インプレッション

マツダ「ビアンテ」

 2008年に登場したビアンテが、5月17日にマイナーチェンジを行った。これまでもビアンテは毎年のように小変更を行って内容を充実してきた。装備の充実やアイドリングストップの追加で燃費の向上を図るなど、実に地道な対策を重ねてきた。だが、今回の変更内容はビッグマイナーチェンジと言えるレベルである。

 真っ先にその違いを感じるのは、やはりエクステリアの大幅な変更だろう。なかでもトップグレードのGRANZ(グランツ)が採用するフロントマスクは最たるものだ。このグランツは2013年初頭から特別仕様車として販売されていたが、ついにカタログモデルとなった。切れ長で特徴的だったヘッドライトとみごとにマッチするダイナミックなフロントグリル&バンパーは、アクが強いビアンテの特徴をさらに磨き上げている。さらに、サイドビューもブライト・モールディングや高輝度アルミホイール(燃費を考えてシリーズ全車16インチサイズで一本化)、マフラーカッターなどの採用で上質さを備えたところは見どころだ。

今回のマイナーチェンジでラインアップに加えられたビアンテ グランツ
特別仕様車のグランツは17インチのタイヤ&ホイールだったが、標準ラインアップ化で16インチにサイズ変更

 一方、インテリアについてもヘアライン仕上げのデコレーションパネルやブラックメタリック塗装のセンターパネルを採用して質感を向上。また、ステアリングシフトスイッチや「i-DM(インテリジェント・ドライブ・マスター)」と呼ばれるドライブコーチング機能が全車標準装備となっている。

インパネに広がり感を与えるヘアライン仕上げのデコレーションパネル
インパネシフトのとなりに「GRANZ」のロゴマークを設置
センターメーター内部にコーチング機能付きの「i-DM(インテリジェント・ドライブ・マスター)」の表示パネルを新設。これは2WD(FF)車のみに設定されている

 インテリアについての注目ポイントはそれだけじゃない。ビアンテは2列目、3列目のシートが後方に行くにつれて座面が高くなるシアターレイアウトを採用すると同時に、多彩なシートアレンジを持っていることも特長だったが、その美点も細かく進化している。まず注目しておきたいのが、2列目のシートをかなり後退させて作り出すリビングモードが、実は昨年より変化していたことだ。この機能は3列目にある座面をチップアップして2列目シートを可能な限り後方に下げ、2列目のレッグスペースを拡大するというもの。その空間はあまりに広く、驚かされるばかりだった。

 だが、その代償として荷物をフロアに置くことになったり、無駄と思えるほど1列目シートと離れ過ぎているなど、ユーザーから不満の声が上がっていたらしい。これは2列目シートを固定できるポジションが、基本の位置とリビングモード用の2択しかないところに問題があった。そこで、そのシートレールのノッチを中間地点にも追加して、新しく「セミリビングモード」が選択可能になったのだ。これで手荷物などを3列目の座面に置くことが可能になり、1列目と2列目のシート距離も適度に広げることに成功している。さらに、そんなシートアレンジに使うレバー類の表示も解り易いよう変更。シートを前後左右に動かすレバーを、当初は目立たないよう凹凸だけで機能を表現していたが、今回から白く塗ってアイコン化。3列目のウォークインレバーも赤く着色して見つけやすく工夫するなど、ユーザーの意見に耳を傾けて少しずつ改良しているところはさすが。歳月を経て熟成された室内空間がそこにある。

新たに設けられた「セミリビングモード」。2列目のシートバックと3列目の座面が接触している状態で、ブレーキを効かせて前荷重になっても座面に置いた手荷物が落ちないこともメリット
セカンドシートを動かしてベンチシートとキャプテンシートに使い分けるためのレバー。以前は存在をあまり主張しない方向性だったが、セカンドシートは慣れない人が使うシーンも多いことから、ひと目で効果がわかるアイコン状態に変更された

 ただ、熟成を重ねたのは内外装だけじゃない。今回のビッグマイナーチェンジのキモは、やはりスカイアクティブテクノロジーの搭載になるだろう。最近ではユーザーにも広くイメージが浸透してきたこの技術は、エンジンやミッション、そしてシャシー、タイヤに至るまで、全ての領域で高効率化を追い求めたもの。エンジンはハイブリッド技術や過給器などを使わず、自然吸気エンジンを高圧縮化することで高効率に。オートマチックトランスミッションはロックアップ率を高めることでMT並のダイレクトさを実現。結果として、スリップロスが減って高効率となっている。ボディやサスペンションは新たなる考え方を盛り込んだセットアップにより、タイヤに依存しない走りを実現。エコタイヤでもしっかりした走りを展開することに成功している。これら全てを達成していることが、スカイアクティブ搭載ということになる。

 このマイナーチェンジ手法は、1月にマイナーチェンジを行ったプレマシーでも使われているもので、ビアンテの変更もそれに準じていると思っていい。採用されるSKYACTIV-Gの2リッターエンジンとSKYACTIV-DRIVEはプレマシーと同様のものだ。この変更により、JC08モード燃費は12.4km/Lから14.8km/Lに向上。排気量2リッタークラスで全高1800mm以上のミニバンでは、クラス唯一のエコカー減税の免税(100%減税)対象車(ハイブリッドカーを除く)となっている。ちなみに、これまで存在していた2.3リッターエンジンと17インチタイヤ仕様は今回のマイナーチェンジで廃止された。これも市場のニーズを考えれば当然の流れだろう。

