【インプレッション・リポート】
ホンダ「フリード スパイク」

Text by 岡本幸一郎


 2008年5月の登場からこれまで、フリードは月販平均約7000台をマークしており、2009年の登録車の販売ランキングにおいても8位という堂々たるポジションにつけている。ホンダ車で言うと、同2位のフィット、6位のステップワゴンに続くもので、ホンダの中でも看板車種の1台と位置づけられるにいたった。

 フィットやステップワゴンがこれだけ売れている上で、さらにフリードもこんなに売れるとは大したものだ。人気の要因としては、まずは手頃な価格とサイズがあるわけだが、3列シートでスライドドアのクルマが欲しいながらも、ダウンサイジングを図りたいというユーザーの支持を集めている側面は大きいのではないかと思う。

 そのフリードに新たに加わったのがスパイクだ。スパイクというのは、ご存知のとおり前作モビリオにも2列シートの若者向け仕様モデルとしてラインアップされていた。そしてフリードには、3列シートの7人乗りと8人乗りのほかに、実はすでにFLEXという2列シート&5人乗り仕様が存在している。ホンダとしては、そのFLEXがスパイクの代役というシナリオがあった。だからフリードの発売当初には、スパイクは予定になかったのだ。ところが当初より、FLEXでは物足らないという層からの、フリードにもスパイクを求める声は小さくなかったらしい。

 一方でホンダは、すでにストリームにも、ワゴン的な使い方のできる2列シート車を昨年夏に追加しているものの、コンパクトワゴンであるエアウェイブは今年8月いっぱいでの生産終了を発表したばかり。スパイクの追加は、このあたりの事情との関連も少なからずあってのことかもしれない……。

 さて、スパイクの外観はご覧のとおり。オリジナルのフリードとはフロントマスクの雰囲気がだいぶ違うのだが、ヘッドランプやグリル、バンパーだけでなく、実はフロントフェンダーも新たに起こされたものだ。筆者としては、ベース車よりもこちらのほうが押し出し感もあるし、スッキリしていて好みだ。

フリードスパイク Giエアロ(クールターコイズ・メタリック)フロントフェイスはグリルやバンパー、フェンダーまで意匠変更
リアクオーターウィンドー部

 一方、リアクオーターウィンドー部にはパネルカバーが施されているのだが、後付け感が強くてしっくりこない。開発陣の話では、この部分をどう処理するべきか、やはり少なからず議論があったらしいのだが、むしろアクセントとして活かすということになったそうだ。率直なところ、すぐにでもスムージングしたくなってしまうところだが、試乗会で展示されていた、全体的にドレスアップされた無限のデモカーを見ると、たしかにアクセントになっているような気もして、わるくなかった……。

 そして、カーゴルームの機能こそ、スパイクの存在意義そのものだ。まず、2列目シートの構造について。ステップワゴンのように、前倒しした背もたれといっしょにシート全体が跳ね上がるタンブルシートのベース車に対して、スパイクではワンモーションダイブダウンリアシートを採用している。これにより、使い勝手としては、床下格納されるフィットのウルトラシートに近い感覚となる。

1列目シート2列目シートはワンモーションダイブダウンリアシートを採用。座面が沈み込むことでフラットな荷室を実現する

 荷室長は、MAX状態でFLEXが1445mmなのに対し、スパイクでは助手席を後ろにスライドさせた状態でも1775mm、一番前にスライドさせると2015mmと、実に2mの大台を超えるスペースをつくりだすことができる。これは大きなポイントのひとつ。

荷室幅は1010mm。奥行きは5名乗車時で925mm、2列目シートを倒すと最大2015mm。成人男性が余裕で寝られるスペースだ

 さらに、反転フロアボードや、「リアサイドユーティリティ」と名付けた数々の収納スペースなど、FLEXにはない数々の特徴を持つ。スロープモードを駆使すれば、26インチの自転車もラクに積める。聞けば、開発責任者も自ら、自転車を積むなどいろいろなシチュエーションでどう感じるかを試し、その思いを実車に反映させたらしい。

 反転フロアボードは、高く持ち上げることなく、引きずる様な形で反転できるようになっているところもミソ。左右6:4分割のリアシートに合わせて、左右で大きさが違っており、向かって右側の小さいほうは軽く、左側の大きいほうは、女性や子どもにとってはちょっと重いかもしれないという印象。しかし、前述のように持ち上げる必要はないので、その重さを意識することはない。

反転フロアボードをひっくり返せば荷室高がアップ。フロアボードは引きずるようにすれば楽々ひっくり返すことができる
反転ボードは2列目シートと同じように6:4分割となっている。ひっくり返せばマウンテンバイクを車輪を付けたまま積載できる

 壁面の収納スペースは、停車時にはとても機能的に使えそうだが、ユーザーが荷物を積んだ状態のまま走るかもしれないことを考えると、もう少し置いたものが落ちないような工夫があったほうがよいかなという印象。そして惜しむらくは、電源がない……。最低でもDC12V、できればAC100V電源がラゲッジスペースに1個でもあると、ユーザーはもっと喜んだことだろう。

