【インプレッション・リポート】
日産「リーフ NISMO RC」

Text by 日下部保雄


 

 フルEVの日産「リーフ」が登場して半年を経たころ、面白いリーフの派生バージョンが姿を現した。それはリーフをモチーフとしたレーシングカー「リーフ NISMO RC」だ。6月には伝統のル・マン24時間レースのスタートセレモニーの一環としてリーフ NISMO RCのデモランが行われ、7月のグッド・ウッドフェスティバルでも未来のレーシングカーとしてやはりデモランをして注目を集めた。

 リーフ NISMO RCは5人乗り乗用車のリーフをモチーフとしているが、実際にはリーフのパワートレーンを使った純粋なレーシングカーだ。リーフのプロモーションという使命を負っているが、個人的な興味として、リーフのパワートレーンを使ったレーシングカーとはどんなものか非常に興味をそそられるものだ。

 試乗は日産のレーシングカー誕生のメッカであった追浜で、現在はGrand Drive(グランドライブ)と名称を変え開放しているマルチコースで行われた。

 この日はNISMO RCに限らず、リーフに関する様々なイベントが開催されていたが、工場見学についてはすでにCar Watchで解説しているので省略するとして、その他のノーマル・リーフなどに触れながらNISMO RCのインプレを中心としたリポートをしよう。

リーフが組み立てられる追浜工場のライン見学(左)や、手でアクセルとブレーキを操作できるリーフの福祉車両の試乗(右)も行われた

 

ノーマル・リーフで慣熟走行
 NISMO RCのインプレに入る前、ノーマルのリーフでコースの慣熟ができた。ノーマルのリーフは「今さら」と思われるかもしれないが、何と言ってもテストコースで普段できないことをトライできたことが大きい。

 リーフの動力性能の高さ、特にDレンジでの発進加速は定評のあるところだ。また300㎏という大きなバッテリーをボディー中央床下に収めていることで、コーナリング性能が優れていることにも触れられている。ただ横滑り防止装置「VDC」に組み込まれているヨーレートセンサーを使って、駆動力を細かく制御して車両の姿勢安定を積極的に行っていることはあまり知られていない。緊急回避をしなければならない場合は除いて経験することがないが、このシステムを積極的に試してみた。

 例えばVDCをOFFにしてハードなレーンチェンジを行うと1回目のハンドル操作で微妙に応答遅れがあり、さらにハンドルを切り返した時には、大きくなった応答遅れとともにタイヤのヨレを感じた。

 これをVDC ONで行うと、最初のハンドル応答が微妙に早く、さらに切り返した時の姿勢の変わり方が素直だった。タイヤにとっても負担は少ないに違いない。このようなハンドル操作を日常的に行うドライバーがいたら危険極まりないが、いざという時のセフティーマージンが大きく、ドライバーは余裕を持つことができる意義は大きい。

 ちなみにこれらは80km/hの速度でのレーンチェンジだったが、これ以上速度を上げたり、転舵速度を上げるとVDCが介入して突然失速する。タイヤのキャパシティの問題もあるが、ややVDCの介入が早いような気がした。

 余談だが、リーフは通常のDレンジのパフォーマンスが高いので、ECOを標準として現在のDレンジをパフォーマンスレンジとした方がベターのような気もするのだが……。

ノーマルと同じなのはパワートレーンだけ
 さて、いよいよNISMO RCの試乗だ。NISMO RCのレイアウトはザクっと言うと、東レ製のカーボンコンポジット・モノコックの前後にくくりつけられたチューブラーサブフレームに、サスペンションとノーマル・リーフのパワートレーンがくくりつけられている構造だ。モーターとインバーターは後輪の前、ミッドシップに置かれ、フロントには何も搭載されていない。

 NISMO RCはモチーフこそリーフだが、実はリーフで使われているパーツはほとんどなく、ヘッドランプやテールランプも形状が似ているだけで、使っているのは中身のランプぐらいだ。

