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熱き職人魂! トヨタの福祉車両を手がけるスゲー人 CV Company 製品企画 主査 中川茂氏に聞いてみた
トヨタの福祉車両のキモをアカザーが直撃
- 提供:
- トヨタ自動車株式会社
2019年3月28日 00:00
どうも、車いすユーザー歴19年のアカザーっす。今回はCar Watchから「モビリティカンパニーになったトヨタ自動車の福祉車両(ウェルキャブ)への取り組みが凄いので取材してきて~」と言われたので、名古屋に来ています。味噌カツで腹ごしらえした後に向かったのは、トヨタのウェルキャブ総合展示場「トヨタハートフルプラザ名古屋」。
いきなりですが、皆さんは2018年1月のCES 2018で、トヨタが“クルマを作る会社”から“移動に関するサービスを提供する会社”である、モビリティカンパニーにモデルチェンジすると宣言したのはご存じでしょうか? 今後はクルマを作るだけではなく、世界の人々の「移動」にかかわるあらゆるサービスも提供していきますよ!というコトらしいです。
これまでもトヨタでは「移動する自由」をもっと身近なものにするために、「すべての方に快適な移動の自由を提供する」ことを目指し、いち早く福祉車両の開発・普及に取り組んできました。その福祉車両の開発リーダーを務めているのが、トヨタ自動車 製品企画主査の中川茂氏。
実は中川氏とお会いしたのは、2017年のトヨタ自動車 福祉車両「ウェルキャブ」シリーズの説明会(その時の記事はこちら)が最初。そのときの第一印象は“熱くウェルキャブを語る男”でした。熱のこもった解説に、中川氏のウェルキャブに対する並々ならぬ情熱を感じたのを覚えています。
そんな熱いウェルキャブ職人が、いきなり語り出した!
トヨタが目指す“超高齢社会”日本の公共交通とは?
中川氏:すでに日本は国民の28%が高齢者という、世界でダントツ1位の超高齢社会です。これって日本にとって超問題なのに、いまひとつ危機感がない。このままだと、2010年の段階では5.4人で1人の後期高齢者を支えていたのが、2025年になると3人で1人を支える構図になるんです! 40歳以上の人が払う介護保険料で例えると、月5000円を支払っている人は、2025年には月1万円になるということです。しかもそれは、年金が支給されるようになっても支払いが続くんです!
ええっ、いきなり少子高齢化の話からですか! ていうか2025年から毎月そんなに取られたら、貧乏ライターのオレは年金もらう前に生活が破綻しそうな勢いなんすけど! と、ガクブルで聞いたところ、まずは個人の出費(税金負担額)を減らすために、国全体の出費を減らすことをやっていかなければならない!とのご意見。
中川氏:今の民間の路線バスって7割が赤字なんです! なので、採算のわるい路線はどんどんなくなり、その結果毎年1万kmペースで廃線が進んでいます。特に地方の東北や中国地方ではピーク時の半分に減っています。現在は市営バスとして地方自治体が赤字で運営し、税金を投入して路線バスを支えているんです。でも、先ほど話したように2025年以降はそれも難しくなってくると思います。そうなったとき、一番最初に痛手を受けるのが、通院や買い物に路線バスを使っている後期高齢者です。
アカザー:確かに! 東京で生活しているとあまり感じないのですが、実家の徳島に帰省したときに、家の前にあったバス停がなくなっていました! 確かにこれはどうにかして解決していかなければならない、深刻な社会問題だとは思うんですが……。でもそれがトヨタさんの活動とどう関係するんですか?
中川氏:そこで、われわれが“より多くの方に快適な移動の自由を提供する”ために、モビリティカンパニーとして取り組んでいることの1つが、こちらのウェルジョインシリーズです!
アカザー:やっとクルマの話になった!(笑)
中川氏:このウェルジョインシリーズは「ヴォクシー」「ノア」「エスクァイア」をベースに、路線バスにかわる“地域の足”として使いやすいように改良したものですが、基本はローテクで技術的な真新しさはないんです(笑)。強いて特徴を挙げるなら、ここのシート(2列目左)を取って手すりをつけたぐらいです。
アカザー:ええっ? これだけなんですか? こういう福祉用送迎車両っていうと、リフトとか車いすの固定装置とか色々と付いているイメージなんですが……。
中川氏:施設への送迎だとそういう装備も必要になるんですが、これはあくまで地域の足としての“路線バスの未来の形”ということで開発しました。このウェルジョインを開発する際にご意見をいただいた兵庫県豊岡市は、いちはやく“小型車両を地域の足として、バスと置き換える”という試みをされていたのですが、そこでの一番の悩みが、ボランティアドライバーさんが集まらないことだったんです。そこでまずカーメーカーとして、ボランティアドライバーさんが集まりやすいクルマとは何か? を考えました。
アカザー:ボランティアドライバーさんが集まりやすいクルマですか? 具体的にどんなクルマなのかぜんぜん想像できないです(笑)。ていうか、ボランティアドライバーさんってどういう人がやっているんですか?
