日本グッドイヤーが2018年2月から投入した乗用車タイヤ「EfficientGrip Comfort」(E-Gripコンフォート)。大型セダンからコンパクトカーまでの幅広い車種向けに、転がり抵抗(低燃費)性能とハンドリングの軽快さを狙ったタイヤだが、TVCMでの「喧騒を、置き去りにしよう。」というキャッチフレーズのとおり、とりわけ「静粛性」にこだわって開発された製品だ。

走行中のクルマで必ず聞こえてくるタイヤからのノイズは、時として車内での会話や休息の妨げになることもある。タイヤのノイズを抑えることができれば、車内の快適性がその分高まることは間違いないが、タイヤと路面が接触している以上、ノイズは避けられないもの。E-Gripコンフォートでは一体どのような工夫でノイズを低減しているのか気になるところだ。

一方ノイズと言えば、オーディオの世界でも嫌われる存在だろう。オーディオのセッティングには、吸音や制震など、ノイズ対策が欠かせない。そこで今回は、そんなオーディオの分野で活躍する評論家の麻倉怜士氏に登場いただき、グッドイヤーの開発者と対談をしてもらった。オーディオとタイヤ、一見なんの関連もないこの2つの分野に、はたして共通項はあるのだろうか?

オーディオ評論家 麻倉怜士氏。E-Gripコンフォートにオーディオとの共通点を見いだす

E-Gripコンフォートの開発に携わった、日本グッドイヤー株式会社 技術本部 テスティング・チーム パフォーマンス テスト ドライバー エンジニアの中島希光氏

タイヤの音は「パターンノイズ」と「ロードノイズ」からなる

グッドイヤーが展開するセダン向けE-Gripシリーズには、3つのシリーズがある。燃費性能を維持しつつも“グリップ性能”を求めたのが「Performance」。“低燃費性能”を追求したのが「ECO EG01」。そして今回新たに加わった「Comfort」が求めたのが“快適性”だ。米国に本社を置くグッドイヤーだが、実はこのE-Gripコンフォート(とECO EG01)は設計・開発・製造を日本国内で行っている、日本市場専用品というのも大きな特徴だ。

E-Gripコンフォート

麻倉氏がお話を伺ったのは、同社技術本部で設計に携わり、テストドライバーとしてE-Gripコンフォートの性能評価も務めた中島氏。中島氏によれば「高速走行主体の欧米とは違って、走行時の静粛性に対するこだわりは日本のドライバーの方が圧倒的に多い」のだそう。だからこそE-Gripコンフォートは日本市場向けに開発されたそうで、「効率よくグリップさせながら、快適性を高めるというのがコンセプト。時代の要請である低燃費も重視しつつ、ウェットブレーキ性能も高め、それらをバランスさせました」と言う。

ただ、燃費性能やグリップ性能を高めることと、タイヤからの音を抑えて移動を快適にすることとの間には、多くの相反する要素があると同氏は語る。

麻倉氏にE-Gripコンフォートの概要を解説する中島氏

まず、タイヤからのノイズとひと言で言っても、ウェット路面での排水などを目的としたトレッドパターンによって発生する「パターンノイズ」と、走行中に路面の凹凸がタイヤ表面を叩くことで発生する「ロードノイズ」の、大きく分けて2つがあると言う。

このうちパターンノイズは、タイヤが路面に接地した際に縦溝や横溝に空気が流れることで発生する。中島氏によれば、「音だけで言えばパターンのないスリックタイヤの方がいい」のだと言う。

なかでも縦溝から聞こえるのは、「言葉で表現すると、ヒャーとかヒューというような音」と中島氏。周波数は1kHzから1.2kHz付近で、「音の大きさが速度にあまり左右されない、耳に付きやすい高い周波数」だ。気柱管共鳴と呼ばれる現象で、タイヤの接地面における縦溝の太さ(深さ)と長さによって音圧と周波数が変わるため、排水性や直進安定性とのトレードオフとなる。

横溝から出る音は500Hzから900Hzで、速度に合わせて音の高さが変化するのが特徴。例えば高速道路で減速していったときに聞こえるような、変化していくヒュー音がそれに当たる。「人間は音色の変化には敏感ですからね」と麻倉氏。横溝はウェットグリップに貢献する部分だが、太さや間隔をグリップ向上のためだけに最適化すると、縦溝と同じ仕組みでノイズの大きさや音の変化がより目立ちやすくなる。

