日産、VQエンジンのふるさと「いわき工場」全面復旧
「迅速な復旧が日産のシンボルになった」とカルロス・ゴーンCEO

VQエンジンの生産ラインを前に、被災状況などについて語る日産自動車CEO カルロス・ゴーン氏

2011年5月17日



 3月11日に発生した東日本大震災により、いわき工場(福島県いわき市)が被災した日産自動車。当初復旧見込みを3カ月程度としていたが、4月18日に一部生産を再開、5月17日にフル生産が可能な全面復旧となった。サプライヤーの一部に供給の問題があり、依然としてフル生産体制とはならないが、すでに2直体制での生産を行っており、これまでに供給できなかった台数、取り崩してしまった在庫の回復を目指して、可能な限りの生産を行っていく。

 これにあわせ、同社CEOであるカルロス・ゴーンCEOがいわき工場を訪問。従業員に対し、復旧作業への労をねぎらった。

 いわき工場は、1994年1月に稼働を開始したエンジン生産工場で、生産能力は56万基/年。フーガやスカイラインに搭載される日産の主力V型エンジンであるVQ型エンジンを生産している。

VQエンジンを製造するいわき工場。地震による、建物そのものへの被害はなかったいわき工場に展示されていたVQエンジンの第1号機

 震度6強の揺れにより、いわき工場の建屋はまったく問題がなかったものの、床面には段差や地割れによるひび割れができ、生産機械が傾いたりするなどの甚大な被害が出たうえ、電気や水道などのインフラが途絶。その後、復旧作業が7~8割ほど進んだところで、4月11日に震度6弱の余震が発生し、再び、生産機械への被害が発生した。

 余震での被害があったにもかかわらず、当初3カ月程度と見込んだ復旧期間を短縮する形で、フル生産体制が整ったことになる。

 ゴーンCEOは、生産担当の常務である櫻井亮氏、いわき工場の工場長である小沢伸宏氏とともに登場し、復旧作業について語り始めた。

ゴーンCEOの登場を待ついわき工場の従業員中央から登場したゴーンCEO奥から、ゴーンCEO、櫻井亮 生産担当常務、小沢伸宏 いわき工場 工場長
壁に貼られていた寄せ書き。上部のものは、同じVQエンジンを製造する北米日産のデカード工場から送られた横浜工場とテクニカルセンターからの寄せ書き日産の首脳陣からの寄せ書き。中央の“GAMBATTE KUDASAI”がカルロス・ゴーンCEOからのメッセージ

 「前回工場を訪ねたときに、小沢工場長は全力を尽くしていわき工場を過去最短で戻してくれるとコミットメント(約束)してくれた。全面復旧の際には、私を招待しますと言ってくれた」と復旧のリーダーである小沢工場長へ謝辞を述べ、甚大なる被害を当初見込みを下回る期間で普及した全従業員に対して「皆さんがコミットメントを守ってくれた。いわき工場は、その迅速な復旧が日産のシンボル、いや、日本のシンボルとなったと言っても過言ではない」と力強く語る。

気持ちを込めて語るゴーンCEO

 そして、震災は被害を受けるなどの悪い面もあるが、災害から学ぶ面もあったとし、「今後は、いわき工場に対して災害に対応できるような投資をしていく。今回の被災の結果、もっと予防できると言うことが分かった。天災に完全に戦えるわけではないが、予防措置として、(地震などの)影響を最小限に抑える手立てはある」と言う。

 具体的には、今後30億円をかけて、工場地盤の強化を行っていく。実際、今回の地震でも、地盤を強化したところは問題なく、強化していないところが沈下するなどの影響が出た。東海地区の工場では、地震対策を行っていたものの、福島県では大規模地震が想定されておらず、その影響が出たためだ。

 このようにいわき工場に対して投資していくということは、今後も日本でもの作りを行っていくことの表明にほかならず、大きな意味を持つと言う。

 また、ゴーン氏は全面復旧した2011年5月17日を特別なものとするために、特別社長賞を設定。通常、日産では年に1度社長賞を授与しているが、この特別社長賞は異例のもの。賞の盾をデザインセンターの中村史郎氏がデザインし、右半分の素材を3月11日にいわき工場の生産ラインで使われていたアルミ、左半分をスチールとしている。このスチールは工場スタッフの鋼のような現場の力強さを表しているとし、小沢工場長に手渡された。

全面復旧を記念して贈られた特別社長賞の盾。右半分がアルミ、左半分がスチール素材となる
ゴーンCEOから、小沢工場長に手渡された特別社長賞の盾を片手に語る小沢工場長。盾は、いわき工場のエントランスに飾られる

 小沢工場長は従業員を代表してお礼を述べるとともに、「我々はすべての生産ラインで復旧を完了した」と宣言。「震災から2カ月たって、やっとこの日を迎えることができた。土日もみなさんと一緒に、この日のあることを思いながら、復旧してきた。今月から世界の人が待ち望んでいるVQエンジンを供給できることを、大変うれしく思っています。これは、全員の力でなしえた偉業だと思っている。これに甘んじることなく、世界最高品質のVQエンジンを送り込みたい」と言い、我々のチャレンジはまだまだ続くと締めくくった。

 最後に、ゴーンCEOを中心に従業員一同で“いわき工場復活の掛け合いコール”を実施。「我々いわきは完全復活したぞ!!」「そして震災前よりもさらに高い能力でフル生産を開始するぞ!!」という声が工場内に響き渡った。

“がんばっぺ! いわき”の旗を片手に持ち、“いわき工場復活の掛け合いコール”を従業員とともに行うゴーンCEO

震災の跡が残るいわき工場
 フル生産体制となったいわき工場だが、各所に震災の跡が残っている。主な被害は前述のように、地盤沈下による生産設備の破損などで、精密な製造環境を要求されるエンジン製造工場だけに、機械の水平がずれることは致命的。ひび割れに対しては、コンクリートを敷き直し、地盤沈下に対しては、機械の下部に鉄やコンクリートのスペーサーを入れることで、レベルあわせを行っていた。

 小沢工場長によると、震度4程度なら生産設備にミクロン単位でのずれは起きないが、それを超えるような余震の際は調整が必要になるとのこと。ただ、それも鋼管を地盤に5mピッチで打ち込んで地盤を強化することで、耐性は上がる。この強化工事はこれからの作業となるが、30億円を投入して、VQエンジンのふるさとをより強固なものとしていく。

自然吸気やターボなど、さまざまなタイプのVQエンジンがラインを流れるいわき工場工場内には、5月11日の震災により15~20cmの段差ができた。スタッフの足下にその段差が見られる段差
手前と奥の高低差を吸収するため、機械の下部には高さ調整のコンクリートや鉄の板がはめ込まれている工場の各所で、この程度の段差を見ることができた
震災前は、無人搬送車(AVG)を使って工場内の部品の移送を行っていた。震災後は各所に段差ができたため、フォークリフトに変更フォークリフトの位置合わせのために、輪留めを新たに設置。輪留めにあわせるだけで、正しい位置にフォークリフトを寄せられる。治具を普段から使う工場ならではの発想こちらは、エンジンを2階のラインに移送するエレベーター。30度ほど傾いてしまったと言う
暑い夏などに工場内に風を送る送風機。銀色の部分は新たに設置した個所となり、以前取り付けていたものは落下してしまったのこと震災前はC型クランプのみで吊っていたが、震災後はサブレールなどを使い、簡単には落ちないような工夫をした

(編集部:谷川 潔)
2011年 5月 18日