リーフ NISMO RCのコックピット左下が前進/後退のセレクタースイッチ

 NISIMOのスタッフから簡単なコックピットドリルを受ける。レーシングカーらしいクールなコックピットだが、特別難しいところは1つもない。あえて言えばダッシュボードセンターに配置された前進/後退のセレクタースイッチの操作ぐらいだろう。もっとも実際には前進と後退、それにニュートラルしかないし、テストコースでは後退に入れるチャンスもない。後退に入れる必要があったら、後方視界は視界の狭いバックミラーに頼るしかないので苦労しただろう。

 カーボンコンポジットのモノコック後端はバッテリーのボックスで、この中にリーフのリチウムイオン・バッテリーの配列を変え、そのままの出力で搭載されている。このバッテリーパックはスチール製ボックスに収納され、アルミフレームを介してこのカーボンボックスに組み付けられる。

 パワートレーンはリーフそのもので、インバーターを含めて共通。したがって最高出力80kW、最大トルク280Nmのパフォーマンスはノーマルリーフと変わりがない。

 リアのボディーカウルを外したところは、レーシングカーそのもの。全長は4465㎜で空力を考慮してノーマルよりも20㎜長い。一番圧巻なのは全幅で、1942㎜もありノーマルリーフの1770㎜に比べるとなんと172㎜も広い。もっともこの数字そのものは、全く別物のクルマと考えるとそれほど意味があるわけではないが、RCのサイズ感がご理解いただけるだろう。ちなみに全高は1212㎜と低くピュアなレーシングカーに限りなく近い。リーフの全高は1545㎜なので、ま、ペッタンコだ。

 重量は大幅に軽減されており、重いバッテリーを入れても925㎏に収まっている。バッテリーユニットは300㎏から約250㎏に軽くなっているが、これは生産車はフロア下にバッテリーを搭載するためアンダーガードが必要とされていたのが、不要になったためだ。ノーマル・リーフは1520㎏あるので、495㎏の違いがあり、運動性能に大きな違いがあるのは当然だ。

リアカウルを外したリーフ NISMO RCパワートレーンはリーフそのもの

タコメーターの代わりにモーターの温度計
 NISMO RCのコックピットはバケットシートを2つ置けるスペースがあるほどたっぷりとしており、右側のナビシートにもドライバーと同じ空間があり、同乗取材も可能だ。ちなみにリーフ NISMO RCはすべて左ハンドルだ。

 斜め上方に開く軽いドアを開け、大きなサイドコンポーネントをまたいで乗り込むが、乗降性はレーシングカーとしてはわるくない。ハンドルがワンタッチで外せるために、さらに容易だが、取り外さなくともそれほど不自由はないようだ。

 シートベルトは5点式ではなく、4点式に省略されている。ただし着座位置は極めて低く、ポリカーボネイト製のウィンドシールドの下部から外を見る格好になるので、歪みがきつくて閉口した。またハンドル位置は遠く、腕が伸びたスタイルでドライビングせざるをえなかった。ドライビングできるだけでも僥倖なのだが。

 装着タイヤはブリヂストンのSタイヤで、サイズは前後同一の225/40 R18。後輪駆動で常識的な、リアサイズを大きくする方法はとられなかった。多くのドライバーが乗ることを想定したタイヤサイズ設定なのだろう。

 ちなみに荷重配分は40:60でミッドシップとして理想的な配分になっている。

 パワーアシストなど当然持っていないのと、ドライビングポジションの関係で腕が伸びているために操舵力は大きいが、スリックタイヤではないので、予想以下の重さだった。

 サスペンションは典型的なダブルウィッシュボーン。そして操舵フィールは当然ながらダイレクト。僅かの路面のアンジュレーションも忠実にドライバーにフィードバックされる。ツーリングカーとは明らかに異なるフィーリングで、キックバックを抑え込むのに最初は違和感を覚えた。これもペースを上げるとそれほど気にならなくなったのは、レーシングカーだからこそだ。

メーターパネル。右下の「42.1」がモーターの温度計

 ドライバーの直前にあるメーターには、当然ながらタコメーターはない(ちょっと寂しい……)。その代り見慣れないものがあった。モーターの冷却系の温度計で、常に39.5度前後をキープしている。

