インプレッション

キャディラック「ATS」

 幼少期からクルマ好きの1人であった筆者だが、本家「キャデラック」のステアリングを最初に握ったのは遅く、20代の半ばを過ぎた頃。初試乗は、これまた初となるアメリカ出張で移動の足となってくれたレンタカーの「セビル」だった。直線基調の大柄なボディーにV8/4.6リッターから生み出される底知れぬパワー&トルク……。1990年代半ばの日本車が得意としていた2リッターターボモデルとは別次元の加速フィールに、一瞬にして魅せられてしまった。

 その数年後、「ドゥビル」に採用された赤外線カメラによる「ナイトビジョン」を体感し、TVシリーズ「ナイトライダー」で描かれた世界はウソではないと妄想ををふくらませる。その一方で、軍需産業の平和利用という名目のもと、映画やTVの世界にしか存在しないとされた夢のデバイスが、アメリカ市場では次々に実用化することに羨望のまなざしを向けていた。

 2012年11月、ブランニューモデルとして登場したキャデラック「ATS」は、自身が抱き続けてきたキャデラックのデザインエッセンスはそのままに、FRスポーツセダンとしてそぎ落とされたシェイプボディーを融合したことで理想に近い1台に仕上がっていた。

効果絶大なマグネティックライドコントロール

 超高張力鋼板やアルミ/マグネシウムをふんだんに使った軽量/高剛性ボディー、50:50の前後重量配分へのこだわりなど、設計上のスペックだけでも従来のキャデラックブランドとは一線を画すもの。また、充実装備を携えながら「Luxury」で439万円という納得のスターティングプライスも、日本市場における優位性を高めている。

 今回は、上級グレードの「Premium」(499万円)に試乗した。当初「Premium」は5月からのリリースということだったが、好調なセールスを追い風に導入時期を早めることができたという。グレード間の価格差は60万円と額面的にはやや開きがあるが、メルセデス・ベンツ「Cクラス」、BMW「3シリーズ」、アウディ「A4」が展開している価格差とも同等だ。

 むしろ、ATSは後述する安全装備のほか、上質な乗り心地とスポーティなハンドリングを両立する可変サスペンションシステム「マグネティックライドコントロール」やLSD、サポート機能が高められた前席などを装備し、スポーツセダンとしての基本機能を高めるているわけで上級グレードの「Premium」こそ、ATS本来の姿であると見るのが正解だろう。

 試乗コースの一部である自動車専用道路は路面の状態がわるく、上手にいなせない足まわりは瞬く間にその素性を露呈してしまうのだが、18インチのランフラットタイプのロープロファイル(F:40/R:35)タイヤであっても、マグネティックライドコントロールによるパフォーマンスサスペンションがもたらす乗り味は非常に上質だ。「スポーツモード」を選択した場合は減衰力が強めになるため、それなりに突き上げは強くなるものの、大きな入力を受けさえしなければスポーツセダンを謳うには十分な走りを披露してくれる。

 ZF製の電動パワーステアリングは、軽快な身のこなしに合わせたセッティングで直進安定性も高いのだが、高速域ではもう少し中立付近でのすわりを高め、しっとりとした重みが感じられるとさらにいい。

 ワインディング路でもマグネティックライドコントロールの効果は絶大で、コーナリング中にボディーが大きく上下するような凹凸を通過しても、ラインを乱すことなくトレースしてくれる。こうした場面では、約10%速められたステアリングレシオに切り替わるスポーツモードが非常に効果的で、重心高を低くすることにこだわった高剛性ボディーの潜在能力を、いかんなく発揮してくれる。

 若干気になったのは通常スピードでコーナリングしている場面で、路面状況によってサスペンションとボディーの動きにズレが生じているような動きをすることだ。速度にして60km/hにも満たない領域で発生するため、余計に気になった。しかしながら絶対量は多くなく、しかもスポーツモードではこの症状が抑えられることもわかった。ちなみにこうした傾向は、同クラスの可変サスペンションに多く見られる傾向で、例えばメルセデス・ベンツのダイナミックハンドリングパッケージに装着される可変サスペンションでも同様に感じられる部分だ。

 新開発となる直列4気筒2リッターの直噴ターボエンジンは276PS/5500rpmと十分ハイパワーであり、35.9kgfmの大トルクを1700~5500rpmの広範囲で絞り出す。ボア×ストロークは「86/BRZ」と同じ86×86(mm)なのだが、高回転も得意な水平対向FA20型エンジン(NA)とは違い、ATSは燃費性能にも気を遣った結果、低~中回転域でのドライバビリティを重視したセッティングとなっている。

