岡本幸一郎のトヨタ「SAI」インプレッション プリウスともHSとも異なる現代版小さな高級車 |
2009年10月20日に発表され、その後の1カ月で、発売前にもかかわらず約1万4000台もの受注を集めた注目の新型ハイブリッド車「SAI」。もちろんその人気には、エコカー減税という追い風があることは間違いないが、果たしてその実力はいかほどなのか? モータージャーナリストで、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員でもある岡本幸一郎氏によるインプレッションをお届けする。
レクサスのハイブリッドセダン「HS」の発売から5カ月、トヨタブランドからもハイブリッドのセダン「SAI」が発売された。販売店は「プリウス」と同じくレクサスを除く全系列となる。“SAI”という車名は、「才に満ちた先進性」の「才」と、「彩を放つ上質感」の「彩」に由来するとのこと。カタカナで書くと少々不恰好なので、くれぐれもアルファベットで表記したいところ……(笑)。
レクサスのHSとほぼ同時期に似通ったコンセプトで登場したということで、多くの人も感じたであろうSAIに対する先入観が僕にはあった。しかし実際に実車に触れてみると、その先入観は、少々誤っていたようだ。SAIは、HSの姉妹車の廉価版ではないし、プリウスの上級版とも違う。たしかに、HSと共有するコンポーネンツは多いわけだが、それは偶然と必然もあったようだ。コンセプト自体は、シンプルに言うと「プログレ」の最新版で、つまりこれからの時代の“小さな高級車”である。一定の支持を得たプログレの後継モデルとしての車格を持ち、それがハイブリッドであるべきというのは、今のトヨタでは自然のなりゆきと言えるだろう。
かたやレクサスも、これぐらいの車格の車種をラインアップすべきと考え、それをハイブリッドでやろうと考えたことには、なんの違和感もない。かくして、もともとは別々のものだったトヨタとレクサスの開発陣の思惑は、はからずもがな、多くの部分を共有し、ほぼ同時期に似たような車格のハイブリッド専用モデルが登場するという運びとなったのである。
それぞれのプロセスを経て開発され、完成したSAIとHSを見ると、全体像としては、もう少しキャラクターの差別化があってもよかったという気がしないでもない。開発者によれば、お互いがそれぞれ、より上を目指した結果、似てしまった部分も少なからず出てしまったのは、本当に偶然のことらしい。
価格帯は338万円~426万円。カーナビも全車標準装備なので、395万円~535万円というHSに対し、その他の装備の差もあるが、60万円程度の差と認識してよいだろう。Dセグメントに位置するボディーサイズは、4605×1770×1495mm(全長×全幅×全高)。HSは4700×1785×1505mmだから、全長はだいぶ短い。ホイールベースの2700mmは共通。1570~1590kgという車両重量は、HSよりも60kgほど軽い。最小回転半径は、18インチ仕様では5.6mとHSと共通だが、16インチ仕様は5.2mとなる。
エクステリアは、見てのとおりトライアングルシルエットとすることで、取り回しのよさと居住性、空力性能を高次元でバランスさせた高効率パッケージを実現している。HSに対し、ヘッドライトやフロントグリルなどの雰囲気はだいぶ違うが、SAIのほうがこのフォルムに馴染んで目に映るように思う。
サイドビューでは、HSがウエストラインにレクサスのアイデンティティを用い、リアクオーターピラーの付け根を斜めに切り上がらせたのに対し、SAIではここをまっすぐに処理している。HSでは、サイドステップ上にLSのようなクロームのパネルが配されるのも大きな相違点だ。
テールランプは、横長のHSに対し、縦長としたSAIと、細部はかなり作り分けられている。これらに合わせてボディーパネルやバンパーも作り分けられ、共通するのはフロントドアぐらいだと言う。
タイヤ&ホイールは、カタログモデルとして用意されているのは、16インチ仕様と18インチ仕様で、デザインテイストがまったく異なる。18インチはスポークがリムまで伸びたタイプで、サイズ以上に大径に見えてルックスもよい。16インチ仕様は、プリウスにもあった、アルミホイールに樹脂製のハーフホイールカバーを組み合わせた珍しいタイプ。これは、剛性の確保と軽量化を図り、さらに空力性能を高めて燃費を向上させるためのものである。なお、販売店オプションでは、17インチや19インチも用意されている。
