【インプレッション・リポート】
日産「GT-R」2012年モデル

Text by 岡本幸一郎


 衝撃のデビューから4年。これまでも毎年改良を受けてきたGT-Rの2012年モデルが登場した。

 2011年モデルで比較的大がかりな変更を行ったばかりなので、2012年モデルは小さな変更にとどまるのではと予想していたのだが、見た目こそほとんど変わらないものの、エンジン、サスペンション、ボディーなど走りに直結する部分が大きく変更されているので、乗り味もそれなりに変わっているはずだ。

For TRACK PACKを装着したGT-R ピュアエディション

スポーツランドSUGOの誘導路とサーキットで試乗
 今回の試乗ステージはスポーツランドSUGO。まずレーシングコースの前に、一般道に条件の近い誘導路で、2008年モデル、2011年モデル、2012年モデルを乗り比べた。

 久々に乗った2008年モデルは、ドタバタした乗り心地やステアリングの遊び、ジャダーが気になるクラッチなど、「出たばかりのGT-Rはこんな感じだったよな」と、すでに懐かしく思える乗り味。続いて2011年モデルに乗り換えると、約1年前でのリポートでもお伝えしたとおり、そのあたりがずいぶん改善されていることが分かる。

 そして2012年モデル。詳細は後述するが、一連の変更が効いてさらにドライバビリティが向上していた。とくに驚いたのは乗り心地がよいことだ。従来のGT-Rとは入力の受け止め方がまったく違う印象で、不快さを感じない。振動も瞬時に収束するので、ドタバタする印象もほぼなくなった。また、エンジンレスポンスが向上していて、クラッチのつながりもさらにスムーズになり、より乗りやすくなっていた。まさに「洗練」という言葉で表現するのが相応しいと思えるほど、全体的に上質に進化していたのだ。

 例えば、何かと比較されることの多いBMW M3やC63 AMGあたりと比べたときに、それらは走りも素晴らしく、快適性もそつなく仕上がっているのに対し、GT-Rは性能で上回っても快適性についてはだいぶ及んでいない(2011年モデルでも)ことは否めなかったと思う。おそらくGT-Rにとって、この乗り心地は宿命みたいなもので、どうやってもその2車のようにはならないのではないかという気がしていたのだが、そうではなかったのだ。これなら日常の足としても十分に使えるレベルだと思わせてくれる。

まずはスポーツランドSUGOの誘導路で2008年モデル、2011年モデル、2012年モデルの乗り比べ

 続いてレーシングコースに向かった。ここでは、2011年モデルと2012年モデルの「EGOIST(エゴイスト)」と、2012年モデルで新たに設定された「Pure edition(ピュアエディション)」にのみ設定されるカスタマイズオプション「For TRACK PACK(以下、トラックパック)」装着車という順番で、3台を乗り比べた。

 はじめにエゴイストの2011年モデルから2012年モデルに乗り換えて、やはり乗り味がずいぶん変わったことを実感。今回の変更のハイライトの1つはカタログスペックで、530PSから550PSに向上したエンジンだが、試乗してみると実際にはもっと上がっているように感じられた。それまでの485PSから530PSとなった2011年モデルでも相当に速くなったように感じていたし、500PSオーバーの世界となると、「20PS程度上がってもそれほど感じられないのでは?」という気もしていたのだが、その差は歴然。よりレスポンスが鋭くなり、高回転域での伸び感がさらに高まった。とにかくとてつもなく速く、そして最高に気持ちよいエンジンフィールに仕上がっていた。

レーシングコースでは2011年モデルと2012年モデルのエゴイスト、For TRACK PACKを装着したGT-R ピュアエディションを試乗

GT-R開発責任者の水野和敏氏

初めてエンジン内部に手が入った2012年モデル
 GT-R開発責任者の水野和敏氏によると、「これまでも出力を上げて燃費もよくしたと言ってきたが、実際には制御とキャタライザーのバックプレッシャーを減らすことでやってきた。今回は初めてエンジンの中身に手を入れた」と言う。

 具体的には、インテークマニホールドとヘッドの合わせ目の段差をなくしてスワールの形状がよくなるようにしたほか、インタークーラーのダクトの素材を樹脂にして絞り込みの断面を拡大して通気抵抗を減らし、キャタライザーを1サイズ小さくして排気効率の向上を図り、エキゾーストバルブをナトリウム封入タイプに換え、カムシャフトタイミングも変更した。

 空燃比については、高回転域での伸びをよくするためにはリッチに振るのが一般的だが、2012年モデルでは数%リーンにしたのも特徴的と水野氏は言う。「リーンにしながら、6,000~7,000rpmの伸びをよくし、さらに5,500~6,500rpmのレスポンスとトルク感を上げた。アウトバーンのような場所で試すと、250~300km/hにかけてのタコメーターの動きが従来とぜんぜん違う。しかも300km/hで巡航した際の燃費が10数%よくなる」(水野氏)とのことだった。

 ちなみに、GT-Rのエンジンスペックは今まで世界同一だったが、2012年モデルは仕向地のガソリン事情によって変わる。日本は100オクタンのガソリンがごく普通に手に入るので、世界でもっとも高出力仕様になっている。そのスペックも「最低保証」であって、実際にはもっと高いと考えていいと水野氏は強調していた。

