【インプレッション・リポート】
フィアット「500 ツインエア」

Text by 飯田裕子


 


 3534×1625×1515mm(全長×全幅×全高)の小柄な体(ボディ)で、現代社会やユーザーの求める楽しさや環境性能などを満たすべく確実な変化と進化を続けているフィアット「500」(チンクエチェント)。

 2008年に日本で発売開始された3代目フィアット500は、翌年には「500C」(カブリオレ)も登場。日本発売当初1.2リッターエンジン搭載モデルのみのラインアップだったが、その2カ月後には1.4リッターエンジン搭載モデルがグレード数を増やしつつラインアップに加わり、その後もアバルトモデルや様々な限定モデルのリリースなど、話題と注目を集める登場が続いている。

 「今がボクの(ワタシの)フィアット500の買い時」とばかりに心を揺さぶるこのマーケット戦略はフィアット グループ オートモービル ジャパンによるところではあるが、今年2月に国内販売台数1万台を突破したのはやはりフィアット500の自身の魅力であり実力だ。

 犬の頭を撫でるしぐさのように、片手のひらで包み込みたくなるような柔らかなボディシェイプや、つぶらなヘッドライト。サイドドアミラーは、現代のミニバンなどのそれを見慣れているととても小ぶりに見えるが、視界の確保は十分。フィアット500のサイドミラーの形状と配置は、小さな耳を周囲に欹てているかのように見えなくもない。

NUOVA500

 どんなに頑張っても、華やかな優雅さや他を圧倒する威圧感を持つことは無いのではないかと思えるのは、生まれたときから慎ましさみたいなものを持ち合わせているからではないか……。味方は増えても敵を作ることのないキャラクターは、20年間で400万台も製造され、今でも世界中のファンに愛されている先代「NUOVA(ヌオーバ)500」のDNAを受け継いでいると思わずにはいられない。

 見た目と味わい(誘惑)はコンビニのレジのわきに置かれた甘辛いみたらし団子のよう……。動物や赤ちゃんに触れたとき、彼らから与えられる癒しに似た感情を抱き、愛おしい気持ちいっぱいの笑顔で見つめ返したくなる……そんな主観を語りだしたら止まらなくなってしまう、というのもフィアット500の持つキャラクターの魅“力”といしか言いようがない。

2気筒エンジンでダウンサイジング
 しかし気持ちを切り替えて、今回のニューモデルフィアット「500 ツインエア」のメイントピックを紹介したいと思う。魅“力”と成りえるかはそれぞれの価値判断に委ねるところではあるが、「力=パワー」の源である新開発のエンジンと、このエンジンを搭載したドライブフィールは超特筆ものだ。

 このエンジンはアルファロメオ「ミト」ですでに採用されている「マルチエア」テクノロジーを直列2気筒875ccに取り入れ、インタークーラー付ターボと組み合わせている。最高出力は63kw(85PS)/5500rpm、最大トルクは145Nm(14.8kgm)/1900rpm。ちなみにトランスミッションはフィアット500の多くのモデルにも採用されている5速シーケンシャル(フィアット名:デュアロジック)だ。10・15モード燃費はベースグレードの「ポップ」が21.8km/L、上級モデルの「ラウンジ」と「500C」が21.2km/L。アイドリングストップ機能も搭載されている。

直列2気筒ツインエアエンジントランスミッションはATモード付きの5速シーケンシャル「デュアロジック」

 まさか……とは思うが、ここでサラリと読み流してもらっては困る部分がある。このエンジン、875ccの「2気筒」エンジンなのだ。

 そもそもその昔(もう昔と呼ぶにふさわしい時代だろう)、軽自動車も2気筒だった。2気筒から3気筒へと気筒数を増やしていった背景には、パワーアップと振動低減など、エンジンのクオリティ向上という狙いがあった。しかし気筒数を増やしていくと、その分だけエンジンのフリクション(摩擦抵抗)が増え、エネルギーロス=燃費向上の妨げになる。そこで各メーカーは既存のエンジンに対し(エンジンだけではないのだが)、さまざまな技術を用いてフリクション低減を図っているのが現実だ。

 フリクションを減らすのには、排気量を下げることが気筒数を減らすより効果があると聞いている。そこで小さい排気量のエンジンとターボを組み合わせて、パフォーマンスを上げるというアイディアが生まれる。これがエンジンの「ダウンサイジング」の発想で、フォルクスワーゲンなどは多くのモデルにこのアイディアを取り入れてきているのはご存知の方も多いだろうか。

