インプレッション

キャデラック「ATS」

 プレミアムセダンのエントリークラスといえば、鉄壁の牙城を築くのがドイツ御三家だ。メルセデス・ベンツ「Cクラス」、BMW「3シリーズ」、アウディ「A4」。日本では人気も歴史も信頼性も圧倒的で、レクサスといえども未だそこに食い込むまでには至っていない。

 しかし、その牙城に迫り、一気に本丸に攻め入ろうとする若武者が現れた。いや、ブランドとしての歴史は100年を超えているのだから、正確には若武者ではないかもしれない。ドイツ御三家に、アメリカンブランドが真っ向勝負を挑む。キャデラック「ATS」は、そんな使命を秘めたプレミアムセダンである。

スタイルもメカも新世代のキャデラック

 国際試乗会が行われたのは、ドイツのフランクフルトを起点とする数百kmのコース。御三家のお膝元だけに、道路にはたくさんのライバルたちがひしめいているが、その中を颯爽と駆け抜けていくATSの姿には、思わず目で追ってしまうほどの華やかで若々しいオーラがあった。

 ボディーサイズは4680×1805×1415mm(全長×全幅×全長)と、ライバルにほぼ等しい。4ドアセダンながら重々しい印象にならないのは、エッジの効いた前後のラインと、クラウチングスタイルのように前のめり感のある、躍動的なフォルムのせいだろうか。

 ATSのデザインフィロソフィーは、上級クラスの「STS」や「CTS」などで10年前から熟成されてきた「アート&サイエンス」だ。かつて一世を風靡した1959年型キャデラックのテールフィンや、エンブレムの紋章をモチーフとしたパーツが散りばめられる一方、縦に伸びるヘッドライトなど、ほかのどのクルマにも見られない独創的な造形やラインで、それらを見事に新世代のキャデラック像にまとめあげている。

 そして見た目だけでなく、その中身も新世代だ。ATSに与えられたのは、「アルファ・アーキテクチャ」という新設計のプラットフォームで、ボディーには超高張力鋼板をはじめ、アルミなど軽量高剛性な素材をふんだんに使用。開発当初から、同クラスの中で最も軽いクルマの1台に作り上げることを目標としてきたと言い、車両重量は1580kg、ホワイトボディー単体の重量では301kgほどに抑えられている。にもかかわらずボディーのねじれ剛性も優秀な数値で、走りと環境性能の双方を磨くための基礎固めをしっかりやってきたことが窺える。

 もちろん、この時代だから空力性能にも手を抜かない。走行中に高速域になると、自動的にフラップを閉じて空気抵抗を減らす「アクティブ・エアロ・グリルシャッター」を「ラグジュアリー」グレードに採用するほか、アンダーボディーにはパネルカバーが施される。またリアストップランプはスポイラーとしても機能し、これらの配慮により空気抵抗値を示すCd値で0.299を達成している。ちなみに燃費は欧州での参考値だが、市街地と郊外路の総合で12.2km/Lだ。

 パワートレーンは本国には数種類が用意されるが、日本に導入されるのは直列4気筒DOHC 2リッター直噴ツインスクロールターボエンジンに6速ATのモデル。ドイツでの試乗車では6速MTも試したが、ここでは日本に来るのと同じ後輪駆動の左ハンドル、ATモデルにしぼってお伝えしたい。

 まず新開発のエンジンは、各メーカーが競って採用するダウンサイジングコンセプトをキャデラック流に進め、可変バルブタイミングなどを投入して最高出力203kW(276PS)、最大トルク353Nmというパワーを手にしたもの。これはBMW「328i」を凌ぐ数値で、とくにトルクはわずか1700rpmからピークに達し、5500rpmまで続くフラットかつ強力な特性を持つ。これにより0-100km加速は5.9秒の俊足だ。

 またパワーだけでなく、シャシー性能にもこだわりが見える。軽量なアルミ製のサスペンションアームなどを用いた足まわりは、通常のサスペンションのほか、可変ダンパーとなる磁性流体を採用した「マグネティックライドコントロール」を上級グレードに設定。LSDも備え、ブレーキにはかつてニュルブルクリンク最速を記録したこともある「CTS-V」と同じく、ブレンボ製システムを採用している。前後重量配分も理想的で、日本仕様は50:50を実現している。

ニュルブルクリンクで磨き上げた懐の深さ

 室内は、しっかりと包まれ感のあるコクピットスペースが用意されており、身長163cmの私で頭上は握りこぶし3個分の余裕がある。カッチリとしたシートはややタイトフィットで、スポーティな走りでもサポート性が高そうだ。インテリア全体として、レザーとメッキ、そしてブラックパネルが品良く調和しており、見た目にも触れてみてもモダンで洗練された印象だ。

 そうした印象の大きなポイントとなっているのが、業界初採用となるインターフェイス「CUE(キャデラック・ユーザー・エクスペリエンス)」通称キューだ。普段は文字などのないブラックパネルに、指を近づけたとたんにパッと文字やイラストが浮かび上がり、エアコンやオーディオなどの操作もiPadなどのタブレットと同じように、指先の動きで行うもの。大量のデータを最小限のスイッチ数で、しかも見やすいアイコンによって表示することができ、10個のBluetooth設定、MP3プレーヤー、携帯電話などの接続が可能。もちろんUSBやSDカードからも情報がとれる。

「CUE」はダッシュボードの8インチタッチパネル付きディスプレイを中心としたシステム。ディスプレイの下のスイッチ類もタッチセンサーになっている

 アクセルペダルに軽く右足をのせて走りだすと、最初から力強いトルクにボディー全体が運ばれていく。ところどころ、6速ATの変速によって途切れる部分があるにはあるが、あっという間に3ケタの速度まで軽やかに達する。

 速度変化に対するレスポンスも文句なく、路面をぐっとしっかり捉えてくれる安定感が伝わってくる。高速道路の直線区間では、もう少しステアリングフィールがどっしりしていてもいいと思ったが、ワインディングや高速コーナーでは粘りのある挙動が感じられ、ニュルブルクリンクで磨き上げた懐の深さが垣間見えるドライブだった。

 リアシートの空間はお世辞にも広いとは言えないが、私の計測で頭上スペースはフォルクスワーゲン「パサート」と同等程度。すっぽりと座るような感覚だが、座面のクッションはふっくらとしており、背もたれもたっぷり大きめだ。センターアームレストにドリンクホルダーと小物トレイがあり、フック、ライト、ドアポケットも両側にあって使い勝手は上々だ。

 そしてラゲッジスペースは、掃き出し口がフラットで広さも十分。両サイドに小物収納のポケットはあるし、トランクスルーも可能なので長い荷物も大丈夫だ。

 また、ATSには先進の安全装備も盛りだくさんに搭載されている。レーダーやカメラ、超音波センサーなどを用いた衝突回避/被害軽減システムで、クルマの周囲を常に探知してバリアを張るようなイメージで、ドライバーの安全運転をサポートしてくれる。

 厳しい安全基準、先進のITなどアメリカらしさを取り入れ、若々しく独創的なスタイリングと磨き込まれた走りで、ドイツ御三家に真っ向勝負のATS。すでに2012年11月に日本での発表を済ませ、デリバリーは2013年3月頃になる予定だ。

(まるも亜希子)