【インプレッション・リポート】 フォルクスワーゲン「XL1」 |
1Lの燃料で100kmの距離を走り切る──そんな夢のような性能を持つクルマの開発に挑戦した男がいる。それは、決して“街の研究家”などではない。誰もが知る大きな自動車メーカーの、重要なポジションを担う人物だ。
その人の名はフェルディナント・ピエヒ。ポルシェやアウディでエンジニアとして名を馳せた後、フォルクスーワーゲンの社長に就任。現在でも同社の監査役会長を務める氏が、実はポルシェ創業者の孫でもあるというのは、つとに有名だ。
そんな人物が、アウトバーンを含む一般の道、約230kmの距離を自走して話題を集めたのは2002年春。一線は退いたとはいえ、まだまだエンジニア魂を持ち続けていたピエヒ氏は、本社工場のあるウォルフスブルグから株主総会が開催されるハンブルグまでの行程を、何とも奇妙なキャノピー・ハッチドアを持つ、タンデム2シーターの超コンパクトなコンセプトカーで、自らステアリングを握って走り切ったのだ。
車両重量わずかに290kg。CFRP製ボディーを採用し、4輪車としては有り得ないほどの軽量ぶりを達成したこのモデルは、リアシート背後に搭載する299ccの直噴単気筒ディーゼル・エンジンで、前出区間をたったの2.1Lの軽油を消費するのみで走り切った。
欧州式表記では0.99L/100kmとされる燃費の“カタログ・データ”は、日本式に換算すれば101km/Lという値。名付けられた車名の「1リッターカー」も、もちろんそんな圧倒的に優れた燃費性能に由来をしているわけだ。
ピエヒ社長(当時。現在は会長)自らドライブした「1リッターカー」 |
あれからおよそ9年。フォルクスワーゲンでは、そんなかつてのコンセプトカーが決して“絵に描いた餅”ではなかった事を証明するかのように、際立つ低燃費をマークする2シーターのコンパクトカーを、改めて披露した。2011年のカタール・モーターショーの場でアンヴェイルをされたのは「XL1」を名乗るモデル。それは、前出1リッターカーのDNAを色濃く受け継いだ、純粋なる後継車だ。
ちなみに、フォルクスワーゲングループ以外は殆ど“スルー”を決め込んだほどローカルな、しかも産油国で開催されるモーターショーをこのユニークなコンセプトカーの世界発表の場として選んだのは、この国の政府系ファンドであるカタール投資庁がフォルクスワーゲン株式の17%を持っているという事実と、深く関係があるに違いない。
実際、このショーでポルシェやランボルギーニなども含め、フォルクスワーゲングループに属する各ブランドのブースだけは、大きな国際ショーもかくやの華やかさだった。人口わずかに140万人と少々というこの中東の小国は、「2018年までにグループ全体で世界一の規模の自動車メーカーになる」と宣言して久しいフォルクスワーゲンにとっては、極めて重要な地という事になるのだ。
いかにも今の時代背景を映し出すかのように、9年前にデビューした1リッターカーと大きく異なるXL1の1つの特徴は、シート背後にレイアウトをされたパワーユニットに、今度はハイブリッド・システムを採用した点にある。そしてXL1には、実はすでにその“出典”が存在してもいた。2009年のフランクフルト・モーターショーに展示された、「L1」がそれだ。
L1 |
2気筒ディーゼルエンジンとモーターのハイブリッドシステムは、ミッドシップに搭載される |
800ccの2気筒ディーゼル・エンジンに、クラッチを介して電気モーターを直列レイアウトしたハイブリッド・システム──XL1に採用されたそんなパワーユニットは、実はすでにこのL1の時点で基本構成が確立されていたもの。
ただし、XL1が外部充電を可能とするプラグイン方式に対応したのは、L1からの代表的な進化点だ。これにより、フル充電状態では当初の35kmの区間で、エンジンを始動する必要のないEV走行が可能としている。
11.9秒と発表された0-100km/h加速時や、「走行安定性確保の観点からそこでリミッターを作動させている」という160km/hという最高速をマークする際などは、前述EVモードでの走行中もバッテリーからの持ち出し電力を用い、最高20kWを発するモーターパワーに48PSを発するエンジンパワーを上乗せする。ハイブリッド・システム全体としての発生可能最大トルクは140Nmと発表され、これはおおよそ自然吸気の1.4リッター・ガソリンエンジンに相当する実力と考えられる。
パワーパックをシート背後に置くミッドシップ方式は、「空気抵抗を極限まで下げるボディーフォルムのためには必須のレイアウトだった」とは開発担当エンジニアの弁。
