【インプレッション・リポート】
アウディ「R8 etron」「Q5ハイブリッド」「A1 e-tron」

Text by 河村康彦


 自動車を取り巻く環境問題への対応≒CO2の大幅削減を目的とした「電動化」への世界的ムーブメントは、その勢いを増しこそすれ、もはや止まることはあり得ない。そんな動きを、世界でいち早く現実のモノとして示したのは、ほかならぬ我らが日本のトヨタ「プリウス」だった。

 「21世紀に間に合いました」のコピーとともに1997年末に初代モデルが発売されたこのモデルこそ、一般のユーザー現実的な価格時期や台数の制限なくいつでも手に入れることのできる「駆動用モーターを備えた世界で初めての量販自動車」だ。

 このモデルの発売を知って、早々に手に入れたのはかく言う自分。そのお陰で、モーターパワーによって無音の状態から想像以上に力強くスタートするという、電気自動車を初体験した人が異口同音に語る“感動”を、今から13年も前に身をもって知ることができたのは幸いだった。

 そんなプリウスを筆頭とした、トヨタの積極的なハイブリッド車戦略や、ライバルの独走を許すまじとそれに追従するホンダの頑張りなどによって、日本はこれまで“自動車の電動化先進国”としての立場をキープしてきた。電動化技術では日本車が最先端──そうしたイメージは、このようなプロセスを経て作られてきたと言ってよいだろう。

 しかし、そうした電動化に対する取り組みは、今や日本だけには留まっていない。世界のマーケットで急速に強化されつつあるCO2排出量の削減という課題への対応は、「もはやエンジンを改良するだけではクリアできない」というのが各自動車メーカーの共通の認識になりつつあるからだ。

 そんなタイミングで、アウディが自動車電動化に対する話題全般を扱ったワークショップを、本社を構えるドイツ南部のインゴルシュタットで開催した。「TechDay Electromobility」とタイトルが与えられたこのイベントは、同社がすでに開発済みの電動化モデルの試乗と、数週間前にオープンしたばかりという電動化技術の開発中枢施設のお披露目という、主に2つから成るもの。そして、このイベントの中で明らかにされた様々な内容は、「電動化が図れないメーカーはいずれ淘汰される」と自らそう断言するアウディの“本気度”の高さを、強く印象づけるものとなった。

R8 e-tron

EVスーパースポーツ「R8 e-tron」
 ミュンヘンの空港から、日本でも発売されたばかりの新型A8のリアシートに乗せられてアウトバーンを飛ばすこと30分ほど。到着したのは、まだ完成したばかりというアウディが運営する競技場脇の、このイベントのための特設会場。ここをベースにテストドライブを行うというのが、まずは最初のプログラム。

 そこに用意された電動化モデルは、2009年のフランクフルトショーで衝撃のデビューを飾ったR8ベースの「e-tron」(イートロン)。2010年のジュネーブショーに出展されて話題を集めた「A1 e-tron」。そして、すでに2011年中の発売が発表されている「Q5ハイブリッド」という3台だ。

 「こちらはショーのための“お化粧”で着飾ったもの」という真っ赤なボディーの展示用モデルを横目に、まず乗り込んだのはR8のe-tron。すでにこのモデルは、2012年後半の発売を表明済み。単なるコンセプト・モデルには留まらないというわけだ。

 ベースのガソリン・モデル同様、アルミ・スペースフレーム技術の活用で「スチールボディーで構築するよりも200kgほどは軽い」という車両重量はちょうど1.6t。そのうち550kg分は駆動用のリチウムイオン・バッテリーで占められるという。

 大容量の電池に溜められたエネルギーを、合計で313PS相当となる各輪当たり1基、すなわち4基のモーターで贅沢に使いつつ駆動力を得るこのモデルの加速力は、0-100km/h加速がわずかに4.8秒というのが公表値。ちなみに、フル加速のシーンでいかに大量の電力を消費しても、それを再生可能エネルギーで発生させる限りは「ゼロCO2」を謳うことができるのが、最近各社がこぞって「EVスーパースポーツカー」に手を染める大きな理由であるのは間違いない。

 実際、R8 e-tronも無音状態からのアクセルひと踏みで、強烈な加速力を味わわせてくれた。ほんの1km少々という短かい設定コースの中では、ハンドリングの詳細などをチェックする余裕はなかったが、そのあたりについてはすでにガソリン・モデルが高評価を得ているR8だけに、いよいよ発売が楽しみになる次世代スポーツカーがこのモデルというわけだ。

 

Q5 ハイブリッド

“現実的”な「Q5 ハイブリッド」
 一方、R8 e-tronからQ5ハイブリッドに乗り換えると、すでに日本で様々なハイブリッド・モデルに乗り慣れている身にとっては、よくも悪くもかなり“現実的”な雰囲気。もはや特に驚くべき感動や感激を受けるものではないという事実が、逆に印象に残るものでもあった。