インテリアのデザインでもSAIとHSでは共通性が高いのだが、ハイブリッドモデルのデザインの統一を図るためにあえてそうしているのかと思ったら、そうではないらしい。それぞれの開発陣が、お互いの情報を共有することなくよりよいものを目指した結果、似たようなテイストに仕上がったそうだ。用いられた素材は異なるが、雰囲気は似ている。やはり質感という観点ではレクサスはそれなりに高い。逆にSAIは、もっとHSと差別化し、早い話が質感を落とすのではないかと予想していたのだが、そうではなかった。ちなみに、HSではラゲッジルームのみだった植物資源が原料のエコプラスチックが、SAIでは室内表面積の約60%という圧倒的な使用量となっていることも特筆できる。
センタークラスターを手元まで伸びるような形状とし、リモートタッチを持つ点は同じだが、早くもその形状にアレンジが加えられた。基本的な要素は同じだが、上下の操作はマウスのようなシーソーボタンが付き、操作ノブの形状が変わった。こちらのほうが正確に操作しやすいように感じられた。
また、細かい違いは、エアコンのルーバーがHSでは横基調のところがSAIは縦基調になっているし、オーディオコントローラーにカバーが付く点も相違点だ。シートについては、HSに用意されるセミアニリンレザーの設定はSAIにはさすがにない。ファブリックシートはかなり落ち着いた柄の生地だが、やはり本命はレザー。ソフトな触感は好印象だ。
ステアリングホイールは、Sグレードがレザー、上級のGグレードはレザー+木目調となる。ステアリングスイッチは、3本スポークのHSでは左右のスポーク部分にスイッチが集中して配置されていたのに対し、4本スポークのSAIでは、パッド部分の左右に配置されており、操作できる機能も異なる。また、SAIでは助手席のエアコンの設定温度を、先代マークXのようにドアアームレスト側でも調整できるようにしている。
大容量の40GBのHDDを有し、高精細8型のディスプレイを持つカーナビの仕様は共通だが、マークレビンソンの高性能オーディオはレクサス車のみに用意されたもので、SAIでは選ぶことができない。ただし、竹繊維スピーカーを用いたSAIのスーパーライブサウンドシステムの音質も、かなりの実力の持ち主である。
ドライビングポジションからの視界は概ね良好だ。ドアミラーはピラーではなくドア上端に取り付けられており、Aピラーとドアミラーの間の三角窓が大きく、ウエストラインも低めのため視界はよい。ハイデッキのため後方視界はそれなり。ただし、視界はよくても、見切り性については、フロントはダッシュ上端が比較的高く、前下がりのボンネット前端やフェンダーを確認することはできず、フロントタイヤの位置を掴みづらいのだが、これは慣れるしかないだろう。
電動チルト&テレスコピックステアリング(S系は手動)でポジションも決めやすく、視認性も高い | 身長172cmの筆者が座っても、後席のニースペースは必要にして十分。フロアがフラットなのがうれしい | 後席は、ルーフが後ろにいくほど低くはなるが、頭上空間は十分だろう |
ラゲッジルームについては、バッテリーをリアシート後方に搭載しながらも、上手く低くレイアウトしたことで、ゴルフバッグ4つがラクに積めるスペースが確保されている。容量の大きさもさることながら、床面のフラットな部分の面積が大きく、形状がよい。ただし、トランクフードの開閉機構はデュアルヒンジではなく、そのままシンプルに持ち上がるタイプ。背の高いユーザーは頭をぶつけないよう注意が必要。トランクフードの軽量化もポイントで、これまでスチールの骨組みに樹脂のカバーを施して、こうした形状を実現していたところ、レーザーブレージングという新しい溶接技術を採用することで、樹脂パネルを不要として、約1kgの軽量化を実現したと言う。
フラットなフロアで奥行きも十分なトランクスペース | 一見何の変哲もないトランクフードだが、2枚のパネルを溶接することで、樹脂パネルを使うことなくシャープなデザインを実現し、軽量化に貢献している |
安全装備は、「小さな高級車」だけに基本的なものはフルで付く。前方だけでなく後方にも対応したミリ波レーダー方式のプリクラッシュセーフティシステムも用意されている。HSとの差も気になるところだが、ドライバーモニターの設定の有無と、エアバッグがSAIが9個であるのに対し、HSは10個である点ぐらい。その内訳は、ニーエアバッグが運転席のみか、助手席にも付くかという差異だ。
音声通話とデータ通信ネットワークを駆使したテレマティクスサービスも提供されている。基本的なサービス内容の「G-BOOK mx」は、携帯電話利用の新車登録日より3年間、無料で利用できる。さらに、専用DCMを利用し、HSの「G-Link」に相当する機能を有する「G-BOOK mx Pro」は、申し込みにより初年度無料で利用可能。2年目以降は1万2000円/年にて利用可能となっている。また、万一の際の緊急通報サービス「ヘルプネット」も設定されている。
