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鈴鹿サーキット、世界初の“F1開催コースを走るEVアトラクション”を2016年3月に開業

最高速は30km/h。監修した佐藤琢磨選手自らファンの前で初公開&初走行

2016年3月19日オープン

自ら設計に関わったEVの前に立つ、佐藤琢磨選手

 鈴鹿サーキット、ツインリンクもてぎを運営するモビリティランドは、F1世界選手権 第14戦 日本グランプリの決勝レース翌日となる9月28日に、同社がF1日本GP開催翌日に行っているF1ファン向けのイベント「F1ファンミーティング」と併催で記者会見を開催。鈴鹿サーキットで2016年3月の開業を予定する新アトラクション「Circuit Challenger(サーキットチャレンジャー)」(http://www.suzukacircuit.jp/motopia_s/challenger/)で使用される新しいEV(電気自動車)アトラクション車両を公開した。

 公開されたEVアトラクション車両は、4輪車向けの高いモーター関連技術で知られるミツバ製の小型EV用モーターと、東芝製のリチウムイオンバッテリーを組み合わせ、鈴鹿サーキットがオリジナル設計した2シーターのEV。最高速30km/hで走行することができる。

 今回の記者発表会には、プロジェクトアドバイザーとしてEVアトラクション車両の設計にも携わった佐藤琢磨選手も登場。アンベールしたマシンを報道関係者の前で走らせてその魅力をアピールした。

「2002年のジョーダンは空力20%改善だったが、まっすぐ走るときだけだった」と佐藤琢磨選手

 新アトラクション車両の発表会は、鈴鹿サーキットが熱心なF1ファンを対象に行っているF1ファンミーティングの後半パートで行われた。F1ファンミーティングではF1に関係の深い特別ゲストが登場し、前日に行われたF1日本グランプリの決勝レースの模様を振り返っていくというイベントで、例年決勝日翌日の月曜日に行われている。以前、10月10日前後に決勝レースが行われていた時代は月曜日が休みだったが、今年は9月にスケジュールが前倒しになり、月曜日が平日となったことで影響が出ることも心配されたが、その心配を吹き飛ばすようなお客さんの入りだった。

レースアナウンサーのピエール北川氏が司会を担当

 F1ファンミーティングではレースアナウンサーのピエール北川氏が司会として登場し、ゲストにフジテレビNEXTのF1中継の解説者でもある松田次生選手、元F1ドライバーにして日本人初のインディカー・シリーズ勝者であり、今シーズンもインディカーシリーズを戦った佐藤琢磨選手、そして同じくフジテレビNEXTの解説者でもある元フェラーリ/ブリヂストンの浜島裕英氏の3人が登壇。4人によるトークショーが展開された。

 1997年のSRS-F(鈴鹿レーシングスクール)同期である佐藤選手と松田選手は、まずはSRS-Fに参加していた当時の思い出を語ってくれた。佐藤選手が「当時、鈴鹿サーキットにデータロガーを見ることができるPCは1台しかなくて、それをずっと見ながらやってたら(松田)次生君が来て、データの解析の仕方を教えてほしいって言ってきてからよく2人で見るようになって。それで、ホテルとかにも一緒に泊まる機会が多かったので、それで段々と仲よくなったんです」と述べると、「そうなんです、当時僕は18歳になっていなくて免許もなかったので、(佐藤)琢磨さんのクルマに乗せてもらったり……」と当時のエピソードを明かしてくれた。佐藤選手によれば「2人で夜遅くまでそのPCでデータとにらめっこしていたら、よくサーキットの関係者に『早く帰れ』って追い出されました」とコメントし、ファンの笑いを誘った。

 また、浜島氏は前戦シンガポールでのメルセデスAMGの失速について、「モナコでは特に問題がなかったことを考えれば、理由は(タイヤの)内圧しか考えられない。ドライバーとしては内圧を下げた方が限界をつかみやすくなるが、内圧を上げないといけなくなれば、自信もって壁ギリギリにいけなくなる。それが原因ではないか」と分析していると説明。そして、フェラーリが今シーズンは調子がよいことを聞かれると「そうですね、今シーズンは快調ですが。でも、それって私がいないと調子いいということなので、ちょっと……(笑)」と語り、際どいブラックジョークで笑いをとった。

ピエール氏の紹介でゲストの3人が入場
右から松田次生選手、佐藤琢磨選手、浜島裕英氏
話に熱が入るあまり、昨日の決勝レースの話をする前に予定時間になってしまい、時計を確認する松田選手のほか全員が苦笑い

