【インプレッション・リポート】
ポルシェ「ケイマンR」

Text by 河村康彦


 “R”の称号が与えられたポルシェ──それが特別な存在であるというのは、クルマ好きならば誰もが直感的に理解できることだろう。

 実際、初めてそのモデル名に“R”の記号が刻まれた1967年の「911R」も、「モータースポーツに参加するため19台のみが生産された」という“特別なポルシェ”だった。市販バージョンの911クーペをベースに樹脂製パーツの採用などで軽量化を図り、最高出力210PSを発生するカレラ6用のエンジンを搭載……そんなこのモデルはそのデビュー後、様々なレースでそのポテンシャルの高さを証明。敢えて固定式とされたリアスポイラーと共に外観を印象付ける標準装備のサイドデカールは、そんな当時の911Rが用いたものにオマージュを抱いた結果、「ケイマンR」にも採用されたアイテムだと言う。

 そう、ここでの主役であるケイマンRも、カタログ・モデルではありながら“特別なポルシェ”と紹介できる1台なのだ。

コンベンショナルなチューンを施された“特別なポルシェ”
 ミッドシップ・クーペの新しいフラッグシップ――そう銘打たれたケイマンRのベース車両に対するリファインは、基本的にはひと足先に登場をして世界のマーケットで絶賛を浴びた「ボクスター スパイダー」と同様の手法によって行われている。

 まず手掛けられたのは大幅な軽量化。同クラスのライバルに比べるとそもそも軽いポルシェだが、「911ターボ」から譲り受けたアルミニウム製のドアで15kg、薄型のスポーツバケットシートの採用で12kg、さらには、ドアポケットの廃止やドアトリムの縮小、メーターフードやカップホルダーの省略、そしてドアオープナーのストラップ化等々とシンボリックな軽量化策も重ねて行った結果、欧州DIN規格によるMT仕様車の重量は1295kgを達成。日本規格による測定法でも1340kgと、ベースであるケイマンS比で55kgの軽量ぶりをアピールする。

 それでも、ボクスター・スパイダーが誇らしげに語る「ベース車両比で80kgの軽量化」にまでは及ばないのは、向こうではソフトトップを簡素なデザインの手動脱着式に変更するという“大物メニュー”が含まれていたからだ。

 軽量化以外のリファインのメニューも、やはりボクスター・スパイダーのやり方に準じている。

 今やポルシェの各車がこぞって用いる電子制御式の可変減衰力ダンパー「PASM」を敢えて使わず、独自のチューニングが施されたコンベンショナルなサスペンションを専用で採用。そもそも、パワーパックの荷重が駆動輪である後輪上にしっかりかかることで基本的に優れているトラクションの能力は、駆動方向で22%、減速方向で27%というロック率を備えるメカニカルなLSDを標準装備とすることで、さらなる増強が図られている。

 このモデルが“特別なポルシェ”であることを外観からも端的にアピールする、リトラクタブル機構が外された固定式のリアスポイラーは、大型化したフロント・リップスポイラーとのセットによりフロント側で15%、リア側で40%と揚力を低減させる機能アイテムでもある。単にカタログを飾るだけの“ドレスアップ・パーツ”などを採用しないのは、さすがにポルシェらしいポイントだ。

 

スパルタンだがしなやかで実用的
 前述のようにアルミ化されたことで明確に触感が軽さを増したドアを開き、メーターフードが省略されたドアオープナーがストラップ式へと変更されたりしたことでベース車両とは一線を画するスパルタンな雰囲気が醸し出されるキャビンへと乗り込む。

 薄型で、なるほど見た目上でもいかにも軽そうなシートは、同時に特にそのクッション部の彫りの深さが優れたホールド性を連想させる。実際にそれが極めて高いサポート性を発揮してくれることは、後のサーキット走行のシーンでも強く実感させられた。

 一方で、そのクッションの薄さが快適性を阻害するのではないかと少々心配になったが、いざ走り始めるとそれが杞憂に過ぎなかったことはすぐに納得できた。実はこのモデル、「より短くて硬いスプリングと専用レートを持つ前後のスタビライザーを用い、ダンパーも硬めのチューニング」と説明されるサスペンションを用いるにもかかわらず、その乗り味はPASM付きのベース車両に匹敵するかのごとき、しなやかさすら感じさせてくれるものであったのだ。

 さすがに市街地で補修パッチ上を通過すると、それによる揺すられ感は少々強めに伝えられるが、それでもこのレベルならば嘘偽りなく「毎日の街乗りに使うにも抵抗がない」と断言できる。加えれば、先のバケットシートがもたらす乗降性も、見た目よりは遥かに“案ずるより産むが易し”という印象が強いから、そうした雰囲気はなおさらなのだ。

 前後に外観から察する以上に大きなラゲッジスペースを用意するケイマンは、実は2シーター・クーペの中にあっては随一と表現してもよい実用的なパッケージングの持ち主だった。そんな特長はもちろん「R」になっても、何ら損なわれてはいないわけだ。

 新たに採用した簡易タイプのソフトトップが1人では脱着が困難なデザインで、フットワークのテイストもベース車両より遥かにスパルタンになり、日常シーンでは少々の“覚悟”が必要なボクスター スパイダーに比べると、ケイマンRに課せられた使い勝手上のハードルはずっと低い。

 中でも、全般にハード化をされたはずなのにもかかわらず、快適性への影響が最小限で済んでいるフットワークの仕上がりは、やはりボディのポテンシャルがより高く、不快な振動をたちまち封じ込めてしまう、クーペならではの特性ゆえであるのかも知れない。いずれにしてもケイマンRの仕上がり具合は、単純に「ボクスター スパイダーのクーペ版」という雰囲気ではないということだ。

911カレラを凌ぐ?スポーツカー・フィーリング
 そうは言っても、そんなケイマンRの走りの刺激度は、もちろんベース車両であるケイマンSのそれを確実に凌ぐ高さであることは間違いない。ダイレクトなハンドリングの感覚、シャープな身のこなしなどは、そもそもケイマンというモデルが得意中の得意として来た分野ではあるが、このモデルではそうした美点がさらに集中的に磨き抜かれた印象が強い。その意味では、このモデルは「最もハードコアなケイマン」という表現も当たっている1台ではある。

 路面に張り付くように安定したコーナリング……と、こう表現をすると、見方によってはどこか人工的で、“クルマに操られている”かのような走りのテイストを想像されてしまうかもしれない。

 しかし、ケイマンRのコーナリング・フィールというのは確かに低重心感と安定感に溢れてはいるものの、その主役となっているのはあくまでもドライバー自身という感覚。そして、そんなこのモデルの走りの基本テイストは、国際試乗会のメニューの中に用意されていたサーキット走行のセッションの中で、さらに明確になった。

 まさに自分の手足のごとく自在に操れるという感覚は、スポーツ派のドライバーであれば誰もがその虜になるであろうもの。そして、もしかするとそんな身の丈に即したスポーツカー・フィーリングは、かの911カレラをも凌いでしまっているのではないかと、フとそんなことも考えさせられた。

 そう、もしかするとこのケイマンRは、911シリーズこそがブランドのイメージリーダーであり、また今後もそうあるべきと考えているはずのポルシェ社にとっては「パンドラの箱」を開けることになってしまったのではないかという危惧も感じさせるモデル。

 間もなく、モデルチェンジのタイミングを迎える次期911が、そんな現状を踏まえてどんな手を打ってくるのか? ケイマンRのピュアなスポーツカーとしてもはや文句の付けようのない仕上がりを知ってしまった今、今度はそんな期待を感じさせられるようにもなって来た。


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http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 6月 10日