【インプレッション・リポート】 スズキ「MRワゴン」 |
「MR」という言葉を聞くと、クルマに興味のある人は「ミッドシップ・リアドライブ」をイメージするかもしれない。スズキが手がけた最初の「MRワゴン」も、まさにミッドシップのコンセプトカーだった。
しかし、2001年12月に発売されたMRワゴンの市販版はミッドシップレイアウトではなく、当時のワゴンRのFFプラットフォームをベースとしていた。それでも、実際にミッドシップだった初代エスティマを彷彿とさせるモノフォルムボディーを見るにつけ、「MR」を名乗るのもまあ納得、という感じではあった。
ところが、2006年に登場した2代目モデルはいきなり「ママワゴン」に路線変更。「MR」は「マジカルリラックス」を意味するという開き直りに、少々とまどったものだ。筆者としてはお気に入りだった初代のコンセプトの続きが見たかったと思いつつ、クルマ自体はワゴンRとの差別化もできていたので、これはこれでアリなんだろうと思った。
そして3代目は、さほど気にしていなかったというとスズキに失礼だが、おそらくキープコンセプトでいくのだろうと思っていたら、完全に意表をつかれたわけである。
もともとMRワゴンは、スズキの軽カーのラインアップにおける2本目の柱として育くまれていく予定だったらしい。しかし、初代は販売的には成功とはいえず、2代目でご存知のようなクルマとされた。ところが、今ではパレットが存在するため少なからずキャラクターがかぶること、さらにスズキとしてはこれまで若者のシェアが取りきれていないという悩みがあった。
こうしたことから若者に、しかもそれほどクルマに思い入れのない、あるいは初めてクルマを購入する20代の男女にターゲットを絞り、彼らが求めるクルマ像を考えたと言う。2代目では「ママワゴン」という明快なコンセプトに合わせてクルマを作り込んだのとは逆のアプローチで、まず若者というメインターゲットありきで、どうするべきか練りこんだのだ。
若者をメインターゲットとしたMRワゴン。ボディーサイズは3395×1475×1625mm(全長×全幅×全高)で、ホイールベースは2425mm | 14インチアルミホイールはターボエンジン搭載のTグレードのみの設定。タイヤサイズは155/65 R14 |
その成果として生まれたクルマを目にし、驚きを隠せなかった。スタイリングについては20代のデザインチームを結成し、年配者にあまり口を挟ませなかったそうだ。「軽自動車だからこそ思いきったことをやってもいい」という割り切りが、このデザインを現実のものとしたのだが、社内ではとくに年配者からの否定的な声や不安視する声が小さくなかったそうだ。
そのデザインはと言うと、半円状のヘッドランプを持つ特徴的なフロントマスクは印象的で愛嬌タップリ。プレーンなホディーパネルに、前後フェンダーがくっきりと際立っている。そして、起き上がったAピラーに妙に長いルーフ。あえてバランスを崩すことで、とてもユニークなデザインが構築された。これはもう普通に買えるパイクカーという印象だ。
愛嬌タップリのフロントマスク |
また、全6色とやや控えめなバリエーションのボディーカラーについては、スズキのほかの車種にはない強烈な色を設定する一方で、「このクルマ特有の世界観を味わってもらいたいので」(開発陣)との理由から、あえてブラックやシルバーといった定番カラーがラインアップから外された。
そうはいっても、もう少し選択肢があってもよい気がしなくもないところだが、そこは生産上の都合もあるようだ。また、先代モデルにラインアップしていた「Wit」に相当するモデルは今のところ未設定だが、おそらくそう遠くない将来に出てくると見てよいだろう。
そしてインテリアを見て、さらに驚いた。誰かがいつかやるだろうと思っていたが、やはり出てきたiPad風のタッチパネルオーディオだ。テレビCMもタッチパネルオーディオを強調したもので、これが欲しくてMRワゴンを買う人も少なくないことと思われる。
クルマにこうした装備を付けるとなると、ある程度操作部を見ることなく操作できないと不適切なのではないかとかねてから思っていたのだが、MRワゴンのそれは静電容量式のタッチパネルを採用しているからか、とても使いやすい。また、オーディオの部分がガラスウインドーに映り込んで視界の妨げになったり、あるいはオーディオのパネル自体に周囲の何かが映り込んで見にくかったり、といった不具合もない。
ちなみにタッチパネルの経年劣化が気になるところだが、クルマの耐用年数ぐらいはまったく問題ないと言う。あるいは、指紋で汚れるのを気にするユーザーもおられるだろうが、眼鏡拭きのようなクロスが付属されるという配慮もありがたい。
MRワゴンのタッチパネルオーディオ。映り込みも少なく、使い勝手がよい。オーディオはCD、ラジオを聞けるほか、USBソケットを介してデジタルオーディオプレーヤーとの接続が可能 |
室内の基本コンポーネンツはワゴンRと共通ながら、雰囲気はまったく異なる。直立したウインドーと長いルーフのおかげで、室内空間の広さはワゴンRとパレットの中間くらいに位置し、広く感じられる。この室内空間の広さというのも、MRワゴンの重要な開発コンセプトだったそうで、一般的にインストゥルメントパネルは凸面状になっているものだが、このクルマは凹面状に反っているのも、そうした理由の1つなのだそう。