 改めてこのたびフィアット500に搭載されたツインエアのことを考えてみると、小排気量にターボエンジンを組み合わせたダウンサイジングを、さらに気筒数を減らし2気筒でやってのけ、燃費向上につなげているのだ。それもマルチエアという先進のエンジンテクノロジーとともに……。

500 ツインエアの直列2気筒エンジン。下段左と中の写真の下部に、振動を軽減するためのバランサーシャフトが見える

 

ツインエアのヘッド部。左が排気バルブ、右が吸気バルブで、吸気側がマルチエアになっている。吸気側にはカムシャフトの代わりにソレノイドバルブ(電磁弁)がある

マルチエアテクノロジーも搭載
 マルチエアテクノロジーは吸気側のバルブを油圧制御しているのが大きな特徴だ。普通のエンジンの場合、吸気・排気バルブのリフト量や開閉タイミングをカムシャフトでコントロールするが、マルチエアの吸気バルブは油圧と電子制御ソレノイドバルブの採用によって、バルブ開閉やリフト量を“自在に”コントロールすることができる。

 例えばパワーを重視したい場合には吸気バルブを「長く開く」ようにしたり、低回転域でのトルクを求める場合にはバルブの開閉時期を「早めに閉じる」ようにしたり……と。さらに1回の吸気行程の中で、バルブの開閉時期とリフト量の可変動作を組み合わせることで、エンジン回転数全域において理想的なバルブタイミングを実現させることができるのだそうだ。

 これにより吸気効率の大幅な向上やポンピングロスの低減、レスポンスの向上なども可能にしている。おかげで燃料消費の低減とともにCO2の排出量も10%低減しているという。

右がツインエア。左は1.2スポーツ

 果たしてフィアット500ツインエアは、現在日本でフリクションを減らす市販されているガソリンエンジンを搭載した自動車の中で、最も少ない気筒数のエンジンを搭載したモデルということになる。そして同じ排気量の従来型エンジンに比べ、パワーは約10%、トルクは約15%向上。

 参考までにこのエンジンの発揮する85PS/14.8kgmというパフォーマンスと21.8km/Lの燃費も含め他の500モデルと比較すると、1.2リッター+デュアロジックのパッケージの「ポップ」は59PS/10.4kgmで、燃費は19.2km/L。1.リッターL+デュアロジックは100PS/13.4kgmとなり、燃費は13.8km/Lだ。

 この新開発されたエンジンが環境性能とパフォーマンスを高いレベルで両立しているのはデータスペック上でも明らかである。ちなみに国産車の10・15モード燃費は実際の数値との差が大きいこともあるが、欧州車はその差は極めて少ないと思う。先日私が500 1.2スポーツ(5速MT)に乗った際の燃費は、高速と一般道を普通に走って16.6km/L。カタログ値は17.2km/Lだ。

申し分ないパフォーマンス
 エンジンをかけるとクランキングの「ブロロ~ン」という音と振動がある。静かに走り出すと「バタバタバタ~」という音とともに、ステアリングやフロアのあたりからわずかな振動が伝わってきた。2気筒エンジンには、やはり振動がある。それは確かだった。

 しかし、この感覚はそこはかとなく懐かしさが漂い、私をワクワクさせてくれた。「どんどん行こうぜ、もっと走れ~」とばかりに。古いクルマが好きで憧れはあるが、そういうクルマの運転経験がそれほど豊富ではない私にとっては、現代のモデルでそんな感覚を味わえるところにグッときた。

500 ツインエアのエンジン音

 久しぶりにデュアロジック(トランスミッション)に乗ると、シフトチェンジのタイムラグや変速時のショックに違和感を覚えるが、少し走ればカンが戻り、場合によってはマニュアルモードでより自分好みに走らせることも可能だ。

 街中でのエンジンパフォーマンスは全く申し分ない。赤信号や右折待ちなどで停止すると、「スタート&ストップシステム」(アイドリングストップ機能)によってエンジンが停止し、ブレーキを緩めると「ブロロ~ン」とエンジンが再始動する。私個人にとってこの再始動の瞬間がたまらない。燃料消費を抑えつつ、独特のエンジン始動の合図をドライバーに送ってくれるのだ。

 市街地走行でさらに燃費を高めるために効果的な装備として、このモデルにはインストゥルメントパネル(オーディオの下)に「ECOスイッチ」がある。ノーマルモードとエコノミーモードの2パターンがあり、トルク制御とパワーステアリングのアシスト量、デュアロジックのプログラムが変わるのが特徴だ。

アイドリングストップ機構を装備。ダッシュボードのスイッチでキャンセルできるECOスイッチはオーディオの下、ハザードスイッチの左メーターパネル上部の「1」がギアポジション、その左の「E」がECOモード表示。ノーマル時は消える。アイドリングストップ中は下部に「S」のマークが表示される