中川氏:ボランティアドライバーさんは、会社を定年退職してすぐの方々がやっていることが多いですね。そしてリサーチを重ねてゆくと、ボランティアドライバーさんの一番の負担が、利用者が後部座席から乗り降りする際に、運転席から降りて乗降口近くのシートを折り畳み、前後に移動させたりすることだということに気付きました。だったらこのシートを取ってしまえ!と。
アカザー:ド直球的なシンプル発想ですね~。でもシンプルが故に確かにそのとおりかも。
中川氏:さらに乗り降りする際に運転手さんがサポートをなるべくしないで済むように、足腰の弱い高齢の方でも1人でも乗り降りしやすい手すりを付けました。こうすることで運転手さんは運転席に座ったまま、ボタンでスライドドアを開け閉めするだけでいいんです。(2017年9月の発売に続いて)2017年11月からは地域の足プロジェクトとして秋田県横手市と共同で実証実験を開始して、2018年10月から本格的に運行を始めました。
アカザー:完成したばかりのできたてホヤホヤのウェルジョインを横手市に持ち込んで、実証実験として現場の人たちに利用してもらったワケなんですか! なんかめっちゃプロジェクトX的なお話じゃないですか! しかも約5か月にわたった実証実験終了後には、そのまま気に入ってもらえて購入に繋がったとか、もう大成功ですね!
中川氏:そうなんですよ! 本格運用を始めてからは、3つの大きな成果が得られました。1つ目は市営バス運行の赤字が半分に減ったこと。2つ目はウェルジョインは車体が小さいので、従来の市営バスだと入って行けなかった利用者の家の軒先まで行けるので、利用者のおじいちゃんやおばあちゃんを寒い中バス停で待たせなくてもよくなったこと。そして3つ目は、定年退職された方って、地域や社会との繋がりが希薄になって鬱病などになる人も多いらしいのですが、おじいちゃんおばあちゃんに感謝されて嬉しい!と定年退職後の新しい生きがいを感じてもらえたことです。
アカザー:運営する地方自治体、利用者、さらにはボランティアドライバーさんまでそんな反応だったんですね! ウェルジョインを使ったこのプロジェクトに関わっている人すべてが、ニコニコじゃないすか!
中川氏:でも、ウェルジョインを作っただけだと、これは従来のカーメーカーとしてのトヨタの仕事です。これからのモビリティカンパニーとしてのトヨタの仕事は、さらにこの仕組みを全国に広げ、公共交通のオペレーションコストを下げることまでが含まれます。
アカザー:なるほど。こういった取り組みが、まさにトヨタがカーメーカーからモビリティカンパニーへと変わるということなんですね。クルマを安く提供するだけではなく、クルマを使った運行やサービスに関わるコストを下げ、かつ利用者にとって便利な移動を実現する。それが具体的にはどういうことなのかがよく分かりました。
中川氏:結局、自分たちが税金を負担しなければならないのであれば、無駄な社会コストは減らしたほうがいいじゃないですか。そうしないと超高齢社会の日本は、国として成り立たたないのではないかと思います。
アカザー:それで最初の話になるんですか~。公共交通のオペレーションコストを削減させると、まわりまわって、われわれや若い世代が未来に負担する税金が減るということですね。
中川氏:私のざっくりした調査では、ウェルキャブに置き換えた方がよくなりそうな赤字のバス路線は、日本全体で1万路線ほどありそうなんです。緑ナンバーでプロの運転手さんが運行するという従来の商売ベースのやり方では、過疎化が進んだ地域ではもう無理がありますが、この方法ならやっていけるのではと感じています。
車いすユーザーのアカザーが期待! 電動ウェルチェア+ワンタッチ固定仕様車
中川氏がこうしてモビリティカンパニーとしての取り組みを熱く語るのは、長年“より多くの方に快適な移動の自由を提供する”ために福祉車両の開発に取り組んできたからなのだッ! わずか月販200台の「ラクティス スロープ車」を、“価格を下げたい! トヨタがやるべき仕事!”との一念で、ライン生産までもっていったお話や、福祉車両を日常でも使いやすく、価格も安く提供する“福祉車両の普通のクルマ化”というコンセプトで開発した数々のクルマについてのお話。出るわ出るわ! みっちり2時間以上、中川氏のウェルキャブにかける熱いパッションをキャッチしまくり!
