インプレッション

レクサス「IS」

 レクサスとは一体何か? この疑問に対して正確な答えを出せる人が一体どれだけいるだろう。もちろん、ひとまずの正解は「トヨタが送り出すプレミアムブランド」なわけだが、それならプレミアムとは何だ? 上質さを備えること? レクサスが良く言う“おもてなしの心”があること? トヨタブランドのクルマよりもコストを使い、全てにおいて質感高く仕上がっていることはもちろん了解してはいるけれど……。

 レクサスたる定義を探そうと考えると、ビシッとした答えが決まらない。だが、新生ISに触れているうちに、その答えが見えてきた。

レクサス IS 300h Fスポーツ

 2013年5月16日に発売された新型ISは、日本のレクサス ISとしては初のフルモデルチェンジ。厳密にいえばレクサス ISは、2005年に日本のレクサスブランドから発売を開始される前にも、日本でアルテッツァと呼ばれていた車両を海外ではレクサス ISとして販売していた経緯があり、今回のモデルは3代目となる。すなわち先代のレクサス ISは、アルテッツァが生まれ変わった姿なのだ。

 そんな先入観があるせいか、初めてそのクルマに触れたとき「どこがレクサスならではなのか」について疑問を感じたことを覚えている。たしかに豪華ではあるが、走りが洗練されているということもなく、別に過激さを持っているわけでもなかったのがその理由だろう。その後、マイナーチェンジを繰り返してしなやかさを追求。それに加えて「IS-F」という過激さ溢れるスポーツモデルも追加し、つい先日まで商品性を磨き上げるマイナーチェンジを繰り返していた。特に走りに対して徹底的な拘りが感じられ始めたとき、これからのレクサスがどこに向かおうとしているのかの予感を秘めているように思えた。

ボディー骨格が大幅に進化

 そして今回のISである。レクサスの走りに対する意気込みがついに開花したのだ。実は、昨年フルモデルチェンジを果たした上級モデルのGSでも同様の印象を持ったが、今回のISはそれを凌ぐ取り組みが行われている。

 その答えの1つはボディー造りで、今回のISは「レーザースクリューウェルディング」という工法を用いている。この技術によって、従来からあるスポット溶接よりも溶接打点間のピッチを狭めることが可能になり、同じスペースにより多くの溶接打点を施せるようになった。この技術はドアの開口部に使われている。さらに、パネル同士を面で強固に接合してたわみを低減させる構造用接着剤を、ドア開口部やリアフェンダーまわりなど合計25m以上に採用。従来のスポット溶接もこれまでより150点ほど増やしているという。こうした徹底的なボディーへの対策は、やはり骨格こそが要になると思い知ったからだろう。マイナーチェンジを繰り返し、先代ISの走りはかなり洗練させたが、それだけでは越えられない壁がボディーに存在していたのだ。動的性能を高めようと躍起になれば乗り心地が犠牲になり、逆に乗り心地を究めようと思えばスポーティな走りが成り立たない……。この相反する要素を根本から両立させる手段、それがボディーだったというわけだ。

 一方、パワートレイン系にも大幅な変化が見られる。それは、ISでは初となるハイブリッドシステムのラインアップ追加だ。クラウンでも採用された直列4気筒・2.5リッターのアトキンソンサイクルエンジン+モーターの「FR用THS-Ⅱ」を採用したのである。IS 300hというグレード名を掲げるこのモデルが新しいISの大本命になることは、昨年12月にデビューしたクラウンでもハイブリッドモデルが順調に売れているのを見ても理解できるところ。高級車=マルチシリンダーエンジンという構図は、レクサスであっても過去のものになりそうだ。

IS 300hで高速道路を走る車内。走行状況やバッテリー残量でも変化するが、ときには80km/hで走行中にもかかわらず、モーターの力だけで走っていてエンジンは停止している、なんて状況も出てくる。もともとエンジン音が控えめで車内の静粛性が高いので、メーターを切り替えてチェックするまでエンジンの作動状況を確認できない

 まずは、そんなIS 300hのFスポーツに乗り込んでみる。すると、最初に気づいたのは包み込まれるようなコクピット感覚がかなり高まったということだった。おもな要因はヒップポイントを従来よりも20mm下げたことだと思うが、ドッシリと守られているように感じるこの感覚は、まるでISがスポーツカーに生まれ変わったかというような雰囲気だった。そんなコクピット感覚を後押しするのが、Fスポーツ専用の1眼メーターだ。Fスポーツのみに装着されるこの可動式メーターは、マルチファンクションディスプレイの操作と連動してメーターリングがスライド。さまざまな情報を表示してくれる。お気づきの人も多いとは思うが、この1眼メーターがデザインモチーフとしているのはあのLFAである。

