アウディ、アフターサービス技能を競う「ツインカップ」開催
会社の命運を握るアフターサービスで、各ディーラーが激闘

「アウディ ツインカップ」サービス部門の競技風景

2010年10月24日開催
アウディ豊橋事業所



 アウディ ジャパンは10月24日、愛知県豊橋市の同社事業所で、アフターサービスの競技会「アウディ ツインカップ 2010」決勝戦を開催した。

アウディの豊橋事業所は、フォルクスワーゲングループジャパンの豊橋事業所内にある

全世界で競う技能大会
 ツインカップは、アフターサービスの向上を目指して全世界で開かれている競技会。各国の優勝チームは世界大会に出場し、世界一を目指す。

 メカニックによる整備技術を競う「テクノロジー」と、検査や整備で車両を預かる際の顧客とのコミュニケーションスキルを見る「サービス」の2部門があり、「ツインカップ」という名称もこの2部門から来ている。どちらの部門もチームはディーラー毎に組まれるが、テクノロジーは1チーム3名、ツインカップは1名で戦う。

 ツインカップは、5月の第1予選、7月の第2予選、10月の準決勝を経て、今回の決勝戦に至った。アウディのディーラー網は現在、全国に102店舗を擁するが、予選に参加したのはテクノロジー部門80ディーラー80チームと、サービス部門69ディーラー106名。予選は2回とも筆記試験のみだが、準決勝と決勝は実技試験となる。2009年までは準決勝が無かったが、実技試験の機会を増やしたいという理由で今回は準決勝が設けられた。

 決勝に進出できるのは両部門とも、東西各ブロック3チームずつ、つまり1部門あたり6チームということになる。

ツインカップのトロフィー国内では2度の予選と準決勝を経て、決勝に出場できる2010年の決勝進出チーム。東西2ブロックから3チームずつが出場する

 

豊橋事業所のトレーニングセンター

重要なのは“プロセス”と“振る舞い”
 競技が行われるのは、豊橋事業所内のトレーニングセンターの1室。まずはテクノロジー部門の競技を見学した。

 テクノロジー部門の競技は、エンジンがかからないA5スポーツバックを修理することと、机の上に用意された配線のトラブルを見つけ出すこと、2つの課題を60分以内にこなす。2チームが同時に行うが、どちらが早いか、どちらが修理に成功したかで勝敗が決まるわけではない。

 見学した回はアウディ横浜青葉チームと、アウディ名東の競技だった。スタートの合図とともに、両チームとも2人が車両にとりかかり、1人が机の配線に取り組む。どちらも、テスターとオンラインマニュアルを駆使してトラブルの原因を探っていく。

 車両の2人は、1人がオンラインマニュアルやテスターを操作し、もう1人がエンジンルーム後端のパネルを外し、制御ユニットを引き出す、といったように分担し、またときにはテスターなどを見ながら相談しながら作業を進めていく。車両の修理にはチームワークも要求されるのだ。どちらのチームも配線の修理が40分程度で終わり、配線を担当していた1人が車両の修理に加わった。

テクノロジー部門の会場。2チームが同時に競技するため、課題も2組用意され、間が衝立で仕切られる課題のA5スポーツバック。写真左手の台の上に、配線の課題がある。選手の作業を邪魔せず公平を保てるよう、選手と審査員以外は白いチェーンから先には入れない配線の課題。コネクタ内の断線個所を見つける
両チームから見えるところに置かれたタイマー。制限時間は60分間競技開始。2人が車両に、1人は配線に取り組む

 そんなチームの作業を、2人の審査員が見守り、手に持ったボードに評価を書き込む。この競技の評価ポイントは、「態度」「プロセス」「品質」「時間」。修理車両を預かる期間には限度があるから迅速に作業を進めるのは大切なことだが、どちらかと言えば正確性、どのようなプロセスで作業を進めたのかが問われる。課題もプロセス重視で、決して意地悪なものではないが、複数の原因が絡み合ったものなので、簡単には修理できないと言う。

 60分間でエンジンの始動や配線の修理に成功しなくても、マニュアルなどの通りにきっちり作業が進められたか、どの程度進んだかが評価されるのだ。実際、エンジン始動に成功したチームはいなかったそうだ。

 また、「態度」は身だしなみや立ち振る舞いのことだ。ワークベイでの作業中も、プレミアムブランドの従業員としての格好や振る舞いが要求されるのだ。

 60分が過ぎ、競技終了が告げられたが、A5スポーツバックは2台ともエンジン始動には至らなかったし、制御ユニットは所定の位置から外された状態のままだったが、両チームの選手全員が“やり切った”という表情で退場していったのが印象的だった。

