【インプレッション・リポート】 STI「WRX STI ts」 |
マイナーチェンジを機に、「WRX STI」のカタログやWebから「インプレッサ」の表記が消えていることにお気づきだろうか? 日産GT-Rのように車種としてスカイラインから独立したわけではなく、インプレッサの一員であることには変わらないが、イメージ的に「インプレッサ」と付くのは大人しいほうで、速いほうはインプレッサを付けず、「WRX STI」とすることになったらしい。
それはさておき、マイナーチェンジし、セダンが追加されてからというもの、WRX STIの売れ行きはなかなかのものらしい。といっても大衆車のように売れるわけではないが、こんな時代にもかかわらず、予想を上回る数字を達成していると言うのだ。こうしたクルマが売れるというのは、いちクルマ好きとしても実に勇気づけられる話だが、セダンの追加はもちろん、ATのA-Lineが選べるのも大きな要因だろう。
そして、スバルの高性能モデルというと、これまでも量産車では飽き足らないファンに向けた限定車が、スバルとSTIの双方からたびたびラインアップされてきたのはご存知のとおり。現行インプレッサになってからも、20周年記念や、spec C、そしてR205も記憶に新しいところだが、セダンが追加されたことに色めきたって半年たらず、WRX STIにも待望のtSが、STI(スバルテクニカインターナショナル)から登場した。tSとしては、レガシィ、フォレスターに次ぐ3台目。発表は昨年末だが、発売は2月25日からとなる。車名の表記は、こちらもやはり、2リッターターボと6速MTを積むMTモデルが「WRX STI tS」、2.5リッターターボと5速ATを積むATモデルが「WRX STI A-Line tS」である。
WRX STI tSのエクステリア。MTモデルもA-Lineも共通で小ぶりのリアスポイラーが付く |
同車の最大の特徴はカーボンルーフの採用だ。インプレッサというと、かつて薄板ルーフを手がけていたことも記憶しているが、開発陣に聞くと「薄板よりもさらに軽量化を図るには材料置換しかない」との考えと、「ボディー剛性というのは、やみくもに高ければよいわけではなく、ある程度は動いたほうがクルマの動きがよくなる」との考えから、いろいろなアイデアのある中での一環としてカーボンルーフの研究を始めたと言う。それが2005年初頭のことで、つまりフルモデルチェンジ前のGDB型の時代の話。その研究による成果をもとに、現行GRB型にて量産を意識した開発が進められ、それを具現化したものが、2009年の東京モーターショーの場で披露された。そして、今回のtSにおいて、それがついに実用化されたわけだ。
ところで、同車にカーボンルーフを採用した目的というのは、GDB型での薄板ルーフのように、モータースポーツにおける戦闘力の向上のためではない。それについて開発陣は、一番は新しい技術を使ったものを量産車として世に出すことで、見た目で直感させる外観の差別化、プレミアム性の表現にあると語った。さらには、車体剛性の最適化により走行性能をより高めること、もうひとつは軽量化による燃費向上にも寄与する、環境対応技術への新しい材料へのチャレンジなど、思惑はいろいろあってのことだと言う。
ちなみに、カーボンをルーフの形に成型して特殊クリア塗装するところまでが東レの仕事で、車両に装着するのは富士重工業の担当。その他のパーツの装着はSTIにて行われる。カーボンルーフにより、重心は2.1mm、アルミ化したボンネットを加えると3.9mm下がるとのこと。さらに、車高を5mmローダウンしているので、重心の移動量としては、ベース車に対し10mm近くになることになる。大きくはないが、小さくもない数字だ。
スバルの量産車としては初のカーボンルーフ。東レとの共同開発によるもの | フチを袋形状とすることで固定を可能としている。カーボンはドライカーボンで表面にはUVカットの塗料を塗ることで耐久性を向上している | |
ベース車のspec.Cと同様のアルミ製ボンネット | 軽量化のためボンネット裏の防音材などはない |
試乗の機会を得たのは、伊豆の修善寺サイクルスポーツセンター。サーキットというよりも、ペースが高めのワインディングというイメージのクローズドコースだ。MTとA-Lineの両方をドライブすることができた。ちなみにベース車ではMTのWRX STIとATのA-Lineでは、サスペンションセッティングが差別化されているのだが、tSでは共通とされている。その理由をドライブしてすぐに理解することができた。乗り心地がとても快適なのだ。