 そのフェラーリでは、2014年の問題としてBBW(ブレーキバイワイヤー)の安定性がイマイチで、両ドライバーとも突っ込めていなかったことに話が及ぶと、佐藤選手が「ああ、BBWと言えば、Formula Eのブレーキもなかなかすごいんですよ。F1のBBWはエネルギーを回生するために、回生の量によってブレーキのフィーリングを変えないためのシステムです。Formula Eの場合も回生しているけど、BBWではない普通のブレーキなので毎回フィーリングが変わるのでもう大変なんです(笑)」と内幕を空かし、普段は滅多に聞けないドライバーの本音にファンも興味津々だった。

 また、F1時代の思い出として、F1マシンの空力開発に関する裏話を明かしてくれた。佐藤選手は「2002年にF1デビューした時はジョーダンから出ることになったのですが、その前年モデルのEJ11が非常によくて、その年も期待していたんですが、たまたまその年度はジョーダンのチーフ・デザイナーが空力出身のエグハル・ハミディになったんです。それで風洞でテストしたら、空力が20%改善されたというデータを出して、『それはすごい、世界チャンピオンじゃん』って話をしていたんだけど、それって結局は直線だけでエンジンが速いみたいなもので、サーキットで走り出したら全然だめっていうクルマになってしまった。結局、サーキットには直線だけでなく、コーナーもあってというのが現実で、それとどうやって折り合いをつけていくかが大事なのに」と述べ、そうした理屈と現実を折り合いをつけていくのは非常に難しいと説明した。

松田次生選手
佐藤琢磨選手
浜島裕英氏

 そんなトークを続けるうちに、スタッフからピエール氏に対して“もう終わり”のボードが出され、結局、本題のはずの前日の決勝レースに関してはほとんど語られることもなく、そのまま終了。しかし、佐藤選手のF1裏話は非常に興味深い内容で、詰めかけたファンも多いに満足した様子だった。

 トークショーの終了後、ステージ脇に用意されていた幕に覆われた新アトラクション車両へと移動し、佐藤選手と松田選手の手でアンベールが行われた。さらに、詰めかけたファンのなかから、佐藤選手と新アトラクション車両と並んでメディアによる記念撮影に参加したい子供が募集され、佐藤選手と子供たちによる記念撮影が行われた。

2選手により新アトラクション車両がアンベール
新しいアトラクション車両の横に立つ佐藤琢磨選手(左)と松田次生選手(右)
新アトラクション車両と佐藤選手、子供たちが並んで記念撮影

「子供でも女性でも楽しめるけど、チャレンジングな要素を取り入れたかった」と佐藤琢磨選手

 イベント終了後には、鈴鹿サーキット内にある交通教育センター前に移動して、新アトラクション車両の実走行と佐藤選手による解説が行われた。

 佐藤選手によれば、今回の新アトラクション車両の設計にはまだクルマができあがっていない段階から参加しており、「チャレンジすることができるけど、小さな子供でもちゃんと乗れるクルマ」として監修したのだという。佐藤選手は「小さいお子さんがこうしたクルマに乗る場合、問題になるのはペダルの位置。そこで、今回のEVではペダルをなくして、ステアリングの裏についている2つのパドルでアクセルとブレーキを操作する。かつ、前のクルマは少しステアリングが重かったので、力が弱い人でもステアリングを切れるようにした」と述べ、お小さな子供でも運転できるような車両を目指したことを説明した。

自分が設計に関わった新アトラクション車両に乗り、特設コースを実際に走らせる佐藤琢磨選手

 チャレンジングという意味では、モーターで走るEVはトルクがすぐに100%出るので、本来ならギヤボックスは必要ないのだが、それでも敢えてギヤボックスを用意して、ギヤ操作を活用することでより上手に走ることができるというチャレンジを用意したのだと言う。「ギヤは4速になっており、うまく操作しないと鈴鹿(サーキット)の坂を登っていると極端に遅くなると思う」と述べ、適切なギヤを選択することで、操る楽しみなどを実現したとした。

 実際に佐藤選手は自ら運転してみて、最高速は30km/hとさほど速くはないものの、それでも加速のトルクには勢いがあり、あっという間に最高速に達する様子などを公開した。また、モデルの男の子(小学校5年生)も佐藤選手の横に乗ってドライブしたが、佐藤選手からちょっと説明を受けただけで簡単に運転することができていた。

モデルの男の子を乗せて走る佐藤琢磨選手
今度は男の子が佐藤琢磨選手を乗せて走る。子供に説明する様子は、レーシングドライバーではなくよきお父さんという感じだ

最高速30km/h。ミツバ製モーターと東芝のSCiBを採用しているオリジナルEV

 今回公開されたEVの新アトラクション車両は、パワーユニットにミツバの最高出力4.3kWの「SRモーター」、バッテリーに東芝のリチウムイオンバッテリー「SCiB」が採用されている。SCiBは「フィット EV」などにも採用実績があるEV用バッテリーで、1回の充電で33km(15~16周)の走行を実現する容量となっている。なお、外見からはバッテリーがどの位置に搭載されているかは見えなかったが、車体後部にはモーターが搭載されていたので、おそらくバッテリーはサイドに搭載されていると推察される。タイヤはブリヂストン製で、4.0 0-8とマーキングされていた。ボディー周囲には他車と接触しても乗り上げてしまったりすることを防ぐバンパーが装着されており、ヘルメットなしでも最高速の30km/hで走って安全なように配慮されている。