中でもオレが一番熱いぜ!と感じたのが、「タイプIII 電動ウェルチェア+ワンタッチ固定仕様」のお話。
この「タイプIII 電動ウェルチェア+ワンタッチ固定仕様」のいいところは、クルマ側と専用の電動車いすに共通規格の固定システムを採用し、電動車いすの乗降時にかかる手間を大幅に省いたシステム。これまでのウェルキャブでは、電動車いすを車内に固定するのに固定ベルトを張るなどの11行程が必要だったのに対し、これだと電動車いすを専用固定ラッチに押し付けるというわずか1工程のみに!
2017年の発表会当時に「いや~、これめっちゃ革新的!」と驚いたのを覚えています。とはいえ、対応しているのが、専用のトヨタ製電動車いすのみっていうことに、少なからず残念な気持ちにも。しかし、その当時から中川氏も同じことを考えていたとのことで……。
中川氏:トヨタのクルマにトヨタの車いすのみの対応だと全然意味がない!と開発当初から思っていました。でも、まずはこういうものを形にして、皆さんに便利だね!って思ってもらう。そこにこの製品を作った真の狙いがあるんです。
中川氏:チャイルドシートって、ISOFIX(アイソフィックス)バーという世界共通規格でシートに固定できるのをご存知ですか? チャイルドシートにはあるのに、車いすにそういった世界共通規格がないのは残念過ぎませんか? なので、まずはコレでその便利さを実感していただき、ゆくゆくは車いすメーカーさんにも頑張っていただいて、多くの車いすにこういう取り付けバーを装備してほしい。そして将来的には路線バスや電車などにひろげられたらと考えています。
中川氏:ある車いすの方がバスを利用されるときの平均乗車時間って6分ほどだったのですが、そのうち約2分が車いすの固定にかかる時間なんです。それをこの固定システムを利用することで短くできれば、より利用しやすくなるのではと考えています。この「電動ウェルチェア+ワンタッチ固定仕様車」がきっかけになり、世の中の公共交通にこのシステムが一般化されるというのが私の夢です。もちろんその際に、トヨタのものを使っていただけると嬉しいのですが(笑)、そうじゃなくてもいいんです。
アカザー:おおお!やはりそういうお考えだったんですね! そう、そうなんですよ! 車いすでバスに乗ると乗降作業中、ずっと他の乗客の心の声が聞こえてくるんですよ(笑)。オレも車いすで社会復帰してすぐに都営バスの乗車に挑戦したんですが、乗降中の車内の空気がかなりキツくて、こんな思いはもうこりごりだ、と。それ以来、オレの交通手段からバス利用は消えちゃいました。
中川氏:そういう思いをされた方々にも、再び公共交通への希望が持てるようになってもらいたいですね。なので、公共交通に応用しやすいように、この固定装置は電気を使っていません。電車やバスなど電力が安定して供給されなくても使えるようにしたかったんです。
中川氏:ゆくゆくはこの後ろにあるロック解除板を前にもってきて、車いすユーザーご自身で解除できるようにもしたいんです。バスだと車いすは車内右側に乗るじゃないですか。その場合はこの解除スイッチが右側の壁にあると便利かなぁと。
アカザー:それは嬉しいアイデアですね! われわれ車いすユーザーは、人に介助してもらうときにありがたさを感じる半面、わるいなあと引け目を感じるところがあるので、自分1人でできることは本当に嬉しいです。そして自立できたということが、自信にもなるんですよね!
中川氏:これまで、よいクルマを作れば社会はよくなると信じて頑張ってきたのですが、よいクルマを作っても社会はよくならないのでは?という壁に何回も当たりました。そして、クルマづくりに加えて、クルマの活用の仕方まで踏み込んでいかないと社会は変えられないのでは?との思いに至りました。この十数年はそんな思いで仕事をしてきたワケですが、一昨年にモビリティカンパニー宣言があったので、これはよいチャンスが来たと思っています(笑)。
中川氏の軽妙な語り口で、各種ウェルキャブやモビリティカンパニーとしてトヨタの取り組みを聞いて感じたのが、中川氏が情熱をささげて開発しているウェルキャブや、“モビリティカンパニートヨタ”がこれからやろうとしていることは、ひと昔前はありがちだった“ひとりよがりのバリアフリー”ではない!ということ。
それを使い、介助するものされるもの、さらにはそれをとりまく環境などもよく観察し、一番困っていることは何だろうと推察する。そしてそこから仮説を立てて試作車を作り、現場に持ち込んで実際に使ってみてもらい、さらに手直しをして作ってゆく。
そんな言葉にすればあたりまえの、でも実際にやると時間も手間もかかる作業にじっくりと向き合う。そんな昭和の時代、高度経済成長の日本を支えたもの作り、クルマづくりの魂が、平成が終わろうとする現代のトヨタでもこういう形で息づいている。そのことを非常に嬉しく感じた取材でした。「やることはまだまだいっぱいあります」という中川氏と、モビリティカンパニーとなった今後のトヨタに期待大っす!