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ホンダ、F1マシンのデータ解析にIBMのIoT技術を採用

故障予知や残燃料予測、レース戦略立案に活用

2016年2月22日(現地時間)実施

InterConnect 2016での講演において、David Hobbs氏(左)とともに説明を行なう本田技術研究所の中川京香氏(中央)、名田主任研究員

 本田技術研究所は、2015年から再参戦したF1(Formula One World Championship)向けハイブリッドエンジンの状況を分析するため、IBMの「IoT for Automotive」を採用。2016年シーズンもこの技術を活用して、パワーユニットの改善などに取り組むことを明らかにした。

 F1マシンのレーシングデータの解析システムの基盤として活用するもので、レース走行中に、的確な故障予知と残燃料予測を行なうことで、レース戦略の立案などを行なうことになる。

 F1マシンに160以上の各種センサーを搭載。収集したデータを分析して、走行状況をリアルタイムで把握するとともに、パワーユニットの異常を検知。世界各国のサーキットの現場と、日本国内の開発本拠地である栃木県さくら市のHRD Sakura、英国にあるパワーユニット供給先であるマクラーレンの拠点を専用回線で結び、パワーユニットの状況をリアルタイムで監視。パワーユニットの戦略的なセッティングが可能になる。

 また、レーシングデータ解析ソリューションでは、パワーユニットの分析による故障予知および残燃料予測に加えて、走行後にエンジンやモーターの回転数の頻度分布や、各車のドライバーによる差異をレポートするという。

「最新のF1レギュレーションでは、過去にF1に参戦していた当時に比べて、複雑なパワーユニットシステムになっていることに加えて、現場のスタッフ数にも厳しい制限が課されており、少数の現場スタッフを、国内の開発拠点から手厚くサポートする必要がある。今回のIoT for Automotiveの採用により、こうした課題を解決できる」と、本田技術研究所 HRD Sakura パワーユニット開発室マネージャー・名田悟主任研究員は語っている。

 F1レースでこうした厳しい内容へとレギュレーションが変更される背景には、コスト削減のための条件を加えることで、資金面で潤沢なチームとそうでないチームとの格差を是正する狙いもあるという。さらに、パワーユニットには、市販車にはまだ採用されていない最新技術を組み込むことを盛り込んでおり、それを将来のクルマへと反映させるという狙いもある。今年は、モーターを2つ採用。そのうちの1つがターボ部に搭載する仕組みが採用されており、これは市販車には採用されておらず、これによりパワーユニットが複雑化しているという。

 ホンダでは、年間約20レースにおいて、トラックサイドに配置されるサーキットエンジニアの負荷軽減や、コスト削減のほか、開発本拠地におけるパワーユニットの解析や開発に、より多くのリソースを投入することが可能になる。

 なお、IBMの「IoT for Automotive」には、IBM WebSphere Application Server、IBM InfoSphere Streams、IBM Cognos Business Intelligenceなどの機能が含まれている。

 米国時間の2016年2月22日には、米ラスベガスで米IBMが開催しているクラウド/モバイルイベント「InterConnect 2016」において、ホンダの取り組みについての説明が行なわれた。

 プロレーシングドライバーであり、テレビのコメンテーターとしても活躍しているDavid Hobbs氏は、「かつては私自身がデータを管理する必要があり、エンジンの回転数を常に確認し、それらをピットに伝える必要があった。1975年以降にはクルマの状況をあとから確認できるようになった。いまでは、リアルタイムでクルマの状況が確認でき、その結果、ピット作業は事前に最適なものを用意することができ、1950年にはピットストップに1分かかっていたものがいまでは1.9秒で済む。データを持っていることが、勝てるか勝てないかに直結することになる」と指摘。

 これに対して、本田技術研究所 HRD Sakuraの名田主任研究員は、「技術がレースのやり方を変えている。昨シーズンから、センサーから発信される160のパラメータを見ており、温度、圧力、パワーレベルなどを確認できる。最新のF1マシンでは、ブレーキを使ったときに摩擦から得られた熱がバッテリーに戻ったり、排気ガスも活用したエネルギー回収を行なったりといった仕組みを採用。非常に複雑なものとなっている。これらの複雑な仕組みを各種パラメータで管理し、最適なセッティングなどに反映する。日本にあるミッションコントロールセンターでは約20人のエンジニアおよびアナリストが、約30台のモニターを通じてそれぞれの責任範囲のパラメータを確認することで、レースが終了するまで全体の状況を確認している。また、ピットではタブレットなどのモバイル技術を活用して状況確認や作業指示が行なわれるほか、ドライバーに対してはパワーセーブや先行車の追い越しなど、推奨される指示が行なわれることになる」と説明を行なった。

本田技術研究所 HRD Sakura パワーユニット開発室マネージャー・名田悟主任研究員(左)と、本田技術研究所 四輪R&Dセンター デジタル開発推進室 CISブロックの阿久澤憲司主任研究員(右)

 講演後、取材に応じた本田技術研究所 HRD Sakuraの名田主任研究員は、「IBMのIoT for Automotiveを選択したのは、収集したデータを分析し、予測する技術に期待しているため。これは他社にはないものだと理解している」と前置きし、「昨シーズンまでは、重要と考えられるひとつひとつのパラメータの数値を把握して、挙動を確認していたが、今シーズンは、複数のパラメータを組み合わた多変数の相関関係を確認する形へと進化させ、異常の予兆が行なえるようにしたい。ひとつのパラメータだけでは気がつかないようなパワーユニットのトラブルなどを事前に発見し、効率的なオペレーションにつなげたい。また、今シーズンからは、1年間蓄積したデータとの比較による変化などにも着目していきたい。さらに、アナリティクスにおける進化にも期待している。システムの進化においても、マイルストーンを設定し、IBMとの連携により、より洗練されたシステムへと進化させていきたい」とした。

 現在、専用線を通じて、現場とミッションコントロールセンターを結んでいるが、将来的にはクラウドを通じた接続も視野に入れているという。

 本田技術研究所 四輪R&Dセンター デジタル開発推進室 CISブロックの阿久澤憲司主任研究員は、「現在は、情報の機密性や通信速度の確保という観点から専用線としているが、レースは世界各国で開催されており、クラウドで結ぶ方が効率性が高い。現在、現場とミッションコントロールセンターとのデータ遅延は3秒以内であることを前提としている」とした。

 また、今後のレギュレーション変更のなかでは、ラジオを通じたドライバーへの指示内容に制限が加えられる可能性が高く、それに変わる指示の方法を模索する必要があり、その点でもIBMとの協業により、最適な仕組みの提案を行なえることを期待しているという。

 一方で、名田主任研究員は、「数多くのデータが収集できるようになっても、ドライバーの意見が重要であることに変わりはない。ドライバーが加速が悪いと感じた場合に、どのパラメータに変化が出るのか、あるいはどのパラメータ同士を組み合わせて判断したらいいのかといったことも、我々はノウハウとして蓄積していく必要がある」と語った。

 名田主任研究員は、「昨年の取り組みによって、さまざまな面で学ぶことができた。データによって改善成果も出ている。目指すのはトップ。今シーズンはステップアップさせて、よりよい成績を出したいと考えている」と述べた。

 ホンダでは、高品質なホンダ車を実現する上で、F1レースを通じたデータ収集が、設計および開発などに反映できるとしている。

(大河原克行)