【インプレッション・リポート】
ポルシェ「パナメーラS ハイブリッド」

Text by 河村康彦


 ポルシェが、実はその生誕以来密かに“夢”としてアイディアを育んできた「4ドアのスポーツカー」。それをついに現実のものとした「パナメーラ」は、2009年秋のデビュー以来、世界の市場で順調に市民権を獲得しつつあるようだ。

 全長が5mに達しようというラグジュアリー・モデルでありつつも、リアエンドが強い丸味を帯びた5ドア・ハッチバックというそのエクステリア・デザインは、素性など何も知らないという人に対しても「ポルシェの作品」であることを強くアピールする。

 少しばかりの異彩を放つそのルックスが、一見して素直に「カッコイイ!」と納得できるものであるか否かは別問題だが、それはこのモデルのデザイン・テーマが、そもそも今でも賛否双方の論争が続く「911」というモデルにオマージュを抱いたものであるがゆえ。改めて述べるまでもなく、ポルシェというブランドから放たれるすべてのモデルは「911の名声に端を発するもの」であるのは疑いないのだ。

 いかにカイエンで得られる利益が大きかろうと、いかにボクスターの評判が高かろうと、このブランドの全ての軸足は911というモデルにある。だからこそ、フル4シーターというパッケージながらそもそも“変わったカタチ”の911を師と仰いだパナメーラのルックスが、結果として「少々風変わりなもの」になったとしても、そこでは全く驚くには当たらないという理屈(?)になる。

 そんなパナメーラにハイブリッド・バージョンが存在することは、実はそのデビューよりも遥か以前から公表されていた“コミットメント”。そしてもちろん、そこにカイエンのハイブリッドと同様のシステムが搭載されたことも「想定内」ということになる。

滑らかなパワートレーン
 システム出力が380PSで、同じくトルクが580Nm――当然ながらカイエン用と同じ出力スペックの持ち主であるハイブリッド・システムを、より軽量でより背の低いパナメーラに搭載するとなれば、「走りもネンピもよりよくなる」のは当たり前だ。

 そして実際、「パナメーラS ハイブリッド」で走り始めると、まず感じられたのは「より軽快で荷が軽い」という印象。端的に言ってその加速力は、ネーミング中に「S」の文字が加えられているということが、カイエンの場合以上にすんなりと納得できる水準に達していた。

 クラッチディスクが強化されたり、エンジン再スタート時のトルク・マネージメントなどにわずかなリファインが加えられたりしたものの、カイエン/トゥアレグ用と同様のハイブリッド・システムをパナメーラにも用いるのは、共同開発したフォルクスワーゲンとの間で「予め決められていたコンセンサスに基づいたもの」と言う。カイエンに比べれば250kg以上軽いが、それでも車両重量は2t級。対して、47PS相当というモーターの最高出力は、組み合わされるエンジンの出力が333PSであるのと比較するまでもなく、端的に言って「かなり控えめ」だ。

 実際、その走りのフィーリングも、「力強いモーターパワーがダイレクトに体感できる」という雰囲気が漂うものではない。

 アイドリング・ストップ状態からの発進は、基本的に「モーターのみ」が担当。しかし、2モーターのシリーズ/パラレル式システムを採用するトヨタのハイブリッド各車や、同様の1モーター・パラレル式を採用するもののモーター出力が88PS相当とグンと大きい日産のフーガ・ハイブリッドに比べると、「エンジンがずっと始動しやすい」というのがこちらポルシェ方式での特徴になる。

 注意深いアクセルワークを心掛ければ、設計上限値の85km/hという速度に向けて“EV走行”を続けて行くことも不可能ではない。しかし、そこで発生可能な加速度はかなり小さなもの。すなわち、日常シーンでは「スタートの一瞬はEV走行でも、すぐにエンジンが始動をしてエンジンパワーを上乗せする」というのがこのモデルの走りの基本のモード。中間加速のシーンでも、アクセルペダルを踏み加えるとまずはエンジンが出力を増すことで、必要な加速力を発生させる印象が強い。

 ちなみに、エンジンが始動と停止を繰り返すシーンでも、目前のタコメーターの針の動きを注視していないとそれはまず判別できないというのが実際のフィーリング。と同時に、走行中にアクセル踏力を緩めた瞬間、多くの場面でエンジンが停止をすることも、同様にタコメーターの動きによって初めて知ることができる。

 エンジンとトランスミッションの間に挿入されたクラッチの作動によって行われるそうした走行中のエンジン停止は、「165km/hまで可能」というのが設計値。ポルシェ言うところのこうした“セーリング状態”を有効活用することも、実燃費を向上させるための大きなポイントになっているという。ハイブリッド・モデルに限らず、最近は「燃料カットの状態でエンジンブレーキを効かせるよりも、惰性を上手く活用すること」が、燃費向上策のひとつのトレンドになりつつあるわけだ。

 0→100km/hが6秒と報告される加速力が十分満足レベルにあることは前述の通りだが、そうしたシーンでの加速の連続性が“普通のパナメーラ”に勝るとも劣らない滑らかさであるのも付け加えておこう。

 実はそうした背景にはこのモデルが、ポルシェでは「PDK」と称される7速デュアルクラッチATではなく、より多段化された8速のトルコンATを用いている点も影響がありそう。敢えてデュアルクラッチATではなくトルコンATを用いた理由は、やはり「カイエン/トゥアレグ用と同じハイブリッド・システムを用いるという前提があったため」という。