 エンジン縦置きレイアウトのオーソドックスなパワートレーンから、AT用のトルクコンバーターを省略する一方、その空いたスペースに電気モーターを挿入。さらに“上流”と“下流”にクラッチを配することで、EV走行中のエンジン停止を可能にする――そんなパラレルハイブリッド・システムのデザインは、日産から発売されたフーガ・ハイブリッドのそれと近似したものだ。

 「構造がシンプルで汎用性が高いのがこの方式の特長」というのも、アウディと日産が口を揃えて語るフレーズ。ちなみに、エンジンとモーター間を断続させるクラッチが、独シェフラー製というのも共通スペックだ。

 最高211PSを発する2リッターのターボ付き直噴V6エンジンと、45PSを発するモーターの組み合わせによる、180KW(245PS)相当のシステム最高出力と480Nm相当のシステム最大トルクを備えるこのモデルの動力性能は、7.1秒という0-100km/h加速のデータも示すように、十分活発なもの。

 ただし、最高100km/hまでの速度をカバーするEVモード走行からエンジン走行モードへの切り替わりの際、時にショックが発生する点は気になった。エンジン停止を行う1モーター方式ゆえの制御の難しさと想像できるが、ここは今一歩のリファインを望みたくなる部分だ。

Q5ハイブリッドのパワートレーン
Q5ハイブリッドのトランスミッション。奥にモーターが入るQ5ハイブリッドのリチウムイオンバッテリーバッテリーの冷却装置
Q5ハイブリッドのコクピット

 

A1 e-tron

完成度の高い「A1 e-tron」
 そんな今回の試乗車の中で、個人的に最も惹かれたのは実はA1 e-tron。構造的には、駆動力は常に電気モーターによって発生させるシリーズ・ハイブリッド方式。しかし、航続距離を伸ばすための発電用エンジンを搭載しつつも、やはり同様のシボレー・ボルトと同じく「あくまでも電気自動車」を謳うこのモデルは、今のところ発売は未定としながらも、すでにこの状態で市販してもよいのではと思える、極めて高い完成度を味わわせてくれたのだ。

 EVの大きな課題の1つは、現在最高の性能を持つとされるリチウムイオン電池が、極めて高価で重いこと。そこでこのモデルが選んだのは、搭載電池の容量を「セカンドカーとして使われるシーンの中で不足の無い量」とする割り切り。

 具体的には、EV走行レンジは50km程度までとし、そこから先はリアのラゲッジフロア下に発電機とセットで搭載した、排気量254ccの1ローター・ロータリーエンジンを作動させることで、最大200kmの走行距離を上乗せしようというものだ。

 このモデルでの驚きは、ロータリー・エンジンが回りだしたシーン。搭載位置が後方ということもあってか、その作動音は極めて静か。というよりも、エンジンの作動と停止は「走行中であれば気が付かないほど」のスムーズさだったのだ。

 加えて、ステアリング・フィールやフットワークのテイストなど、A1というモデルが本来備えていると思われる美点が、一切損なわれていないことにも感心した。端的に言って、「これなら欲しい!」と個人的に最も強く思えたのが、このモデル。

 実は、発電機と一体化された、重量がわずかに65kgにまとめられたロータリー・エンジンは「AVL」というパワートレイン・エンジニアリング会社の作品。しかし、ロータリー・エンジンならではの「静かでスムーズで軽量コンパクトという特長は、まだこうしたところに生かせる余地があったのか!」と、そんなことを感じさせてくれた点でも、このA1 e-tronは大いに興味を引く存在となったのだ。

A1 e-tronのメカニズム。フロントにモーター、床下にリチウムイオンバッテリー、リアに発電モジュールを搭載する
A1 e-tronのロータリー・エンジンフロントにはモーターのみ積まれる

 

今や日本も安泰ではない
 テストドライブの終了後に昼食を挟んで訪れたのが、本社の研究開発部門の一角にオープンしたばかりのパワートレイン・センター。1億2500万ユーロという巨費が投じられたこの施設は、アウディの電動化技術の研究・開発から、発売に向けての許認可業務までを担当する、まさに中枢というべきもの。カメラや携帯電話をロッカーへと預けたうえで入館が許されたこのセンター内部は、当然ながらこれまでの自動車開発現場のそれとは異なる光景が広がっていた。様々な配線が行き交い、多数の計測機器や試験リグが並ぶ姿は、さながら電子メーカーの開発現場のようでもあるのだ。

 そうした中で目を引いたのは、駆動用バッテリーに様々な負荷や温度環境の変化などを与えながら、その性能劣化や変化を測定するための大きな試験リグ。「電池開発をはじめとする化学分野には手を染めるつもりはない」というアウディながら、電池の制御はノウハウであるために、その特性を知ることは自動車メーカーとしても重要というのがそんな異分野にまで手を出す理由であるという。

 こうして、現時点での成果を目の当たりにし、担当エンジニアから話を聞けば聞くほどに、アウディの電動化に対する意気込みは強く印象に残ることになった。それは、今や日本のメーカーもトップランナーとして安泰ではいられない、ということを意味してもいる。自動車の開発競争は、電動化という局面を迎えてますますその激しさを増して行きそうだ。


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http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 2月 4日