 トランスミッションはマグネシウム製パドルシフト付の6速ATを採用。7速/8速が一般化しつつあるライバルとの比較では見劣りするものの、市街地からスポーツ走行に至るまで何ら問題はなかった。パワーフィールは5000rpmを超えたあたりで頭打ち気味となるが、日本市場にもマッチするギヤ比の選択により、2~4速では低回転域から発する大トルクに身を預けるだけで力強い加速フィールを堪能することができる。

 冒頭の和製2リッターターボエンジンは280PSの自主規制いっぱいにまでパワーを上げるため、圧縮比で下限値、過給圧で上限値をそれぞれさまよっていたことが災いし、フルブーストとなるまでのターボラグは大きく、劇的に速かったものの加速フィールは乱暴だった。その点、ATSはハーフスロットルを多用する領域であっても過給圧の上昇やリカバリーが速く、往年の「セビル」を思わせる大排気量エンジンのような走りを見せるなど、おおらかな一面も感じられる。

多彩な先進運転支援システムを搭載

 際立つ走行性能を積極的にアピールしていることから、ややもするとそれがATS最大のセールスポイントであると思われてしまうが、そうではない。GM渾身の1台であるATS Premiumには、先進運転支援システムであるADAS(Advanced Driver Assistance Systems)が数多く採用されているのだ。

 そのメニューは……

1:アダプティブクルーズコントロール
 短距離と中長距離の2種類に及ぶミリ波レーダーを使って、アクセルとブレーキを制御しながら追従走行する。車間距離は3段階のうち任意で選べるが、車間距離は自車速度によって変化する。

2:オートマチックブレーキ
 いわゆる衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)。短距離用ミリ波レーダーを使用するが、ATSは車両後部にも短距離用ミリ波レーダーが3つ装着されており、それを使うことで後退時もAEBSが働く。

3:オートマチックコリジョンプレパレーション
 前車との衝突の危険性が高まった際にドライバーに警告とともに緩いブレーキを掛けて注意喚起する。AEBSの1次ブレーキを分離して明記したもの。

4:リヤクロストラフィックアラート
 車両後部の短距離用ミリ波レーダーを使用し、車体後方の両サイドから迫りくる車両に対して衝突の危険性が高まった際ドライバーに警告。停止しない場合はオートマチックブレーキで停止させる。

5:サイドブラインドゾーンアラート
 車体後部の短距離用ミリ波レーダーを使用。車線変更時、車両左右後方から迫りくる車両をドアミラー内部の警告灯を点灯させ注意喚起。進路変更を止めない場合は、警告灯を点滅させより強く警告。ドアミラーやルームミラーの死角にはいった車両や小型のモーターサイクルを検知する。

6:エレクトロニックパーキング
 EPB(Electronic Parking Brake)/電動パーキングブレーキ。レーバーとワイヤーの代りに、アクチュエーターの力を利用して制動力を生み出す機構。ATSではAEBSで完全停止した際、このEPBを働かせ停止状態を維持する。

7:ヘッドアップディスプレイ
 フロントウインド越しの目線高よりもやや下の位置に、車速やエンジン回転数などの情報を投影する機能。上下方向の目線移動を抑えるため、運転中の安全性向上に寄与する。

8:セーフティアラートドライバーシート
 運転中に迫りくる危険をシートを振動させて喚起する。詳細は本文参照。

9:レーンディパーチャーウォーニング
 単眼カメラを使い車線を監視。ウインカーを出さずに車線を逸脱しそうになると、セーフティアラートドライバーシートの振動機能などを使い注意喚起する。

10:フォワードコリジョンアラート
 走行中、前方車両との車間距離が一定以上に狭まると警告する機能。車両検知にはPremiumの場合ミリ波レーダーを使うが、Luxuryはミリ波レーダーを搭載していないため単眼カメラを使用する。

※8~10は「Luxury」も装備。

 ご覧のように、多岐に渡っており、この分野のトップランナーの地位を脅かすには十分値するものばかりを揃えてきた。そう考えると先の価格差60万円は明らかにバーゲンプライスだ。マグネティックライドコントロールなどの機能パーツが追加されていることからも、1~7のADAS分としての値上げ幅は実質20万円以下だろう。

 Premiumに搭載されたADASは非常に多機能だ。しかし、スペック中心で設計されたお飾りのデバイスではなく、そのどれもが“普段の運転をサポートする”というGMの安全思想に則り開発されたものだ。

ATS Premiumに搭載されているセンサー

 なかでも「やられた!」と思ったのは、1つの事象を検知/検証する際に使われているセンサーの種類と数が多く、さらに、そのどれもが相互に連携しながらGM独自のアルゴリズムによって、ドライバーに運転支援情報として伝達されていることだ。

