【インプレッション・リポート】
ジャガー「XKR-S」

Text by 河村康彦


 

 ユーラシア大陸の最も南西端に位置するポルトガルという小国の、そのまた殆ど最南端と表現をしてもよい部分にあるのが、ファロと名付けられた人口6万人ほどの小都市。訪れれば、乾いた空気の下に、何とも穏やかでのんびりとした雰囲気が心地よいそうした土地に、FIA(国際自動車連盟)とFIM(国際モーターサイクリズム連盟)という4輪と2輪のモータースポーツの世界を代表する組織から承認を得た、素晴らしい設備を誇る国際サーキットが存在する。

 2008年10月の完成以来、ルマン・シリーズやGTチャンピオンシップ、GT3ヨーロピアン・チャンピオンシツプなどのイベントが開催されたほか、F1のテストなどにも用いられているというここ「アルガルベ・サーキット」の全長は4648m。右回りで用いられるこのサーキットの特徴は、緩急様々な18のコーナーと同時に、前方視界が一時的に失われるほどにタイトな、いくつかの“ギャップ”が存在することだ。

 そんなタフな舞台をメインに開催されたのが、今年春のジュネーブ・モーターショーで初披露されたXKR-Sの国際試乗会。ジャガーのこの手のイベントにはここ10年来逃さず参加をしているが、ここまでサーキットにフォーカスをしたプログラムは、これまでの記憶にはないものだ。

 そう、そんなこのモデルの作り手であるジャガー自身、「史上最強かつ最速の量産型スポーツカー」であり「史上で最もドライバーに重点を置いたモデル」と紹介するのが今回の題材。サーキットという、今回のイベントのメインステージは、そんなこのモデルのキャラクターを端的にアピールするための、ジャガーが迷わず選択した舞台装置でもあったというわけだ。

 そうした一方で、「ジャガーでサーキット試乗会」というのがどうしてもピンと来ないという人も、まだ中には居るかも知れない。そもそも「ジャガーって、“英国紳士のためのサルーン”で、サーキットなど似合わないのでは?」と、彼らの言い分はおそらくそうしたものであるはずだ。

 なるほど、一時期の日本では確かにこのブランドの作品を、“ジェントルでゴージャスなイメージ”を前面に打ち出しつつ、訴求していた時期もあったもの。それではジャガーは、ここに来て突然の心変わりをしたという事なのか!?

 いや、実はこのブランドがサーキットと切っても切れない関係にあるのは、歴史上からも裏付けられる事実。1948年にリリースされた「XK120」に始まる2シーター・モデルや、1950年代の「Cタイプ」や「Dタイプ」といったレーシング・マシンは、そんな「ジャガーとサーキットの密接な関係」を象徴する典型的な具体例だ。世界で大ヒットを飛ばした往年の「Eタイプ」が生まれてからちょうど50年という今年に世に送り出されたXKR-Sは、そんな黄金時代の復活を改めてアピールする、イメージリーダーと言ってもよいかもしれない。

リファインされたボディー
 そのネーミングから「ベース車両がXKRのクーペである」ということは誰もが容易に連想できるであろうXKR-Sは、しかし、ブランド力強化のためのイメージリーダーとしての役を担うためだけに送り出されたモデルではなさそうだ。なぜならば、その内容は単に外観をドレスアップし、新たなボディーカラーを設定などというレベルには留まっていないからだ。

 新時代のジャガー・シリーズ全体のデザインを司るイアン・カラム氏率いるデザイン開発陣は、このモデルにまず究極的な空力のリファインを加えている。

 最高速がリミッターによって250km/hに制限されたベースのXKRから、一挙に50km/hも引き上げられ、“300km/hクラブ”への仲間入りを果たしたことを受けるかのように、ボディーデザインにはまず、「揚力を26%低減させる」というリファインが実施された。具体的には、フロントバンパー・サイドのインテークや、下端部のカーボンファイバー製スプリッター、リアのウイングタイプ・スポイラーやバンパー下部のディフューザー調処理などが、それを目的としたアイテムと考えられる。

 一方、XKシリーズならではの長いノーズ先端に、左右一対で新設されたスリット状の横長型インテークは、エンジン・パワーの増加によって高まった要求放熱量増大への対応と推測がつく。

 いずれにしても、そうしたこのモデルならではのボディー各部のリファインが、結果として見た目の迫力を大きく増したのは間違いない。“名は体を表す”ならぬ「体がキャラクターを象徴する」のが、XKR-Sの新たなスタイリングでもあるわけだ。

 このモデルならではのホットな走りを連想させる“見せ場”は、インテリアにも用意された。まずドアを開くと目に飛び込んで来るのが、サイド部分にカーボンレザーを配したいかにもサポート性のよさそうな強い立体形状を持った「パフォーマンス・シート」。ステンレス製ペダルや本革巻のステアリング・ホイールにも専用のデザインが与えられている。

