ヨコハマのスタッドレスタイヤ「アイスガード」シリーズの最新製品となるのが、「iceGUARD 6(アイスガード シックス)」だ。アイスガード 6は氷上性能、雪上性能などを高める新配合剤や構造を採用しているほか、春が近づくにつれて増えてくるウェット時の性能を上げる工夫がされており、どのようなシーンでも安心して走れることを目指したスタッドレスタイヤに仕上がっている。

今年発売されたばかりの新製品、ヨコハマ史上最高性能スタッドレス「iceGUARD 6」

すでに公開済みの前編では、ひと足早く、モータージャーナリストの岡本幸一郎氏と北海道のテストコースでその性能を体験してきたが、本記事では、そのアイスガード 6の開発に携わった横浜ゴム株式会社 タイヤ第一設計部 設計 2グループ 温品良介氏と、同 タイヤ第二材料部 尾ノ井秀一氏にお話を伺う機会を得た。

横浜ゴム株式会社 タイヤ第一設計部 設計 2グループ 温品良介氏

横浜ゴム株式会社 タイヤ第二材料部 尾ノ井秀一氏

アイスガード 6ではクワトロピラミッドディンプルサイプという新しい構造を採用している他、シリカ高反応ホワイトポリマー、オレンジオイルS、シリカ、新マイクロ吸水バルーン、エボ吸水ホワイトゲルなどの配合剤を採用することで氷上や雪上だけでなく、ウェット路面での安心感を増しているのだ。

実際に体感したアイスガード 6の優れた性能。その性能を支える技術について「パターン」「コンパウンド」「開発体制」の3つの方向から伺ったので、その模様を紹介していきたい。

パターン編 ~雪を踏みしめ、氷で滑らないための新構造を採用~

Q:スタッドレスタイヤとはどのようなタイヤなのでしょうか?

温品氏スタッドレスタイヤというのは、スパイクのついていないタイヤの中で、最も安全に氷上を走る事ができる冬用タイヤになります。そのためにサイプと呼ばれる細かい切れ込みをパターンで生成し、ブロックを敢えて倒すことで路面に対して密着させながら氷の上でしっかりと止まるということを実現しています。

Q:左右でパターンが違うのが印象的です。これはなぜなのですか?

温品氏前モデルになるアイスガード 5の世代から左右非対称のパターンを採用しています。それまでは対称のパターンだったのですが、アイスガード 5から雪と氷の機能分担をしっかりさせて性能を上げていこうとして非対称パターンにしています。

タイヤのイン側は氷路面を担い、アウト側は雪路面を担います。氷上性能が特に求められるのはやはり減速や停車時です。特に交差点など停止するクルマが多いところは、路面が磨かれて滑りやすく、氷上性能が求められるシーンです。そこで、そうした状況で接地領域が大きくなるイン側に氷上性能を集約しています。

一方で、雪路面は氷に比べればある程度走れますし、それなりの速度も出ます。そのためにぐいぐいと走って行って舵を切ることになりますよね。そうすると加重がタイヤのアウト側にかかっていくことになります。ですのでアウト側を雪路面用としているのです。

タイヤのイン側とアウト側にそれぞれの役割を持たせた非対称パターン

Q:冬の路面といっても1つの状況ではないということなんですよね?

温品氏はい、例えば氷の路面でもタイヤが密着すれば溶けてきてしまうし、それにより浮いて滑るなど、様々なシーンが想定されています。今回のアイスガード 6では、従来のスタッドレスタイヤで重要視してきた雪と氷に加えて、ウェット性能を引き上げています。ウェットを追加したのは、春先になって雪解けが起きた時に、雨が降った後の状態にある路面を想定したからです。そこでもしっかり止まれるスタッドレスタイヤを目指したかったのです。

新雪が降り積もったばかりの路面

交通量が多く踏み固められた圧雪路面

気温が上がって解け始めた路面

一度解けた雪が再び凍った路面

Q:今日もスタッドレスタイヤで走ってきたのですが、雪上を走った後にはパターンの後が柱のようになっていました。それを作ることが大事なのでしょうか?