タイヤが接地した際にトレッドパターンの溝から発生するのがパターンノイズ。縦溝と横溝では発生するノイズの音域も特徴も異なる。なお、溝のないスリックタイヤではパターンノイズは発生しない

一方、ロードノイズは、40Hzから315Hzくらいの、低・中周波音。「ドーとかガーなどと聞こえる音」と中島氏。路面が叩く音ということは、「単純に考えればトレッド部のゴムを柔らかくするほど減っていくのでは?」と麻倉氏が指摘すると、中島氏は「たしかに硬いよりは柔らかい方が路面の凹凸を吸収して音を減らしてくれますが、柔らかいほどいいというわけでもありません。柔らかすぎるとトレッドがよじれやすくなって、結果的にパターンノイズの原因になりますし、操縦安定性という意味でも頼りない感じになってしまいます」とのこと。音の対策には、柔らかすぎないほどよい硬さと、減衰性が大きく関わってくる、と話す。

麻倉氏はその話を聞いて「柔らかくて硬い、みたいなところは生演奏に似ているね」と、タイヤと音楽との共通点をさっそく見いだす。「表面的にはなめらか、しなやかで、でも音の芯がしっかりしていて踏ん張っているのが生演奏。収録音声を再生したものは、硬いだけ、柔らかいだけ、というように、多様性があまりない」のだという。中島氏は「柔らかいけれどしっかり減衰する。いわゆるコシがあるかどうかは、乗り心地にも音にも影響しやすいんです」と応じる。

「話をうかがっていると音楽と共通する表現が多いね」と開発者の話に興味を示す麻倉氏

「音の逃がしと分散」を実現する縦溝と横溝の工夫

E-Gripコンフォートでは、これらロードノイズとパターンノイズを減らし静粛性を高めつつ、乗り心地を向上させるための工夫が随所に盛り込まれている。パターンノイズは主に空気を伝わって耳に届くが、ロードノイズはクルマのフレームを通して伝わってくる。乗り心地の良しあしは、主にタイヤから車体を通して車内の人間に伝わる振動が関係してくるが、中島氏が強調したのは、ノイズも乗り心地も「極論すれば両方同じ“振動”」だということ。つまり、あらゆる振動をコントロールすることが、ノイズを減らし、快適性を高めることにつながるのだという。

そうした観点からグッドイヤーが取り組んだのが、「パターンデザインの最適化」と「ショックを吸収するタイヤ構造」、そして「コンパウンドの改善」という3つのポイントだ。

ウェット路面での排水などに関係する溝のパターンデザインについて、実際のタイヤを見ながら解説

1つ目の「パターンデザインの最適化」では、トレッドの溝から発生する音を小さくするため、「できる限り音量を小さくし、さらに分散させることで目立たなくする」ことを目的としている。縦溝については、排水性を高めることだけ考えると、できるだけ太い溝があればいいことになるが、それだとトレッドの接地面で縦溝が大きなエアボリュームをもつことになり、高い音圧でノイズが発生してしまう。

そこで、E-Gripコンフォートでは縦溝を4本とし、その4本の縦溝に音を逃がすための横溝を入れ、溝の中での音の共鳴を抑制。さらに4本それぞれでわずかずつ太さを変化させつつ、溝の位置についても「タイヤは実際に接地すると丸くなる。これを勘案して縦溝の位置を変えることで、接地時の溝の長さが変わるようにしている」と中島氏。

接地する長さが違うということは、周波数が変わるということ。中島氏は気柱管共鳴による音を「笛のようなもの」と例えつつ、「主溝4本がそれぞれ笛だとして、全く同じサイズと音の笛を4つ同時に鳴らせば、余計に大きな音になることが想像できると思います。でも1つ1つがちょっとずつ違う音を出せば、突き抜けて目立つ音にはなりません」と説明する。長さと太さを変え、異なる周波数にして音のレベルを小さくし、音を分散させることで、縦溝から発生するノイズ全体を目立たなくしているのだ。

また、E-GripコンフォートはIN-OUT指定というタイヤの内側と外側を指定したデザインになっていて、主溝4本のうち、一番外側のくる溝を細くすることで、より外側に排出される音量を少なくする工夫をしている。

排水に有効な太い4本の縦溝。写真一番左(車両外側)の溝を細くすることで外側に向けて出る音を小さくしている

横溝は縦溝で発生する気柱管共鳴を低減する意味もある。センターブロックだけ横溝が貫通していないのは、センターブロックの剛性がハンドリングの初期応答に影響するため

一方縦溝の音を消すための横溝も、接地した瞬間にポンっと空気が流れ、ノイズの原因になる。特に速度で変化する横溝の音はドライバーに気になりやすい音のため、少しでも気にならないようにするための重要な工夫が施されている。

