【インプレッション・リポート】
BMW「MINI クーパーS」

Text by 日下部保雄


 

 天才アレック・イシゴニスがデザインしたクラッシクMINIは、卓越したパッケージングとデザインで、長い間、愛されてきた。BMWがMINIブランドを引き継ぎ、日本デビューを果たしたのは、2001年も押し迫った頃だった。

 当初は世界で愛されているクラシックMINIに対して、BMWグループの作る新しいMINIがどれだけ受け入れられるか疑問視する声も多かったが、実際に蓋を開けてみると、クラシックMINIのエッセンスを巧みに取り入れたニューMINIはそれまで以上に新しいファンを獲得した。

 そのニューMINIも2007年にフルモデルチェンジを受けているが、MINIオーナーですら判別が付かないほど、外観上の変化の少ないモデルチェンジだった。MINIの大きなアイデンティティである外観の変化を、極力抑えたのだ。

 しかし変らないのは外観だけで、中身はガラリと変っている。心臓部のエンジンもさることながら、全長も伸ばされるなど、実は内容の濃い変化だった。

 エンジンはBMWがプジョーに供給しているものをMINI用にアレンジ。全て1.6リッターだが、自然吸気とターボ過給でラインアップを構成している。出力は3種類だが、ターボにはもう1種類、ジョン・クーパー・ワークスがあって、こちらはクーパーSをベースにさらにチューニングしたスペシャルモデルだ。

 現行のMINIはその人気を反映して、多くのバリエーションを持っている。オーソドックスな3ドアの「ハッチバック」に、ホイールベースを伸ばした「クラブマン」、それに「コンバーチブル」の3種のボディー形態。このほどクロスオーバーも加わった。

 

ジャジャ馬の要素十分だが……
 ここで紹介するのはMINIの中でも最も人気のある「クーパーS」。エンジンはBMW製の1.6リッター直列4気筒DOHCツインスクロールターボで、出力は135kW(184PS)/5500rpm。トルクは240Nm。1600rpmから5000rpmの幅広い範囲で最大トルクを吐き出すので、ホイールベース僅か2465mmのFFでは、トルクを力でネジ伏せるジャジャ馬になる要素十分だ。

 事実、クーパーSはお行儀のよいFFではない。不用意にアクセルを踏めばトルクステアを起こすので、しっかりハンドルを握っていなければならないし、フロントタイヤは容赦なくトラクションを失い、派手なホイールスピンをする。

 では危険なクルマかといえばそうではない。ビギナーにとってはきっと手に余るハッチバックに違いないが、ちょっとクルマに馴れたドライバーなら、クーパーSのパワフルなエンジンは大いに魅力的で、トルクステアさえもドライビングの歓びに感じるに違いない。

 現代のMINIは、クラシックMINIのようにバスのようにハンドルを抱えて運転するスタイルではない。ちょっと高めのドライビングポジションだが、普通のクルマのように手足を伸ばして運転できるし、不自然な姿勢をとらされることもない。したがって多少のトルクステアも、慣れたドライバーなら戸惑うことなく、スマートにハンドルを抑え込むことができる。

 もう1つ、このエンジンが扱いやすいのはターボ過給といっても、いわゆるトルクが二乗的に吐き出されるタイプではなく、アクセルの踏み込みに応じて素直にアウトプットされるので、コントロールしやすい点にもある。

 

小気味よいKARTハンドリング
 サスペンションはフロントにストラット、リアにマルチリンクを奢っており、乗心地とグリップの両立を図っている。実感としては乗り心地よりも、キビキビと動くハンドリングに焦点を当てたチューニングに徹している印象だ。ステアリングのシャープな応答性を存分に楽しむことができる。