 モーター冷却のためのラジエターは当初はフロントエンドに搭載されていたが、現在は軽量化と冷却ラインの単純化を図って、リアエンドに搭載されている。このラジエターはフーガ・ハイブリッドのモーター&インバーター用のもので、重量がありエアコンなどを使うリーフとは違って、小さいサイズでOKとのことだった。

めちゃめちゃ高いコーナリング速度
 路面振動を感じながらNISMO RCの慣熟をする。NISMO RCが高いコーナリンググリップ力を持っていることを確認した後、アクセルを一杯に踏んでみる。270Nmのトルクは鋭い加速力を持っているが、予想するようなレーシングカーの加速力ではない。なかなか表現しにくいが、最初の加速力は鋭いが、高速での伸びないのがEVの特徴で、NISMO RCもリーフを鋭くしたような瞬発力だが、高速になると伸びは急激に鈍くなる。ただ速度の遅いコーナーからの加速力には、見るべきものがある。最高速は150㎞/hで、速度リミッターが働く。これがこのパワートレーンの限界で、これ以上はビタ一文伸びない。

 ノイズはエンジン以外のすべてが入ってくる。主としてタイヤノイズで、車内は意外とやかましい。もちろんガソリン車のようなけたたましい音はしないし、イヤープラグも必要ないが、外で聞いているのと同じように、車内も意外と騒々しい。

 そしてコーナリング。Sタイヤというよりもスリックタイヤで走っているような、ハイグリップ感覚だ。ターンインでは微小のハンドル応答で鋭く反応し、さっとノーズは向きを変えていく。この時点でアクセルを少し踏んでもアンダーは顔を出さない。ならばとコーナリング速度を上げていっても、全く破綻する兆候は見られない。むしろ限界がわからないので、何ともくすぐったい感じだ。ロングコーナーで加速した時のフロントのグリップも変わらないので、どんどん加速させたいが、限界点がつかめないのでどうも踏み切れないという歯がゆさが残る。

 

 

 回り込んでいるコースでもそのフィーリングは変わらず、めちゃめちゃ高いコーナリング速度だけが印象に残った。やはりこれはレーシングカーだ。コーナリング姿勢は前後のロールバランスが一定しており、ピッチングも含めて姿勢変化が少ない。

 NISMO RCはパワーは驚くほどのことはないが、コーナリングマシンとしての実感を強く持った。

 ブレーキは前後AP製の4ピストンだが、当然ブースターなどは持っていない。踏力コントロールで、強くガンと踏めば応えてくれるタイプ。量産車のような低速での微妙なコントロールは苦手だが、速度が上がるほどコントロールしやすい。個人的にはアクセルOFF時のエンジン回生を積極的に使ってブレーキングとするとよりコントロールしやすいと感じた。

 NISMO RCはすでに北米でワンメイクレースなどの打診が来ているとのこと。テスラ・ロードスターを生んだ国らしいオーダーだ。これには伏線があって、日産はNISMO RCの数を揃えて各国でプロモーション活動を開始しており、すでにその効果が表れている。ちなみにサーキット走行では、満充電で20分の航続時間があるので、スプリントレースなら可能だ。

 0-100km/h加速は6.85秒、筑波のラップタイムは1分07秒16というデータが発表されている。速いととるか、それほどでもと思うは分かれるところだが、リーフのパワーユニットを使ったモデルとしては、妥当なところではないだろうか。

 NISMO RCはジムカーナのような、スプリントでストップ&ゴーの多いコースでは強みを発揮できそうだ。そしてレーシングカーとしての量産NISMO RCが登場する可能性は高く、今後様々な場面でリーフ NISMO RCに会うことができそうだ。

 リーフ NISMO RCリーフ
全長×全幅×全高[mm]4465×1942×12124445×1770×1545
ホイールベース[mm]26012700
重量[kg]9251520
モーター最高出力[kW]80
モーター最大トルク[Nm]280
駆動方式2WD(MR)2WD(FF)
バッテリーリチウムイオン
前/後サスペンションダブルウィッシュボーンストラット/トーションビーム
前/後タイヤ225/40 R18205/55 R16

 


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 10月 4日