インプレッション

トヨタ「86(ハチロク)」一部改良モデル

一部改良の変更内容をチェック!

 進化、一部改良、マイナーチェンジという言葉はなんだかワクワクする響きである。一体なにがよくなったのか? 速さは増したのか? クルマ好き、それもスポーツカー好きの人間からすれば、それはヨダレもののニュースといってよい。

 だが、自分の立場が“そのクルマのオーナー”となった場合、それはバットニュースになる。マイナーチェンジモデルの登場は、イコールで愛車が旧型になる瞬間なのだから。4月に発表(発売は6月2日)された「86(ハチロク)」の一部改良は、84回払いのマイカーローンがようやく残り70回に差し掛かった筆者にとって、涙なくしては語れない。いや、今にも目の前のモニターが霞んで見えなくなり、原稿が書けなくなる恐れも!? いずれにせよ、今回の取材は複雑な胸中で迎えることになったのである。

 けれども、いざ変更内容に耳を傾けてしっかり確認してみれば、進化したのは内装デザインとアンテナ形状、そしてショックアブソーバー&ボディーのボルト6本だけという。“その気になれば、旧型オーナーも即座にアップデートできるように考えた”というその内容からは、開発トップの多田哲哉氏の親心のようなものが感じられる。詳しい内容はコチラ(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140410_643687.html)をご覧頂きたい。

一部改良後の86 GT
ルーフ後方のラジオアンテナが、ポールタイプ(左)からシャークフィンタイプ(右)に変更。外観で新旧を見分ける大きなポイント
内装ではインパネの加飾パネルが、「Tメッシュ」カーボン調(左)からカーボン柄を強調したデザイン(右)に変更されている
今回の一部改良で注目されているフロントサスペンションメンバーとリアアブソーバーの取り付けボルト。2本並んだそれぞれの右側が旧型、左側が新型で使用されているボルトで、フランジの肉厚がアップしている
実際に車両に装着された取り付けボルト。旧型(左)はほとんどフランジが見えないが、厚さを増した新型(右)はしっかりと存在感を発揮

扱いやすく状況を選ばない“大人になった”乗り味

 試乗を許された富士スピードウェイのショートコースには新旧の86が用意されていた。まずは取材などで慣れ親しんできた旧型の86で乗り味を再確認。その後、一部改良後の新型をチェックしてみる。

 まず驚きを感じたのは、新型は走り出した瞬間からまるでパワーステアリングが変更されたかのようにスッキリとした操舵フィールが得られること。微操舵域から切り込み応答まで、一定した反力が得られるとでも言えばご理解いただけるだろうか? 旧型は微操舵域に不感帯領域があり、そこからもう少し切り込んだところから反力が立ち上がる。ごくわずかな部分だが、そんな違いをピットロード出口あたりですでに感じられるところが面白い。まるでラジコンカーのプラスチックベアリングをボールベアリングに変更したかのような滑らかさはたまらない魅力だ。この時点で「よいクルマになったなぁ」とニンマリできるのである。

 コースインと同時にフル加速に入ると、スロットルに対してリアタイヤが蹴り出す感覚が旧型とはまるで違うと感じられる。アクセル操作にすぐ反応するリア、そして明らかにトラクションが増していると思えるところも好感触だ。リアの沈み込み量はやや増した感覚もある。イメージとしては、ややBRZっぽいだろうか? これまでのリアが突っ張ったような乗り味はなくなり、しなやかさが明らかにアップ。たとえ縁石に乗り上げようともサラリといなすあたりは、進化というか大人になった部分である。ロッドガイドブッシュやオイルシール、さらにはオイル自体を変更してフリクションロスを徹底的に低減させ、減衰力設定も見直されたという新たなショーワ製ダンパーはかなり魅力的に映る。きっと一般道での乗り心地もよくなっていることだろう。

走り出した瞬間から旧型(左)からの進化は明白。フリクションロスを徹底的に低減したダンパーを採用する新型(右)は、一般道での乗り心地も向上していると予想する

 そしてなにより変化が現れているのは、限界時における車両の挙動変化だ。旧型はブレーキングからターンインのときに瞬間的にリアタイヤが滑る「スナップオーバーステア」が発生するので、そこに的確なカウンターステアを当てる必要があった。だが、新型はジワリとリアが発散しはじめ、そこからリアタイヤが滑り出していくから扱いやすい。86は発売当時からドリフトを意識していたが、その質もレベルも大幅に高まったというわけだ。

 ただ、リアがソフトな方向に改められ、トラクションから滑り出しの扱いやすさまで増している半面、ドリフト状態へと持ち込みにくくなったところもある。これはおそらくピッチングがやや大きくなり、フロント荷重が抜ける領域があるからだと見た。すなわち、ドライバーがブレーキングで積極的にフロント荷重を作らなければ、思うように曲げられないセッティングになったというわけだ。これはなにもドリフトに限った話ではなく、グリップ走行でも同じことが言える。イニシャルの状態からフロント側に荷重が乗ったようなセッティングで、リアを破綻させてでもグイグイ曲がる旧型と比べ、やや違う方向に進化しているのだ。

 シーンによっては旧型のほうが速く走れる状況があるかもしれない。しかし、これぞ市販車としての正常進化と言ってよい。ナーバスだけど速さがあるより、状況を選ばず穏やかに扱いやすいというほうが、どんなシーンでも楽しめるのだから。

リアの挙動が大きく変わり、タイヤの滑り出しなども扱いやすくなった。速さを求めるナーバスさは影を潜め、どんなシーンでも楽しめるよう正常進化

 新型の乗り味が穏やかすぎると感じる人には、新たにオプション設定されたザックス製のショックアブソーバーと18インチのタイヤ&ホイールの組み合わせがオススメ。これがラインアップされたことも、今回の一部改良のトピックだ。初期応答はキビキビ、けれども荷重を乗せていくとしなやかさが増すこのオプションパーツ装着車は、日常的なステアフィールからコーナーリングの限界領域まで、標準車の一段上をいく仕上がりが感じられる。

オプション設定のザックス製ショックアブソーバーとBBSの鍛造18インチアルミホイール装着車。標準車の一段上をいく仕上がり

 こうして初の一部改良を受けた86の全てを感じてみると、このクルマが目指している進化の方向性が見えてくる。それは決して速さではなく、操りやすさや官能性を大切にしているということだった。

 こうした進化を、旧型オーナーでも手に入れられるような仕組みで実現したことはすばらしいと思うが、その一方で、これは本当に多田氏が親心だけで行っているのだろうかと筆者は疑問を感じている。深読みしすぎかもしれないが、これは多田氏が仕掛けた「スポーツカーカルチャーの新たなる幕開け」ではないかと思えてしまうのだ。つまり、「クルマとは、こんな部品1つで走り味が大きく変化する」ということを、86を通じて体験する環境を整えたのではないかと……。

 86を進化させることに合わせて、日本のドライバーも育てようとしている。もしかしたら、多田氏の真の狙いはそこにあるのかもしれない。

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。

Photo:安田 剛