【インプレッション・リポート】
メルセデス・ベンツ「SLK55 AMG」



 女性にも人気が高くユニセックスなデザインが売りのクーペカブリオレ、メルセデス・ベンツ「SLK」。SLKのフルモデルチェンジは昨年行われたのだが、9月のフランクフルトショーでベールを脱いだ「SLK55 AMG」はただのハイパフォーマンスモデルではなかった。試乗会場はアメリカ西海岸のカリフォルニア。サンフランシスコの市街地を抜け、コークスクリューで有名なラグナセカ・レースウェイまで1日たっぷりの試乗距離。太平洋を臨むカリフォルニアの海は最高の輝きだ。

 エンジンはAMG製のV型8気筒5.5リッター直噴。従来からある5.5リッターのV8ツインターボエンジンをベースに開発したもので、12.6の高圧縮比から最高出力422PS/6,800rpm、最大トルク540Nm/4,500rpmというハイパフォーマンスは、AMGマニアを唸らせるに十分なスペックだ。今までなら、これだけで十分なインパクトを持つモデルとして誰しもが納得しただろう。何せAMGなのだから。しかし、新しいSLK55 AMGはそれだけでは終わらない。さらに先進的な技術が盛り込まれているのだ。それは環境への配慮だ。

 通常、ガソリンエンジンの高性能直噴は150barあたりがMAXの燃料噴射圧だった。しかしSLK55 AMGはさらに高い200barの燃料噴射圧で、クリーンディーゼルにも使う高価なピエゾインジェクターを採用したガソリン直噴ユニットなのだ。ピエゾインジェクターを採用すれば噴射の回数をより多く、またきめ細かい制御が可能となる。また、この噴射圧は100~200barの間でバリアブルに電子制御コントロールされている。

 さらに、「AMGシリンダーマネージメント」と呼ばれるシリンダーシャットオフ機構が採用されている。シリンダーシャットオフとはいわゆる気筒休止システム。低負荷時にV8エンジンのうちの2、3、5、8番の4つのシリンダーを停止させ、燃費を大幅に改善させるのだ。これは“C”モード走行時に800~3600rpmで動作する。その“4気筒モード”に於いても最大トルクは230Nmを発生するというから十分な力を持っている。実際、走行中も体感的にはいつV8から4気筒モードに移行したのか、気付きにくいほど滑らかな制御だった。

 これまでにもこのようなシステムは存在していた。GMやクライスラーなど、主に大排気量V8エンジンの米国車などは気筒休止システムによって燃費の改善に光明を見出すべく早くから取り組んできた。基幹技術としては基本的に同じだが、AMGの凄いところは停止しているその気筒の吸排気バルブまで、完全に閉じた状態になること。また燃料噴射と点火もカットされる。これによって、停止している気筒の抵抗損失を低減しているのだ。

 実は、このテクノロジーはF1からフィードバックされたものとなる。F1マシンはピットインやセーフティカー出動時、さらに低速コーナリング時にV8のうち2本または4本の気筒を停止していて、その技術をもとに市販車にフィードバックいるのだと言う。F1のレギュレーションも年々変化していて、今やレース中の燃料補給が禁止されている。ガソリンの比重は約0.75なので1リッターにつき750gほど。搭載する燃料が少なければそれだけ軽くなり、運動性能もよくなるというわけだ。つまり、F1マシンも燃費がよいに越したことはないわけで、メルセデスのF1チームはこんな技術を開発していたということに驚きを覚えた。

 さらにアイドリングストップシステムも加わり、燃費は8.4L/100km(約11.9km/L)となる。これは400PSオーバーのスポーツカーでは驚異的な燃費と言ってよいだろう。またCO2排出量も195g/kmとなっている。これらは先代モデルに比べて約30%の軽減というから、これからのスーパースポーツも建て前以上にしっかりとエコを追求しなくてはならない、という世の中の常識が見えてくるのだ。

 個人的に、本来ハイパフォーマンスエンジンにはそのまま直球のパワー追求型でいってほしい、という想いがある。それは、直噴エンジンになるとスワールと速燃焼域の確保のためにピストンに凹状の窪みを付ける必要があるからだ。しかし、これは圧縮比を上げるにはネガティブな要素で、さらにピストンそのものが重くなる。そのため、ここからさらにパワーを上げるというチューニング作業は不可能に近いのだ。いわゆるフリクションを少なくして抵抗損失を抑え、パワーを上げていくという手法がメインになってくる。これはこれですごい技術なのだけれども、やはり直球ではない。そこが個人的には悲しい。しかし、これからはそんなエコを無視したわがままは通用しないのだ、と理解している。

 軽量化にも取り組んでいて、クランクケースは100%アルミ製としている。これによってエンジンの単体重量は187kgとV8ユニットとしてはかなり軽量である。

 AMGのエンジンは職人の手によって組み上げられ、完成後にはその職人のサインが入ったプレートが貼り付けられることで有名だが、このV8エンジンの組み付けはさらに手が込んでいる。ピストンとの摩擦を軽減するためのホーニング加工に於いて、シリンダーヘッドに見立てた冶具を使って疑似ヘッドを組んでホーニングを行うのだ。これは、ヘッドなしでホーニングするとシリンダーヘッドを組み込んだ時にひずみが出るので、それをなくすための作業となる。まさにレースエンジンと同じ、徹底的なフリクション対策が行われているというわけだ。

 さて、ボタン1つで20秒以内に開閉するメタルトップのルーフをオープンにして、カリフォルニアの海を眺めながらのドライブは実に素晴らしいものだった。そして、サスペンションはやはりAMGらしく締まっている。海岸沿いの路面はかなり荒れているので、時にはっきりと突き上げを食らうが、それが気になるどころかスポーティーにさえ感じさせてくれる。ケチをつけたくなる部分もあるにはあるが、そこを黙らせてしまう。これがブランドというものだろう。

 ただし、ひとたび本気モードを出せばそのサスペンションが力強い味方になる。荒れた路面でもタイヤはしっかりと路面を掴んでいて、トップエンドの7,000rpmプラスαまでそのトルクをしっかりと路面に伝えてくれるのだ。ちなみに0-100km/h加速は4.6秒と、どんなハイパフォーマーと比べてもそん色がない。アクセルを戻せば排気音が大きく変わり、シリンダーシャットオフが作動したことをディスプレイを見なくとも判断できる。

 実は、左右のリアサイレンサーにフラップを設け、低負荷などの2,000rpm以下ではフラップを閉じて静音させているのだ。まるでジキル&ハイドのように、2つの異なる性格がこのエンジンには存在していると言えるが、このフラップの効果で聴覚的にそこを強調している。

 トランスミッションには、いわゆるトルクコンバーターの7速AT「7G-TRONIC プラス」を採用している。トルコンの代わりにクラッチを採用するAMGのシステムを、どうして採用しなかったのか質問したところ、そこは快適性を重視したとのことだった。

 ところで、オプションにマジックスカイコントロールを搭載したガラス製パノラミックバリオルーフがあるのだが、これはガラスルーフをボタン1つでクリアモードからダークモードへと切り替えられるという優れもので、次期SLにも採用される予定だ。

 SLK55 AMGは環境を見据えた、インテリジェントでいながら暴力的な一面を持つ、現代のスポーツカーだった。


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2012年 2月 6日