それが分散。縦溝と同様、1つ1つの溝は小さくても、タイヤが路面を転がるなかで同じ周波数の音を出すと大きく聞こえるため、個々の溝のサイズを調整。さらに一見等間隔に見えるパターンも、実は溝と溝の間隔が詰まったところと広いところがランダムになっているのだそうで「周波数を分散させてピッチノイズ、シャーという音を出さないようにしています」と中島氏。

一見すると等間隔に並んでいる様に見える横溝も実はランダムになっていて、特定の周波数に音が集中しないようになっている

これに麻倉氏は大きくうなずきながら、オーディオスピーカーのボックス構造を引き合いに出した。スピーカーは角のある四角形をしていることが多いが、「スピーカーボックスから出る音が、エッジによって渦になり、音を濁してしまう」のだという。しかしイギリスメーカーのあるスピーカーでは、「空中に自然に音が出るように、エッジをなくした独特のデザイン」を実現しているとのこと。オーディオとタイヤのどちらにおいても、「音の逃がしや分散」といった点が重要と言えるのかもしれない。

トレッドとタイヤで剛性・減衰をバランスさせ、ロードノイズを抑制

次の「ショックを吸収するタイヤ構造」は、ロードノイズの抑制に効果を持つもので、トレッド層の下に配置されているカーカスが鍵を握っている。カーカスとは、普段はゴムに覆われてしまっていて目にすることができない存在だが、中島氏いわく「樹脂が編み込まれた糸からなる、タイヤの基礎骨格みたいなもの」とのこと。このカーカスがより柔軟に動くよう素材の使い方と編み方を工夫することで、路面から伝わる振動を抑えることにつなげているのだという。

タイヤの内部構造を解説する中島氏

「タイヤにはさまざまな振動が発生します」と中島氏。回転することで、路面と接触することで、あるいはコーナリングでステアリングを切ることで、縦方向、ねじれ方向、前後左右方向などの振動が発生し、音の原因となってしまう。「振動が一切なければ音は出ないわけですが、振動しないガッチリ硬いものにしてしまうと乗り心地がよくない。きちんと乗り心地をよくしつつ、音を抑え込む、そのバランスをカーカスの減衰性などを見直すことで最適化しました」と語る。

振動を考える上では、音の周波数に関係する「バネ定数」と、タイヤに加わった入力が収束するまでの時間に関係する「減衰」、この2つが重要になるという。バネ定数とはクルマのサスペンションなどでも使われるバネのスプリングレートと同義。減衰とは振動のエネルギーをたとえば熱エネルギーなどに変換させて損失させる能力で、こちらはオーディオで制振材として使われるブチルゴムをイメージしてもらうとわかりやすいだろう。

「物理的な観点から言えば、音をなくすのは減衰を高めて早く収まる方がいい。剛性(バネ定数)も上げることで、変形や振動の振幅が小さくなるので音が小さくなる」(中島氏)。E-Gripコンフォートでも、カーカスの素材自体を見直し、かつ編み方も変えることでより緊密にして剛性を上げる方向にしているという。しかしながら、それぞれ乗り心地や燃費、ハンドリングなどに影響してくる部分でもあるため、そのバランスが最適になるようカーカスによってコントロールしているわけだ。

最後の3つ目のポイント「コンパウンドの改善」もタイヤの構造と併せてロードノイズを抑えるものだ。こちらもやはりバネ定数と減衰が密接に関係してくる。

「一見平坦に見えるアスファルトも実際には小さな石が集められたものです。その舗装路面の石にトレッド面が当たることが振動の発生要因になりますから、そもそもその入力を少なくできれば振動を減らすことができます」と中島氏。

そこで、E-Gripコンフォートのトレッドコンパウンドに採用している「フレキシブルギャップコンパウンド」では、コンパウンド部分でバネ定数と減衰を見直してタイヤへの入力の減少を狙っている。

路面と接地するトレッド部のゴムには「フレキシブルギャップコンパウンド」を採用する

図の①が「フレキシブルギャップコンパウンド」を採用するトレッドゴム。②がタイヤ全体のしなやかさと剛性に影響するカーカス。さらに③のビードも、カーカスとバランスさせた硬いゴムを採用している

