インプレッション
メルセデス・ベンツ「E400 HYBRID」「E350 BlueTEC」「E63 AMG S 4MATIC」
Text by Photo:堤晋一(2013/7/4 00:00)
従来からメルセデス・ベンツの一部モデルに設定されていた「レーダーセーフティパッケージ」は、2種類のミリ波レーダーと単眼カメラにより車両の前方や後側方を監視することで、アクセルやブレーキなどの一部機能をアシストするセーフティデバイスだったが、新しくなったEクラスでは、フェーズ2とも言える新型「レーダーセーフティパッケージ」に進化した。
レーダーセーフティパッケージに含まれる多数の安全装備
システム上の大きな変更点は、自車周囲を監視するセンシングデバイスに「ステレオマルチパーパスカメラ(SMPC)」が追加されたことに加え、短距離ミリ波レーダーセンサーの周波数を使用制限があった24GHzから25GHzに換装したことだ。なかでも、SMPCの採用により衝突回避をアシストする「PRE-SAFEブレーキ」に歩行者検知機能が加わったことは、歩行者保護の観点からも非常に好ましい。歩行者を含む静止物に対しては72km/hまで働く(動体に対する作動速度範囲:7~200km/h)ほか、「PRE-SAFEブレーキ」本来の機能も強化され、例えば50km/h以下での走行時であれば、システムが生み出す警告ブレーキのみで衝突を回避するために十分な制動力が得られると言う。
奇しくもこの原稿を執筆している6月19日午前、いわゆる“狭義の無免許”運転者による死傷事故に端を発した「無免許運転」の罰則に対して衆議院で国会審議がなされた。罰則の是非論は非常に大切だが、それと同じくらい歩行者保護に役立つセーフティデバイスの普及促進も、周知していかなくてはならない重要な課題だと考えている。
ところで、国産・輸入車に限らず、このところのAEBS(Advanced Emergency Braking System)では、“何km/hから完全停止するのか?”といった一部の性能だけを切り取って評価する傾向があるが、これは時としてユーザーに誤解を生む危険性がある。そもそもAEBSをはじめとしたADAS(Advanced Driver Assistance Systems)は、ドライバーに対して迫りくる危険をいち早く知らせるデバイスであって、自動ブレーキありきのシステムではないからだ。
そういった意味で、メルセデス・ベンツの新型「レーダーセーフティパッケージ」の「PRE-SAFEブレーキ」は、先のとおり「50km/h以下であれば~十分な制動力」といった、ともすると“曖昧な表現”と受け取られかねない説明に終始しているが、これはドライバーから過信を遠ざけるための安全哲学だと言い換えることができる。設計上は止まれる速度であっても、路面μや気象状況により制動距離には大きな差が生まれることは周知の事実であることから、システムへの過剰な信頼を寄せないことがADASとの上手な付き合い方の第一歩だ。
さて、SMPCによる機能強化は「PRE-SAFEブレーキ」にとどまらず多岐に渡っているため、順を追って説明したい。
車両に危険が迫った場合にブレーキ圧力を高め緊急ブレーキに備える「BASプラス」には、前方を横切る車両や合流車両、さらには歩行者などを検知する「飛び出し検知機能」が追加された。これは、SMPCと2種類のミリ波レーダーセンサーにより飛び出しなどの状況が検知されると、警告音とウォーニングランプによりドライバーにブレーキ操作を促す機能だ。
全車速域で追従走行が可能な「ディストロニック・プラス」には、SMPCとミリ波レーダーの共演によるステアリングアシスト機能が追加された。これは車線の把握と道路の曲率検知に加え、追従している前車の動きをモニタリングすることで、前車が進路を変える動きに連動して「電動パワーステアリング(EPS)」を動かし軌跡をトレースする機能だ。クローズドコースでの体験では、40km/hで走行する前車を追従させてみたが、かなり正確にトレースすることが分かった。もっとも、低速域ではステアリングさばきに若干の粗さを残すものの、実際の使用環境である高速道路や自動車専用道路などでの速度域(概ね60km/h以上)で試してみると、一転してEPSにはスムーズさが加わり、長距離を移動する際の疲労軽減効果は高いと感じられた。なおメルセデス・ベンツ日本によると、システムがステアリングを操作できる転舵角は最大で90度程度だと言う。
前輪が車線を越えたことを検知して、ステアリングへの振動や車両片側のブレーキ介入(作動速度範囲:60~200km/h)を行う「アクティブレーンキーピングアシスト」は、従来の「レーダーセーフティパッケージ」にも採用されていたが、単眼カメラからSMPCとなり検知精度が高められた。