 具体的にはノーマルモードではカタログスペックの145Nm(14.8kgm)/1900rpmを発揮するが、エコノミーモードではエンジンの発生トルクを100Nm(10.2kgm)/2000rpmに制限し、デュアロジックの制御プログラムが切り換わる。パワーステアリングはアシスト量を増やし、ノーマルモードにくらべやや軽い手ごたえになる。またエコノミーモードを選んだ際には、メーターパネル内のマルチファンクションディスプレイに「E」マークが点灯し、視覚による走行モードの確認も可能だ。

 一方、高速道路でアクセルをめいっぱい踏み込むと、小排気量エンジンであることを忘れる。スピードメーターの速度表示に急いで目をやり、アクセルを緩めないといけないほど、力強いトルクとパワーを発揮する。100km/h程度のクルーズ走行など、その速度を維持できる分のアクセル量を保っている右足の感覚からすると「まだまだ行けるよ」と言わんばかり。そしてそのまま速度を上げていくことには問題も不満もないが、再加速や郊外の勾配のきつい坂での発進の際にトルク不足を感じた点は否めない。

エンジン以外も依然として魅力的
 ちなみにボディもサスペンションなど既存のモデルから変更はない。高速走行時の直進でもコーナリングでも、ボディの剛性感の高さは感じられ、安定感は十分。乗り心地は、走行シーンの全般で足元の引き締まった感じがするが、硬くはない、ちょうどいい印象が得られた。

 それでいてコーナーではタイヤグリップの高まりとともにやや重く変化するステアリングフィールが、十分なインフォメーションをドライバーに送ってくれる。攻めるような走行はしていないが、ライントレース性も十分でスイスイと走る感覚を楽しめた。

 ブレーキフィールは、街中でも高速走行においても既存のモデルと何ら変わりなく、思い通りの減速や停止が可能だ。安全性を高める電子デバイスを加えて紹介しておくと、EBD(電子制御式制動力配分機構)付のABSが標準装備であるのはもちろんのこと、横滑り防止装置「ESP」にはいくつかの付加機能も採用されている。

 「ASR」という滑りやすい路面での発進や加速時の駆動輪(FFなのでフロントタイヤ)のタイヤの空転を防ぐ機能、「MSR」というエンジンブレーキを活用し制動力をコントロールして駆動輪のロックを防ぐ機能、「HBA」というパニックブレーキ時により高い制動力を発揮してくれる機能、そして上り勾配での坂道発進を補助してくれるヒルホールドシステムだ。7つのエアバッグの標準装備も含め、小ぶりなボディにも高い安全性を備えたモデルであることも頼もしい。

 実用面については、最小回転半径は1.2リッターモデルと同じ4.7mであり、言うまでも無く小回りは利く。コンパクトなボディであることはもちろんだが、ドアミラーやAピラー周辺に死角が少ないのもいい。

 また運転席にはハイトアジャスト機能も装備されており、小柄な女性でもフィアット500のドライブを安全に楽しめるポジションをとることができる。このシートは様々な欧州車の中でも小柄な体型のドライバーに優しいと言える。

 インテリアはいわゆる「高級感のある」という表現を用いるようなタイプの質感ではないが、シンプルさと“デザインされている”と感じるバランスが絶妙だ。

 リヤシートスペースは、身長161cmの私がドライバーの場合、その後席に同サイズの男子/女子が座るのであれば窮屈なスペースではないはずだ。ラゲッジスペースも決して大きいとは言いがたいが、後席のアレンジも含めボディサイズに対するスペース効率は悪くない。小物系の収納については国産と比べ少ないが、それはこのモデル、いや欧州車でそこにこだわってしまったら選べるモデルは極少なくなるだろう。ただし、ドリンクホルダーの深さくらいはもう少し欲しい……。

 フィアット500 ツインエアの導入によって、モデルラインアップは3種類のエンジンを中心に、さらに増えた。ツインエアの音や振動についての印象は個人の価値観によって分かれるところかもしれないが、燃費がよく、安全性能が高く、走行パフォーマンスも十分なこの500シリーズで、“そこはかとない懐かしさ”を味わえるのはこのモデルだけだ。

 ちなみに、先代のNUOVA500も空冷式ではあたっが2気筒だった。この新型エンジンはコンパクトでもあるため、ハイブリッドにも適しているという。長い年月を経て、今またフィアットの人気者に搭載された2気筒エンジンは、現代のドライバーにとっては新鮮なドライブフィールと、懐かしい匂いを感じさせ、さらに未来へと進んでいくようだ。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 4月 15日