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“負け嫌い”でWEC2連勝中のトヨタ、2016年の雪辱を誓うル・マン24時間レースの新型車を解説

基本コンセプトから見直した新型車の中身は「火力発電所レベル」!?

2017年5月19日 開催

「モノコック以外のほとんどを一新した」という「TS050-HYBRID」

 2016年のWEC(世界耐久選手権)第3戦に行なわれた伝統の「ル・マン24時間レース」。TOYOTA GAZOO Racing(トヨタ自動車)は、優勝のチェッカーまで残り1周と少し、時間にして23時間57分のところでマシントラブルが発生し、まさかのリタイアに終わった。

 そんな劇的な幕切れから1年、トヨタの豊田章男社長がル・マン終了後にコメントした「1年後、生まれ変わった我々を、再び全力で受け止めていただければと思います。(中略)“負け嫌い”のトヨタを待っていてください」というメッセージのとおり、この2017年、TOYOTA GAZOO Racingはあらゆる面を進化させた新型車とともにル・マンに戻ってくる。

 TOYOTA GAZOO Racingは今シーズン、開幕から2連勝という最高の状態で6月17日~18日のWEC 第3戦 ル・マン24時間レースに臨み、悲願である優勝を目指す。2017年の躍進は、ほぼ全面的に改善を施したという新型車の投入と無関係ではないだろう。そのニューマシンである「TS050-HYBRID」の技術的なポイントについて、5月19日にトヨタの担当者が解説した。

すべてをやり切っていなかった反省を糧に

トヨタ自動車株式会社 GR開発部 部長 村田久武氏

 車両開発を担当するGR開発部の村田氏によると、勝利をほとんど手中にしていたにもかかわらず、わずかに届かなかった昨年のル・マンでの経験は、TOYOTA GAZOO Racingのチームメンバーにとってレースそのものに対する意識を変えるきっかけになったとのこと。

 当時を振り返って村田氏は「キーとなる部品同士をつなぐパイプ、部品のちょっとした製作の条件まで目を配れていなかった」と分析する。「一生懸命やったつもりだったが、クルマ全体が強くなっていなかった」という思いから、「俺達は、すべてやり切ったと言えるのか」とチーム全体が反省。「24時間経ったときに、ドライバーがゴールラインを先頭で通過するのを見届けるまでが仕事」と気持ちを新たにして、2017年型のマシンでは「モノコック以外について、基本コンセプトから見直して一新した」という。

マシンの多数の箇所が「一新」された

 まず、空力設計については、ダウンフォースを減らすことを目的とした2017年からのレギュレーション変更(フロントスプリッターの最低高が15mmアップし、リアディフューザーの面積が50%近く縮小)を踏まえた。

2017年から変更された空力に関わるレギュレーション
ダウンフォースは低下したが、ドラッグも減らして空力効率を上げた

 しかしながら、徹底したドラッグ(空気抵抗)の削減を行ない、床下への積極的なエア流入を推し進め、前から入れた空気をフロントのダウンフォースやリアのダウンフォースに活用することで、空力効率(ダウンフォースを発生させるために必要なドラッグの量)は2016年型以上を確保したという。

前方から取り入れた空気は床下、車両後方へと流れ、ダウンフォースを効果的に発揮させる

 エンジンも2017年のレギュレーションでは燃料積載量や最大燃料流量がさらに絞られたが、「燃焼方式、燃焼の考え方を一新した」とし、シリンダーヘッド、シリンダーブロック、クランクシャフトのいずれも再設計している。過給リーンバーン燃焼や高圧縮化、フリクション低減といった工夫で、これまでかなり熱効率が高いとされてきたディーゼルエンジンと同等、もしくは超える効率をガソリンエンジンでも実現できるようになり、エンジン出力も2016年と比較して大きく改善しているとした。

制限がさらに厳しくなった2017年のエンジンレギュレーション
最近の技術革新により、ガソリンエンジンでもディーゼルエンジン並の高い熱効率を発揮できるようになってきたという
エネルギー回生を目的としたブレーキ力の比較。レースマシンの回生ブレーキの強力さが分かる

 WECではエンジンだけでなく、エンジンと組み合わされるモーターによる出力やエネルギー回生システムも重要な要素だ。エネルギー回生システムは、ポルシェなどのライバルが採用している「ERS-H(排気エネルギー回生)」に対して、トヨタは「ERS-K(運動エネルギー回生)」を採用。このERS-Kによるエネルギー回生は、乗用車が70km/hから停止(0km/h)まで30秒かかるところを、TS050-HYBRIDは250km/hから100km/hまでの減速がわずか5秒と、急激なブレーキとして機能する。

 これは、ル・マン24時間レースにおける「1周あたり8MJ」というアシスト可能エネルギーをわずか4分半で充電するほどのエネルギー回生量で、市販されているプラグインハイブリッドカーが10MJほどの電力を3時間かけて充電するのと比べて圧倒的な差だ。

 また、放電による加速力も、2.4トンのミニバンを48mの高さまで3秒で持ち上げるほどのエネルギーであり、空力性能、馬力、エネルギー回生というトータルで考えた場合、「総合的な熱効率は火力発電所レベルに達するほど」だという。実際のレースでは、こうした急減速によるエネルギー回生と、その直後の急速放電による猛烈な加速が1周につき7回繰り返されることになる。

レースでは急減速と急加速により充放電が繰り返される
総合的な熱効率は火力発電所に迫るレベルという

 急減速と急加速が繰り返されるということは、つまりエネルギー回生の効率を高めることが性能向上の鍵になると言える。2017年型ではこの点においても大きく改善しており、高電圧化に加え、バッテリーの低抵抗化と高耐熱化が大きく進んでいる。具体的には、システム電圧が旧型の750Vから815Vに、稼働温度が60℃から85℃になったとのことで、これに伴い初期から長距離走行後まで、一定して高い充放電効率を保つことにつながったとする。

充放電を高速化するにはいかに電圧を上げ、抵抗を減らし、高温でも高い性能を保てるかが鍵

6月17日~18日のル・マンに向けて最終確認が進む

2016年のル・マン24時間レースの現場にも立ち会っていたトヨタ自動車株式会社 GR統括部 部長の北澤重久氏。そのときの悔しさを改めて語った

 マシンのあらゆる部分を見直して改善したとはいえ、なにが起こるのか分からないのがレースの常。とくに24時間走り続けるル・マンでは、2016年がそうだったように、シリーズのほかのレースでは考えられないようなトラブルやアクシデントがつきものだ。2017年からTOYOTA GAZOO Racingは3台体制になったこともあって、その分勝利を掴む可能性が高まるとしながらも、反対に「圧倒的に高い確率で望まないことが起きる」と言い換えることもできる。

 開幕戦と第2戦で勝利したとはいえ、「このままいけるとは思っていない。今は本当にやり残したことがないか、最後の確認をしたのか、レースでどんな緊急事態が想定されるか、マニュアルに穴はないか、万が一のときにスムーズに対応できるオペレーションになっているか、毎日確認している最中」と述べ、万全の体制を整えたうえで、6月17日~18日のル・マン24時間レースで雪辱を果たし、初勝利することを誓った。