 ちなみに、カイエンでは成立した4WD仕様がなく、後輪駆動仕様のみの設定とされたのは、「燃費性能にさらにフォーカスしたこちらのモデルでは、軽量であることがより重視された」という点と、「アウディ製のエンジンを使用しているゆえに、低いフード高とフロント・ドライブシャフトのレイアウトを両立させるのが困難だった」という事情がその理由として挙げられている。

 

予想を超える良好なハンドリング
 今回、オーストリアのザルツブルク近郊で開催された国際試乗会に供されたテスト車には、そのすべてにオプションのミシュラン製低転がり抵抗タイヤが装着されていた。このタイヤで減少可能なCO2排出量は1km当たり8gで、NEDC計測法による燃費性能(を日本式表記に換算した値)は、「14.1km/Lが14.7km/Lに向上する」というのが謳い文句だ。

 せっかくの風光明媚な山岳地帯をベースとしたイベントの天候は、あいにくの雨。残念ながら、テストドライブは基本的にウエット路面で行わざるを得ない状況となってしまった。

 こうなると、まずはそのハンドリング性能に少々の不安を抱くことに。というのも、転動時のエネルギーロスを最小限に抑えるべく設計された“エコタイヤ”は、特にウエット路面ではグリップ性能の低下幅が大きいという先入観があったゆえ。実際に、「Pilot A/S Sportplus」なる初めて目にするそのタイヤのトレッドパターンは、細かなサイピングも目立つものでいわゆる“ハイパフォーマンス・タイヤ”の表情とはほど遠いもの。

 加えて「オールシーズン」なるレーティングが与えられていたことも不安に輪を掛けた。“全ての季節向け”と言えば聞こえはよいものの、このカテゴリーに属するタイヤが「全天候下で今ひとつの性能」という実例が少なくなかったからだ。

 ところが、そんなシューズを履いたこのモデルは、それがとても「重量2tのフル4シーターカー」とは思えない好ましい身のこなしを披露してくれた。ばね下の動きが予想しなかったほどに軽やかで、ロードノイズも含めての静粛性も文句ナシ。加えて、ステアリング操作に対する舵の効きはむしろ8気筒エンジン搭載の“普通のパナメーラS”以上に正確で、しかもウエット路面上でもグリップ力の不足など1度たりとも感じさせられなかった……と、こうした結果になったのだ。

 ラゲッジスペース下に駆動用バッテリーを搭載したこのモデルでは、前後の重量配分は「51:49と、エンジン車以上に理想的」に仕上がったという。車両重量そのものは増すというハンディキャップを背負った上での重量配分は当然、最適な改善方法とは言い難いが、それでも前述のような好印象を受けることができた一因にはそんな効果もあったのかも知れない。

 軽量化にフォーカスする一方で、敢えてエアサスペンションを標準採用とし、常に理想の姿勢をキープすべく努力をした結果も関係はあるはずだ。いずれにしても、そのハンドリング/フットワーク性能が予想を超える満足度を実感させてくれたのは間違いない。

 

お飾りではないハイブリッド
 ところで今回は、設定されていたテストルートのほぼ全行程270kmを、自身のドライブで走破することができた。ドライビングスタイルの違いは燃費に影響を与える最大要因となるが、これを排除できたので、参考までオンボード・コンピューター上で得られた燃費データをここに披露しておこう。

 結果は、昼食を挟んでの前半120km強の区間が10.7km/Lで、後半150km弱の区間が11km/Lという値。厳密な測定ではないし、トリップメーター誤差も未知数ではあるものの、それでも「全区間通しで10km/L以上の成績」をマークできたのは間違いないと言ってよいだろう。

 確かに、渋滞はなかったし信号も少ないルートであったのは事実。しかし同時に「システム出力380PSで重量2t級のモデルが、同じポイントを発着点とした山岳路中心の270kmループを巡って、10km/L以上の燃費を確保した」のも、また確かな事柄なのだ。あくまでも個人的な印象だが、何も知らされずにこのパフォーマンスのモデルでこのコースを一巡した結果、8km/L以上のデータが弾き出されれば自分は燃費については、恐らく「まぁ文句はないナ」という評価を下していたと思う。

 1500万円に達しようというモデルで「燃費のハナシなんかをしても、仕方がないじゃない」と思う人もいるかも知れない。しかし、今やそうしたモデルだからこそ、そこで競い合われる“プレミアム性”というものの中に、最高出力や最高速度などと全くの同格で、「環境性能」なる一項が加わって然りと考える人も多くなっているはずだ。

 「918スパイダー」に「RSR」「GT3Rハイブリッド」と、このところ矢継ぎ早に“スーパー・ハイブリッドモデル”を発表し続けるポルシェ。そうした動きは、このブランドにとってハイブリッドの技術が単なるポーズなどではないということを端的に示している。

 そうした中で、「ポルシェ史上、もっとも低燃費なモデル」というタイトルを謳うパナメーラSハイブリッドは、カイエンSハイブリッド以上にインパクトのあるモデル。技術者集団のポルシェが送り出すハイブリッド・モデルは、今や決してカタログを飾るだけの存在などではないということだ。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 8月 12日