2010年夏のマイナーチェンジで、WRX STIの乗り味が、それ以前に対して激変したのは、すでにお伝えしているとおり。マイナーチェンジ前の乗り味は、ハイパフォーマンスカーながら、快適性や安定感を意識したセッティングとされていて、その目的は達成されていたものの、スポーツカー的な面白味は薄れたように感じられた。ところが、マイナーチェンジ後は、かなりピュアスポーツ的な乗り味になり、半面、快適性は少々犠牲になったという印象だった。と言っても、許せないほどガチガチになったわけではなく、マイナーチェンジ前に比べると、乗り心地は固くなり、ハーシュネスも増したという感じだったのだが、全体の乗り味としては、筆者は運動神経のよいマイナーチェンジ後のほうが好みだった。そして、足まわりが固くなった印象が、A-LineよりもMTのほうが大きかった。それでも、WRX STIというキャラクターのクルマであれば、このほうがよいと思ったし、MTよりもA-Lineがマイルドにされたことも見識だと感じていた。
ところが今回、tSに乗ってまず驚いたのが、とても乗り心地がよいことだ。だからMTとA-Lineを差別化する必要がないわけだ。乗り心地がよく、足がしなやかに動いてタイヤを路面に追従させる、とても上質な乗り味を手に入れていたのだ。しかも、マイナーチェンジで上がった運動神経を損なうことなく、応答性はよりシャープさを増した。ベース車ではやや曖昧な印象のある、微少舵領域での反応も把握しやすい。行きたいと思った方向に、イメージしたとおりに行ける感覚がある。
タイヤはRE050を装着する |
タイヤについても、spec CのRE070に頼るのではなく、快適性を重視し、あえてグリップレベルでは下回るRE050を履かせたとのことだが、たしかにこのタイヤを理想的に使いこなしたという印象を受けた。ただし、これほど足まわりがよくできていると、これでRE070を履かせたらどんな走りになるのかも興味深いところではある……。
重心の低下および車体の上端側が軽くなった恩恵は、素早く転舵したときの即答性につながっているようで、ノーマルルーフ車に比べていくぶん軽快な感覚になっている。どこまでがカーボンルーフで、どこからが追加パーツの効果なのか区別はできないものの、とにかくドライブした印象は素晴らしいの一言につきるものだった。カーボンルーフ化の恩恵は、数値では表せないところに何かがあるのだろう。
スプリングレートはR205と同じ、減衰力はR205以上とのことでロール剛性はとても高いが、不快な突き上げはない |
エンジンは、MTのほうがスペックでは上回るが、排気量が500cc大きく、低回転域でのトルク特性に優れるA-Lineのほうが、このコースでは走りやすかった。実際、同試乗会ではA-Lineのほうが好みという人が多かったようだ。ただし、筆者としては、ピークパワーが大きく、さらにはDCCDをいろいろいじって楽しめるMTのほうが、やはり好みだ。
MTモデルには2リッターターボエンジンを搭載。ECUはspec.Cと同様のセッティング | MTモデルのタービンは、spec Cと同じボールベアリングターボを装備 | A-Lineは通常のA-Lineと同様の2.5リッターターボエンジンを搭載 |
インテリアは、STIの限定車らしく、ブラックで統一されていて、レッドのステッチが配されている。ノーマルに比べると、とても精悍で、よい雰囲気を醸し出しているように思うものの、インストルメントパネルなどは、価格が500万円に届こうかというクルマとしては、もう少し質感が欲しいところではある。
インテリアはルーフやトリムまでブラックで統一。ステアリングやシートには赤ステッチが施された専用内装となる。レカロシートはMTモデルに標準、A-Lineではオプションとなる |
ボディーカラーも、おなじみの4色が用意されている。個人的には、WRブルーもそうだが、ホワイトパールがけっこう似合うような気がした。ブラックにすると、せっかくのカーボンルーフが目立たなくなるところがちょっと残念か……。
また、エクステリアでは、リアスポイラーが小ぶりなものなのだが、派手なウイングも、オプションでよいから選べるようにしてくれるとありがたいのにと思う。
このクルマに触れて、欧州のAMGやMなどが手がけた、市販車ベースのコンプリートハイパフォーマンスカーと重なるものを感じた。彼の地のそれらは、快適性と運動性能、さらには視聴覚的に情感に訴えるものなど、本当に見事にバランスさせており、同じ境地を目指すクルマにとってお手本となる部分が多い。そしてこのクルマに、似たような雰囲気を感じた。WRX STIはベース車も強烈なクルマで魅力的だが、コスト制約からも解き放たれ、理想を追求した姿が、そこにはあった。価格はそれなりに高いが、得られるものも大きいのは、いつもながらSTIの送り出すコンプリートカーらしい。
受注期間は2011年3月14日までで、限定400台の販売となる。
■インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/
2011年 1月 28日