荷室壁面には収納スペースが設けられる
ランプや蓋付き収納などがある

 一方、2列目の変更の恩恵で、リアシート自体の作りもベース車より格段に向上している。シートのサイズが拡大されるとともに、Sバネを採用したことで、柔らかくフィット感のある座り心地となったと言う。さらに、ウレタン層を多く確保したことで、体圧を上手く分布させ、長時間でも快適に座れるようになっているとのことだ。

 実際に2列目にも乗ってみると、たしかに居心地、乗り心地がベース車よりもよくなっていることは体感できた。ただし、せっかく座面が大きくなっているのだが、成人男性として標準的な身長172cmの筆者が普通に座ると太腿の裏側が浮いてしまい、足を投げ出さないと接しない。ニースペースは十分に余裕があるのだが、足を投げ出すとフロントシート下の足入れ性がもう一歩で、もう少し高さが欲しいところではある。全7段階のリクライニングを操作すると、座面の角度も微妙に変わるのだが、だらっと座る感じのほうが適しているような設定と思われ、個人的には若干しっくりこなかった。

 とはいえ、女性や子どもなど、もっと小柄な人であれば、あまり問題なく座れるようではある。

2列目シートはリクライニングも可能座ってみるとニースペースは十分だが、つま先の入るスペースがあればなおよかった

 そして、いざ試乗。今回、ひさびさにフリードに乗ったのだが、視界のよさは相変わらず。近年のホンダ車は、Aピラーの形状が、死角を作らないよう工夫されているのだが、フリードももちろんそれが当てはまる。メーターがステアリングホイールよりも上にあるという独特の目線も、あらためて新鮮に感じる。

 そしてスパイクより採用された特徴的装備として、「後方視角支援ミラー」がある。これは、奥行きが約30cm~約2.2m、幅が約2.2mの部分を、通常のミラーと異なり正立像で確認することができるというものだが、けっこう画期的で、視認性もすこぶる良好。また、カーナビのモニターにカメラが捉えた映像を映すタイプよりも、進行方向と見る方向が同じになるという点でもスグレモノといえる。

インパネ。メーター位置やAピラーの形状など、視認性を考えた設計になっている後方視角支援ミラー。黄色の横線がおよその車幅を示す
広々としたスカイルーフ。後席からの視界も良好

 走りのフィーリングは基本的にベース車と同じ。ただし、微妙な部分で最適化を図ったとのことらしく、それによるベース車との違いらしきものは、注意深く乗ると感じ取れた。具体的には、フロントはマスクが変わったことで、骨格の剛性も変わっているため、若干の補強を加えたらしく、それがよい方向に作用しているように感じられた。足まわりは、ベース車ではもう少しコーナリング時につっぱった印象があったところが、いくぶんしなやかなロール感になった。やや跳ねるような動きが見られた部分も、心なしか薄れている。

 エアロの15インチ車と、標準の14インチ車に乗ったのだが、乗り心地の印象はタイヤの数字のとおり。14インチ車のほうが、とくに後席の乗り心地はだいぶよい。

14インチと15インチのモデルを試乗した

 ちなみに、フリードの前身であるモビリオに比べると、全体がスクエアではなく、いくぶん曲面を多用したボディー形状によるものか、横風安定性もだいぶ違う。また、電動パワステにブラシレスモーターを用いているし、フロントのキャスターを大幅に寝かせるなどして、フットワークの印象は激変。ステアリングフィールはスッキリとしているし、コーナリング時のフロントタイヤの接地感も高い。

 ただし、ホンダの小型車には、電動パワステの中立付近に曖昧なアソビがあって、直進性が定まらないものが多く、その症状がフリードにも見受けられた点は相変わらず。これは出ているクルマと出ていないクルマがあるので、部品のバラツキが原因ではないかと思う。

 エンジンは、1.5リッターのみで、CVTが組み合わされるのはフリードと同じ。この組み合わせは、おそらくCVTとしては日本最良レベル。ダイレクト感があるので、あまり不用意に「踏みすぎ」を起こさない運転となり、結果的に実燃費がよくなるという点でも評価できる。

 そんなスパイクは、発売後1カ月たらずで月販目標の4倍となる1万台超を受注したとのリリースが出された。このクルマへのニーズがそれなりに小さくないことを十分に知らしめた。まずは上々の滑り出しと言えるだろう。一方で、フィットのような定番商品となり、安定したニーズがあり続けるかどうかは未知数ではある。

 しかしながら目先を変えてみると、本当は2列で十分でも、「いざというときのために、とりあえず3列」と考える人が多いがゆえに、これほどミニバンが支持されるようになったという流れがある。フリードの本質的な部分として、“小さいながらも3列のシートがある”ことが最大のウリだったのに、2列シートになったというのが、どう受け取られるのか? もともと3列シートであったところから3列目を取り去ったFLEXは、「引き算」のクルマかもしれない。

 しかしスパイクには、足し算=付加価値の付いた部分がいくつもある。また、一般的なミニバンでは、「いざというとき」に、単に「あと2人乗れる」にすぎないのだが、スパイクであればもっといろいろなことに使えて、クルマを使ってできることの可能性がずっと広くなり、「いざとなれば、こんなこともできる!」になるわけだ。今一度自分が本当に3列目が必要なのかを考えてみると、こんなクルマが身近にあることで、人生はもっと楽しいものになるような気がしてきた……。

2010年 10月 15日