【インプレッション・リポート】 BMW「アクティブハイブリッド3」 |
エンジンの効率が低下する運転領域を電動モーターに“肩代わり”させる事でパワーユニット全体としての効率を向上させ、優れた性能を手に入れる――要はこれが、ハイブリッド車の狙いどころ。
世界初の量産ハイブリッド車は、ご存知トヨタのプリウス。今では「日本のトップセラーカー」にまで登り詰めたそんなこのモデルが、1997年のデビュー当初から「同クラス・ガソリン車2倍の低燃費」を目標に掲げた“ネンピ命”のキャラクターの持ち主だった事が、そんなハイブリッド車というものを、イコール「エコカー」として世に広く認知をさせた事は疑いないだろう。
が、そんな既成概念にのみ囚われていると、ちょっとばかり理解し難いことになりそうなのが、ここに紹介するBMW発の新型3シリーズ・セダンのハイブリッド・バージョン「アクティブハイブリッド3」(以下「AH3」)だ。
すでに日本でも、2リッターのターボ付き4気筒ガソリン・エンジンを搭載した320i/328iシリーズがローンチされ、欧米市場に向けては6気筒やディーゼル・モデルも発売済みの新しい3シリーズ・セダン。AH3は、しかしそんなラインナップの最も燃費に優れたバージョンとしてではなく、実は「最高の走りのパフォーマンスの持ち主」として訴求される1台だ。
何となればそこに搭載されるパワーユニットは、やはり欧米向けにはすでに設定済みの「335i」グレードが搭載する最高306PSを発する3リッターのターボ付き直列6気筒エンジンに、さらに40kWすなわち55PSに相当する最高出力を発する電気モーターを“上乗せ”したもの。その分、燃費の向上代は「335i比で最大25%」と控えめ(?)ながら、わずかに5.3秒という0-100km/h加速タイムは、335iの5.5秒を凌ぐ“猛者”とされているのだ。
■“本命”のハイブリッドシステム
そんなAH3が搭載するハイブリッド・システムは、すでに日本でも発売済みの5シリーズ・セダンのハイブリッド・バージョン「アクティブハイブリッド5」に用いられたものと基本的に共通のアイテム。そして、実はそんなこのシステムはやはり基本構成をそのままに、7シリーズにも搭載される。
これまで7シリーズには、ダイムラーと共同開発された出力15kWというモーターを用いる“マイルド・ハイブリッド”を搭載。また、X6にはGM、ダイムラーとの共同開発による2モーター式のフルハイブリッド・システムを用いるなど、車種によって異なる方式を搭載というのがBMWのやり方だった。
が、この期に及んで、トヨタとの提携による技術供与という話題も聞かれはするものの、ここ当面は構造が比較的シンプルなAH3に採用のこのシステムを“本命”と位置づけるというのが、新たなハイブリッド戦略と変更されたようだ。
AH3のシステム用いる40kWモーターは、走行時のエンジン停止を可能とするためのクラッチを介して、本来は8速AT用のトルクコンバーターが置かれるスペースに、それと入れ替えられるカタチでマウントされている。
こうして、トルコンを廃した上で、エンジンからトランスミッションへと至るシステムを直列に置くというのは、日産のフーガ/シーマや、最近メルセデスが発表したディーゼル・ハイブリッドなどと類似をしたもの。現状では、すべてがFRレイアウト・ベースであるBMW車の場合、なるほどこれは「全車に対しての汎用性が高い」と言える事になるわけだろう。
一方、A123システム製で容量1.35kWhのリチウムイオン・バッテリーをトランクルーム・フロアへと“床下配置”し、リアシートのトランクスルー機能を確保しているのは、バッテリーをリア・シートバック背後にレイアウトしたために、その機能を失った5シリーズに対してのアドバンテージだ。バッテリー搭載でフロアボード位置が50mmほど上昇したため、カタログ上では容量が90Lほど減少しているものの、それでもコンベンショナル・モデル比で145L減という5シリーズに比べれば、“被害”はグンと小さい。
実際、390LというAH3のトランクスペースは、375Lの5シリーズよりも大容量。スクエア状のその空間は使い易いし、前述のようにトランクスルー機能もあるので、こちらではハイブリッド化に伴うハンディキャップはさほど感じずに済むのは確かだ。
■軽量化が奏功して軽快