 もちろん腰に来るような、締め上げられたサスペンションは優しくはない。でも、誰でもきっとMINIのステアリングホイールを握ったら、楽しいと感じるはずだ。ロールはかなり規制されておりハンドルを切るとタイムラグなくノーズがスーっと向きを変える。MINIのノーズは短く、フロントのオーバーハングもFFとは思えないほど切り詰められているので、この動きも納得できる。

 一言でクーパーSのハンドリングを言い表すならば「KART」だ。一体感のある小気味よさは、なかなかほかのクルマでは味わえない。

 ワインディングロードはコンパクトなMINIにとって得意科目の1つだが、予想以上にハマっていたのは高速道路。大型セダンのように“軽くハンドルに手を添えて”と言う感じではないが、いつもよりハンドルのホールドを強めてやれば、意外なほど高速クルージングが得意なのだ。有り余るトルクは高速からの追い越しでも余力があるのでとっても楽だし、エンジン出力に余裕があるということが、ドライバーにもクルマにも余裕を与えている。

 カッチリとしたボディーは路面からの突上げに対してミシリとも言わずに一体感がある。サスペンションが硬めに設定されていても、乗心地がそれほど苦にならないのは、このボディーの剛性とリアのマルチリンクサスペンションの効果が大きい。もちろんハンドルを左右に切り返すような場面でも、サスペンションの追従性は高く、これもボディーのサスペンション取り付け部も含めたキッチリとした剛性の高さを物語っている。

 トランスミッションは、これも節度のある6速MTで、気持ちよい。軽く手の返しでシフトできるようなフィーリングはないが、比較的カッチリしたシフトゲートに沿って、軽く力を加えるとすんなりと入ってくれる。多少、いい加減なシフトをしても応えてくれる度量は持っているものの、BMWの血を引くMINIだけあって、やはりドライバーが節度を持ってシフトレバーを操作してやったほうがスムースに変速できる。

 同様に気持ちよいのが、クラッチだ。ミートポイントが広く踏力も軽いので無意識に変速を楽しんでいるのに気づく。MTのできはクラッチの操作性と表裏一体だが、さすがにMTの地域ヨーロッパで鍛えられただけのことはある。シフトを楽しむMTの見本のようなMINIだった。

 もう1つのMINIの魅力は広い室内だ。ちょっと誤解を招きそうだが、前後長が3715㎜しかないのでレッグスペースには余裕があるとは言えないが、ヘッドルームがかなり大きいので、前席であれば相当の巨漢でもドライビングにストレスを感じることはない。背の低いドライバーから2mもあるドライバーまで、快適に過ごせるキャビンなのだ。

 

爽やかな体育会系ホットハッチ
 MTのMINIには、2010年5月から全てアイドルストップが標準装備されている。このシステムはなかなか巧妙で、街中で停車するような場面では必ずと言ってよいほどアイドリングストップが働く。もちろん闇雲にエンジンを止めるわけではなく、ルールに沿ってエンジンストップが働く。街中でこれだけエンジンを止めることが普通に行われると、アイドルストップをしないと不安になってくる。

 ちょっと困ったのは、交差点で右折待ちのときにしばしばエンストしたことだ。右折待ちでは素早く発進する必要があるために、ドライバーに心理的なプレッシャーを与えているらしく、必要以上に早めにクラッチミートし、結果的にエンジンがちゃんと回りきらないうちにクラッチを繋いでエンストすることがあった。こうなると再度エンジンをかけなければならないが、ちょっとパニクっている身としては、一瞬どうしてよいか分からなくなる。そんなに慌てなければよいのに、と自分のせっかちさを反省することしきりである。

 しかし、アイドルストップの威力は大きく、これだけパワフルなターボエンジンとしては、街中での燃費はかなり優れている。これからはこのシステムが普通になっていくだろう。現在はMTのみにアイドルストップが付くが、2011年中にもATにもアイドルストップが標準装備になる予定だ。

 体育会系だが、汗を感じさせない爽やかなホットハッチがクーパーSの印象だ。ちょっと返却するのが惜しかった。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 2月 9日