【インプレッション・リポート】
ホンダ「フィット ハイブリッド」

Text by 岡本幸一郎


 2001年に登場した初代フィットは、コンパクトなボディーに広い室内空間、自在なシートアレンジや、軽快な走り、優れた燃費、そして低価格と万人受けするルックスと、ヒットする要素を持ち合わせたクルマで、Bセグメントのあり方に革命を起こした。フィットの躍進を尻目に、ライバルメーカーは「フィットのようなクルマ」の開発を急ぎ、やがてそれは続々と発売されるにいたった。

 本家のフィットは、2007年にフルモデルチェンジして2代目へ。ボディーサイズがひとまわり大きくなったフィットを、LPLの人見氏は「初代に対しあらゆる要素を引き上げた」とアピールした。あのプリウスが出るまでは月販でもほぼトップに立ち、プリウスが出てからも2番手を維持し続けているのは立派としか言いようがない。

 そしてフィット(海外名ジャズを含む)は、日本を含む8つの国と地域の全10拠点で生産され、世界の約115ヵ国で、累計350万台以上が販売されてきた。日本だけでも、この9月に販売累計150万台を達成した。その現行フィットが、発売から3年、マイナーチェンジを実施。同時に、フィット ハイブリッドが追加された。

 そんなマイナーチェンジしたばかりのフィットに乗る機会を得られたのでそのリポートをお届けしたい。今回は中でももっとも気になるフィット ハイブリッドだ。スポーツモデルのRSにも乗ることができたので、そちらは後日リポートしたい。

もっとも売れてるクルマだからこそハイブリッドに
 コンパクトカーの新境地を切り開いたフィットが、今度はコンパクトカーにハイブリッドという新たなチャレンジに打って出たのである。価格帯はインサイトのボトムよりも30万円も低い、159万円からとされた。

 まずこのクルマの開発の背景から述べると、インサイトの企画が先にあって、後からIMAを流用してフィットに搭載したような気がするところだが、実はそうではない。まずはコンパクトカーとして最適なもの=フィットをしっかり作り、もっとも売れているそのクルマにハイブリッドを組み合わせることで、より環境にも貢献できるというわけ。ホンダではむしろ先に開発を進めていたと言う。

 ただし、そこでひとつの大きな問題が立ちはだかった。空力ボディーを持つインサイトは、30.0km/Lの10・15モード燃費を達成したが、フィット ハイブリッドでは、30.0km/Lがなかなか出なかったのだ。ただでさえフィットは、マイナーチェンジ前で24.0km/Lという低燃費を達成していた。IMAの力を借りれば、けっこう簡単に達成できそうなイメージがあるかもしれない。ところが、フィットは空力ボディーではないし、ベース車に対する車両重量増は、ハイブリッド搭載の恩恵とのバランスを考えると相殺される部分も大きい。

フィットとしての存在感を残しながらも、バンパー形状の見直しなどにより空力性能を向上。グリルはハイブリッド専用デザインでリアゲートにHIBRIDのエンブレムがあしらわれる

 なかなか目標値に届かず開発陣にとっては苦悩の日々が続いたと言う。それでも、数字だけ追い求めれば、それなりのやり方はあったはず。ところが開発陣は、あくまでドライバビリティを損なわないことにこだわり続けた。タイヤ、軽量化、細かなことを積み重ね、チリも積もらせて30.0km/Lに乗せた。この中で、空力についての改良は、マイナーチェンジしたベース車にも盛り込まれている。フロントバンパーを空力のため開口部をオチョボグチにしただけでなく、実はフロントフェンダーの形状も従来に比べて変わっている。

 エクステリアについては、ベース車のマイナーチェンジで変更された要素はもちろんハイブリッドにも盛り込まれているのだが、ハイブリッドでないフィットとの外観の差は、メッキ+クリアブルー塗装を施したヘッドライトフロントグリルと、バッヂ程度。ボディーカラーに専用色としてライムを用意したのも特徴的。ちなみに、ハイブリッドじゃなくてもこの派手なカラーを欲しいという人が少なくないらしい……。

 そして、IMAのほうも、システムとしてはインサイトと同じだが、より軽量なフィットに合わせて、チューニングは燃費とドライバビリティをバランスさせたところに上手く合わせ込んでいる。もちろんインサイトと同じくECONモードがあるが、これは今回のマイナーチェンジでハイブリッド以外のフィットにも採用されている。

ハイブリッドのハード面は、基本的にインサイトと同じ。しかしセッティングはフィットに合わせ込んだものとなっている

インサイトより上手くしつけられたハイブリッド
 走ってみると、トヨタのハイブリッドと違って、ベース車と何かが大きく違うわけではないのだが、やっぱりハイブリッドは走りやすい。燃費を云々いう前に、ハイブリッドは運転しやすいことを強調したい。踏み込んだ瞬間にモーターが太いトルクを発するので、流れに乗せやすいのだ。フィーリングとしては、実際には増やしているそうだが、モーターがアシストする感覚は、インサイトよりもちょっと控えめに感じられた。

 大きく違うといえば、走っている間よりも、むしろ止まった時。今や普通の内燃機関を積むクルマでも、アイドリングストップ車がちらほら出始めているが、フィットの場合、アイドリングストップするか否かというのは、ベース車とハイブリッドの大きな違いだ。そしてそのアイドリングストップの仕方もいい按配だ。インサイトでは意表をついて再始動するなどいたらなさも見え隠れしたが、「こうであって欲しい」という人間の感性に合ったものになったように感じられた。

