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【インタビュー】道路などインフラ建設で活躍するカシオの土木測量専業電卓「fx-FD10 Pro」

プロ仕様を追求。IPX4・IP5X対応の防沫・防塵プログラム関数電卓

「fx-FD10 Pro」についてお話をうかがったカシオ計算機 羽村技術センター コンシューマ事業部 第一開発部 商品企画室の根岸修氏(右)、同 大野真人氏(左)

 カシオ計算機が4月25日に発売した土木測量専業電卓「fx-FD10 Pro」。道路やマンション建築などのインフラ建設業者が便利に使えるよう、耐衝撃機能、IPX4(防沫型)・IP5X(防塵型)対応などのスペックを誇るほか、夜間でも使いやすいよう表示部とキー部にバックライトを備える電卓だ。

 その高機能タイプの電卓が、インフラ建設業者だけではない、想定外の売れ行きを示しているという。そもそも道路などの建設業者を想定した電卓のため、その売れ行きの秘密の一端を、カシオの電卓開発者にうかがってみることにした。


fx-FD10 Pro

 電卓の開発を担当したのは、カシオ計算機 羽村技術センター コンシューマ事業部 第一開発部 商品企画室の根岸修氏と、同じ部署に所属する大野真人氏。根岸氏が全体の商品構想をまとめ、大野氏がプログラム機能など商品仕様の作り込みを行っている。

 カシオ計算機は、今では腕時計「G-SHOCK」などで世界的に知られるメーカーとなっているが、社名に“計算機”と入っているように、元々は計算機のメーカーだ。日本初の関数電卓はカシオが開発した「fx-1」で、fx-FD10 Proは“fx”型番を受け継ぐ最新のプログラム関数電卓となっている。

 このfx-FD10 Proは、どのような発想で製品化されたのだろう。根岸氏によると、2008年に開催された北京オリンピックが大きなきっかけになっているという。カシオは多数の種類の電卓を海外に輸出しているが、その中の1つにプログラム関数電卓「fx-5800P」があった。このfx-5800Pが、北京オリンピックが近づくに連れ売れ行きが伸び、北京オリンピックが終わるとともに通常の売れ行きに戻った。その伸びが顕著だったため、おそらく建物やインフラ建設に使われていたのだろうと根岸氏はいう。

カシオ計算機 羽村技術センター コンシューマ事業部 第一開発部 商品企画室 根岸修氏

 プログラム関数電卓が便利なのは、ある条件に従った計算処理を素早くこなすことができるため。建築計算に必要な公式が入れてあれば、数値を入力していくだけで適切な答えが求まる。もちろん道路工事なども同様だ。

 そのため、そういった機能を持ちつつ、工事現場で使いやすいような機能を付加。工事現場では急に雨が降ったり、ほこりっぽかったりなど、電卓が故障してしまうような要因がたくさんある。そのため、IPX4・IP5X対応の防沫・防塵型としつつ、一般的な作業環境では気にせず使えるようなものになっている。また、夜間に使いやすいよう画面やキーのバックライト機能を追加。夜に光る電卓の写真は、見慣れない風景のためかインパクトがある。

 「G-SHOCK」をモチーフにしたという外観は、耐衝撃性能も備える。G-SHOCKは羽村技術センターで開発され、開発時には3階のトイレから落下試験を行ったというのは有名な話。fx-FD10 Proはそこまでの耐衝撃性能は備えず、122cmからの落下を想定している。根岸氏によると、「現場での使用を想定しており、手に持った状態から落下して壊れるのを防ぐ」とのことだ。

バックライトが光るfx-FD10 Pro
動作は単3型乾電池4本。乾電池動作となっているのは、乾電池であれば容易に入手できるためだ。電池蓋のシール構造が見て取れる

 外部データ連係については、fx-FD10 Proは測量機器からのデータを取り込めるようSDカードスロットを備えており、測量機器から取り込んだデータを処理できるようCSVデータの読み込みコマンドを備えている。

 カシオはさまざまな関数電卓をラインアップしているが、その中にはSDカードスロットを備えたもの、プログラム機能を備えたものなどがある。fx-FD10 Proは、そうしたカシオの電卓作りの要素技術を、土木測量に便利なものとしてまとめあげた機種になる。

 新たなチャレンジとして、電卓のキーを50キーから38キーへと12キー削減。手袋をして使うことの多い現場において、キーを大きくすることで使いやすくするための工夫だったが、これについては「必要なキーが一発で呼び出せないとの不満の声も聞こえてきた」(大野氏)とのこと。とくに“関数電卓”という商品には、関数キーがごちゃごちゃ並んでいるイメージも強く、すべてのユーザーが納得するインターフェース設計は難しいのだろう。

