インプレッション

GLM「トミーカイラZZ」(一般道試乗)

 信号が青になって無意識にアクセルを踏み込んだ瞬間、けたたましいホイールスピンがリアタイヤで発生した。慌てて右足を緩める。EV(電気自動車)である「トミーカイラZZ」には、トランクションコントロールはおろかABSも装備されていない。ABSを装備しないブレーキペダルは、ブレーキペダルへの踏力を増幅するブレーキブースターさえも装備しない。

 だからブレーキペダルはことのほか重い、まるでレーシングカーだ。いや、まるでじゃない、コイツはホンモノのレーシングカー。ついでに言うと、ステアリングもパワーアシストのない重ステだ。もちろん、スピンを防止するスタビリティコントロールもありはしない。そしてエアコンもなければドアミラーの調整すら手動。すべてが自動車としての素。生まれたまま、そのままのスポーツカー、いやレーシングマシンだ。

2人乗りのオープンミッドシップEV「トミーカイラZZ」
ボディサイズは3865×1735×1140mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2370mm。サスペンション形式は前後ともダブルウイッシュボーン式を採用する。価格は800万円(税別)

 そんな“じゃじゃ馬EV”の試乗に向かったのは、4月のある日。東京都内でトミーカイラZZの販売を担当するスーパーオートバックス東京ベイ東雲に足を運んで、さっそくマシン(!?)とご対面。見るからにしてクルマと呼ぶよりも(レーシング)マシンと呼ぶに相応しい姿だ。それは、まずオープンカーだからルーフがないのは当たり前なのだが、専用の幌を装着してもサイドウィンドウがないので、雨が巻き込んで濡れることを覚悟しなくてはならない。幸いにも当日は雨が降っていなかった。

 さっそく乗り込もうということで、まずはドアを開けようとするものの、ドアノブらしきものが見当たらない。教えられてビックリ! なんとコクピット側(車内側)のドアハンドルを引いてドアを開けるのだ。しかし、オープンが前提だからこれでも問題なし。レカロの“ほぼレーシングバケット”と言えるシートに身をあずけると、低くレーシーなドライビングポジションだ。OMPの細いステアリングの感触も心地よい。最近のステアリングはスポーツカーでもエアバッグや各種スイッチ類が装備されていて、それなりに存在感があるサイズとなっているだけに、この細さがかえって懐かしい。

 その昔、ナルディというメーカーのウッドステアリングが人気を博したが、あれを思い出した。握った瞬間にどんな状況になってもコントロールできそうな気持ちになる。ステアリングはクルマの気持ちを伝えてくれる唯一と言ってもよいほどのパーツ。この瞬間が大切なのだ。ドラポジもステアリングのフィーリングもしっくりきた。こうなると早く走り出したい。

エアコンもオーディオもないシンプルなインパネ。中央にスピードメーターを配置するメーターパネルはデジタル表示で、モーターやバッテリーの温度表示があるのもEVらしいところ
システムの起動にはコンサバなキーを使用するスタイルだが、パーキングやドライブ、リバースの選択は「SHIFT MODE」と表示されたスイッチを左右に動かして変更。緊急時のキルスイッチも用意されている
シンプルなペダルレイアウト。頑丈そうなバータイプのフットレストを備えている
ドアハンドルのないスマートはサイドビュー。ドアの開閉は車内のドアハンドルで操作する
縦にも横にも大きいサイドシル
ドアパネルからリアフェンダーにかけ、ミッドマウントのモーターを冷却するためのエアインテークを設定
スーパーオートバックス東京ベイ東雲のショールームに展示されていた車両は、脱着式のソフトトップが取り付けられていた

100km/h以下の加速力はほかに類を見ないレベル

 アクセルペダルに足を乗せると、スススッと音もなく動き出した。まぁ音もなくというのは大袈裟で、実際にはモーターに電気が流れるような音とタイヤと路面のきしむ音が妙に耳につく。だから、EVは確かに静かだけれども、この点においてはドライバーを楽しませる音をなにも発しない。走りはじめから感じるのは、アクセル操作に対してパワーの出方がとてもスムーズなこと。この異常と言えるまでのスムーズさが、走行距離が延びるにしたがって不思議な魅力となってくる。