ノートパソコンはオンラインマニュアルの参照用。コネクタの構造やチェックの手順を参照しつつテスターで断線個所を探る
車両の修理は、まずキズを付けないようにボディーにカバーをかけるテスターとオンラインマニュアルを参照しながら、故障個所を探る
フロントウインドー下のパネルを外し、制御ユニットを取り出す。迅速に作業を勧めるためには、チームワークが要求される
配線の課題を解決したら、配線担当も車両の修理に加わるタイムリミットが迫るが、焦らず正確に作業を進める競技終了した両チーム

 

サービス部門の競技会場。トレーニングセンターの1室をダイレクトレセプションに見立てる。写真左側にあるのがリフトと顧客のA5スポーツバック。右側がレセプションのデスク。赤いユニフォームのサービスアドバイザーが待機する

顧客とのコミュニケーションがカギ
 サービス部門の競技は、1チーム(1人)ずつ行われる。トレーニングルームの別な1室を「ダイレクトレセプション」に見立て、初めての12カ月点検に訪れた顧客への対応を審査する。

 ダイレクトレセプションとは、アウディのショールームに設けられている、点検や修理のために入庫するクルマを受け入れる部屋だ。サービスアドバイザーと呼ばれる要員が、クルマを持ってきた顧客とコミュニケーションしながら、室内に備えられているリフトを使ってクルマの状態をチェックし、顧客がどんな点検や修理を必要としているのかを見極める。

 同社アフターセールス部の寺田敬司 部長代理は「最初の入口を間違えると、不具合を理解できていなかったり、治ってないところが出たりする。お客様とのコミュニケーションする場」と述べている。またここで、どのような作業をするのかを顧客に分かるように説明し、顧客の要望も聞く。いわば「インフォームド・コンセント」(同社の大喜多寛社長)の徹底ということだ。

 ダイレクトレセプションとサービスアドバイザーは、アフターセールスにおける顧客満足度向上の最も重要なポイントと位置づけられており、同社のアフターセールスの象徴的存在でもあるのだ。

アウディ豊洲のダイレクトレセプション。顧客が持ち込んだクルマをリフトアップして、修理や点検する個所を顧客とともに確かめる左が審査員。競技開始前に競技内容を説明するいよいよ競技開始。左が顧客役の審査員。まずはデスクで飲み物を勧め、点検内容やスケジュールの確認

 ダイレクトレセプションに見立てられた部屋には実際のダイレクトレセプションと同じようにリフトや応対のためのデスク、アクセサリーなどのディスプレイがある。「お客様は1週間前に12カ月点検を予約されています。お客様の情報は手元のシートに書いてあります」と、競技の前に審査員が選手に競技内容を説明する。リフトには顧客の車であるA5スポーツバックが載っている。

 説明が終わり、準備に5分間を与えられると、選手はその間に設備の使い方や道具、書類を整理し、競技の開始を待つ。1人だけの競技だけに、緊張の色を隠せない選手もいた。

 そして、顧客役の審査員が入ってきて、競技スタートとなる。ここから20分間の対応がチェックされるのだ。

 デスクから前に出て顧客を迎え入れ、椅子や飲み物を勧め、作業内容を確認し、作業中の顧客のスケジュールを確認、代車や送迎の要不要を確かめる。デスクでの手続きが終わったら、リフトの前へ移動し、顧客とともにクルマの状態を確認する。

 まずは運転席とその床に汚れ防止の布を被せ、ハンドルやシフトレバー、ルームランプ、トランクルームなどを確認。次にボンネットを開けて、ウォッシャーやブレーキ液などを確認する(A5スポーツバックは運転席のディスプレイでエンジンオイル量を見るようになっているため、ここでは確認しない)。

 リフトを上げて、タイヤの溝やブレーキパッドを確認、さらにリフトを上げて底面のオイル漏れや排気系の状態を見る。

顧客とともにクルマの側に行き、一緒にクルマの状態を確認する。まずは運転席と床に汚れ防止のシートを敷くトランクの中のランプなどを確認。同時に、トランクルームの荷物などから顧客の趣味嗜好や生活を推し量り、適切なアドバイスに役立てることができる車内を確認したら、リフトアップしてタイヤまわりの点検。ゲージでタイヤの溝や、ブレーキパッドの残りを確認する
さらにリフトアップして、顧客とともにクルマの底面を確認する。このとき、足下に気をつけるようになど、顧客の安全を気遣うことも重要エンジンルームの確認。本来はリフトアップする前にやるのだが、緊張のせいか順番を間違えた。しかし、順番はさほど重要ではないようだ。このアウディ豊橋の今泉選手は、サービス部門2位に入賞したのだ競技終了後、選手全員に審査員から、「シートをかけるときに、持っていた書類を地面に置かないように」といった講評が伝えられた。