ただし、前出の1リッターカーやL1が前面投影面積を最小とするべく採用した、2席を縦に並べるタンデム2シーターのレイアウトは、XL1ではオーソドックスな横並びタイプに改められた。その理由は、「車内コミュニケーションを円滑に行うためには、こちらの方が好ましいと判断したため」との事。ただし、2席を前後にずらしたのは、スマート・フォーツー同様に限られた室内幅の中で2人の肩口が触れ合うのを避けるためであると同時に、「パッセンジャーをダッシュボードから遠くに置くことで、そのエアバッグを不要とし、軽量化を推進する意味もある」というのが何とも興味深い。
XL1 |
ドアミラーの代わりに装備されたリアビューカメラ |
「ランボルギーニ・ガヤルド・スパイダーと同等」という地を這うような低い全高の中で、優れた乗降性を確保するためにルーフ部分までが開口部とされた“ウイングドア”を跳ね上げて、XL1のドライバーズ・シートへと腰を降ろす。驚いたのは、コンセプトカーではありつつもシートやダッシュボード、ドアトリムなどの質感が、このまま市販化しても何ら不思議ではないと思えるほどに高かったこと。空気抵抗低減のためドアミラーが省かれ、代わりにリアビュー・モニターが左右ドアトリム前方に設置されているが、ルームミラーが存在しない事もあって後方の確認には慣れが必要。が、それを除けばエアコンやナビゲーション・システムまで“標準装備”としたインテリアは、「量産化をかなり意識しているな」と感じられる仕上がりぶりだ。
キャビン空間は当然タイト。特に、頭上空間はやはりミニマムで、もしも市販化されるとすればここにはもう1度見直しが必要かもしれない。けれどもそれ以外は、大人2人が乗り込んでもそれなりの余裕が感じられる。そもそもフォルクスワーゲンでは、当初からこのシリーズは短距離移動用のセカンドカー需要を目指したものと明言しているのだ。より広い空間を求めてボディーサイズが大型化するのでは、確かに本末転倒だろう。
バッテリーの充電残量がまだ十分に残っていたテストドライブの段階では、EV走行がメインになった。ある程度以上の加速力を得ようとアクセルペダルを大きく踏み込むとエンジンが始動し、背後からディーゼル・エンジン特有のノイズが明確に耳に届く。が、慣れればそんなエンジン始動の気配を予測して、“その直前”までのエンジンを始動させない範囲でEV走行を続けていくのもそう難しくない。
そんなEVモード走行中でも7速DCTが巧みな変速を行うこともあり、日常必要とされる緩加速シーンではエンジンパワーに頼らなくてもOK。一方、それを超えた加速力を必要とする走行パターンでは、かなり頻繁にエンジンが始動と停止を繰り返すが、前述のように始動時のノイズは明確なもののそれに伴う振動やショックは意外にも余り気にならない。
車両重量が軽く、前輪荷重も小さいことから、ステアリングやブレーキにはパワーアシスト機構が与えられていないが、逆にそれもあってかそのドライブ・フィールは操作に対してとても忠実だ。地上高が低いことも手伝って、走りのテイスト全般はなかなかスポーティ。
加えて、CFRP製のボディーは剛性感が非常に高く、振動を瞬時に減衰させてしまうので、その乗り心地は、覚悟していたよりは遥かに優れている。すなわち、XL1の走りの質感は、おもちゃのような外観から察するよりも遥かに上質、高品位であるというのが結論だ。
短時間のテストトライブゆえ、今回は肝心の燃費は測定できなかった。
が、そうは言っても0.9L/100km、すなわち111.1km/Lという燃費データと24g/kmというCO2排出量を公言するこのモデル、仮に“ハナシ半分”としても50km/Lをオーバーとなれば、それが「常識破りのスーパー・エコカー」ということは、誰にでも納得できるだろう。
そんなXL1で興味深いのは、このモデルが単なるコンセプト・モデルには留まらず、近未来に一般市販化される可能性が極めて濃厚であるということ。それは、搭載する800ccのエンジンが、「すでに量販されている1.6リッター・ユニットを“半分”にした」ものである点や、新技術の採用によってCFRP製ボディーの生産コストを「従来のわずか2割相当にした」といったコメントなどから推測できる。
いずれにしても、すでに現状のラインナップを見ても昨今のフォルクスワーゲングループが掲げる燃費の向上=CO2の低減への取り組みは「本当のホンモノ」というのが実感。すなわち、XL1というのはそうした今のフォルクスワーゲン車が目指す方向を、強く象徴する1台でもあるということなのだ。
■インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/
2011年 5月 6日