温品氏それを狙っています。“雪柱せん断力”と我々は呼んでいますが、雪を踏みしめて吐き出すことで、トルクや回転力を得る仕組みです。かみしめることが重要で、それを決めるのがパターンです。ではどのように実現するのかと言えば、まずはパターンで雪上で接地させ、ゴムを柔らかくしていくことで氷の上で追従し易くして止めていきます。しかし柔らかくしすぎてしまうと、今度はパターンが倒れて食いつかなくなってしまいます。そこで今度は倒れないようにする構造的な工夫が必要になります。

雪の上を走った後にできるパターンの軌跡はタイヤが雪をかみしめている証

Q:それはどのようにして実現するのですか?

温品氏今回のアイスガード 6では「クワトロピラミッドディンプルサイプ」という仕組みを採用しています。このタイヤの中で、サイプ(タイヤのトレッド面に刻まれる細かい溝のことで、ブロックを柔らかくする効果があり、タイヤの接地面積を増やすことにつながる)の深さ方向に折りが4段あるようになっており、剛性を高める役目を果たしています。従来のアイスガード 5世代までは3段でしたので、1段増えたことになります。

1段増やすといっても口で言えば簡単なのですが、実際には非常に難しいのです。タイヤを製造する時にはゴムを焼いて取り出すのですが、その時に金型から引き出すことになります。その時点ではまだ柔らかい状態なので抜きやすいのですが、それでも折り数が増えると引っかかって抜きにくくなってしまいます。従来は抜くときに欠けてしまうなどの問題があって実現できていなかったのですが、今回の製品では角度などを見直して4段を実現することが可能になりました。

4段の凹凸とディンプルによって、剛性を確保する

Q:パターンを見るとサイプだけでなく切り欠きも入っていますが?

温品氏イン側の氷路面を担う部分は、サイプと切り欠きが入っていて、交互に複数配置しています。これによりどんな角度から路面に入っていっても、路面に対してひっかく効果があり、氷の上で舵を切りながら加速という難しいシーンでも、より高い性能を発揮できます。

サイプと切り欠きを交互に入れて行くのは難しく、ブロックが小さくなってしまいます。そうすると、偏摩耗をおこしたりという課題がありました。そこで、今回は溝の深さや場所をかなり変更しています。スタッドレスタイヤでは氷に対してひっかいて接地させるというのがテーマなのですが、今回は接地することをベースにしつつ、限界まで切り込みを入れていくことで摩耗とかドライ性能などを犠牲にしない領域ギリギリまでチャレンジしているのです。

ハの字型のサイプ(パワーコンタクトリブ)と切り欠きが、あらゆる方向でエッジ効果を発揮する

コンパウンド編 ~新素材や量を見直し、氷上もウェットも性能向上~

Q:今回のアイスガード 6ではいくつかの新しい配合剤を利用してゴム側でも性能が大幅に向上していると聞いています。そうした素材は具体的にはどのように役立つのでしょうか?

尾ノ井氏今回は新たにシリカ高反応ホワイトポリマー、オレンジオイルSという新しい素材に加えて、シリカ、新マイクロ吸水バルーン、エボ吸水ホワイトゲルの配合量を最適化しています。

【イメージ図】新マイクロ吸水バルーンとエボ吸水ホワイトゲルが水膜を除去

スタッドレスタイヤが氷路面に密着するためには発生する水膜を除去する必要があります。例えば、晴れている場合には氷の上には溶け出してきている薄い水膜ができてしまうからです。スタッドレスタイヤはそれを処理ながら進んでいくのですが、新マイクロ吸水バルーン、エボ吸水ホワイトゲルという2つの配合剤は、水膜を除去してくれる役割を担っています。ちょうどスポンジが水を吸い取るそんなイメージです。

 

Q:新マイクロ吸水バルーン、エボ吸水ホワイトゲルの配合剤はアイスガード 5 プラスにも採用されています。今回のアイスガード 6での違いは何でしょうか?