新型「レーダーセーフティパッケージ」の新たな機能である「リアCPA」は、マルチモードミリ波レーダー(短距離ミリ波レーダーセンサーと同じ25GHzだが別物)によって車両後方を監視する。自車に対して急接近してくる車両が現れると、第一段階としてストップランプやハザードランプを点滅させ後続車のドライバーに注意を促し、それでも追突が避けられないと判断された場合には、ブレーキ圧を高めて自車を極力とどまらせることで二次被害を軽減する。この時、従来からの「PRE-SAFE」機能であるシートポジションの適正化や全ウインドーのクローズ、電動シートベルトテンショナーの作動に加え、ヘッドレストに内蔵される「NECK-PRO」を機能させてむち打ち症状を軽減するなど、持てる機能をフル稼働させ乗員を保護する。
このほか、ドライバー支援システムとして装備される「アダプティブハイビームアシスト・プラス」は、SMPCにより対向車や先行車の把握がより正確にできるようになったことに加えて、ヘッドライトにシャッター機能を追加することで、きめ細やかな眩惑防止とハイビームによる広い照射範囲を両立させた。また、作動速度範囲も、従来の45km/h以上から30km/h以上へと拡大し実用性も向上させた。
現行A/Bクラスに採用されているステアリングに触れずに縦列駐車が可能な「アクティブパーキングアシスト」も進化し、ブレーキ操作に対してもシステムによる介入が加わった。これによりドライバーはアクセル&シフト操作のみで駐車することが可能だ。平坦や下り坂などの路面ではATのクリープ現象が活用できるため、アクセル操作要らずとなる瞬間もあり、自動制御されている感覚は一層強い。なお今回から、パークトロニックで使用する超音波センサーの数が増えたことにより、並列駐車にも対応するようになった。
レーダーセーフティパッケージ体験デモ
走りが活発的な「E400 HYBRID アヴァンギャルド」
セーフティデバイスだけが新型Eクラスのウリではない。ダウンサイジングエンジン以外にも、新しいパワートレーンが複数加わっている。その1つが「E400 HYBRID アヴァンギャルド」に搭載されるM276型3.5リッター直噴エンジン(306PS/37.7kgm)と電動モーター(27PS/25.5kgm)のハイブリッドユニットだ。
そもそもメルセデス・ベンツは、2009年に現行Sクラス(新型は年内導入か?)へ量産乗用車として世界で初めてリチウムイオンバッテリーを搭載したハイブリッドシステムを搭載していた経緯がある。スターターモーターやジェネレーターとしても機能するディスク形のモーターをエンジンと直結させたフライホイール一体型とシンプルな構成で、モーター単独走行はできなかった。
とは言えスペック的にはかなりもの。アトキンソンサイクル化されたM272型3.5リッターエンジン(279PS/35.7kgm)に電動モーター(20PS/16.3kgm)を組み合わせることで、299PS/52.0kgmを発揮し、約2tのボディーながら0-100km/h加速7.2秒と、11.2km/L(カタログ値)の燃費性能を両立していた。
今回、第二世代となったメルセデス・ベンツのハイブリッドシステムは、トルコン式AT搭載車(7Gトロニック・プラス)のハイブリット化としては一般的な1モーター2クラッチ方式を採用する。これにより、35km/hまでのモーター単独走行(エンジン停止状態)を可能とし、燃費数値も15.2km/Lと、同じくM276型エンジンを搭載する「E350 アヴァンギャルド」に対し、2.8km/L(対E300 アヴァンギャルドでは2.4km/L)ものアドバンテージを確保する。
とかくハイブリッドモデルでは優れた燃費性能を中心にリポートしがちだが、試乗会の現場が燃費計測にはいささか不利なステージであり、なおかつ時間の制約もあったため、頭を切り替えベースモデルである「E350 アヴァンギャルド」との違いを探り出すことに徹した。
すると想像通り、走りは非常に活発だった。ハイブリッド化されたことによる車両重量の増加は100kgだが、純粋に電動モーターのパワーが上乗せされたため、中間加速領域での力量感は排気量にして500cc以上分は大きくなっている。
その一方、1モーター2クラッチ方式が根本的に抱える、アクセル開度の大きな場面でのタイムラグが気になり、もどかしさを感じたのも事実。具体的には、クルージング状態からアクセル開度を一気に50%以上へと深くした場合、瞬間的にモーター出力が上昇しグンとボディーを押し出し、そのあと一瞬収束しつつ、再度加速体勢に移行するのだ。間がわるいことに、アクセル踏込時がエンジン停止状態と重なってしまうと、さらにライムラグが大きくなる傾向だった。
この現象をもう少し掘り下げる。0km/hスタートからのモーター単独走行は、SOC(State Of Charge)などの要因に左右されるものの、確かに35km/h程度までだが、動き出した後であれば状況次第で5速/60km/hでもエンジン停止状態でのモーター単独走行が可能だ。正確にはセーリング走行にも似た、回生モードに入るか入らないかを彷徨う微妙なアクセルワークを心掛けると、モーター単独走行モードに入ることが多いのだが、この瞬間にグッとアクセルを踏込むと先の症状に陥ってしまう。エンジン始動直前までのキャビンが平穏なだけに気になってしまった。また、年に数回しか行わないであろう0km/hからのアクセル全開加速時にしか発生しない限定的な症状だが、加速体勢へのタイムラグに加えて加速力そのものが大きく鈍る、もっといえば失速する瞬間があり、ギクシャクしてしまうシーンもあった。
