発を続けてきた電気自動車技術を基盤とし、製品の生産販売ではなく技術普及を目標としている。電気自動車に使用するモーターは、最大トルク50NmのS、200NmのM,700NmのLの3種類を定義して研究開発を行う。
同社の核となる技術は、「SIM-Drive(SHIMIZU In wheel Motor-Drive)」と呼ぶインホイールモーター技術と、コンポーネントビルトイン式フレーム技術(Platform by SIM-Drive)の2つ。これらにより、従来構造の電気自動車で考えられていたよりも、最大2倍の航続距離が可能になると言う。
シムドライブ取締役会長 福武總一郎氏。ベネッセホールディングス取締役会長でもある |
記者会見ではまずシムドライブ取締役会長の福武總一郎氏が「予想を上回る34の事業体に参加いただき、順調に事業をスタートできた。既存のクルマを電気自動車にすることもできるSIM-Driveは、地球温暖化問題に対しても貢献できる」と挨拶を述べた。
代表取締役社長の清水浩氏は、「たくさんの機関(事業体)が集まったことに時代が変わりつつあることが感じられた。シムドライブは電気自動車の基本的な枠組みになる」と述べて、事業概要を解説した。
同社の開発はオープンソースで行われ、参加機関は研究開発の成果を利用できる。参加費用は1機関あたり2000万円。参加機関は、常駐者あるいは非常駐者が開発過程のすべてに参加できる。また開発した実車活用による技術移転のほか、先行開発車の仕様書、基本図面、試験成績書を利用できる。
シムドライブ代表取締役社長 清水浩氏。慶應義塾大学 環境情報学部教授でもある |
今後、同社らは約1年の予定で先行開発車を試作する予定だ。まず5週間のスタートアッププログラムで基本概念を共有化し、開発車種と仕様を参加機関で決定する。その中では参加機関からの要望や各社が持っている技術も取り入れて、設計、デザイン、試作を進めていく。そして2011年3月を目処に(公道を走行できるよう)ナンバー申請を行う。そのあとは量産車の開発支援と第2号の先行車開発を並行して行い、提携するメーカーでの量産を目指すと言う。
清水教授らが開発したEliica | 既存の車両を電気自動車にすることも可能 | シムドライブのビジネスモデル。先行車開発と量産開発支援を行う |
シムドライブ技術顧問、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授 高野正氏 |
■「Platform by SIM-Drive」技術
技術解説は、同社の技術顧問を務める慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授の高野正氏が行った。シムドライブの技術の中心となるインホイールモーターは、車輪の中にモーターを配置したものだ。インホイールモーターでは、減速機を使い回転子を内側に配置する「ギアリダクション方式インナーローター構造」のものが多く提案されているが、シムドライブでは、減速機を用いず回転子を外側に配置する「ダイレクトドライブ方式アウターローター構造」を採っている。これにより、モーターを車体側に置く「オンボード型」に比べると、航続距離を30%~50%程度も伸ばすことができるだけでなく、車体を有効利用でき、また構造の単純化が可能になると言う。
もう1つの中核技術である「コンポーネントビルトイン式フレーム技術」は、床下に中空構造の強固なフレームを作り、その中に電気自動車に必要な電池、インバーターなどの主要部品を入れてしまう構造体である。
このフレームと、前述のインホイールモーターを組み合わせたものを、同社では「Platform by SIM-Drive」と呼んでいる。Platform by SIM-Driveを用いることで車体の軽量化ができ、デザインの自由度が増すことによって空気抵抗低減にも繋がると言う。
SIM-Drive概念図 | ダイレクトドライブ方式アウターローター構造のインホイールモーター |
■試作車体のデザイン
今回試作する車体については再び清水氏が登壇し解説した。開発する車格の候補は軽自動車、小型車、中型車、高級車だが、まだ基本的なことは決めておらず、2013年ごろにどのような車種が必要とされるかを参加機関で検討して決定すると言う。電気自動車の弱点と言われる航続距離は300kmを目指す。
清水氏は、「電気自動車は大量生産すればガソリン自動車同等、あるいはそれ以下の価格を実現できる。当面、電池代は高めになるがランニングコストはガソリンに比べて安価になる。トータルで見れば安価になるのではないか」との見通しを語り、電池と自動車を分離して販売することが合理的な選択と述べた。同社ではその販売方針を採ると言う。
また、自動車は機能だけでは商品性を持たない。機能的で美しいデザインも必要になる。今回の車体デザインのディレクターはフェラーリのデザインを手がけるなど世界的に著名な奥山清行氏、チーフデザイナーはEliicaのデザインを行った江本聞夫氏、ゼネラルマネージャーは欧米、アジアでのデザインビジネス経験が豊富な畑山一郎氏が務め、世界最高レベルのデザイン体制にしたと紹介した。会見では、セダン、コンパクト、スポーツタイプの電気自動車のコンセプトイラストが示され、奥山氏からのビデオメッセージが流された。
今回の参加事業体には、自動車メーカーや部品メーカー、電力会社のほか、自治体も入っている。参加団体は全部で34だが、参加を公表している団体は28。各参加企業はいずれも電気自動車時代が間もなく来るという確信を持っていると言う。また、直前になって参加意志を表明した企業も複数あることから、今年夏頃には第2号の開発を始める予定だと述べた。
