インプレッション

日産「ジュークNISMO」

ベース車からわずか36万7500円高のプライス

 日産自動車のモータースポーツ部門として、NISMO(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)が輝かしい実績を残してきたのはご存知の方も多いだろう。そして、市販車をベースとするコンプリートカーについても、これまでR33GT-Rベースの「400R」やR34GT-Rベースの「Z-tune」など、派手なルックスとともに高いパフォーマンスを誇る高価な限定車をたびたび世に放ってきた。

 一方、日産ではそうしたNISMOのブランドバリューを、もっと活かすことができないかという新戦略のもと、2012年春に「ニスモビジネスオフィス」という部署を立ち上げ、具体的な作業を進めてきた。その成果の第1弾として発売されたのが、今回紹介する「ジュークNISMO」だ。

 さて、ここでまず整理したいのだが、同プロジェクトはあくまでNISMOではなく日産によるものであり、日産がNISMOというブランドを使って、これまでになかった新たなチャレンジであるということをご理解いただきたい。加えて少々ややこしいが、このジュークNISMOに対してさらにNISMOが開発した各種パーツも用意されている。

専用に用意されるフロントアンダースポイラー、ドアミラー、カーボンピラーガーニッシュ、ルーフサイドスポイラーといった各種パーツを装着するジュークNISMO(パーツ装着車)。同モデルはNISMO新社屋に展示してある

 同プロジェクトの第1弾モデルとして最初に白羽の矢が立てられたのがジュークだったわけだが、パフォーマンスカーのイメージが強いNISMOを冠するデビュー作のベースとして、ジュークが選ばれことに当初は意外に感じた。しかし、より幅広い層をターゲットにする上で、まず価格を抑えることが重要だ。そして、ジュークはとくに欧州で高く評価されており、クルマとしてのキャラクターも立っている。総合的に考えた結果、ジュークこそ同プロジェクトの第1弾を飾るに相応しいと判断したということを開発陣から説明を受け、大いに納得できた。

 ベースとなったのは、ジュークの中でもより尖った存在である最上級グレードの16GT FOUR タイプV。ノーマルのままでも特異なスタイリングが印象深いジュークだが、スポーティというよりレーシーなまでに仕立てられたジュークNISMOは、小さいながらも大きな存在感を放っている。

 前後バンパー、サイドシルプロテクター、オーバーフェンダー、ルーフスポイラーなど、与えられた専用パーツはすべて空力性能に大いにこだわってデザインされたものだ。ボディーカラーはブリリアントホワイトパール、ブリリアントシルバー、サファイアブラックの3色しか設定がないのだが、それはNISMOのイメージカラーであるレッドにペイントされたドアミラーやボトムのアクセントモールがより引き立つよう考えた上での判断とのこと。あえてボディーカラーにレッドを設定していないというのが面白い。

ジュークNISMOのボディーサイズは4165×1770×1570mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2530mm。各種エアロパーツなどを装着するためベースとなる16GT FOUR タイプVよりも30mm長く、5mm広い
エアロデザインはレースからフィードバックされた技術を投入しており、例えばフロントバンパーデザインは両サイドをワイド化しつつセンター部の先端を持ち上げた形状とし、空気抵抗を低減しながらダウンフォースを発生させるデザインに仕上げた。こうした技術により、ボディー全体でダウンフォース量は約37%向上したと言う
エクステリアでは専用のフロントバンパー、フロントグリル、エンブレム、サイドシルプロテクター、リアバンパー、オーバーフェンダー、ルーフスポイラー、エキゾーストフィニッシャーを装備。さらにドアミラーはジュークNISMO専用に赤く塗装される

 ドアを開けて車内を覗いても、ベース車とずいぶん印象が違っていて、インテリアというよりもコクピットという言葉が似合いそうな雰囲気を漂わせている。専用のスエード調シートにアルカンターラを巻いたステアリングや、より視界に飛び込んでくるよう文字盤をレッドとした専用デザインのタコメーターなどが与えられている。とくにシートは開発者が「自信作」と述べており、テストを行った欧州の地でも「レカロよりもよい」との声が聞かれたほどらしいので、実際に走ってみてどうなのか興味津々だ。

インテリアは黒を基調としつつ、随所に赤いアクセントを入れたデザイン。シートはフォルトスエードの生地とし、滑りにくくした。またアルカンターラ巻の3本スポーツステアリングや、赤く光るタコメーターを採用。さらに専用のレッドリング・プッシュエンジンスターターやフロアマットを装備するほか、天井もブラックにすることで室内全体のカラーリングをまとめている

 エンジンはECUの変更による過給圧制御のチューニングで、最高出力が10PS、最大トルクが10Nmそれぞれ向上した147kW(200PS)/6000rpm、250Nm(25.5kgm)/2400-4800rpmを発生する専用のMR16DDT。これに合わせてエクストロニックCVTについても専用にチューニングを施し、SPORTモードでは6速から7速とするなどの変更を加えている。足まわりの開発には、SUPER GT GT500クラスに出場するKONDO RACINGのドライバーを今年度から務めるミハエル・クルム氏も携わったと言い、コンチネンタル製の18インチタイヤに専用ホイール(タイヤサイズ:225/45 R18、ホイールサイズ:18×7J)を組み合わせ、サスペンションを最適にチューニングしている。