2台の新アトラクション車両の外観
外観は一般的なカート風だ
外側にバンパーを備えた仕様になっており、他車に乗り上げたりしないよう設計されている

 ステアリングにはギヤポジションを示すLEDのほか、ギヤのシフトアップ、シフトダウンのタイミングを示すランプがついており、上側のランプが点灯したときはシフトアップ、下側のランプが点灯したときはシフトダウンとなる。ギヤの変更は、ステアリングの中央左寄りについている緑(シフトアップ)と黄色(シフトダウン)のボタンで操作する。なお、ギヤは4速で、0はニュートラルで、あとは1-2-3-4と上がっていく。特にクラッチペダルなどは用意されていないので、ボタンを押すとそれだけでギヤチェンジする。このギヤの仕組みさえ分かってしまえば、あとの操作はシンプルで、ステアリング裏の右側にある青のパドルがアクセル、左側にある赤いパドルがブレーキになる。誰でも簡単に操作できるだろう。

 実際に乗ってみた感想だが、やはりEVだけにアクセルを踏む(パドルを引く)といきなりトルクが出る感じだ。徐々にシフトアップして4速にすると最高速に達する。最高速は30km/hだが、それでも結構な速度感があり、コーナーではわずかながらタイヤをすべらせながら走らせることもできる。ギヤを操作しながら運転するとさらに楽しむことができるだろうし、4速にホールドしたたまま運転してもそれなりに楽しめる。

 佐藤選手も言っていたが、この車両の特徴は一般的なカートと違ってステアリング操作が重くないこと。おそらくパワーステアリングを備えているからだと思うが、コーナーでも非常に楽々とステアリングを切ることができ、かつタイヤを少し滑らせながらコーナーをクリアしていけるので、運転していて本当に楽しい。これに尽きるだろう。なお、今回はテスト走行ということで行われなかったが、実際に来年3月にスタートするアトラクションでは走行中の運転データを終了時にデータとして渡される。ちょっとしたF1ドライバー気分を味わえるという意味では、これも楽しそうだ。

タイヤはブリヂストン製
車体後部からはリアタイヤに繋がるモーターとドライブシャフトが見える
「CHAdeMO(チャデモ)」方式と思われる充電ケーブルを接続するコネクター
ミツバのモーターと東芝のバッテリーが採用されている
コックピット周り、2シーターで2点式のシートベルトを備える。足下にペダルはなく、アクセルとブレーキの操作も指先で行うのが特徴的
ステアリング中央にギヤポジションとシフトタイミングが表示される

 なお、このEVアトラクション車両を運転できるCircuit Challengerは、2016年の3月19日から鈴鹿サーキットで運営が開始される。走れるコースは東コース(メインストレート、1コーナー、2コーナー、S字、逆バンク、ショートカット、最終コーナー)になる。鈴鹿サーキットの関係者によれば、営業はレーシングコースがほかの予定で使われていない時に限られるので、平日でもレーシングコースでスポーツ走行が行われている日はお昼どきなどに限定される予定だという。このため、確実に乗りたいという人は鈴鹿サーキットのWebサイトで営業スケジュールなどを確認してから足を運んだほうがよいだろう。

 なお、このCircuit Challengerは現在行われている「Circuit Kart」(http://www.suzukacircuit.jp/motopia_s/circuit/)の後継となるアトラクション。料金は現時点では未定だが、Circuit Kartが1300円(1周/1台)なので、それと同じぐらいかそれより若干上がるぐらいに落ち着くのではないだろうか。なお、別途鈴鹿サーキットへの入園券(大人1700円、小学生800円、幼児600円)が必要。

 新しいCircuit Challengerが持つ最大の魅力は、本物のグランプリコースをEVで走れることで、こうしたアトラクションは世界でも例がない。ルイス・ハミルトンやフェルナンド・アロンソといったF1ドライバーも走っているあの鈴鹿のコースを走ることができる、ほかでは味わえない体験だと言ってよいだろう。なお、鈴鹿サーキットの関係者によれば、現在のCircuit Kartはお正月、ゴールデンウィーク、お盆の期間中に限ってフルコースで営業しているという。おそらくCircuit Challengerでも同様となる可能性が高いということなので、鈴鹿サーキットのフルコースで、佐藤琢磨選手も開発に関わったEVアトラクション車両を運転したいという人は、来年のゴールデンウィークやお盆などに合わせて鈴鹿サーキットのWebサイトを要チェックだ。

(笠原一輝)