【インプレッション・リポート】
メルセデス・ベンツ「SLS AMG」

Text by 岡本幸一郎


 


 このクルマの存在が明らかにされたのは、2009年秋のフランクフルトショーだ。すぐさまドイツ本国において販売が開始され、さらに翌2010年春から欧州各国でも発売。

 日本では、2009年の東京モーターショーに出展されるはずだったのだが、ご存知のとおりメルセデスが出展を取りやめたため、内見会という形で見込み客のみに披露された。日本への導入については、2010年6月に正式に発表され、秋にデリバリーが開始された。執筆時点で筆者はまだSLSが街を走る姿を見かけたことはなかったが、すでに200台近くが納車されていたようだ。

実はお高くない?!
 SLSは、AMGが外部の手を借りることなく、初めてイチからフルに手がけたスーパースポーツカーである。このクルマの広報車(メーカー/インポーターが取材/試乗用に用意している車両)を、あまり特殊なお願いをすることなく拝借できることにも少々驚いたのだが、考えてみると2430万円という車両価格は、メルセデスとしてはべらぼうに高いわけではない。

 AMGのラインアップの上のほうとそんなに変わらないし、むしろもっと高いクルマだっていくつもある。それでも、「SLRマクラーレン」が6000万円近くしたことを考えると、もちろん十分に高価ではあるとはいえ、キャラのかぶるSLSがどうしてこんなに安いのか不思議な気もしなくない……。ボディがカーボンではなくアルミだからといわわれればそれまでだが、まずはこの価格を実現したことがSLSの大きなポイントのひとつに違いない。

 そして、言うまでもなくデザインがもう1つの大きなポイントだ。すでにF1のセーフティーカーとして活躍する姿は、画面を通して何度か目にしていたのだが、東京都心の現実的な風景の中に置いたSLSは、やはり異様な感じがした。

 走るとかつてないほど熱い視線を浴びたように感じたのは、もはやポルシェやフェラーリには見慣れているであろう都内の人々にとっても、強烈なインパクトがあったからだろう。すれ違う対向車や、隣の車線を並んで走るクルマのドライバー、歩道の通行人など、いろんな人が目で追っていた。ただ、若い女性があまり興味を示していないように見えたのが、なんとなく悔しい……。

インテリアはかつて味わったことがない空間
 さて、撮影車両の「AMGアルビームシルバー」というボディカラーは、なんと150万円のオプションだ。ガルウイングドアを持ち上げ、分厚いサイドシルを越えて乗り込むのだが、この際にドア内側のグリップ部分を持ちながら乗り込むのがツウといわれているらしい。たしかに身体だけ先にシートに収まってしまうと、ドアまで手が届かなくなってしまう。

 ドアについては電動化も検討されなかったわけではないらしいのだが、スペース的に機構を収めるのが難しく、また運動性能に直結するルーフ部分の重量増を避けたいという意図もあって、採用に踏み切られなかったようだ。

 コクピットはとてもタイト。低いシートに収まると、頭上も迫っているし、目の前には太いAピラーに囲まれたフロントスクリーンがせり立っている。その前方には、前端がどこにあるのかわからないほど長いボンネットがある。こんな感覚の空間は、今まであまり味わったことがない。

 撮影車両のインテリアカラーは、鮮烈な「クラシックレッド/ブラック」。個々では他のメルセデス車との共通部品は見受けられるものの、レトロモダンな意匠は、他のモデルにはない独特の雰囲気をかもし出している。

 オプションのAMGインテリアカーボンファイバーパッケージ(価格105万円)により、内装の各部にカーボンパーツがふんだんに使われているのも雰囲気を盛り上げてくれる。

 電子リミッターの作動する317km/hを公称する最高速度に合わせてか、スピードメーターも360km/hまで刻まれている。一方タコメーターを見ると、レッドゾーンは7200rpmあたりから赤の破線が始まり、7500rpmから実線となっている。

 

荒々しく豪快、でも精密なエンジン
 エンジンスタートボタンを押すと、演出の意味も込めてか派手な音を放つブリッピングとともに目覚めるエキゾーストに驚かされる。フロントアクスル後方に搭載されたエンジンは、一連のAMGモデルでおなじみのM156型6.2リッターV型8気筒ユニットをベースに、高度なチューニングを施したM159型ユニットで、ドライサンプ化することで搭載位置を低めているのも特徴。最高出力420kW(571ps)/6800rpm、最大トルク650Nm(66.3kgm)/4750rpmというスペックは、AMGのV8の中でももちろん最強だ。