 しかし、トミーカイラZZが持つ本当の魅力はアクセルを大きく踏み込んだときに発揮される。アクセルを全開まで踏み込めば、やや甲高いシューッという音とともに背中はシートに押し付けられ、頭はのけ反る感覚で鋭い加速が始まる。エンジンのように下(極低速域)からじわじわと盛り上がり、ある回転域に達すると背中を蹴飛ばされるような加速ではない。下からいきなりパワーが炸裂し、身体がワープするように投げられる感覚だ。試したことはないが、空母から離陸する戦闘機を放り出すカタパルトのような雰囲気。その凄さは、ほぼ0km/h~80km/hはあっという間。100km/h以下の加速力はほかに類を見ないレベルだ。

キャビン後方に設置される走行用モーターは、最高出力225kW(305PS)、最大トルク415Nm(42.3kgm)を発生
後方左側に、チャデモ形式の急速充電ポート(左)と普通充電ポート(右)を備える
試乗に走り出す前に、チャデモの急速充電も体験してみた
フロントフードの下には補機類用のバッテリーやウォッシャー液のタンクなどをレイアウト

 実は筆者は、今回のトミーカイラZZのルーツと言えるモデルに試乗したことがある。あれは1990年代の終わりごろ、試乗場所はトミーカイラの拠点がある京都。しかも、紅葉で有名な嵐山パークウェイだ。もちろん、この当時のトミーカイラZZはガソリンエンジンを搭載していて、日産自動車「プリメーラ」用の直列4気筒 2.0リッターエンジンをミッドシップレイアウト。185PSを発生するこのエンジンは、電子制御燃料噴射装置を外してわざわざキャブレター仕様にするなどのこだわりがあった。また、製造はイギリスにあったトミーカイラUKが受け持ち、日本に逆輸入という形で導入されていたのだ。これは当時の法的認証を取るための裏ワザ的手法でもあった。

 シャシーは現在のトミーカイラZZとほぼ同じ、リベットと接着によるアルミシャシーとツインチューブモノコックをベースとして、外板はFRPだ。試乗したときの印象は、710㎏という軽量なボディがヒラヒラとコーナリングする気持ちよさに、どんどんテンションが上がっていったのを覚えている。“和製ロータス”とでもいったこんなクルマを造ってしまうトミーカイラに夢を感じ、嬉しくなった。

フロントノーズに亀をかたどったエンブレム、車両後方右側に車名バッヂを装着。それぞれガソリンエンジン搭載時代と同様のデザインだ

 それゆえに、今回の試乗には筆者の個人的な思い入れがあったことを否定しない。特に設計者の“カイラさん”こと解良喜久雄氏は、1980年代~1990年代のレースシーンでもエンジニアとしてお会いしたことが何度もあり、尊敬している人物なのだ。

ヘッドライトの点灯パターン
リアコンビネーションランプの点灯パターン
キャビンにはレカロ製のフルバケットシート2脚を備えている

 さて、EVとなった現代のトミーカイラZZに話を戻そう。EVのトミーカイラZZは京都大学とベンチャーで誕生したGLMによって、年間生産台数99台以下の組立車制度を利用して国内認証を受けている。つまり、このクルマは限定99台しか生産されない。305PS/415Nmのモーターをミッドに搭載し、車重は850㎏。パワーウェイトレシオは約2.7㎏/PSというすさまじい数値。0-100km/h加速は3.9秒なのだ。

 今回の試乗はワインディング路ではなく、東京 お台場周辺の一般道と高速道路。法定速度内での瞬間的加速に注目を置きレポートしているが、その法定速度内でも十分に楽しめるし、音もなく静かに街角を流し、雑踏や鳥の鳴き声を耳にすることがこれほど新鮮に感じたのもこれまでにない体験だった。

タイヤはフロントが205/45 ZR17、リアが225/45 ZR17のピレリ P ZERO NEROを装着

 エアコンもなく、オプションでレカロシートにシートヒーターを追加することはできるそうだが、やはりトミーカイラZZに似合うのはサーキット、もしくはワインディング路だろう。サスペンションは締まりがしっかりとしているが適度な初期ロール感があり、かといって大きすぎないロール角を保つ。おそらくサーキットではもう少しサスペンションストロークを感じるに違いない。回生システムも与えられず、そのため航続可能距離は120kmと発表されている。実用性は全くないに等しいトミーカイラZZだが、素のEVレーシングマシンを公道で味わえる楽しさはこの上ないものだった。

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在59歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

http://www.matsuda-hideshi.com/

Photo:高橋 学