 さて、そんなIS 300h Fスポーツに乗って実際に走り出すと、あらゆる部分でストレスフリーなところに感心した。路面の凹凸をサラリといなし、突き上げ感などを感じることはない。それでいて決して応答性は悪くなく、こちらが求めたとおりに駆け抜けるのだ。Fスポーツには「NAVI・AI-AVS」という電子制御サスペンションが奢られているが、足まわりをスポーツ向けに引き締めることもなく、そういったテイストを感じられる。その一方、レクサス車の多くが装着している「ドライブモードセレクト」をSPORT S+にしてサスペンションを引き締めると、高い応答性を示すようになってハンドリングがスポーティに変化する。しかし、そんな状況下でも乗り心地に悪影響が出ないところに再度感心する。これこそボディー骨格を強固にした結果と言えるだろう。

馬車道商店街の石畳を走るIS 300h。凹凸のある路面でも不快さを感じさせない
ホイールベースの拡大でさらに重厚な走り味を演出

 ホイールベースを旧型より70mm伸ばすことで、ISのネックだったリアシートの居住性を高めたという新型。たしかにリアシートに座ってみると、膝まわりに余裕が生まれてゆったりしている。けれど、走りにダルさは出てない。むしろ長くなったホイールベースを武器に高速域の安定性を高め、さらに重厚な走り味を演出することに利用したとも感じられるのだ。パワートレイン系については力強さもまずまずで、SPORT S+モードを選択してパドルシフトを利用すると、アクセル操作に対する応答性はかなり良好。意図したとおりに加速することを可能としてくれる。ハイブリッド車であっても意のままに操れる官能性を身につけていることは、レクサスならではの魅力といったところではないだろうか。

V6エンジン車も捨てがたい魅力を持つ

 その後、脇を固めるIS 350やIS 250にも試乗してみたが、基本的な部分に関する考え方は変わらないといった感覚。Fスポーツと比べればバージョンLのほうがコンフォート志向であることは事実だが、走りが緩慢になりすぎることはない。ゆったりとくつろげる造りでもしっかり走る、これが新型ISの良いところだ。また、新型ISで最も尖っているのはIS 350のFスポーツであることも紛れもない事実。IS-Fに採用されていた8速ATを盛り込み、滑らかな発進加速とマニュアルミッションのようなダイレクトさを両立した独特な仕上がりを確立する。マニュアルモードでは最短0.2秒での変速を可能にするほどの俊敏さを持っている。

 さらに、IS 350 Fスポーツだけに採用する「レクサス・ダイナミック・ハンドリングシステム(LDH)」を装備。これはギア比可変ステアリングのVGRSと電動パワステ、後輪の切れ角を制御するDRSなどを統合制御するアイテムで、現行モデルのGSで初登場している。LDHを持つIS 350 Fスポーツはとにかく刺激的。ステアリングのわずかな操舵でクルマ全体がイン側に吸い寄せられるLDHの感覚は、違和感が少なく自然さも備わってきた。GSに搭載されたときはやや癖を感じたが、ISではそのような印象は薄い。

 IS 350とIS 250には「サウンドジェネレーター」を備え、吸気脈動を心地よく車内に響かせる演出もスポーティだ。ハイブリッドのIS 300hでは感じられなかったエンジン音や回転の滑らかさによる官能性はなかなかのもの。V6エンジン車の力強さ、心地良さも捨てがたい魅力だ。

ホットモデルのIS 350 Fスポーツでは、IS-Fに採用された8速AT、走りを統合制御するLDH、車内をスポーティーに演出するサウンドジェネレーターなどを装備。

レクサスとは「妥協なきクルマ」

 こうしてIS 350 Fスポーツに感心するところも多かったが、個人的に一番魅力的だと感じたのは、実はIS 250 バージョンLだった。LDHを持たず、さらにスポーツサスペンションはオプション設定というモデルだが、これがまた全てにおいて自然で心地良いのだ。ソフトな足が伸び縮みする過程が強固なボディーを経由し、どうにでもコントロールできそうだと感じさせる。ハンドリングにも癖がない。絶対的な速さはないものの、まるでスニーカーのように馴染む一体感に惹かれたのだ。

 こんな感覚になれたことこそ、新型ISの真骨頂と言えるのではないだろうか。無理に足まわりを引き締めたり、電子制御デバイスを突き詰めて頼るのではなく、ボディーをきちんと仕上げて走りを見つめ直したこと。これが、ベーシックなモデルでも持っている魅力を存分に味わえることに繋がったのだろう。

 表面的なルックスや豪華さだけを追求するのではなく、芯の部分まで突き詰める手法で走りを洗練させたISを感じた今なら「レクサスとは何か?」という問いに即答できる。それは“妥協なきクルマ”であると。

Photo:高橋 学

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。