【インプレッション・リポート】
スバル「インプレッサ WRX STI spec.C」

Text by 岡本幸一郎


 2010年7月にWRX STI がマイナーチェンジし、半年たらずが経過したタイミングで、spec.Cの2010年モデルと、チューンドバイSTIあらため「tS」が発表されたのはお伝えしたとおり。

 tSは、上質なグランドツアラーを追求したという性格の持ち主だったが、「Competition」の頭文字が与えられたspec.Cのコンセプトは、もちろんこれまでと同じく、モータースポーツでの戦闘力をも視野に入れた、絶対的な走行性能の向上にある。

 前作の2009年モデルは限定販売だったため、売り切れて以降は、spec.Cのようなクルマが欲しいといわれても手に入らない状態が続いていた。そこで、ベース車のマイナーチェンジに合わせてアップデートしたspec.Cが発売されたというわけだ。ベースモデルのインプレッサがフルモデルチェンジをし、すでにディーラー在庫限りとなっているspec.Cだが、改めてここに紹介しておく。

 エクステリアについて、spec.Cであることを表すバッヂ類も見当たらず、よく見ると、ブレンボ製ブレーキキャリパーがゴールドにペイントされていたり、タイヤにセミレーシングタイヤのようなパターンのブリヂストン製POTENZA(ポテンザ) RE070を履いていたりという違いはあるものの、一見したところでは、ベースモデルのWRX STIとの差はほぼないように見える。

STIバッヂは各所にあるもののspec.Cであることを主張するものはない

 ところが、見た目はWRXと同じでも、アルミ製フロントフードや、フロントウインドー、フロント&リアドアウインドーの専用薄板ガラスなど、軽量化のためのパーツ置換が行われているし、ボンネットに収まるバッテリーも小型化されている。

spec.Cには17インチ仕様と18インチ仕様があり、試乗車は18インチ仕様。245/40 R18のPOTENZA RE070を標準装着する。トレッドパターンも、ランド比の高いものとなっている

 なお、ボディーカラーについては、ベースモデルでは6色が設定されているが、このspec.Cは、サテンホワイト・パール、オブシディアンブラック・パール、スパークシルバー・メタリック、WRブルー・マイカという4色となっている。2009年モデルにあった特徴的なイエローの設定はなく、ベースモデルにはあるプラズマブルー・シリカ(濃いめの青)と、ダークグレー・メタリックは選べない。

 一方、インテリアはベースモデルと結構違う。ファブリックとジャージを組み合わせ、赤いステッチをあしらった専用バケットシートが用意されており、さらに18インチタイヤ仕様車にはオプションでレカロ製シートも設定されている。

 また、spec.Cといえば、かつてはルーフベンチレーターが与えられていたのだが、2009年モデルのspec.Cと同じく、このクルマにも与えられていない。その理由として、そもそもルーフベンチレーターの役割に、ちょっとした誤解があるのだが、これは走行風を室内に取り込んで涼を得るためのものではない。

 走行風によりコクピット内の空気圧が上がるため、ダート走行時などに下まわりからホコリが車内に侵入してくるのを抑えることができるというのが本来の役目なのだ。逆に普通の状況で使うと開口部から空気中を舞うホコリが車内に入り込むので、一般ユーザーにとってはメリットはない、とのことだった。

インテリアメーターパネル。レッドゾーンは8000rpmからSI-DRIVEのコントローラー
spec.Cは6速MTのみアルカンターラ&本革のレカロ製シートはメーカーオプション

 そのほか、外から見えない部分で、走りに影響する重要なところにもかなり手が加えられている。エンジンについては、軸受けをボールベアリングとしたツインスクロールターボチャージャーやインタークーラーウォータースプレーを備えるのは、2009年モデルと共通。

 エンジンユニットにおける、8Nmのピークトルクの向上は、ハードウェアの変更はまったくなく、専用ECUのみによってもたらされたものである。これは、グループNとなると話は別だが、国内のジムカーナ競技については、ほぼノーマルECUのみ使用が許されているため、そのまま競技で使うことを視野に入れたマッピングとされたわけだ。

最高出力227kW(308PS)/6400rpm、最大トルク430Nm(43.8kgm)/3200rpmを発生するEJ20型水平対向4気筒ターボエンジン

 最高出力227kW(308PS)/6400rpm、最大トルク430Nm(43.8kgm)/3200rpmを発生するパワーユニットだが、最大トルクを発生するエンジン回転数が、1200rpm低くされており、より低い回転域からトルクが立ち上がる特性とされている。全開走行時には、たしかにトルクアップしているように感じられた。