【イメージ図】新マイクロ吸水バルーンの殻はエッジ効果も発揮

尾ノ井氏新マイクロ吸水バルーンに関しては配合量の最適化を行っています。新マイクロ吸水バルーンというのは、カプセルの中に気体が入った素材で、走行中に削れて殻が半分になるとそれが吸水する、そんな仕組みになっています。また、その削れた殻のエッジ部分が水膜に突き刺さり、スパイクのような役割も果たしています。

エボ吸水ホワイトゲルは、ゲルというぐらいですからそれ自体は非常に柔らかい素材です。低温でしなやかさを出さないと路面に密着できないのでそのためと、それ自体も吸水効果があるので、その2つの理由で利用しています。

Q:シリカと呼ばれる配合剤も利用されています。シリカとは何ですか?

尾ノ井氏シリカはウェットと転がり抵抗に効果がある配合剤で、二酸化ケイ素から構成されており、サマータイヤにも使われています。以前はカーボンブラックという配合剤を利用していましたが、ウェットと転がり抵抗の両立には限界がありました。そこで、シリカを採用することで、ウェットと転がり抵抗の両方をカバーするようにしたいと考えたのです。

というのも、ウェット時の性能を上げて欲しいというお客様からのご要望を頂いていたからです。シリカそのものは従来も採用していたのですが、配合量は多くはありませんでした。今回は意識してその配合量を増やしています。シリカを利用することで、製造上はコストがあがってしまいますが、サマータイヤでの使用も増えているので、徐々にコストは下がってきていたので。

Q:シリカを配合することは難しくはないのでしょうか?

尾ノ井氏既に説明したとおり、サマータイヤでも利用が進んで居るので、技術的には既に確立されています。従来のカーボンブラックはポリマーに混ぜるだけでよかったのですが、シリカの場合には混ぜるだけでなく反応させるという工程が必要になり、そこに加工上のノウハウが必要になってくるのです。料理と一緒で素材が変わってくると炒め方に工夫が必要になりますよね、そんなイメージで、加工時の機械や人にも工夫をしてもらう必要がでてくるのです。そこのノウハウがないと摩耗が悪くなってしまいます。

【イメージ図】シリカとシリカを均一に分散するシリカ高反応ホワイトポリマー、そしてオレンジオイルSによって低温時でも柔らかさを保持。路面の細かな凹凸に密着する

Q:オレンジオイルSはどんな素材なのでしょうか?従来のオレンジオイルの改良版のようなものでしょうか?

尾ノ井氏オレンジオイルというのは元々はウェット路面で効果がでてくる配合剤でした。今回はウェット性能に関してはシリカであげることができたので、氷上性能と経年性能低下を両立したいと考えており、その二律背反を解決するために採用しました。

オレンジオイルSという名前なので、オレンジオイルに近い配合剤なのかと受け取られるとは思いますが、中身はかなり違っていて、低温でしなやかさをだし、経年での性能低下を防ぐための配合剤です。オレンジオイルは、どちらかと言えば高温で利用されるサマータイヤに適した配合剤で、低温のしなやかさが失われる恐れがあったので、その代替としてオレンジオイルSを採用しています。

Q:もう1つの新しい配合剤となるシリカ高反応ホワイトポリマーはどのような狙いですか?

尾ノ井氏シリカ高反応ホワイトポリマーはスタッドレスやサマータイヤを含めて弊社の製品では初めて採用する配合剤です。シリカはポリマーと混じりにくい特性があります。ポリマーは疎水性、シリカは親水性なので、水と油の関係なのです。このため、よく混ぜるときに、シリカ高反応ホワイトポリマーを入れて、シリカの分散を助けてあげる役割を担っています。

Q:従来モデルと比べて配合剤のコストはあがっていないのでしょうか?

尾ノ井氏確かに今回のタイヤには高価な配合剤を利用していますが、そこはきちんと市販品のレンジに収まるようになっています。

開発編 ~試験機でテストし、コースでもテストして効果を確認~

Q:そうした配合剤の研究などはどうしているのですか?

尾ノ井氏製品開発部門とは別の研究開発部門で先行開発を行っています。様々な仮説を立てて、配合剤を探してきて、実際にラボ(研究室)で評価しています。

Q:製品部門での開発はどのように行っているのでしょうか?