 ドライブすると、恐るべき瞬発力と、どこから踏んでも突き抜けるかのような強力なパワーに圧倒されてしまう。「ポルシェで言うGT2クラスの動力性能を自然吸気のまま追求した」らしく、さすが0-100km/h加速が3.8秒というのもダテではない。

 フィーリングは荒々しく豪快で、官能的とか繊細という言葉はあまり似合わない感じだが、実際には、このレスポンスとパワー/トルクを手に入れるがために、レーシングエンジンなみに精密なことをやっている。

 そして、トランスアクスルレイアウトの採用により、強大なエンジンパワーは、アルミ鋳造製トルクチューブを介して、後方のゲトラグ製の7速デュアルクラッチトランスミッション(DCT)に伝達される。ドライブシャフトは、超軽量のカーボン製だ。

 トランスアクスルというと、センタートンネル内で、減速されずエンジンと同じ回転数のプロペラシャフトが回転するわけだが、これによる振動や騒音を完璧に処理しているところもさすがである。 また、動力源からホイールまでが非常に高い剛性で接続されており、おかげで鋭いレスポンスも高い出力も、そのままあますところなくダイレクトに路面に伝えることができている印象だ。

 DCTのドライブモードは、「C」「S」「S+」「M」4つのモードが選択可能で、誰でもイージーに最速のロケットダッシュを決めることのできる「RS」(レーシングスタート)も選べる。

AMGの意地
 ハンドリングもすばらしい。総アルミホディにより車両重量は1620kgに抑えられ、さらにフロントミッドシップとトランスアクスルのレイアウトを採用することで、47:53の重量配分を実現しているのも特徴。13.6とクイックなステアリングレシオも手伝って、驚くほど俊敏な回頭性を身に着けている。

 そして、箱根ターンパイク程度の、そこそこハイペースなワインディングをけっこう気合を入れて攻めても、限界ははるか上にある印象。クルマのかなり後方よりにドライビングポジションが置かれているため、ドライバーよりもはるかに前にフロントタイヤがあり、オシリのすぐ後ろにリアタイヤがあることによる操縦感覚も独特だ。

 ミッドシップやリアエンジンと違って、フロントにも常時、ある程度の荷重が確保されているので、荷重が抜けてアンダーステアになることもないし、キャビン後方に重量物がないので、スピンモーメントに陥りそうな不安感もなく、すばらしい回頭性と、安定したオンザレール感覚の走りを常に楽しむことができる。

 ESPはスポーティな走りに対応しており、トラクションとタイヤのグリップとパワーと兼ね合いの探り方は、相当に緻密な仕事をこなしている。

 撮影車両には、ノーマル比でスプリングレート+10%、ダンピングレート+30%というAMGパフォーマンスサスペンションや、カーボンセラミックブレーキ、フロント19インチ、リア20インチの鍛造アルミホイールなどが与えられる「AMGパフォーマンスパッケージ」(価格175万円)が装着されていた。

 正直、快適性という面では閉口する部分もなくはないが、走りの楽しさは超一級品! そのあたり、スポーティモデルですらあくまで快適性や安定性を重視することの多い他のメルセデス車とは異質で、SLSはとてもエキサイティングだ。このままSLSをサーキットに持ち込みたくなってしまった。

 ブレーキについては、熱が十分に入るまではカックンとなって扱いにくいものの多いカーボンセラミック製としては、薄いブレーキングでわずかに減速したいようなシチュエーションでは気を使うものの、ずいぶん市街地での一般使用でも扱いやすいようチューニングされているところもさすがである。

 そして、SLRマクラーレンの後継的な立場に位置づけられるこのクルマの生まれた背景としてヒシヒシと感じるのは、AMGの意地だ。やはりAMGとしても、こういうクルマを作りたかった、こんなクルマを作れるということを見せたかったのだろう。それは、たとえばフェラーリやポルシェに対しても、あるいは本体のメルセデスに対しても、である。

 SLRでは、メルセデスは車両開発をマクラーレンに任せ、AMGにはエンジンのみを供給させた。それがAMGとしては大いに不満だったに違いない。そこで、AMGとしてもこうしたクルマを作ることができることを知らしめ、さらにはSLRがあの価格だったのに、SLSは半分以下でやってのけたわけだ。

 そんなSLSは、筆者にとって、もし現時点で好きなクルマを何でも買えるとしたら、フェラーリよりもポルシェよりも欲しいクルマになった。

 そしてSLSは、決して一発屋ではなく、今後シリーズモデルとしてずっと存続していく予定という。年内にはロードスターも追加される予定だし、ゆくゆくはさらなるハイパフォーマンスモデルも出てくるはずだ。実に楽しみである。


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2011年 4月 14日