G-BOOK契約することで利用可能なエコ運転支援サービスの「ESPO」。毎分燃費や区間燃費など、エコドライブ度をチェックできるほか、エコドライブのためのアドバイスや、エコドライブ度に応じてもらえるポイントで植樹活動へ参加できるというもの | ||
事故などの緊急時に専門のオペレーターが状況を警察などに連絡するヘルプネットも標準装備 | オプションのワイドビューフロントモニターのカメラ |
エンジンを含むハイブリッドシステムはHSと共通 |
スペックと燃費については、HSとまったく共通で、エンジンが最高出力110kW(150PS)/6000rpm、最大トルク187Nm(19.1kgm)/4400rpm、2JMというモーターが、105kW(143PS)、270Nm(27.5kgm)というスペック。燃費は、10・15モードで23.0km/L、JC08モードで19.8km/Lとなっている。
動力性能については、EVモードやエコモードはあるが、HSにはあるパワーモードがない。走り出すと、印象としては、HSより車重が軽いせいもあってか、出足が速いように感じられた。HSでも感じたスムーズさは、SAIでも変わらない。静粛性も遜色はなく、試乗時が雨だったこともあり、むしろスプラッシュノイズが気になったほど、パワートレイン系は静かだ。
エンジン停止~再始動では、最近の一連のトヨタのハイブリッド車と同じく、スッとストップし、音も振動もほとんどなくスムーズに始動する。よほど注意していないと気づかないほど。ただし、再発進すると比較的すぐにエンジンが再始動し、全体的に見てもモーターのみで走行している時間があまり長くない。プリウスでその時間がとても長いのは、すでに多方面で報じられているとおり。これは効率の問題もあるだろうが、「ハイブリッド」に乗ることを楽しむ時間でもあるので、もう少し長くなるようセッティングしてもよかったかもしれない。
インプレッションはワインディングや街中で行った。あいにくの雨天のため、雨しぶきの跳ねる音が気になった | ||
街中をゆっくり走ってもみたが、プリウスと比べると比較的すぐにエンジンがかかってしまう印象だ |
足まわりの方向性は、軽快なフットワークを意識してチューニングされているようだ。ダンパーは、HSがショーワ製であるのに対し、SAIではカヤバ製を用いている。それぞれの味付けは、似ている面もあれば、全体としてSAIはスポーティな方向に振られている。ステアリングも軽く、より軽快感を高めている。
ただし、乗り心地はやや硬めで、とくに後席ではやや跳ね気味。ギャップを越えたあとに、サスペンションが縮んだままドンと落ちるようなシーンも多く、動かない足だという気もしなくはない。そのぶん走りに軽快感は出ているわけだが、ユーザー層の嗜好を考えても、もう少しソフトなほうが好まれるのではないかと思う。このあたり、さらなる洗練に期待したい。
それは、16インチ仕様でも同じ。試乗車のタイヤ銘柄は、16インチ仕様が、トーヨー「J54」と、ダンロップ「SPスポーツ230」で、18インチが「ポテンザRE050A」となっていたのだが、J54は、燃費性能は高いのだろうが、そのぶんタイヤが固すぎる印象で、ハイトが高いにもかかわらず、十分な縦バネ効果を持っていない。SPスポーツのほうがいくぶん印象はよかった。
ハイトの低い18インチだけでなく、16インチでも乗り心地の硬さを感じた。指定空気圧が16インチでフロントが230kPa、18インチでフロント250kPaと高めなのが原因かも | 16インチ仕様では、トーヨー「J54」か、ダンロップ「SPスポーツ230」を標準装備 | 18インチ仕様には「ポテンザRE050A」を装備していた |
SAIは、発表後の1カ月間で、月販目標台数である3000台の5倍近くとなる約1万4000台を受注したとのこと。下限でも338万円~と、決して価格の安いクルマではないわけだが、トヨタとしても、この数字を「大変好調」と認識しているようだ。プリウスの異常なまでの数字に比べるといたって現実的ではあるが……。
SAIの好調な受注は、ハイブリッドカーが大いに優遇された環境対応車普及促進税制(エコカー減税)による部分も小さくないだろうが、HSの発売からそれほど時間の経過していないタイミングで、この数字をマークしたのは立派。これもクルマ自体の実力あってのこと。価格に対するバリューの高さ、そして優れた商品性が、ユーザーにしっかり伝わったからにほかならない。そして、プリウスに対して、さらにHSに対しては、価格に対するバリューをどう認識するかがポイントとなるだろう。
(岡本幸一郎)
2010年 1月 8日