インプレッション

ポルシェ「カイエンGTS」

 GTS――それは、そのシリーズ内で最強の自然吸気エンジンを搭載したモデルに与えられる、ポルシェ車の「特別なグレード名」だ。現ラインナップ中では、カイエンとパナメーラのみへの設定。台数限定ではないものの、そこには他のグレードとは一線を画す“希少なモデル”というイメージが付いてまわる。

 カイエンGTSの場合、採用するメカニズムや内外装のコスメティックが、自然吸気エンジン仕様の中でのこれまでのトップモデルである「S」グレードをベースとしながらも、フロントマスクやライトまわりのデザインには「ターボ」グレードに準じたものを用いる、いわゆる“ターボルック”の仕上がりになっているというのは、先代GTSの場合と同様の事柄。

 インテリアでは、ドアトリムの一部やルーフライニング、ピラートリムやセンターアームレストにアルカンターラを用いたレザーインテリアと、電動式の「GTSスポーツシート」を標準採用。また、ヘッドレスト部分に「GTS」のロゴが刺繍され、ダッシュボードやドアトリムなどにコントラスト・ステッチ加工を施したこのグレード専用の「インテリア・パッケージ」も、オプションで設定をされている。

 走りのポテンシャルをさらに高める凝りに凝ったオプション・アイテムが、多数用意されるのも特徴だ。

 例えば、標準のメカニカル式に対してさらに20mmのローダウンを実現するエアサスペンションや、ブレーキ利用のトルクベクタリング・メカである「PTVプラス」、アクティブ・スタビライザーの「PDCC」、セラミック・コンポジットブレーキ「PCCB」などがその一例。ダッシュボード中央にレイアウトされたストップウォッチが象徴的な「スポーツクロノ・パッケージ」も、やはりオプションの扱い。安全・快適装備としては車間警告機能を含んだアダプティブ・クルーズコントロールや、ドアミラーの死角をカバーする「LCA」などが、オプション・アイテムとして用意をされる。

さらに進化させられるポテンシャルの持ち主

 今回のカイエンGTSのテスト車は、先に紹介のPTVプラスに、標準比1インチ径の21インチ・シューズやオートマチック・テールゲート、インテリア・パッケージといったオプションを採用。

 ただし、サスペンションはSグレード比で24mmローダウンされた標準のメカニカル仕様で、前出の「PDCC」や「PCCB」といった高価なオプションは未選択。見方によっては「さほど硬派ではない」ということになるのが、今回のテスト車の仕様と言ってよいかも知れない。

 「ジェットグリーン・メタリック」なるボディカラーを纏った新しいカイエンGTSの、思いのほかに彫りの深いバケットシートへと身を委ねて早速スタート。ターボグレードが発する思わず仰け反るような怒涛の加速感はないものの、それでもその動力性能に対しては「すこぶる強力」というフレーズしか思い浮かばない。

 0-100km/h加速のデータはSグレードの5.9秒に対して、コンマ2秒の短縮を実現。そこにはエンジン制御系のチューニング変更や吸排気系のリファインによるSグレード用比での20PS/15Nmの最高出力/最大トルクの上乗せに加え、最終減速比がやや低めに変更された成果が現れているに違いない。

 標準装備のスポーツエグゾースト・システムは、コンソール上のスイッチでスポーツ・モードを選択することにより、リアマフラーとテールパイプカバー間のフラップが作動をしてその音質を変化させる。ただし、実際に耳に届いたエンジン音は、全般にこもり気味の印象がやや強い。「GTS」という名前に相応しい抜けのよいサウンドへの自身の期待値には、残念ながら今一歩届いていなかった。

 アクセル操作に対するリニアなエンジン出力の立ち上がりには、さすがに自然吸気ユニットの美点が現れている。微低速走行時にトルコンATならではのスムーズさが光るトランスミッションは、アップテンポな走りでのダイレクトな出力の伝達感という点でも申し分ない。

 このグレードには標準装備となる「スポーツ・ステアリング・ホイール」に付随した見栄えも触感も素晴らしいシフトパドルは、個人的には「固定式でなく、ステアリング操作に伴って回ってしまうのが残念」という印象。ただし、操作時の変速レスポンスそのものは、なかなか優秀だ。

 走りの印象で、多くの人が「GTS」というスポーティなグレード名に共感を覚えるであろうは、先に述べた力強い動力性能に加えて、前出ステアリング・ホイールを操作した際の、舵の効きの素早さでもあるはずだ。ノーズが俊敏に向きを変えるその動きは、車両重量が軽く2tを超えるSUVのそれとはとても思えない。

 フットワーク・テイストはさほど硬派ではなく、快適性は「非常に高い」と言って過言ではないもの。標準採用の電子制御式可変減衰力ダンパー「PASM」をコンフォートからスポーツモードへと切り替えても、極端にハードな印象にまでは変化したりはしない。

 一方で、“ゼロ・ロール感”を軸としたさらなるスポーティさを追求し、いかなる路面でもよりプレミアム感に溢れた乗り味を堪能したいというのであれば、エアサスペンションをPDCCとのセットでオプション装着し、さらにばね下重量の大幅低減にも寄与をするPCCBをも加えるのが理想であるはず。

 ただし、その3点のオプション合計金額だけでも、実に250万円超! すなわち、そうした“常識外れ”と言いたくなるほどに大きな対価を支払えば、カイエンGTSはの走りはさらにひとランク上のステージにまで進化をさせられるポテンシャルがあるということだ。

最もスポーティなカイエン

 考えようによってはそんなGTSグレードのカイエンというのは、何とも独特のポジションに立つモデルという捉え方もできそうだ。

 確かに動力性能は強力だが、それはターボほどのスピード性能の持ち主というわけではない。5.7秒という0-100km/h加速タイムのデータに対してターボのそれは4.7秒と明確な差を付けるから、「誰もが驚く飛び切りの速さ」という点では、GTSには全く勝ち目はないのだ。

 最高速のデータをとっても、「シリーズの頂点に立つモデル」は、やはりターボの方と判断する人が多いに違いない。

 GTSの261km/hに対して、ターボのそれは278km/h。日常の実用性とはかけ離れたそんな領域での10km/h、20km/hの違いにどんな意味があるのか?! というのは正論かもしれないが、クルマの性能を決定づける尺度としては、やはり最高速のデータというのは、今もある面決定的なものであるはずだ。

 かくして、記号性という点ではカイエン・シリーズの中にあっても、決して頂点に立つわけではないGTSグレード。しかしポルシェではそんなこのモデルを、「最もスポーティなカイエン」と断言する。ここでの“スポーティ”というフレーズはもちろん絶対的な数値の差などではなく、それがいかに濃厚な“ドライバーズカー”としての雰囲気を味わわせてくれるかを示す、言葉と言ってよいはずだ。

 そう、カイエンGTSというのは、まさに「世界のSUVの中で随一の、ドライバーズカー」を狙った1台であるに違いない。それこそがこのモデルならではの拘りであり、またターボにはない贅沢さであるというわけだ。

 このモデルをテストドライブしている最中にフと感じた、「カイエン・シリーズ中で最も“アナログなモデル”を操縦している感覚」――それこそが、実はこのモデルが狙う本質的なポイントであったのかもしれない。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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