 ここまで15分程度だが、サービスアドバイザーは短時間に非常に多くのプロセスをこなさなければならないことが、お分かりいただけると思う。しかも、プロセスを淡々とこなせばいいわけではない。適切なアイコンタクトや表情、喋り方なども審査されているし、たとえばボンネットを閉めるときには、ロック手前までボンネットを落としてから、ウェスやハンカチを当てて押し込んでロックする、といった気遣いに満ちた“振る舞い”が必要だ。

 また、会話しながら顧客の趣味嗜好、生活習慣を知り、それらに合わせたサービスや製品を紹介しなければならない。たとえばこの競技では、顧客はスキーによく行き、クルマと同時にスタッドレスタイヤも購入した設定になっており、あらかじめ渡されている顧客ファイルにもその情報が入っている。会話の中で、タイヤの交換の要不要を聞いたり、キャリアなどの用品を勧める。売上ももちろんだが、顧客が知らないサービスや製品があればその情報を提供するのも、コミュニケーションの重要な効能の1つなのだ。

ホテルの中庭で行われた表彰式。壇上に決勝を戦った全選手が上がった

アフターセールスが会社の運命を握る
 長い1日の競技が終了してから、会場を豊橋のホテルに移し、表彰式が行われた。テクノロジー部門はアウディ高松が優勝、2位がアウディ名東、3位がアウディ月寒。サービス部門はアウディ月寒が優勝、2位がアウディ豊橋、3位がアウディ岡山となった。各部門の優勝者は、2011年の世界大会に日本代表として出場することになる。

テクノロジー部門優勝のアウディ高松チーム、川東敦彦、川田祐史、小野桂介の3選手。左はアウディ ジャパンの大喜多社長。小野選手はメカニック歴2年だが、川東選手の厳しい指導のおかげで短期間で成長できたという。「最近は中国に押され気味だが、世界大会では1位を目指す」と川東選手。今年の世界大会では中国チームが優勝している。ちなみに日本は2位が最高テクノロジー部門3位までの全チームが記念撮影
大喜多社長の右がサービス部門優勝のアウディ月寒の水沼竜也選手。2位豊橋の今泉崇選手、3位岡山の川井克志選手と続く「お店の皆さんの協力で、ロールプレイングを繰り返しやった」という水沼選手。アウディ月寒はテクノロジー部門でも3位に入賞。ヤナセ系列のディーラーだが、輸入車の名門の面目躍如といったところ表彰式の後はパーティーで労をねぎらった

 同社は新規顧客の獲得とともに、既存オーナーをつなぎ止める施策、いわば顧客の“アウディへの忠誠心”を養うことにも力を入れている。そのため、「アフターセールスが会社の運命を握る」(大喜多社長)と位置づけて重視し、アフターサービスに「アウディ トップサービス」の名称を付けて展開している。

 トップサービスには、整備の質はもちろんのこと、プレミアムブランドらしい顧客への対応やサービス、さらに店舗の外観やサービス要員のユニフォームから「ワークベイ」と呼ばれる整備スペースまで、イメージを統一することまで含まれる。その一例を挙げるなら、ワークベイの床のタイルや車両用のリフト、工具や測定器を整理する棚「ワークベンチ」の色や材質まで、アウディのイメージに合うものが指定されている。また、競技でもチェックポイントとなっていたように、要員の“振る舞い”にもプレミアムブランドらしさが要求される。

 アフターセールスにおける顧客満足度向上には、ダイレクトレセプションやワークベイ、オンラインシステムのようなインフラストラクチャーの整備もさることながら、現場の人材育成が大きなファクターを占めていることは言わずもがな。ツインカップは、そのためのモチベーション作りに重要な役割を果たしているのだ。

アフターセールス部の寺田代理。手に持っているのはトップサービスの分厚いマニュアル顧客満足度、ディーラーのサービス収益がともに年々増加している
トップサービスの構成要素トップサービスのコンセプトは、整備場の内装にも及ぶ
不具合はアウディ ジャパンと独アウディAGに直接送られる。フライングテクニシャンはアウディ ジャパン直属のメカニックで、困難な問題が発生したディーラーに派遣される。“フライング”と名付けられているが、必ず飛行機で移動するわけではない右上のQ5は「サービスモービル」。修理工具などを搭載し、救援に向かう。日本にも導入される予定ツインカップも人材育成の一環だ

(編集部:田中真一郎)
2010年 10月 27日