つまり、タイヤ表面のトレッドゴムは柔らかく、減衰されにくい構造ということだ。そうすると路面の小さな振動はタイヤの骨格であるカーカスには伝わらないので、タイヤ自体の振動にはつながりにくい。反対に、タイヤの構造体であるカーカスではバネ定数と減衰を高める方向にあるので、全体としては振動の振幅が小さく、振動の収まりも早いという性格になっている。

振動低減を狙いすぎて、タイヤの各部で同じように高剛性、高減衰にしてしまうと、かえってノイズが目立ったり、乗り心地に悪影響が出やすくなったりする。数十もの要素が、それぞれにトレードオフの関係にもなると中島氏が打ち明けるタイヤ開発においては、曲がる、止まる、走るというタイヤの基本性能を損なわず、そこに静粛性や低燃費などの要素を加えるために、全体として絶妙のバランスをとる必要があるということがよくわかるだろう。

麻倉氏は、「スピーカーも基本は高剛性がいいが、それだけだと抑え過ぎちゃった音の印象になったりします。そういう意味では、部分的には“抜く”ところも作って、振動させた方がいい場合もあるんです。タイヤもオーディオも、一方向に徹底的にやればいいんじゃなくて、バランスが必要ということですね」と、感慨深げに語った。

音だけでなく、乗り心地やハンドリング、燃費、ウェット性能など、多くの課題を持つタイヤ設計の話を聞いて、「バランス」の重要性を再確認した麻倉氏

アコースティックな音響。トータルなドライビングプレジャーを実感

E-Gripコンフォート装着車に乗って、高速道路やあえて荒れた路面を走行。その静粛性を体感した

インタビュー終了後、麻倉氏と中島氏は実際にE-Gripコンフォートを装着した車両に乗り、実際の走行における音の確認に出かけた。まずは音に集中するため、麻倉氏は助手席へ。中島氏の運転で一般道路や高速道路を走った後、麻倉氏もハンドルを握って、荒れた路面の市街地走行などを体験した。以下は、体験後の麻倉氏のコメント。

音だけでなく乗り心地にもしなやかさを感じたと語る麻倉氏

「パターンノイズは非常に少ないと感じました。スピードが変わる時によく聞くヒューという音も全くなかったですね。ロードノイズは、質がずいぶん違います。小石に当たって聞こえる音や振動が鋭角じゃない。エッジが丸まっているというか、不快感がすごく少ない。ゼブラゾーンのような段差に乗り上げるようなところも、収束が早いから後まで尾を引かない。小気味のいい感じで、そこが気持ちのいいハンドリング、運転につながっています。心地良いロードノイズでしたね。

一般道のカーブ手前にある赤黒のゼブラゾーンでは、収束の早さのおかげで小気味良さを感じたという

ノイズはゼロではなく、たしかにある。けれども、ノイズが耳につかないというか、決して耳障りではない、質の高さが感じられるもの。音にしっとり感、しなやかさみたいなものがあると言えばいいでしょうか。高速道路も走りましたが、一般道のときと大きな違いがないですね。シームレスに高速に乗れる。速度が上がったら極端に音が大きくなるわけでもなく、周波数がいきなり変わるというわけでもなく、しっとり徐々に変化していくんです。

高速道路に入って加速していっても音の変化は少なかったという

助手席にいたときと運転席とで、感覚の違いもありました。助手席ではノイズに気持ちが向いてしまいますが、運転席にいるときは、運転するという行為もあるし、ビジュアルでの判断もしなければいけない。音の良しあし、情報性がとても大事になる。その情報性も、路面から“変わったぞ”と声高に言われるのではなく、かといってまったく情報がないわけでもなく、自ずからわかるような感じで伝わってくる。トータルなドライビングプレジャーを音からも感じることができて、感動できた、というのが率直な感想です。

荒れた路面でも穏やかなノイズだが、ドライバー自ら路面の状況をしっかり感じられる程度のノイズがある

感覚的には、ノイズがまとまって襲ってくるのではなく、上手い感じで分散されていて、それも気持ちよさにつながっているのではないでしょうか。ノイズが耳に気持ちのいい周波数帯に収まっているので、アコースティックな、ナチュラルな音響感に包まれて走っているぞ、と思えます。ハンドリングも、思ったところに、的確に行きます。耳から入ってくるノイズの質がよかったおかげで、実に快適な運転ができました。それがE-Gripコンフォートというタイヤの一番のメリットかもしれませんね」