とは言え、「E350 アヴァンギャルド」に18万円を上乗せするだけでハイブリッドモデルが手に入るのだ。名誉のために付け加えると、筆者のような重箱の隅をつつくような運転さえしなければ頻発しない事象である。また、今回は計測できなかったが、車載の瞬間燃費計から判断するに納得の燃費数値も記録することだろう。Eクラスのハイブリッドモデルを首を長くして楽しみにされていた方は多いと思うが、興味を持たれた方は積極的にディーラーでの試乗をおすすめしたい。
カタログ燃費値が楽しみな「E350 BlueTEC アヴァンギャルド」
クリーンディーゼルエンジンを搭載する「E350 BlueTEC アヴァンギャルド」も進化した。「ML350 BlueTec 4MATIC」とほぼ同じ出力特性に改められ、252PS/63.2kgm(M350は258PS/63.2kgm)と、41PS/8.2kgmほどパワーアップを果たしている。
BlueTECの魅力はハイトルクなエンジン特性だったが、従来型のM642型エンジンは、発進加速時に重要な1500rpm付近のトルクが少しだけ心許なかった。よって、滑らかな加速を得ようとすると、ターボの過給圧上昇に伴い右肩上がりとなる加速度に合わせて、気持ちアクセルの踏み込み量を減らす小技が必要だったのだ。新型はみごとにその流れが払拭され、得たい加速力をスタート時点から生み出すことができるようになった。
また、40km/hあたりからもう少し加速したい場面でも、アクセルにほんの少し力を加えるだけで、過給圧の上昇を待つことなくディーゼルエンジンが得意とするジワリジワリとした加速力が得られるため、周囲の交通状況に合わせやすくなったのところも美点だ。
カタログの燃費値は現時点(6月19日現在)では、認可のタイミングから発表されていないが、渋滞を伴った市街地を平均24km/h程度の流れで40分程度試乗した限りで13.6km/L、自動車専用道路での80km/h巡航では瞬間燃費計のバーが25km/Lに達することもめずらしくなく、最終的に18km程度の走行では18.9km/hをマークした。
所有する歓びに溢れる「E63 AMG S 4MATIC」
短時間ながらAMGモデルにも試乗した。「E63 AMG S 4MATIC」はその名が示す4輪駆動モデルであることに加え、従来から存在していた「AMGパフォーマンスパッケージ」以上の性能を標準装備として与えられた、真のハイパフォーマンスモデルだ。585PS/81.5kgmとベースとなる「E63 AMG」から、28PS/8.1kgmも上乗せされ、さらにLSD/AMGカーボンパッケージ/専用デザイン19インチホイール/専用インテリアなどがおごられている。
前後のトルク配分は33:67のFR寄りで固定。ESPの一部機能を活用して回頭性を高めるトルクベクトリングブレーキ機能との組み合わせにより、コーナー途中での車両安定性が格段に向上しているのが大きな特徴だ。
また、メルセデス・ベンツがラインアップするAMGの各モデルに共通して言えることながら、持てる性能の30%程度で流しているときでも、標準モデルとは次元の違う落ち着いた挙動に身を委ねることができることに加え、「E63」では「AMG RIDE CONTROLサスペンション」がもたらす、ジキルとハイド並みの両局面を同時に所有することのできる歓びにも溢れている。
これからはセンサーとの共同運転時代に突入
さて、2回に渡ってお届けした新型Eクラスのリポートだが、まさに正常進化のお手本とも言うべき部分をたくさん見つけることができた。SMPCを得て進化した新型「レーダーセーフティパッケージ」の性能もさることながら、メルセデス・ベンツが大切にしている“ドライバー優先の運転環境”にも共感できる。
ただ、「ディストロニック・プラス」に追加されたステアリングアシスト機能については、その利便性やドライバーの疲労軽減効果は素直に認めるものの、その性能をどれだけ正確に理解して活用するかによって、発生しうる事象が大きく違ってくるのでは……、という危惧もある。
巷では「Google自動運転カー」などの発表を追い風に、自動運転の世界がすぐそこまできているかのように報道する向きもある。確かにハードとしての完成度は限定的とは言いながら、現時点でもかなり高い。しかし、センサーそのものの周辺状況認識のズレや、センサー同士が通信しあう場合の匿名性について議論が進まないままの現状では、全自動運転車両の実現にはもう少し、時間がかかると見るべきではないかと考えている。
そのためにもまず、クルマを買い替える際にADASが選べるのであれば、ぜひとも装着してほしい。そして、電子の眼によるアシストを受けながら運転するという、これまで体感したことのない環境に1日も早く身体を馴染ませてもらいたい。遅かれ早かれ、センサーとの共同運転時代に突入することになるのだから。