そんなAH3の走りは、なかなか高い軽快感がまずは印象に残るものだった。同じハイブリッド・システムを採用する5シリーズと比べると、それは「見違えるほど」と表現してもよいものだ。
スタートシーンは、まずはモーターのみが担当……という理屈ではあるのだが、5シリーズの場合にはそれだけで得られる加速力は何ともか細く、どうしてもアクセルペダルを踏み加えるので結局「走り始めると同時にエンジンも始動」となる場面が多かった。
が、AH3ではそんなモーターのみで得られる加速感がグンと力強くなり、結果としてエンジン始動のタイミングもかなり遅らせる事ができるようになっている。
これは、同じパワーパックを搭載するのに車両重量が195kgも軽くなったという影響に尽きると考えてよいはず。EV走行時の最高速が5シリーズの60km/hから75km/hにまで高められたのも、同じ理由が貢献しているはずだ。
ちなみに、そんなこれらのBMWのハイブリッド・モデルには、強制的にEV走行に切り替えるスイッチは設けられないものの、何とも興味深い制御が用意されている。それは、ナビゲーション・システムに目的地を設定すると、そのルート上の地形や速度規制をマップデータから読み出し、利用可能なエネルギーを効率的に使えるように、パワートレインと電装品を制御するというものだ。
例えば、先に長い下り坂があるようなルートでは、そこでの回生発電を見越して、手前でバッテリー電力をより多く駆動アシストに使うといった制御が可能になるという。ただし残念ながら、本拠地ミュンヘン郊外で開催された国際試乗会の現場では、日本仕様がそれに対応しているか否かの確認は取れなかった。要は、この機能が生かされるかどうかは、マップ内のデータがどこまで充実しているかが鍵となるはずだ。
ひとたびエンジンが始動をした後のAH3の走りは、それまでの“EV風味”が一気に消え去り、耳に心地良いエンジン・サウンドと共に、何ともパワフルな直6ターボのテイストが味わえる。「強力な加速が必要な場面では、エンジン出力にモーター出力を上乗せした“ブースト・ファンクション”が威力を発揮」……と、資料上ではそういう事になっているが、ハイブリッド・インジケーターをチェックしても実際にはそんなモードにはなかなか入らない。
何故なら、車両重量が1.7トンそこそこというAH3にとって、エンジンのみで得られる306PS/400Nmというパワー/トルクでも、必要にして十分以上の強力な加速を得る事ができてしまうからだ。
一方で、クルージング中にアクセルペダルを緩めると、駆動系とエンジンが分断されてタコメーターの針がストンと落ち、エンジンが停止した事を示されるのはハイブリッド・モデルならでは。前述のように“EV最高速”は75km/hの設定なので、最高速が50km/hに制限された小さな集落などは、その殆どの範囲を「排ガス・ゼロの電気自動車」として静かに通過してしまう。ちなみに、そんなシーンでのEV走行可能距離は、最長で4km程度であるという。
センターコンソール上の「ドライビング・パフォーマンス・コントロール」のスイッチでスポーツ、もしくはスポーツ・プラスのモードを選択すると、コースティング機能はカットされて、エンジンは停止をしなくなる。スポーツ・ドライビング時にエンジンが自動停止と始動を繰り返して煩わしい思いをする事は、これで回避できるわけだ。こうなると、AH3はいよいよ“普通のガソリン・モデル”としてのテイストを増す事になる。
■3つのモーター
ところで、かくも日常的にエンジンがエンジンが頻繁な停止と始動を繰り返すのがハイブリッド・モデルならではだが、実はそこに関して興味深い話題を開発担当のエンジニア氏から耳にする事になった。それは、「実はAH3には、エンジン始動用のモーターが2種類装備されている」という事柄だ。
1つは通常のモデルにも採用されるスターター・モーターで、これは冷間時の始動に使用。もう1つは、日産セレナのアイドリング・ストップメカ同様にベルト駆動でエンジン始動を行うためのモーターで、こちらは走行中やアイドルストップからの復帰時など、冷間時以外に用いるという。
何故にこうした複雑な構造を用いるのかと問うと「ベルト式は極めて静かで滑らかな始動を実現するものの、マイナス25度以下になるとスリップなどで始動性に問題が生じるため、標準型モーターも残している」との事。一方で、駆動用モーターは「ショックの発生などで快適性を損なう可能性がある」ためにエンジン始動に用いる場面はないともする。
