強力な新Tegraシステムを武器に自動車産業へと乗り出すNVIDIA【後編】
デジタルメーターパネル作成ツール「UI Composer」。動作映像も掲載


 NVIDIAが自動車向けの半導体事業に乗り出していることは、前編でお伝えしたとおりだが、ここではその中で紹介した、デジタルメーターパネルのデザインを非常に手軽に行うことができるツール「UI Composer」に関する詳細記事をお伝えする。

 UI Composerは同社が自動車メーカーなどに販売しているIVI(In-Vehicle Infotainment)やメーターパネル向けの半導体Tegra(テグラ)のソフトウェア開発キット(SDK)に含まれているツール。コンピューターのプログラミングにあまり詳しくないデザイナーでも、必要なオブジェクトを配置していくだけで、簡単にデジタルメーターパネルのデザインを行うことができるメリットがある。

 今回は、NVIDIA UI Composer開発担当 ハラルド・ハウスマン(Harold Hausman)氏に、UI Composerの特徴などを伺ってきた。

NVIDIA UI Composer開発担当 ハラルド・ハウスマン氏

Flashのコンテンツを作るような感覚でメーターのデザインを設計可能に
 NVIDIA UI Composer開発担当 ハラルド・ハウスマン氏は「HMI(ヒューマンマシンインターフェイス、パソコンなどで言うところのユーザーインターフェイス)を、まるでAdobe Flashのコンテンツを作成するツールのような感覚で作ることができる」とその特徴を一言に集約してくれた。

 従来は、HMIのデザインを行うデザイナーがまずデザインのアウトラインとして下絵を描き、次にそれを元にプログラマーがプログラムを作成していくというプロセスを経ていた。このときに、デザイナーが思い描いていたとおりにプログラムできればよいが、多くの場合デザイナーの意図をプログラムに反映できず、NGが出るなどして作り直しとなる。つまり、何度もプログラムを一からやり直すことになる。


従来の設計方法が上段。デザイナーが仕様を決めプログラマーがプログラムを作成、デザイナーが確認してもう一度プログラマーに戻してと非常に面倒なプロセスを経ることになる。UI Composerを利用すれば、デザイナーが直接HMIに相当する部分を作り、それをコンポーネントとしてプログラムに直接組み込むことができる

 デザイナーはプログラムが組めず、プログラマーはデザインができない。その上で、HMIを作り込んでいかなければならず、HMIの完成に膨大な時間がかかることになる。その結果、プログラマーがほかの作業を行う時間が減ったりするなどの問題も発生する。プロジェクトの進捗に大きな影響が出ることも考えられ、不効率なことこの上ないのだ。

 前編でも述べたとおり、自動車メーカーは、IVIなどをすべて内製する仕組みから、必要なコンポーネントを外部から買ってきて組み立てる水平分業の仕組みへと移行しつつある。従来は、それこそ機器内部の半導体からソフトウェアまで自前で作ってきた。しかし、その場合には各コンポーネントの開発コストが高くなり、結果的にIVIや、デジタルメーターパネルの価格が高くなり、車両価格も高くなってしまうという問題を抱えていた。そこで、半導体ならNVIDIA、OSならマイクロソフトなどのようにコンポーネントを外部から購入してきて、そこに自社で作成したHMIを組み合わせることで、他社と差別化する仕組みに多くのメーカーが移行している(とくにIVIの代表製品であるカーナビなどでは顕著な流れとなっている)。

 半導体やOSそのものはどうしても他社と同じような選択になってしまうため、できるだけ優れたHMIを開発し、それを製品に実装していくことは、製品の差別化を図りたい自動車メーカーにとって非常に重要になりつつあるのだ。

UI Composerで、開発プロセスを効率的に
 UI Composerは、そうした開発プロセスを効率的にするべく作られた統合ツールだ。ハウスマン氏によれば、UI Composerには2つのツールを用意すると言う。1つがStudioで、デザイナーがデジタルメーターパネルをデザインするためのツールになる。もう1つがRuntimeで、実際に完成したパネルデータを、実環境の上で試してみることができ、きちんと動作するか確認が行える。

 UI Composer Studioは、UI Composerのメインツールとなり、HMIのデザイナーが直接操作する。ソフトウェアの使い勝手は、ハウスマン氏の言を借りるのであれば「(Web制作などで使われている)Flash作成ツールのようなもの」であり、デザイナーであれば違和感なく使うことができるだろう。デザイナーはキャンパスに絵を描くように、文字盤や指針などさまざまなオブジェクトを配置していき、それをスピードメーターやタコメーターにしたり、警告灯にしたりなどの作業を直感的に行える。

 UI Composerは2D表示と3D表示の両方に対応しており、各種のメーターを3D表示にして、警告灯は2D表示にするなどのデザインが可能になっている。また、それぞれのメーターには車載コンピューターからの信号の値を同期させるパラメーターも用意されており、必要なパラメーターを入力するだけで速度や回転数、警告灯のON/OFFなどをデザインしたメーターに反映できる。