カシオ計算機 羽村技術センター コンシューマ事業部 第一開発部 商品企画室 大野真人氏

 主に内部ロジックを担当した大野氏にプログラム仕様について聞くと、「BASICに似た言語仕様」とのこと。BASICは、昔のPCであれば必ず積まれていた言語で、実質OSの役割をしていた。直感的で分かりやすく、電卓の言語として使いやすそうに思える。サブルーチンも10段まで深く組むことができ、現在のPCほど強力ではないものの、目的とする処理は行えるのだろう。実際、プログラム仕様に関する苦情はないとのことだ。

 そもそもカシオは、fx-FD10 Proを代理店販売モデルとして企画。業務に必要なプログラムを代理店が開発し、fx-FD10 Proにあらかじめ記憶させておくことで付加価値を追加、それを各建設事業者に販売していくことを想定していた。そのためもあり、プログラムなどはPCで作成し、USBケーブル経由で送り込めるようUSB端子を用意。PCを使って開発すれば開発効率が上がるほか、同じプログラムを多数の電卓に記憶することができる。この構造により、プログラムなどは代理店のスタッフが勉強すればよく、建設事業者は計測した数値を入力することに専念できる。誰もが容易にfx-FD10 Proを使いこなすことができ、まとまった数が売れていくわけだ。

SDカードスロット(写真左)と、USB接続ポート(写真右)。いずれもゴム製の蓋によって防沫・防塵構造を採る

 ところが4月16日に広報発表して以降、量販店から扱いたいとの申し出があり、実際に販売してみると思わぬ売れ行きになったという。防沫・防塵、光るキー、そして耐衝撃性能が組み込まれているため、fx-FD10 Proは電卓としては高価な2万円以上の販売価格の製品になっている。それでも、このfx-FD10 Proを購入する個人客が多く、「電卓好きのお客さまなどが購入されているのでしょうか?」(根岸)と、想定外の売れ行きの要因を完全に把握できていないようだ。

 筆者からすると、fx-FD10 Proはモノとしての魅力にあふれているのではないかと思う。黄色と黒の工事現場を想起するツートンカラー、IPX4・IP5X対応のタフネスボディー、PCとつなぐことができ、なおかつプログラムが可能という遊べるガジェット感覚。最初から収録されている「土木測量の現場に有効な基本公式プログラム」には、水平距離・高さ計算や座標軸の移動/回転など基本的なものから、東名高速や中央自動車道で採用されたクロソイド曲線計算など、道路建設に役に立ちそうな名称が見られる。

 とくに近年のカシオの関数電卓は、持ちやすさを優先するためにヘラのようなデザインとなり、キートップも四角ではなく下辺がカーブを描く柔らかなデザインになっている。カラーリングもシルバーとブルーで、優しい印象を受け、以前のトップモデルであったfx-992Sのような力強いデザインではなくなっている。

 根岸氏によると、多くの関数電卓の主な用途は教育用途とのこと。海外では試験会場への持ち込みが許されており、27度の斜辺など実践的な問題が出題され、それを解くために使われているという。30度、45度、60度など、暗記して挑む日本の試験とは違う教育が行われており、そうしたユーザー向けに柔らかいデザインが採用されているのだろう。

 その点、fx-FD10 Proは現場道具ならではの本物感にあふれており、価格を超えた魅力的な商品に映る。

 本物感と言えば、電卓では電卓ならではの計算が行われてる。PCをよく使うユーザーにとって、表計算ソフトの代名詞であるExcelはよく使う計算ツールになっていると思う。ところがExcelの計算は、計算速度や内部メモリの効率を優先し、ある決まった誤差がつきまとうのはよく知られているところ。これはExcelの歴史的な仕様で、IEEE 754の規格に沿って設計されているためだ。

●マイクロソフト サポート Excelで浮動小数点演算の結果が正しくない場合がある
http://support.microsoft.com/kb/78113/ja

 一方、関数電卓ではこのような誤差のない計算モードを持っており、ある一定の数の範囲内において、Excelより正しい計算を行える。検算ツールとして、とても優れた製品になっている。

 根岸氏によると、fx-FD10 Proは現場での検算ツールとしてよく使われており、「日本人だからでしょうか。工事報告書にできるだけ正確な値を書くため、さまざまな方法で計測・計算しているようです」という。

●「神峰山トンネル(下り)」貫通
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140820_662861.html

 実際、高速道路をあれこれ取材していると、日本の工事精度には驚くべきものがある。上記のトンネル貫通式で報告された掘削作業のずれは、水平方向2mm、鉛直方向3mm。高度な測量作業がこの精度を支えているのは間違いない。fx-FD10 Proは、こうした測量作業の一端をこれから担っていくのだろう。現代の電卓としては高価なfx-FD10 Proだが、一昔前のプログラム関数電卓を知っている人に取っては納得の価格。そうした点が量販店での売れ行きにつながっていると思われる。電卓売り場で見かけたら、fx-FD10 Proの現場力を感じてみてほしい。

(編集部:谷川 潔)