 もっとも、そんなXKR-Sのインテリアはスパルタンというほど過激なイメージには仕立てられていないのもまた事実。合法的に2名が乗車可能なリアシートは残されたままだし、前述のシートにはスライドやリクライニングはもちろん、16ウェイもの電動調整が可能な機能が備わる。デュアルゾーン式のエアコンや自動防眩ルームミラーなども標準装備で、シリーズのホッテスト・バージョンとは言え、そこは例えばポルシェ911のGT3のようなモデルとは、クルマづくりの考え方が少々異なるということだ。

ハイパワーでも“直線番長”にあらず
 そんなXKR-Sで、冒頭に紹介のサーキットのピットレーンを加速する。この時点で誰もを“やる気”にさせるのは、ベースのXKRが放つそれよりは音色が明確に鮮烈で、ボリュームも明らかに大きいそのサウンドの成せるわざだ。

 「パフォーマンス・アクティブ・エギゾーストシステム」なるネーミングが与えられた排気系を備えたこのモデルのサウンドは、しかしフルアクセル時にはなるほどそうした大層な名前が決して恥ずかしくない、素晴らしくスポーティなV8サウンドを周囲に放ってくれる。自らドライビングしていても、そんな音色に聞き惚れてしまいそうになるが、車外からストレートを駆け抜ける様を間近にすれば、多くの人が「これがジャガーの音なのか!」と驚きと感動を新たにするに違いない。

 もちろん、実際の走りのポテンシャルもそんなサウンドに音負け(?)しないものだ。

 エンジンの回転数など殆ど関係ないのではないか!? と、そう思えるほどに低回転域でもアクセルONと同時にドンと押される加速感は、やはりターボ付きエンジンの持ち主とはひと味異なるもの。コンピューターのチューニングやインタークーラーの変更などによって手に入れたという、XKR比で40PSと55Nmというエンジン出力の上乗せの末に実現された、わずかに4.4秒という0-100km/h加速のタイムは、やはり伊達ではないのだ。ちなみ、そうしたデータはメルセデス・ベンツ SL 63 AMGの値すら凌駕するもの。少なくとも、2輪駆動モデルとしては「世界最高峰」と表現できる数字であるのは間違いない。

 と同時に、フロントにスーパーチャージャー付きの5リッターV型8気筒エンジンを搭載するというそんなモデルが、決して“直線番長”には仕立てられていない点にも感心をする。

 そもそも、どのジャガー車に乗っても感動を受けるのが、決して軽量・コンパクトなモデルではないのに、そうしたカテゴリーのモデルを彷彿とさせる、ヒラリヒラリと“蝶の舞”のように軽やかなハンドリングの感覚。そして、パワーと加速力で“ジャガー・ピラミッド”の頂点に立つこのモデルからも、そうした感覚はやはり失われてはいない。

 その上で、レーシング・スピードでサーキットを駆け回ってみると「よくできたFR車は扱いやすい」という、かつてはよく耳にしたフレーズが蘇ってもくるのだ。いつでも得られるビッグパワーに、軽やかで自在なハンドリング、そして常に信頼に足る強力なストッピングパワー……と、そうした様々な“走りの質のコンビネーション”が、このモデルにそんな感覚を植えつけている。

 ところで、フロントのスプリングレートを28%、リアのそれを32%も高め、10mmのローダウンも行ったという“硬派”な足回りを備えるこのモデルでサーキットを後にすると、今度は予想と期待を遥かに上回る、その快適性の高さにも驚かされた。

 さすがに、フロントが255/35、リアが295/35という20インチのピレリPゼロが路面凹凸を拾った際の“当たり”感はねそれなりに鋭いもの。しかし、その先のサスペンションの動き自体はすこぶるしなやかで、特に電子制御式の可変減衰力ダンパーのモードを「コンフォート」にセットした際の乗り味というのは、高級サルーンにも匹敵するほどと表現しても過言ではない。

 4輪が、路面を離さずにヒタ走る感触は、これぞ“ジャガー・マジック”と言ってもよさそうだ。

 自ら「ライバルは911ターボやSL 63 AMG」と豪語するこのモデル――しかし、その実力を知れば、「それもごもっとも……」と納得するしかないXKR-Sの実力なのである。

 

ジャガー XKR-S
全長×全幅×全高[mm]4794×1892×1312
ホイールベース[mm]2752
重量[kg]1753
エンジンV型8気筒DOHC 5リッター スーパーチャージャー
最高出力[kW(PS)/rpm]404(550)/6000-6500
最大トルク[Nm(lb-ft)/rpm]680(501)/2500-5500
トランスミッション6速AT
駆動方式2WD(FR)
前/後サスペンションダブルウィッシュボーン
定員[名]2

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http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 9月 21日