 逆に一般道でハーフスロットルを多用するシチュエーションにおいては、理屈にやや反して、むしろSI-DRIVEを一番スポーツ走行向きな「S#」にセットしたほうが走りやすいように感じられたのだが、それはなぜか…? その理由と思われる要素が、スロットル開度の制御にありそうだ。

 ベースモデルでは、アクセル操作に対してクルマがギクシャクしないよう、ある程度なますことで、実際の電制ストッロルの反応をマイルドにして乗りやすくしているところ、spec.Cでは、乗りにくくなることを承知で、あえてケーブルでつながっているようなダイレクトな反応としている。これはアクセル操作で、よりシビアにクルマの挙動をコントロールできるようにするためだ。さらに、フリクションの小さいボールベアリングをターボチャージャーの軸受け部に採用しているため、ピックアップも向上している。

 SI-DRIVEを「S#」にしたほうが運転しやすく感じたのは、おそらく極限まで削られたターボラグとリニアなスロットル制御など、すべてのレスポンスが上がっていることに対して、より高出力の「S#」の出力特性のマッチングがよかったから、ということではないかと考えられる。

 また、インタークーラーウォータースプレーは、ここぞというときに自動的に水を吹いて吸気温度を下げて、よりパワーを引き出してくれる。燃料ポンプの構造も変更されていて、高いGがかかった際も安定した燃料供給が得られるようになっているのも、スポーツ走行を楽しむユーザーにとってはありがたい。一般使用ではあまり関係ないが、限界走行においてはけっこう重要なポイントだ。

 足まわりについては、2009年モデルではスプリングおよびダンパーがベース車に対して強化されていたのだが、2010年モデルではベースモデルと共通となっている。というのは、マイナーチェンジ後は、ベースモデルでも十分な運動性能を持っているとの判断からだと言う。実際、マイナーチェンジ後はベースモデル自体が、2009年モデルのspec.Cよりもハードなセッティングが施されていると聞けば納得できる。

 であれば、乗り味もベースモデルと大差ないのでは、と思うところだが、そんなことはない。ベースモデルやtSでは、タイヤにPOTENZA(ポテンザ)RE050を履いていたところ、spec.Cは2009年モデルと同じく、まるでセミレーシングタイヤのようなRE070を履くのが大きな違い。ホイールも、軽量タイプの専用18インチアルミホイールを採用し、バネ下重量の低減を図っている。

 さらに、タイヤ変更による入力の増大に対応すべく、フロントサスペンションは、クロスメンバーのエンジンマウント結合部とボディー取り付け部に補剛クロスメンバーが与えられている。ちなみに、これを単品で装着したいと考えるベースモデル所有者もいるだろうが、アッセンブリーでの交換が必要なので、結構高くつくことを覚悟すべし。

 また、パワーステアリングのオイル吐出量が増えている。ベースモデルでは、素早いステアリング操作をしたときにアシスト遅れを感じることがたびたびあったのだが、とりあえず試乗時に試した限りでは、それを感じることはなかった。そのほか、レスポンスとコントロール性の向上のため、リアデファレンシャルに機械式LSDが与えられているのも、ベースモデルとの大きな違いとして挙げられる。

 走り味としては、やはりベースモデルと比較してタイヤのグリップ感の違いはとても大きい。このままサーキットを走ってもまったく問題ないことだろう。その半面、タイヤのケース剛性の高さゆえか、乗り心地はかなり跳ね気味となっているが、spec.Cということで、そこは「味」のうちと割り切ってよいのではと思う。

 どうしても気に入らなければ、パフォーマンスよりも快適性を求めるならば、次のタイヤ交換の際に、RE050あたりに履き替えればよい。実際、一般的な使用はもちろん、本格的な走りを求めているとしても、RE050で十分だ。

 マイナーチェンジ後のベースモデル自体も相当に運動性能が上がっているわけで、これ以上を望むべくもなかったところだが、タイヤが変わり、専用薄板ガラスの採用や、フロントフードのアルミ化など、ハンドリングに影響を及ぼす車体の重要な部分が軽量化されたおかげで、運動神経はさらに抜群によくなっている。このパワートレインとシャシーの両方が生み出す、クルマ全体が身に着けた鋭いレスポンスと一体感は痛快そのものである。

 ちなみに、車体制振材やインシュレータ類が小型化されているため、ベースモデルに比べると音や振動を感じやすくなっているが、それもspec.Cのキャラクターのうちということで、許そうではないか。筆者はあまり気にならなかった。

 WRX STIのベースモデルであるインプレッサが新型へと移行している今、現在のWRX STIをベースにした新たなspec.Cはもう登場しない可能性が高い。ショートストロークタイプの水平対向4気筒ターボを思う存分味わえるクルマを購入できる時間は、残り少ないのかもしれない。



インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 6月 19日