 複数センサーによる伝達経路を持つことのメリットは、言うまでもなく誤認を避けるためである。1つのセンサーが出した情報だけで判断するのではなく、それを補正/補完するセンサーからの情報も読み取りながら、最終的にドライバーに伝達されるべき注意喚起の情報が選択される。ATSには、こうしたGMの安全に対する真摯な思想が活かされているわけだが、その実現には日々の地道な研究開発を通じて手にした、DARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)主催の自動運転を競う「アーバンチャレンジ」での優勝経験も大きな役割を果たしているという。

 ATSの場合、たとえば前方監視には、中~長距離用1つ(77GHzと推測)と短距離用2つ(25GHzと推測)の合計3つのミリ波レーダーに加えて、フロントウインドー内側には単眼カメラ、バンパー内部には極めて近い距離の計測用に超音波センサーを4つ配置するなど、総勢8つのセンサーを使用する。運転時は、これにドライバーの両眼が加わるわけで、ATSのドライバーは10ものセンサーによって安全性の高い運転環境を手にすることができるのだ。

ドアミラーに表示されたサイドブラインドゾーンアラートの警告
アダプティブクルーズコントロールの操作スイッチ(左)と、メーターパネル内の表示。車間距離を3段階で選べる
車体後方の両サイドの車両を検知するリヤクロストラフィックアラートの表示
ヘッドアップディスプレイの表示
オートマチックブレーキは前進時だけでなく後退時にも動作する

 もっとも、ATSをはじめとして、国内市場に導入されているADAS搭載車は国産/輸入車を問わず、衝突被害軽減ブレーキにおける1次/2次警報のタイミング、さらには完全停止速度や減速度など、すべて国土交通省の先進安全自動車(ASV)推進検討会により定められた指針に則り認可されたものだ。よって、センサーの数だけが提供される安全性を大きく左右するわけではない。今回の試乗リポートではADASの体感に主眼を置いていないのだが、それは安全性をサポートするデバイスである以上、そうしたADASがどれほどのフェールセーフにより担保されているのかを検証することが、なによりも大切であると主張したかったからだ。

 とはいえ詳しい読者は、ボルボのADASである「シティセーフティ」「ヒューマンセーフティ」や、次期型Sクラスに搭載されると発表済の新型「レーダーセーフティシステム」、さらにはレクサスLSシリーズの「プリクラッシュセーフティ」でも、今回のATSのADASと同程度の環境が提供されているのではないか、という疑問を抱かれることだろう。たしかに、記述したセンサー数や種類に対して各社で大きな違いはないが、ATSはそうしたセンサーからの情報を一元管理し、ドライバーに対して注意喚起を行う、このプロセスに長けている点が大きく違うのだ。

 ADASが抱える問題点は、センサーが発するメッセージをドライバーが受け取る手段、言い換えれば“危険を知らせる手だて”に柔軟性がないことだろう。サプライヤーを含めたメーカー各社には、もっと積極的に新たなデバイスを開発し、ユーザーに対してその手だてを発信していただきたい。ちなみに、こうした手だてはHMI(Human Machine Interface)と呼ばれていて、PCにおけるマウスやキーボード、スマートフォンのフリック入力などは、情報伝達の分野では多くの人が使いこなせるとしてHMIの優等生であると言われている。

セーフティアラートドライバーシート

 そうした観点からみると、ATSに採用された「セーフティアラートドライバーシート」は非常に分かりやすく、センサーがつかんだ危険をいち早くドライバーに伝える手段として有益だ。危険が迫る/情報を伝える、といった状況下で、運転席のシート座面に内蔵されたバイブレーション(中央/右/左の3つ)が必要に応じて一斉/個別に振動し、ドライバーへの注意喚起や回避動作を促してくれる。振動のオフや、従来からのビープ音(ビーやピーといった電子音)に変更する機能もあるが、ビープ音に頼りがちなADASの情報伝達が多勢であるなかで、ATSのそれは間違いなくトップクラスだ。

 今後、ASDSはますます一般化していくだろうし、普及度合いに応じて、より低価格帯のクルマにも展開されていくことは、スバル「EyeSight」の普及/展開具合からも想像できる。しかし、大切なことは、こうしたセーフティデバイスはあくまでも安全運転をサポートするだけに過ぎず、運転中に迫りくる危険を排除する(危険回避の操作を行う)のはドライバーであり、その結果、生じた負の事象に対する責任もドライバーが負うべきであるということだ。

 誤解していただきたくないのは、筆者もADASの普及を望んでいる1人である。センサーの共通化にはじまり、危険分析のアルゴリズムなどがサプライヤーを含めたメーカー各社の間でさらにオープンとなれば、ITS(今秋開催される第20回 ITS世界会議の開催地は東京)の世界が目指している車々間通信に対してもよい影響をもたらし、より早期に、しかも低予算で普及していくのでないかと考えている。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員