セダン、コンパクト、スポーツタイプの電気自動車のコンセプトイラスト | デザイン体制。ディレクターは奥山清行氏が努める | 先行開発車事業第1号への参加機関。自動車メーカー、自動車部品メーカーのほか、地方自治体なども参加する。参加を非公表としている機関もある |
いすゞ自動車会長 井田義則氏 |
参加団体からも会見では挨拶があった。いすゞ自動車会長の井田義則氏は、同社での電気自動車バスの開発について言及し「電気自動車の技術は乗用車だけでなく、トラックやバスの開発を革新的に変えてしまうものだと考えている。社会的にも注目されている車両を1日も早く実現するためにプロジェクトに参加することは大きな名誉でもある。我々はいかに早く量産化できるところに技術を持ち上げていくか、量産化の技術を求められていると考えている」と述べた。
三菱自動車工業 取締役副社長の前田眞人は、数年前から清水教授とインホイールモーターの技術交流をしていたと語り、2005年に同社のテストコースでEllicaを走らせたときに加速の素晴らしさに感服したと述べた。また同社でも2004年からインホイールモーターの開発を続けていることについて触れ、「インホイールモーター車は自由なデザインや広い居住空間だけでなく、高効率化により、地球温暖化対策に大いに貢献するもの。新しい技術なので課題もあるが、参加団体の技術をもってすれば必ず解決できる」と語った。
大手自動車部品メーカーである帝国ピストンリングの平出功代表取締役会長兼社長は、自動車の機能部品であるピストンリングを主力製品としている専門メーカーが電気自動車開発に参加することについて述べた。リーマンショック以降、自動車が小型化、低燃費のニーズが高まり、予想以上に早く電気自動車の時代が来るのではないかと考えていると言う。このような流れは、エンジンのコア部品を作っているメーカーにとっては大きなリスクともなる。
そのため、電気自動車のコア技術を習得しておく必要があるのではないかと考えていたところ、清水教授からオープンソース、参加企業の技術者育成などが必要であるという考えを聞き、電気自動車の専門技術を持たない同社にとって、参加する意義が極めて高いと考えたのだと言う。「グローバルに見ると自動車という製品の市場はまだまだ拡大すると考えられるし、中国やインドでの生産拡大も急務。またさらなる低燃費対応が経営課題であることは確かだが、今回の参加をもとに電気自動車研究に従事していく」と述べた。
続けて、シムドライブ取締役の羽鳥兼市氏が挨拶に立った。羽鳥氏はEliicaの操縦性や加速に衝撃を受けて、「電気自動車の時代が間違いなく来る」と感じたのだと言う。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)ではまだまだ車が伸びる。羽鳥氏は米国の電気自動車ベンチャーであるテスラ・モーターズを引き合いに出し、日本でもこれだけの参加企業が参画すれば、素晴らしい車を世に送り出せるのではないかと述べた。
三菱自動車工業取締役副社長 前田眞人氏 | 帝国ピストンリング代表取締役会長兼社長 平出功氏 | シムドライブの取締役でもある、ガリバーインターナショナル代表取締役会長の羽鳥兼市氏 |
シムドライブ取締役 藤原洋氏(株式会社ナノオプトニクス・エナジー代表取締役社長、株式会社インターネット総合研究所代表取締役所長) |
最後にシムドライブ取締役の藤原洋氏が、「環境エネルギー革命を牽引する事業ビジョン ~電気自動車とスマートグリッド/情報グリッドとの融合~」と題した講演を行った。
藤原氏によれば、日本はこれまで「改良技術立国」だったが、電気自動車では日本の発明が大きな役割を果たしており、このプロジェクトには産学連携で日本が発明/発見立国となれるかどうかという役割もあるのだと言う。また、テレビ放送用の空き部分、すなわち隙間周波数である「ホワイトスペース」と、賢い電力網と呼ばれる「スマートグリッド」構想は、どちらも、電気自動車産業に大きな役割を果たすものだと述べた。
電気自動車は「エネルギーと情報の地産地消型モデル」を牽引するものだと藤原氏は続けた。再生可能エネルギーを必要な場所で必要なだけ発電し消費する「地産地消型エネルギーグリッド」と、ホワイトスペースをコアとした「地産地消型情報グリッド」、そして両者がプラグインハイブリッド車や電気自動車によって融合するというイメージだと言う。
藤原氏はエネルギー利用情報の地域内への発信、再生可能エネルギー発生源からの情報、地域内のうずもれていた情報の発信、自然環境情報のモニタリングなどに電気自動車が中核的な役割を果たしていくとビジョンを語った。
再生可能エネルギーによる地産地消型エネルギーグリッド | ホワイトスペースを核とした地産地消型情報グリッド | 地産地消型エネルギーグリッドと地産地消型情報グリッドの融合 |
会場からの質問に対しては、電池の標準化の重要性や、スマートグリッドへの接続に関する標準化動向、海外での連携などが強調された。今後、アメリカにも事業所を作り、各国での普及活動、参加企業を募っていきたいと考えていると言う。藤原氏は「大事なことは日本がガラパゴスにならないように、外交をしっかりやることだ」と述べた。清水氏は、オープンソースでの技術開発としてのメリットを十分活用していくと語った。
(森山和道)
2010年 1月 22日