こころタクシー

流しのタクシーも確かに便利ですが、こころタクシーのようなシステムも利用したいと思う人は日本中にたくさんいるのではないかと思いました

 いろいろなお仕事をされている方とお知り合いになる機会が少なくない私。とある人の集まるお席で、1人の男性を紹介されました。と言っても、これから恋バナをしようというわけではなく、その方は女性ドライバーをメインにしたタクシー業務を行っている会社で、取締役をされている吉田守泰さんという方でした。

 同性としてはそこでドライバーをされている女性たちに興味があり、機会があれば1度きちんとお話をうかがってみたいと思っていたんです。しかしそこでは、とても素晴らしいお話がうかがえた一方で、タクシー業界の複雑な(?)側面も見えたのでした。

 そのタクシー会社は「CoCoRo TAXI(こころタクシー)」。東京の練馬区に本社をかまえ、80年以上運送業務に携わっているこちらの会社が、業務で福祉の現場に関わった際に目の当たりにした現実を見て、こころタクシーを始めたいと思ったのだそうです。例えば、ハンディキャップを持つ方が割り箸の袋詰めを行っていた福祉施設では、その方たちの生活を垣間見たり、生活保護を受けている方の引越し作業に携わったり……と。ハンディキャップを持つ方と接した際に、タクシーを利用しずらい(ハンデの度合にもよりますが)現実を知ったのだそうです。また生活保護を受けている方の中には母子家庭も多かったそうで、お母さんが子育てをしながら働くことの難しさを認識。

 そこで吉田さんは、女性が安心と誇りを持って働くことのできるタクシー会社設立を考えました。業態はハイヤーのように予約制にし、しかし料金はタクシー料金で利用できる。予約制にすればお母さんドライバーだって、子育てをしながら、食事の支度にちょっと家に帰る、なんてことも可能であり、そういうシステムを考えたのだそうです。そして子育てが落ち着いたら本格的にドライバー業務に専念すればいい……と。

 こころタクシーは完全予約制であり、会員登録も必要になります。実際のお客様は女性とお年寄り、そしてお子さんがメイン。「朝はお年寄りの病院送迎、昼間は妊婦さんやお子さん連れのお母さんの病院などへの送迎、夕方からはお子さんの送迎という傾向がありますから、それに合わせてドライバーのシフト調整をすることができるんです」と吉田さん。

 会員登録してもらえば、酔っ払い客にからまれたりタクシー強盗に遭うようなリスクも防げます。また予約制だからこそ、小さなお子さんがいる場合でもチャイルドシートの数や種類の用意がきちんとできるわけです。

車種はプリウスのほかミニバンもあり、お客様のニーズに応じて配車をするそうですミニバンには車いすの方も利用できる特殊車両も。1BOXタイプの場合、荷室に積まれる印象を持つ方もいらっしゃるそうで、こちらではアルファードやヴォクシーなどのミニバンを使用アルファードの運転席。一般的なミニバンのタクシーと変わりない
お年寄りの乗降性を配慮すると、ミニバンよりもプリウスのほうが適しているので、ニーズが多いそうですプリウスの後席の様子。車内で授乳するママのために、左右の窓にはカーテンがありました。もちろん日よけにもなりますね玩具や絵本、DVDモニターなども用意されていました
ピンクリボン(乳がん早期発見啓発運動)のステッカーも、女性ドライバーや女性ユーザーが多く利用するクルマとして、女性は好感を抱くでしょうプリウスの運転席ラゲッジルームにはチャイルドシートの用意もありました

 ここでドライバーとして働くようになって3年になる本田義乃さんは、11歳の男の子とご主人の3人家族。これまでは事務系のお仕事ばかりをしていたので、クルマで外をまわるお仕事がしたかったとか。お住まいも近いので、このお仕事をしたいと思ったのだそうです。タクシードライバーに必要な2種免許は入社後に取得し、福祉車両を走らせるためのケア輸送の資格もお持ちだとか。

 出産経験があり1児の母でもある本田さん。妊婦さんの送迎や、小さなお子さんとお出かけをするママたちは本田さんとのおしゃべりがリフレッシュタイムにもなっており、本田さんご自身もそういうコミュニケーションが大好き。タクシー移動を双方ともに楽しんでいらっしゃることが想像できます。そして「これからケアハウスの送迎を実験的に導入していくため、ルートの下見に行ってきます!」と言って、プリウスで出かけていきました。

 結局のところ、出産経験もあり母でもあり、お年寄りに対しても細やかな気遣いができる女性たちは、特にこころタクシーのドライバーに向いているのでしょう。ちなみに、クルマ椅子での送迎が必要な方の場合は、力のある男性のほうがよいため、こちらには男性のドライバーもいらっしゃいます。

今回お話しをうかがった本田さん。ドライバー歴は20年以上。約3年の業務経験があり、とにかく運転が楽しく、このお仕事をするようになってより運転が丁寧になったそうです吉田さんと本田さん。ドライバーの皆さんは、妊婦さんや抗がん剤治療などを行う方の送迎をすることもあり、お客様の健康を気遣って普段からマスクを着用しているそうです

 このように確実にニーズはあり、クレームどころか感謝され、便利に利用されるこころタクシー。「今後ますます女性の雇用と働く女性の子育て支援のお手伝いをしていきたいんです」という吉田さんはさらに「もっと幅広いニーズにタクシーが応えられるようになるといいですよね」とも。

 お話をうかがっていると、確かにこれまでのタクシーが本格的に着手していないけれど必要な業態をとられていることを実感。女性としては目のつけどころよさに好感を抱きました。

 が、そんな吉田さんに今、ある意味で逆風が吹いていました。吉田さんは都心部でのニーズにもより対応しやすくするべくシステムの再構築を考えています。そのために一旦車輌を減らし、改めて効率やコストなど細かな見直しをしようと考えたのだそうですが、2008年に国交省が、タクシーが増えすぎて過当競争になっている地域でのタクシー削減方針を発表。強制的なものではないものの、東京都はそれに従うことを決め、2割ほどのタクシーを減らすことになったのだそうです。

 こころタクシーが再び業務拡大を図ろうというのに、新たなタクシーの申請は認められなくなってしまったのです。街中の車線を塞ぐほど溢れるタクシーは減らさなければいけないのかもしれません。しかし、こころタクシーのようなタクシーは少子高齢化が進む現在や今後、増えていいのではないでしょうか。

 現在、福祉タクシーだけは新たな申請が認められるのだとか。吉田さんは福祉タクシーの重要さも十分認識している上で、世の中のすべてのタクシーがチャイルドシートの用意もあって、お年寄りの乗降もしやすいタクシーになればいいのに……とおっしゃいます。「福祉タクシーなどと言う分類がなくなって、そもそもそういうタクシーであるのが当たり前の世の中になればいいのですが……」と。

 女性ドライバーの活躍ぶりを楽しみに会社にうかがった私は、女性ドライバーの必要性を知り、好感を抱くと同時に、タクシー業界の苦悩まで垣間見ることになったのでした。ふだん何となく利用している私も、「よい運転手さんだったなぁ」と思うこともあれば、心の中で「シートベルトも締めないで運転している方のクルマからは1秒でも早く降りたい」と思うこともあります。イギリスのタクシードライバーの訓練は大変なのだとか。タクシーの在り方についても、改めて考えされられることとなったこころタクシー訪問。個人的にはこころタクシーの今後も見守っていきたいと思うのでした。

飯田裕子のCar Life Diary バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/cld/

(飯田裕子 )
2012年 3月 29日