 これほど手を加えながら、車両価格は16GT FOUR タイプVの248万3250円に対して285万750円と、36万円7500円高に留めているというから、それだけでも買う価値がありそうなところだが、さらに走りの仕上がりについても開発陣の表情から自信の大きさが伺える。

欧州仕込みのシャシー性能

 その走りの仕上がりについて、欧州を走り込んで鍛えたというシャシーが本領を発揮するのは、やはり高速道路やワインディングというのが第一印象だ。ジュークはもともとコンパクトなSUVであり、車体のわりに大径のタイヤを履くため相対的にバネ下が重く、またホイールベースが短く、重心高が高いなど、走行性能の面では不利な要素が多い。にもかかわらずフラット感が高く、ピッチングがよく抑えられている。

 これには「GTマシンのノウハウで開発した」というエアロパーツによる空力効果や、さらには「大いに苦労し、何通りも試して最終的な選定にいたった」と述べるタイヤの効果も少なくないはず。速度を上げるにつれ車体の安定感が増し、タイヤを路面に押し付ける力も増していく感覚がある。また、18インチの低扁平タイヤながらしなやかさがあり、ダンピングも効いていて、煮詰められたサスペンションとの相乗効果によって、よく引き締まっていながらも、あまり不快な突き上げを感じさせることもなく、振動は素早く収束する。ちょっとハードなコーナリングを試しても姿勢変化は小さく、コーナーの内輪側もしっかり接地している感覚がある。おかげでクルマ全体としてのグリップ感がノーマルよりも格段に高い次元にあり、限界付近でも粘り腰のグリップを発揮する。

 ただ、路面の荒れた一般道ではやや乗り心地が硬く感じられ、もう少ししなやかなほうがよいように感じた部分もあるのは否めない。そのあたりが変わると、より本当の「上質さ」や「洗練」を感じさせる乗り味に仕上がるのではないかと思う。

 エンジン性能については、出力の上がり幅はそれほど大きくなく、そもそもCVTではせっかくエンジン出力を高めても機構的に体感しにくいのだが、それでも「速さ感」が増していることは明白だ。マフラー交換により、排気音がベース車よりもやや大きく、野太いサウンドになっている。

 それが効いてか、エンジンの回転フィールまで軽やかになっているように感じられた。また、SPORTモードを選ぶとステップATのような段付き感が出て、ダイレクト感も増し、DCT(デュアルクラッチトランスミッション)に近いフィーリングとなる。ベース車では6速のところ、同モデルでは7速としているのも特徴だ。シフトダウンのレスポンスも良好で、ノーマルとの違いは明白だ。ただしパドルシフトが付かない点は、フィーリングがよかっただけになおのこと惜しい。ぜひ今後用意して欲しいところである。

「自信作」と開発者が述べるとおりのシートの仕上がり

 ブレーキについては現状、標準車と同様のものが付いている。街乗り主体であれば現状でも十分で、エンジン性能に対するキャパシティも過不足はないと思うものの、締め上げられたフットワークとの相性としても「走る」「曲がる」ときたら、「止まる」ほうも期待したいところ。現在の車両価格を実現する上では、高価なブレーキシステムを用意するのは難しいことは重々承知しているが、将来的には何らかのキットを選択できるようになるとありがたいところだ。

 そして、注目の専用となるスエード調ファブリックシートについて述べると、確かによさを実感できる仕上がりだった。開発者いわく「ステアリングホイールやフットペダルを正しく操作するためのシート」という発想で開発したとのことで、まさにそのとおり。まず、座った瞬間から自然と良好なドライビングポジションがとれる。ポジションが適正なおかげで、すべてが操作しやすい。さらに、着座感はそれほどタイトではないのだが、心地よい包まれ感があるので、コーナリングでも身体がぶれにくく、変にどこかにストレスがかかることもない。

 そして、適正なポジションを維持していられるので、長時間ドライブしていても疲労感が小さくてすむ。今回も朝から夕方まで(途中で休憩をはさんだものの)丸1日近くドライブしたのだが、疲れ知らずだった。このシートは本当に逸品だと思う。

 そんな印象のジュークNISMO。まずはこれだけ価格を抑えながら、これほど高い付加価値を与えてきたコストパフォーマンスの高さに大いに感心させられた次第。そして、ジュークNISMOの市販化は、日産が今後、実践しようとしている壮大なプロジェクトのまだ序章にすぎず、このクルマだけを見て全体像をイメージするのは難しいが、ゆくゆくは冒頭で述べたようなNISMOらしい高性能モデルを手がける予定もあるとのこと。この調子で、より多くの日産車に「NISMO」バージョンがラインアップされていくことを楽しみにしたい。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一