スペック的には「1モーター式」と表現されるAH3のシステムは、実は厳密にはこうして“3モーター式”であったというわけ。ちなみに、ベルト駆動式スターターは「原価にして10ユーロ程度のシステムで、さしたるコストアップには繋がらない」というのが開発者の弁でもある。
ところで、そんなAH3は動力性能面以外でも、スポーティなBMW車らしい軽快な走り味が好印象だった。
先に5シリーズ・ハイブリッド比では200kg近く軽いと紹介した車両重量も、“素の335i”と比べれば135kgのプラス。そんな3桁重量増が新型3シリーズならではの素直で軽快なフットワークを損なってしまう事にならないかは、個人的にはハイブリッド化に伴う最大の懸念材料だったとも言ってよい。
が、そんな心配はどうやら杞憂に過ぎなかったようだ。
ランフラット・タイヤの装着を意識させられる低速域での硬さがやや気になったのは事実だが、これはテスト車両が標準比プラス1インチ径の18インチ・シューズを履かされていた影響もあったはず。一方で、正確かつ機敏なハンドリング感覚やサスペンションのしなやかなストローク感は相変わらずで、そこには重量増の影響などは実感できなかったからだ。
ただし、停止寸前に効き味が変わるブレーキに関しては、“普通の3シリーズ”の方が好印象というのが率直なところ。これは恐らく、減速Gを発生させる主役を回生ブレーキから油圧式ブレーキへと切り替える協調制御式ならではの問題。トヨタのハイブリッド車も長年苦労を重ねて来たこうしたポイントは、まだパーフェクトには仕上がっていないという印象だ。
ビー・エム・ダブリューでは、日本市場には335iグレードは敢えて設定せず、このAH3を「3シリーズ・セダンのトップグレード」と位置づけで、従来型335iのわずかに13万円高という戦略的な価格で導入するという。それは、このモデルが「BMWもハイブリッド・モデルを手掛けている」といった単なるアドバルーンなどではなく、実際に市場での普及を狙った自信ある量産モデルという事をより明確なものとする、強い意思表示でもあるはずだ。
一方で、残念なのはそんなハイブリッド・バージョンを、デビューなったばかりの「ツーリング」には設定する予定がないという開発陣によるコメント。せっかく駆動用バッテリーをラゲッジフロアに“床下収納”できる新骨格が採用されたにもかかわらず、それをステーションワゴン・ボディーに展開しないのは「ハイブリッド車の量販が見込める米国で、昨今はステーションワゴンというボディー形態の人気が全くないため」だという。
とはいえ、技術的には容易く可能であるはずの“ハイブリッド・ワゴン”は、やはり何とかそのバリエーションに加えて貰いたいもの。セダンの売れ行き次第では、それが現実のものとなる事を期待したい。
アクティブハイブリッド3 | |
全長×全幅×全高[mm] | 4625×1800×1440 |
ホイールベース[mm] | 2810 |
前/後トレッド[mm] | 1520/1560 |
重量[kg] | 1740 |
エンジン | 直列6気筒DOHC 3リッター直噴 ツインスクロールターボ |
ボア×ストローク[mm] | 89.6×84 |
最高出力[kW(PS)/rpm] | 225(306)/5800 |
最大トルク[Nm/rpm] | 400(40.8)/1200-5000 |
電気モーター最高出力[kW(PS)] | 40(55) |
電気モーター最大トルク[Nm] | 210 |
システム最高出力[kW(PS)] | 250(340) |
システム最大トルク[Nm] | 450 |
トランスミッション | 8速AT |
駆動方式 | 2WD(FR) |
前/後サスペンション | ダブル・ジョイント・スプリング・ストラット/5リンク |
前/後ブレーキ | ベンチレーテッドディスク |
前/後タイヤ | 225/50 R17 |
乗車定員[名] | 5007×1894×1392 |
■インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/
2012年 10月 9日