 コースの途中にはロケットスタートを試すポイントも設定されていたので、もちろんトライ。そこで一旦停止し、右足で4000rpmより少し上を保ちつつ、左足でブレーキ踏み、3秒以内にリリース。すると、わずかにスリップした直後に、ものすごい加速Gで猛然とダッシュ。恐るべき強烈な加速だ。

 0-100km/h加速タイムの公表値は、2011年モデルをコンマ2秒上回る2.8秒とのこと。市販車で3秒を切るクルマなんてほとんど存在しないわけだが、その秘訣は蹴り出しの強さにあるに違いない。しかも至ってイージードライブで、免許取りたてでも簡単に同程度のタイムが出せそうだ。操作は簡単だが、その裏では恐ろしく高度な制御が行われているのは言うまでもない。まさに「マルチパフォーマンス・スーパーカー」。こんな世界を味わわせてくれるクルマなんて、GT-Rをおいてほかにない。

2012年モデルの本命はトラックパック
 誘導路でも感じたフットワークのよさは、レーシングコースでも路面追従性の向上となって感じ取れる。2011年モデルでも、ダンパー内のピストンを軽いアルミにして動きをスムーズにしたり、ミリ単位で細かなサスペンションジオメトリーを見直したりした結果、従来よりもだいぶよくなっていたのだが、2012年モデルではさらにグレードアップ。限界域での挙動も落ち着いていて、限界を超えたときの動き方も唐突に流れることがなく、より連続的になった。ステアリング操作に対する一体感も増している。

 ところで2012年モデルでは、車体剛性についても要求性能に合わせてマッチングを取り直し、ダッシュまわりなどの剛性を従来よりも高めたと言う。そのことも、この乗り味の実現に少なからず寄与しているはずだ。

 また、専用の足まわりが与えられたトラックパックに乗ると、走る楽しさはさらに高くなる。廃止されたスペックVのDNAを受け継ぐモデルであり、スパルタンな走りを楽しみたいユーザー向けという位置づけのGT-Rとのことだが、よりハンドリングの軽快感が増しているだけでなく、むしろ足まわりはしなやかに動いている印象だ。走りそのものを楽しむには、トラックパックが本命と言える。

 もう1つ2012年モデルの大きな特徴として挙げられるのが、サスペンションの左右非対称のセッティングだ。ただ、正直な話「そう言われてみれば……」という感じで、前モデルとの違いを明確に感じ取ることはできなかったのだが、フルブレーキングを試した際に、2011年モデルではやや右に流れる感覚があったところ、2012年モデルはよりまっすぐ止まるようになったと感じられた。そのあたりは、おそらく左右非対称セッティングの恩恵なのではないだろうか。

カーボンセラミックブレーキは価格が大幅に引き下げられた(写真はピュアエディションが標準装着するブレーキシステム)

 ブレーキについては、カーボンセラミックブレーキがPremium edition(プレミアムエディション)とエゴイストに装着可能で、価格が約4,600,000円から約2,800,000円へと大幅に引き下げられたのもニュース。これについて誤解のないように説明すると、製品自体は変わっておらず、すでに原価償却ができたので価格を引き下げたと水野氏は説明している。

 ここで、どうしてトラックパックに設定がないのかと思う人もいるだろうが、考え方としては、より高温に対応するスチール製のほうが、サーキット走行には適しており、軽量なカーボンセラミックブレーキは、バネ下が軽くなるので乗り心地がよくなるし、軽いタッチでコントロールしやすいので、“プレミアムなブレーキ”と認識して欲しいとのことだった。

 そして、トラックパックに用意されたシートについて。これは形状だけでなく生地そのもののグリップでドライバーをサポートするというもので、かつてレースでも使用していたときには、これに換えるだけでタイムが1秒上がったこともあると言う。その印象としては、シートとレーシングスーツがくっつく感じで、攻めた走りをしてもより楽に身体の姿勢が取れるという感じ。おそらく腰などへの負担も小さくなることだろう。ほかにはない、新しい感覚の座り心地だった。

ピュアエディションのインテリア

これまでにも増して感動を与えてくれる2012年モデル
 というわけで、限られた場での試乗ではあったが、2012年モデルのGT-Rは、予想をだいぶ上回る進化を遂げていた。筆者はいつもGT-Rというクルマに対して、圧倒的な高性能というのはそれだけで大きな価値があると感じている。

 それはまさに水野氏がことあるごとに述べている「自分に対する感動のご褒美」の大きさに直結し、驚きや感嘆など大きく心を動かすものでないと、「感動」を与えることはできない。そして2012年モデルのGT-Rは、これまでにも増して感動を与えてくれるクルマに進化していた。それは、誕生してから4年間のGT-Rの進化の過程をよく知っている人ほど、より明快に感じ取れることと思う。

 また、左右非対称のサスペンションセッティングのような新しいチャレンジが、世界からどのように評価されるのかも興味深いところだが、まずはGT-Rファン、現オーナーおよび購入検討中の諸氏に、おそらく多くの人が想像しているよりもはるかに性能が向上したことを念を押しておきたい。

 ニュルブルクリンクでの開発については、今後も精力的に続けると水野氏。2011年9月のニュル詣では、残念ながらタイヤに不具合があり、タイム計測(※タイムアタックではなく、あくまで性能保証としての計測であるとは水野氏談)を行うことができなかったとのことだが、次回はまた世界の頂点の座に返り咲くことに期待したい。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 12月 21日