 また、とても静かだ。ハイブリッドだから静かなのかと思いきや、「ハイブリッドのイメージに合うよう、静かにした」とのこと。どういうことかというと、ハイブリッドカーは「静か」というイメージがあるけれど、実際は、電気モノの音が結構するので、決して静かではない。しかも、耳慣れない音が多く、あまり気持ちのよいものではない。そこで、遮音材を増やして対処しているのだと言う。乗っていると、ときおり後ろからバッテリーを冷やすためのファンが作動して掃除機のような音が聞こえるのは、ベース車との違いだが、不快に感じるほどではない。

 ECONと標準モードでは、明確な差があるが、普通に走る分には、ECONモードで十分だ。車両重量の増加は車検証によると、フロント50kg、リアが70kgの計120kg重くなっていて、これによるハンドリングや乗り心地の違いも感じ取れる。サスペンションも、車両重量増に合わせて専用セッティングされており、タイヤは、標準の1.3が、横浜ゴムのASPECであるのに対し、ハイブリッドはダンロップのENASAVEとなり、タイヤ自体はけっこう硬めだが、乗り心地はマイルドになっている。

 また、前後重量配分が、いくぶん均等に近づいているので、コーナリングやピッチングの前後バランスの感じも好ましい方向に行っている。

 燃費については、公表値を出すのが難しいのはベース車と同様だろうが、傾向としては、大体2割り増し程度の差は、どんなシチュエーションでも出るのではないかと思われる。

ハイブリッドならではのアシストは走りやすさに繋がる。前後重量バランスの改善によりハンドリングも良好。信号停車時のアイドリングストップはハイブリッドならではの機能だ

ハイブリッド車でもユーティリティの犠牲は最小限
 インテリアでは、シャンパンメタリック塗装の専用インテリアパネルや、ハイブリッド車ならではのエコドライブの状況を表示するアンビエントメーターなどを採用した専用メーターが与えられている。さらなる実用燃費の向上を目指してドライバーの低燃費運転を支援するエコアシスト(エコロジカル・ドライブ・アシスト・システム)も装備されている。

 前後シートの作りには、ベース車との違いはない。ミニバン的な開けた視界と頭上や足元の広さを持つフロントシートはそのまま。センタータンクレイアウトにより、後席の座面を跳ね上げると、1280mmもの室内高が得られるという強みはそのままだ。乗降性に優れるリアシートに乗り込むと、タンクがあるので、後席に座ったときの前席の足入れ性はよろしくないが、着座姿勢がアップライトなので、まず問題ないだろう。

 フィットならではの居住性やシートアレンジといった特徴は、ラゲッジルーム以前については、ベースグレートと同等のものをそのまま与えられている。ただし、ハイブリッドならではの大きな違いがあるのが、ラゲッジフロア下だ。ここは、ベース車では、アンダーボックスになっているのだが、ハイブリッドでは、ここにバッテリー等IPU(インテリジェント・パワー・ユニット)が搭載される。そのため、最大荷室高がベース車の1200mmから245mm小さくなり、ベース車ほど背の高い荷物を積むことができなくなっている。まあ、それでも後席のスペースが前述のようになるので、実用上は問題ないだろうが。

フィット ハイブリッドのインパネ。専用加飾でメーターもハイブリッドならではのもの
キャビンの広さはスタンダードなモデルと同じ後席はリクライニングもできる
フル乗車でも実用的な広さのあるラゲッジ6:4分割可倒式シートでさらに広くフラットなラゲッジにもなる
シングルフォールディングながら、座面が下がるのでフラットな荷室を実現。また座面を跳ね上げれば、高さのある荷物も積めるラゲッジ床下の収納がない点だけが、スタンダードモデルに譲る部分

 また、メーカーオプションのHonda HDDインターナビシステムは、通信費無料で各種情報サービスを気軽に利用できるリンクアップフリーに、多彩なルート配信が可能なインターナビ・ルートとエコアシストの機能を、同社で初めて同時採用している。詳しくは関連記事を参照してもらいたいが、とにかくカーナビも進化してより便利になり、しかも通信費が当初は無料とご理解いただければと思う。

メーカーオプションのHonda HDDインターナビシステムには通信費無料のリンクアップフリーもセット通信端末はウィルコムだ

 つまるところどういうクルマかと言うと、カタログ等でうたっているとおり「フィットのよさをそのままに、ハイブリッド化したかった。」という、まさにそんなクルマ。価格差は、単純に比較すると、30万円ぐらい違いそうな印象を持つが、遮音材などのプラスを考えると、純粋にハイブリッド化という意味では、20万円弱とのこと。さらに購入時に税の優遇もあるので、実質的なコストの違いはもっと小さくなる。

 ただし、フィット ハイブリッドは、ハイブリッド専用車ではないので、ハイブリッドカーを所有するという意味での満足感は薄いかもしれない。また、価格差がそれほど大きくないといっても、ベース車も燃費に優れるので、経済性で元を取ろうというのはなかなか難しいだろう。

 ベース車からよくできているので、この価格でこれほどの価値を持っているクルマは世界中探してもないと思う。そしてハイブリッドでは、失っているものもなくはないが、それ以上によいものをたくさん身に着けた。フィットのプラスアルファとして、ハイブリッドに興味があり、そのよさを理解できる人は、多少の価格差を気にせず、ぜひこちらを選ぶべきではないかと思う次第である。

2010年 12月 2日