また、インストゥルメントパネルや足下などそこかしこに大小いくつもの収納スペースが設定されているし、助手席下には、スズキ車でおなじみのシートアンダーボックス、通称「バケツ」も備わる。グローブボックスの上にはティッシュボックスの入るトレーがあり、その上のリッド付きのボックスの内側が四角く形どられているのだが、これはCDケースのサイズに合わせてあるそうだ。
ちなみに、ドアミラーはワゴンRと同く大きなサイズのものが付く。もともとスズキ車のドアミラーは大きめで、車種によっては見た目がアンバランスなものもあるが、後方を写す面積も広くなるので、安全運転にいっそう寄与してくれるはずだ。
起こされたAピラーや長いルーフのせいか、フロントドアの幅は“異様”と言ってよいほど広い。後席の居住空間も、最近の軽トールワゴンは驚くほど広いものばかりだが、MRワゴンもまたしかりである。ワゴンRよりもさらに広く、頭上空間についてもほぼ上回るが、リアシートを最後端までスライドさせたとき、MRワゴンはルーフが少し下がる位置があり、その部分だけはワゴンRよりも若干低くなるそうだ。
室内空間は広く、数々の収納スペースが用意される | 後席の居住空間はワゴンRを凌ぐ仕上がり。助手席の下にはスズキ車でおなじみのシートアンダーボックスが用意される | |
X、Tグレードでは後席が160mmスライドするスライドシートを装備さらにリクライニング機構も備わる。また、リアシートバックをダイブダウンさせれば長尺物を積むこともできる |
そして、最新のパワートレーンを得た走りの進化もなかなかのものだった。スズキとしては16年ぶりに刷新した完全新設計のR06A型エンジンは、これまでのショートストローク仕様のK6A型とは逆に、ロングストローク化を図った。自然吸気では吸排気側ともに、ターボでは吸気側に可変バルブタイミング機構を採用している。
エンジンフィールは、自然吸気とターボのどちらも発進加速で低回転域からスムーズにトルクが立ち上がる印象で、全体的に回転フィールがとても滑らか。振動感も極めて小さい。これには、新たに採用されたペンデュラム(振り子)式のエンジンマウント(2WD車)も少なからず貢献しているはずだ。また、静粛性も非常に高く、一昔前の軽自動車のイメージとは別世界の仕上がりとなっている。
ターボと自然吸気では、もちろんターボのほうが圧倒的にパワフルなのだが、むしろ従来に比べての上がり幅の大きい自然吸気のほうが印象的だった。アクセルを軽く踏み込むとグッと前に出る感覚がある。従来の自然吸気ユニットには、ここまでの力感はなかった。
さらに感じたのは、すでにスズキの何車種かで採用されている副変速機付きのCVTとのマッチングを、当初から綿密に想定して開発されたということだ。パレットなどでは、どうしても副変速機が切り替わるポイントでスムーズでない領域が見受けられた。ところがMRワゴンは、ごく普通に運転しているかぎり副変速機の存在を忘れてしまうほどだ。急加速や再加速など、いろいろイジワルなことを試すと制御が追いつかない部分も顔を出すのだが、なるべく低い回転を保とうと心がけた運転、ごく普通のエコドライブでは、気になる点はほとんどなかった。
また、燃費向上のための仕掛けは、CVT側でも新たに採り入れられた。ハード的には、まずエンジン冷却水でCVTのオイルを温めるというオイルクーラーを設置し、オイルをできるだけ早く温めることで、オイルの粘性による抵抗を軽減するという機構を採用した。
さらに、リダクションギアをハイギアード化して燃費向上を図るといったことができたのも、新開発のエンジンのおかげと開発陣は語っており、加えて車両重量についても、細かいことの積み重ねで15kgもワゴンRより軽くなったことをお伝えしておきたい。
最高出力47kW(64PS)/6000rpm、最大トルク95Nm(9.7kgm)/3000rpmを発生する直列3気筒 DOHC ターボエンジン | 最高出力40kW(54PS)/6500rpm、最大トルク63Nm(6.4kgm)/4000rpmの直列3気筒 DOHC 自然吸気エンジン | ターボエンジンのほうが圧倒的にパワフルだが、エンジンのモデルチェンジに伴い自然吸気のパワーフィールも向上したと岡本氏 |
足まわりは、ターボと自然吸気でスプリングやダンパーのチューニングを少し変えており、ターボにはフロントにスタビライザーが付く。スズキの軽カーの走りがハイレベルなのは、現行ワゴンRと同じ。車高が高めで車幅は狭く、走ることに関しては有利とはいえない素性のクルマには違いないが、けっして侮れない走りを披露する。しなやかに路面を捉える足まわりは、ソフトな乗り心地とフラットな姿勢を実現しており、快適性は上々。ステアリングフィールも適度な重さがあり、しっかりとしている。応答遅れもなく、キビキビ感のある走りを身につけているのだ。
そして、新型車の発表から約1カ月半後にアイドリングストップ機構付きモデルが追加されたのもご存知のとおり。なぜ同時発表でなかったのか気になるところではあるが、とにかくこのニュースはユーザーにとってありがたい話。これにより、もともと良好な燃費が10・15モードで1.5km/Lも向上したことを無視するわけにはいかないだろう。
MRワゴンの持つ個性は、あまり嫌悪感を抱かせることもなく、多くのターゲットを振り向かせることに成功するのではないかという気がする。さらには、メインターゲットとする若者にとどまらず、ワゴンRよりも広く、メカニズム的に新しいというハード面での強みもあって、幅広い層に支持されるのではないかと思う次第である。
■インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/
2011年 4月 28日