温品氏構造側に関しては、現行商品に切り込みを入れたりしてテストをします。業界用語では”リグルーブ”と言うのですが、人の手で溝を掘って増やすことで雪の上、氷の上で挙動を確認します。あるいは研究所にある室内試験機にかけて氷上テストを行います。これは巨大な冷凍庫のようなモノの中にドラムがあって、そこに氷を作成することで氷上を再現する試験機です。まずは試験機で試し、その後実車につけて実際の氷上、雪上でテストをします。

尾ノ井氏ゴムも同じような室内試験機を持っており、それにかけてテストします。

Q:誤差はないのでしょうか?

温品氏ありますが、どの程度の誤差があるかは把握できていて、その補正ができるようになっています。必ずこうなるという絶対値、例えば路面と同じ制動距離をぴったり当てることはできませんが、それぞれのタイヤの差は見ることができますので、その相対値で開発を進めます。

Q:構造とゴムとそれぞれ開発していますが、それぞれの調整はどうしていくのですか?

温品氏そこは同時進行で協力し合いながらやっていきます。

尾ノ井氏基本的には構造側の希望に応えていきます。パターンによって最適値があると思われるので、そこは要素技術などを実験しながら最適値を一緒に探していく形になります。

構造と、その剛性や特性に合わせたコンパウンド、その双方がかみ合って初めて優れたスタッドレスタイヤが生まれる

Q:今日実際にスタッドレスタイヤを試させて頂いて、ビックリするぐらい雪や氷の上で止まるというのは印象的でしたが、今後もそうした制動距離は短くなっていく余地はあるのでしょうか?

温品氏あると考えています。お客様にとって氷の上で止まらないというのが一番恐いことです。従ってその制動距離をさらに短くして行くことがスタッドレスタイヤとしては重要です。氷上性能をそこそこにそれ以外の性能を上げていくという方向性を目指すとオールシーズンタイヤになっていくのですが、オールシーズンタイヤは氷上性能が正直上がっていない。そこはスタッドレスタイヤがダントツであり、氷上性能を上げていくことが至上命題です。

尾ノ井氏配合剤の研究に関しては、年々開発合戦で進化してきています。現時点での我々の最善の答えはこれですが、何年か経ったらまた新しい原料がどんどん出てくると思うので、それらを使ってよりよいものを作っていきたいです。

ツルツルに磨かれた氷盤路でも試乗したが、そのグリップは驚きだった

Q:最後に読者がタイヤを買う上で見て欲しい部分を教えてください。

温品氏この製品は「アイスガード」なので、氷上でしっかり感をだし、お客様が不安にならないことをイメージして開発してきました。そのアプローチとしては接地とひっかきなのですが、そこをしっかり出すように開発してきたので、その安心感がアピールポイントです。見せかけだけの切り欠きは入れてないので、ぜひご購入頂いてご体験頂ければ嬉しいです。

尾ノ井氏素材は見えない部分でなかなかイメージつかないと思いますが、今回は氷上性能を上げ、同時にウェット性能を上げることを目指しているので、そこを感じて頂けると嬉しいです。

圧倒的な安心感は、常に技術に裏付けられる

タイヤと言えば、黒くて丸くてみんな同じにしか見えないかもしれないが、ゴムも、そして構造も各メーカーが競争して工夫している部分が多い。

ヨコハマのiceGUARD 6は、本インタビューで紹介したシリカ高反応ホワイトポリマー、オレンジオイルS、シリカ、新マイクロ吸水バルーン、エボ吸水ホワイトゲルといった配合量の最適化。そしてクワトロピラミッドディンプルサイプやパワーコンタクトリブ、左右非対称パターンなどを採用することで、氷上性能、ウェット性能ともに高まっている。

その性能は、前編の岡本氏のインプレッション記事でも紹介したように、筆者も実際に前の製品と乗り比べて確かな進化を体感することができた。ぜひとも実際の製品でそれを体感して、安全で快適な雪道ライフを楽しんで頂きたい。

前編はこちら