インプレッション

アウディ「R8」

 アウディのフラッグシップ・スポーツカー「R8」が登場したのは2006年。以来、年間500台ほどのモデルを市場に送り出している。日本ではその翌年の2007年に導入され、類計約400台のR8が走っている。高価格帯のスポーツカーとしては成功作となると同時に、アウディのテクノロジーを象徴する大きな存在意義を持っている。

 そのアウディ R8が発表以来最大のマイナーチェンジを受けた。ポイントは従来のシングルクラッチのセミオートマチック・トランスミッションから、新開発の7速デュアルクラッチ・トランスミッションに変更になったことだ。トランスミッションの載せ替えはR8にこれまで以上に広いユーザーに訴求できることになった。

デュアルクラッチ・トランスミッションを採用

R8のデュアルクラッチ・トランスミッション

 シングルクラッチのATはご存じの通り独特のクセがあり、オートモードでは変速の度にギクシャクすることも少ない。R8は大排気量がゆえにトルクもあり、小排気量のシングルクラッチに比べるとトルクの落ち込み少ない分、違和感は少なかったが、それでもトルコンATに比べると滑らかさは大きく劣る。

 R8は多少のショックを伴ってもスポーツカーらしい素早い変速に重きを置いていたのでシングルクラッチとしては素早いつながりを持っていたが、それでもアクセルを強く踏み込んだ時は、変速のタイムラグで加速が途絶えることもあり、ちょっとイライラさせる場面もあった。やはりシングルクラッチはパドルによるマニュアルシフトがベターで楽しく走らせられる。

 新しいデュアルクラッチの7速Sトロニックは、これらの不満を一気に解決してくれる。さらに変速の素早さで加速タイムも向上して、0-100㎞/hは僅か3.6秒に過ぎない。圧倒的な加速力だ。

 このR8の持つ絶大なパフォーマンスを知るのは、やはりサーキットに限る。R8が我々を待っていたのは袖ヶ浦フォレストレースウェイ。クラブイベントが開催されるコンパクトなコースだが、なかなかテクニカルで面白い。何種類かあるR8の中でチョイスしたのはトップエンドのV型10気筒5.2リッターを搭載する「クーペ 5.2 FSI クワトロ」と「スパイダー 5.2 FSI クワトロ」。

 早速クーペからコックピットに潜り込む。今風のイグニッションボタンではなく、キイをひねるタイプでエンジンを始動すると、ドライサンプの5.2リッター自然吸気V型10気筒エンジンはたちまち命が吹き込まれる。スポーツカーらしいパワフルな吸排気音はアイドリング状態でもドライバーにスタートを促すように強く訴えかけてくるが、神経質なところは少しもない。

 このエンジンはR8の他グレードに搭載されている4.2リッターのV型8気筒と比較しても僅か31㎏重いだけの258㎏の軽量コンパクト設計だが、直噴で386kW(525PS)/8000rpm、530Nm/6500rpmの出力を出している。

 またドライサンプ化により低重心化が図られており、重心が高くなるのを嫌うリアマウントエンジンのデメリットに対応している。

イージーとマニアックなドライビングテイストが調和

 コースをゆっくりとチェックする時間がもったいなくて、直ぐにエンジンに鞭を入れてコースに飛び出す。スタートは大トルクのためにスムースに発進でき、デュアルクラッチ特有のスタート時のもたつきもほとんど感じない。

 基本的に高回転を好むエンジンだが、低中速域でもトルクがあって乗りやすい。さらにぶん回すと、8700rpmから始まるレッドゾーンに向って一気に駆け上がる。エンジン特性のフレキシブルさと共に、高回転でもトルクの落ち込みを感じないので、どこから踏んでも力強いスポーツカーらしい加速を体感できる。

 エキゾーストノートは外から聞いている時とは違って、コックピットにいるとそれほど劇的な音は伝わってこない。しかし外で聞いているとレーシングカーのような吸排気音に感慨深いものがある。特にV型10気筒は独特の高周波音があり、クルマ好きには堪らないスゥイートスポットだろう。

 ロック・トゥ・ロック3回転強というスポーツカーとしては大きなステアリングホイールの回転量だが、油圧パワーステアリングの操舵力はそれなりに重く設定されている。手応え十分なステアリングをターンインで切り込むとノーズはグイグイと入っていき、回答性はシャープで、R8のノーズは容易にインを向く。この感覚はいかにもミッドシップのスポーツカーらしいものだ。

 コーナーではイーブンスロットルでコーナリングスピードをコントロールして、後半からアクセルを踏んでいくと、4輪駆動らしい強力なトラクションが得られる。前後のトルク配分は基本的に後輪の駆動力が中心だが、状況に応じて前後の駆動系統に加えられたビスカスカップリングによって15~30%のトルクを前輪にかけてスタビリティとトラクションを稼ぐ。さらに後輪のクラッチによるリミテッドスリップデフは、内輪のスリップ率を見ながら最大45%まで差動制限を行い、駆動力を最大限に発揮する。

 最終的にはESCによる姿勢安定制御が入るので、何事も起こらなかったように旋回していく。ESCの介入はそろそろスライドさせたいという時に起こるので、ちょっとじれったいこともあるのだが、「今日はESCは切らないで」ときつくお達しが入っているので、振り回すのはやめて、ESCのコントロール内でのドライブを楽しむ。その代わりリスクは相当に減少するのは間違いない。