 今回の試乗会では、そんなスカイアクティブテクノロジーの中でもATのSKYACTIV-DRIVEについて重点的にアナウンスが行われた。マツダではATを外部のサプライヤーから購入して搭載するのではなく、それぞれ自社開発していることも大きな特徴だ。実はATだけではなく、アテンザに搭載されている6速MTのSKYACTIV-MTも自社開発品。このMTはシフトフィーリングから軽量化までとにかく拘った逸品だった。そして今回のSKYACTIV-DRIVEも、マツダの拘りが凝縮されているのだ。

トランスミッション開発に置ける基本スタンス、SKYACTIV-DRIVEに投入された技術などについて解説するマツダのパワートレーン技術部 シニアスタッフの白石大作氏
SKYACTIV-DRIVEのカットモデル

 基本的な考え方としては前述した通りだが、技術解説を通じて開発スタート時に設定した目標をクリアするため、地道な努力が積み重ねられていることを教えてもらった。ロックアップレンジの拡大によってスリップロスを低減し、燃費向上やMTを思わせるダイレクトなフィーリングを生み出すのだが、その一方でノイズやショックといったネガティブな要素も生まれてくる。その対策として、発進時だけは従来型のATと同じようにトルクコンバーターを採用しているのだが、従来型とSKYACTIV-DRIVEでは中身がまるで違うものになっている。

 具体的には、トルクコンバーター内に備わるダンパー(スプリング)を大型化。さらに、従来型では単板で繋いでいたロックアップ用のクラッチを多板化してきめ細かい制御を可能としている。すなわち、微妙に滑らせるといったアレンジもできるようになり、ロックアップ用クラッチの部分でもショックを吸収できるようになったそうだ。こうした構造刷新によって10km/h前後からロックアップが可能になり、ロックアップレンジは従来型の5速ATが49%だったのに対し、SKYACTIV-DRIVEは82%にまで向上(JC08モード走行での比較)したという。

SKYACTIV-DRIVEのトルクコンバーター。内部構造が見えるようにカットされている
どちらもマツダ製ミッションのトルクコンバーター。左側が従来型、右側がSKYACTIV-DRIVE。外周に設置されたダンパーが大型化しているほか、ATフルードを介してエンジンパワーを伝達するフィンが小型化されて外側に配置されるようになったことも見てとれる

 実際に走ってみると、SKYACTIV-DRIVEの効果は絶大。発進時は滑らかにスタートするにも関わらず、市街地の流れに乗ってしまえばMTのようにアクセルとエンジンが直結している感覚が味わえる。わずかなアクセル操作にも即座に反応するダイレクトな感覚は、エコドライブも容易になるように思える。その一方で、加速したい時には瞬間的に変速が行われるのだ。これは油圧回路の設計を改めたことが効いているそうだが、要求通りのトルクがすぐに立ち上がる部分がいい。燃費を向上させたクルマとはいえ、ストレスを一切感じない走りはさすがマツダだ。

 このパワートレーンがプレマシーに搭載されたときには、減速時の滑らかさに不満を感じることもあった。ぎりぎりまでロックアップを続けることで、停止寸前にギクシャク感が出ていると判断したからだ。そのときは「従来のATのほうがスムーズだ」と書いた覚えもある。だが、プレマシーと比べて車重が160kgほど重いビアンテは慣性が大きいことが影響しているのか、それとも制御系を一部改めた効果なのか、理由ははっきりとしないないが一定のGで減速してスムーズに停止できる部分がビアンテの良さだと感じた。環境性能を意識しすぎたクルマはどこかに違和感があるのが常だが、このビアンテにはそんな感覚は一切ない。

 シャシーの仕立てかたはクルマのキャラクターもあるのだろう。プレマシーのように一体感溢れる走りというより、ゆったりのんびりとロールやピッチングをする感覚が強い。乗り心地も適度にソフトだ。だが、挙動変化のいずれもが急激に動くわけではなく、一連性を持って動くので先読みできるところが素晴らしい。すなわち、ロールスピードはゆっくりで扱いやすいのだ。これなら2列目、3列目の乗員も快適だろう。

SKYACTIV-DRIVEはMTのようにアクセルとエンジンが直結している感覚が味わえる
ロールやピッチングをする感覚が強いが、挙動変化は一連性を持って動くので先読みできる

 このように、エコを追及したにも関わらず、あらゆる点で違和感なく進化したビアンテは、派手さはないが見どころ満載の1台だった。登場から5年の歳月が経過しようという段階だけに、正直に言えば新鮮味には欠けるところがある。しかしながら、ユーザーの声に耳を傾け、さらに市場の動向をきちんとキャッチして見えないところもコツコツと造り込んだこのミニバンは、まさに円熟のときを迎えているのだ。

Photo:高橋 学

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。