 さらに、UI ComposerではFlow(フロー)と呼ばれる機能が用意されており、メーターの中に複数のキャンバスを用意し、それぞれを別のレイヤー(階層)として描画できるようになっている。例えば、スピードメーターとタコメーターの間に別のキャンバスを用意し、そこにその車の3D画像を表示させ、ドアなどが開いている様子などを描画することができる。ドライバーに車の状態を印象的に伝えることができるという訳だ。また、それぞれ別々のデザイナーが作ったデータを組み合わせて1つのメーターとして利用することも可能だ。

 なお、UI Composerはそうした3Dの物体を表示するときに生じるジャギー(線がギザギザになること)を防ぐための仕組みであるプログレッシング・アンチエリアシングという機能にも対応しており、Tegraの持つ高度な演算能力を利用して3D表示の品質を高めることができるようになっている。こうしたアンチエリアシング関連の機能は、パソコン向けの3Dアプリケーションなどでは当たり前のように使われており、そうした手法が使えるのも、3Dを描画するGPUでたくさんのノウハウを持っているNVIDIAらしいものだと言うことができるだろう。

UI Composer Studioの画面。PhotoshopやFlashなどデザイナーが使い慣れたデザインツールと同じようなインターフェイスで操作できるUI Composer Studioに3Dの立体を配置したところFlowの機能を利用すると、複数のレイヤーを別々にデザインして、1つのメーターパネルに統合できる
別々に作成したメーターなどを、1つのメーターパネルに統合したところ車載コンピューターから受け取るデータをメーターと関連付ける画面。これでスピードメーターやタコメーターが、データを受け取って動作するようになる
UI Composer Studioに配置した立体を回転させたり、デザインしたデジタルメーターパネルを動かしているところ。こうした開発を一般的なパソコン上で行える

作成したHMIをRuntimeを利用することですぐに実環境でテスト可能
 ハウスマン氏によれば、UI Composerにはデジタルメーターパネルのデザインサンプルが最初から用意されていると言う。「デザイナーはこのサンプルを応用して自社のデザインにしたりすることもできるし、逆にそれを研究することで自社のデザインに役立てたりできる」(ハウスマン氏)との言葉のどおり、こうしたソフトウェアを利用した経験がないデザイナーでも、サンプルデザインをベースにしてさまざまな設計が行えるのは嬉しいところだ。

UI Composerには開発の助けとなるようなリファレンスデザインもあわせて提供されているハウスマン氏が自動車メーカーへの提案などに利用するTegraを搭載したシステム。自動車メーカーなどにも同じようなテスト用のマザーボードなどが提供されるTegraを搭載したマザーボード。USBポートやビデオ出力なども用意されており、コンピューターシステムとして十分に利用可能
UI Composerで作成したデジタルメーターを実際に動かしているところ。先ほど作ったデータを簡単に動かして動作を確認できる。中央の車両状態インジケーターも3Dデータのため、360度自由に回転する

デジタルメーターパネルは、メーカーの意図するデザインを反映できる。最初は中央に3Dインジケーターを表示、次にそのエリアに3Dの地図を描画する。その後、3Dの地図をメーターパネル全面に表示する。従来であれば複数の表示装置が必要だったが、TegraとUI Composerを使うことで、このようなデジタルメーターパネルを容易に実現できる

 完成したソフトウェアは、UI ComposerのRuntimeを利用することで、すぐにTegraの上で実行きる。自動車メーカーには、NVIDIAからリファレンスキット(テスト用のマザーボード)が提供されており、それに自社で利用する液晶パネルなどを接続して、実際に作ったHMIがきちんと動作するのかを確認できる。

 写真や動画はNVIDIAがサンプルで作成したデジタルメーターパネルをTegraのリファレンスプラットフォーム上で動かしている様子だ。見て分かるように、メーターパネルの中央で、Flowを利用した別の要素として車の3Dオブジェクトが動いていたり、ナビゲーション用のマップ、バックカメラの映像などが中央に表示されていたりしている。このように、デザイナーのアイディア次第で、3Dを活かしたHMIがすぐに作れてしまう、それこそがUI Composerの最大のメリットと言えるだろう。

IVIやメータークラスターの開発期間や開発コストを削減する助けとなるUI Composer
 先述したようにこのUI Composerは、NVIDIAのOEMメーカーやパートナー企業などに無償で配布されている。ハウスマン氏によれば、NVIDIAとしてはこのツールでビジネスを展開するというのではなく、このツールを武器にTegraの自動車メーカーへの浸透を目指していきたいとのことだった。自動車メーカーや部品メーカーにとってもUI Composerを利用することで、デザイナーがより短期間で思ったとおりのHMIを開発でき、開発期間や開発コストの削減につながるだけに要注目なソリューションだと言えるのではないだろうか。

(笠原一輝)
2010年 6月 17日