 もっともフロント235/35 R19とリア295/30 R19のピレリP-ZEROは滅多なことでは音を上げずに強力なグリップとドライバビリティを確保している。

 SトロニックはAUTOモードで走っても適度に滑らかに変速するので、リズムよく走れる。もちろん操作しやすいパドルシフトを使って変速を繰り返しても、回転の許容以内ならキチンと追従してくるので、イージーとマニアックなドライビングテイストが調和してなかなか楽しい。

 意外なのは乗り心地が予想以上によかったこと。ピッチングを抑えながらハーシュネスの小さいフラットなもので、小突起などは軽くいなしてくれる。サーキットのようなフラットな路面でも感じられるスムースな乗り味で、日常のドライブではスーパースポーツカーでありながら快適な乗り心地でアシとしてもストレスが少なそうだ。

「誰でも乗れるスーパーカー」のコンセプトが一層明快に

 ちなみにスポーツモードを選ぶと、エンジン/変速マネージメントが変わり、マグネテックライドのダンパーがイニシャルからハード方向に振れる。マグネティックライドは磁性体をダンパーオイルに入れることで、磁石の原理で電気コントロールで減衰力を変えるもの。レスポンスが速く、減衰の幅も大きく取れることが特徴だ。マグネティックライドは従来のR8ではオプションだったが、今回のマイナーチェンジでV10モデルで標準となった。

 スポーツモードに入れるとR8の表情が一変する。ダンパーはこれまでのしなやかにストロークをするものから、ガッチリとした足腰になり、ロールが減ってアクセルの反応、S-トロニックの制御も俄然レーシーに振れる。

 油圧パワーステアリングの操舵力は高速ドライブでは重めになり、ロック・トゥ・ロックが大きく多めにステアリングを回す必要があることから、タイトコーナーでは保舵するのにやや力が必要だ。

 ロールが減少するのでターンインでのノーズの入り方はさらにシャープになり、スッとインに向く。コーナーアプローチでの姿勢変化もノーマルに比較するとESCの介入が遅くなり、ある程度のリアスライドを許容する。またコーナー立ち上がりでの姿勢変化も極めて安定しており、グンとアクセルを踏んでもESCが作動しつつ強力に加速する。

 さらにトランスミッションのAUTOモードでも、減速時にブリッピングを積極的に行い、ボンというシフトダウンが気持ちよい。たまにアクセルオフでシフトダウンして欲しい場面もあるが、そんな時はエンジン回転をちょっと上げると入りやすい等、面白い発見もできた。変速は非常に速く、パドルシフトを使うとレーシングライクな走行を楽しめる。

 ちなみにアウディのデータでは新R8の0-100㎞/h加速は3.6秒と前述したが、従来のシングルクラッチのRトロニックでは3.9秒かかっていた。また伝達効率の向上により高速のクルージングから市街地まで燃費もよくなっている。

 高速からのブレーキングは姿勢安定性が高く、ストッピングパワーも強力だが、これにはスパイダーに装備されていたセラミックブレーキが印象的だった。R8のハイパフォーマンスブレーキングシステムは特徴的なウェーブ状のローターで、通常形状のディスクローターに比較するとトータルで2㎏軽くなる。フロントキャリパーは8ピストン、リアは4ピストンで、さらに19インチホイール用のオプションではフロントは6ピストンのモノブロックのキャリパーが装備される。

 どちらも強力だが、スパイダーではかっちりとした踏み応えが非常に安心感があり、制動力そのものも短い。特に耐フェード性は格段に高くなっている。

R8のブレーキシステムはウェーブ形状のディスクを採用する
通常のブレーキは8ピストンキャリパーを備える
セラミックブレーキ

 いうまでもなくR8はアルミニウムでできているために、このクラスのスーパースポーツとしては軽量だ。重量はV10のクーペで1810㎏。AWDの5.2リッターとしてはかなり頑張っている数字である。さらにフレーム自体はクーペで210㎏、スパイダーで216㎏に留まっており、前後重量配分43:57のミッドシップらしい値と共に運動性能に与える影響はかなり大きい。

 気になるボディー剛性はクーペもスパイダーも路面のよい袖ヶ浦ではあまり変わるところはなく、ニュルブルクリンクのような過大な荷重がかかるコースでなければ差が出ないかもしれない。少なくともここで試した限りでは、カッチリとしたボディーは強大なトルクを受け止めるに十分で、サスペンションは本来の動きを存分に発揮できている。

 残念ながら愉しいテストドライブはすぐに終わってしまった。

 改めてエクステリアを見ると新デザインのシングルフレームフロントグリル、スリム化されたドアミラー、ヘッドライトのLED化、リアウィンカーが流れるようにイン側からアウト側に点灯するなど、一目瞭然のマイナーチェンジだが、基本的なデザインに変更はなく、ドライビングテイストも変わらず楽しい。

 今回のマイナーチェンジはより洗練されたことにより、「誰でも乗れるスーパーカー」のコンセプトを一層明快にしたということになるだろう。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会長/12~13年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。