インプレッション

大型バスと乗用車の「衝突被害軽減ブレーキ」を試す

三菱ふそう「エアロクイーン」とメルセデス・ベンツ「SL 550」

SL 550とエアロクイーン

 日本国内における運転免許保有者数は8121万5266人(2011年現在。警察庁交通局運転免許課調べ)。そのうち第一種免許保有者が約97.3%の7905万4465人であるのに対して、第二種免許保有者はわずか約2.7%の216万801人。そこから大型第二種免許だけに保有者を限定すると約1.3%の104万6361人(けん引二種はわずか526人!)と、半分以下にまで減少する(2種類以上の免許保有者は上位免許に計上)。

 大型バスのうち、乗客を乗せ緑色のナンバープレートで公道を走行している車両は、必ず「大型第二種免許」を保有しているプロフェッショナルドライバーが運転しなければならない。筆者も第一種免許の取得から21年を経て大型第二種免許を取得したのだが、正直言って骨が折れた。サーキットでラップタイムを削るような繊細さとはひと味違った能力を必要とされたからだ。

 フロントオーバーハングの内側をいっぱい(縁石まで3cm程度)まで使ったV字クランク走行や、ミラーと目視を併用した後進で、壁から30cm以内に停車させる試験項目。さらには、立席乗客(後述)の安全を確保しながら事故を未然に防ぐ防衛運転の徹底など、適確/安全、かつ滑らかさが要求される運転スタイルは、いくら運転好きなドライバーであっても、長時間ともなれば相当な疲労が溜まる。大型バスの安全装備は、まさにそうした過酷な運転環境にさらされるプロフェッショナルドライバーのためにあるのだと痛感した。

大型バスに衝突被害軽減ブレーキを義務化

 2012年4月29日。関越自動車道の藤岡JCT(ジャンクション)付近で発生した大型バスの衝突事故からもうすぐ1年が経過しようとしている。このバスは貸切カテゴリーのうち「ライナー」(別名「ツアーバス」)であったことが判明。高速道路を走るものの、決められたバス停に立ち寄りながらダイヤ通りに運行する路線カテゴリーの「高速バス」とは違うもので、規制緩和によって誕生したいわば新種の業務形態だ。

 直接の事故原因はドライバーの居眠り(睡眠時無呼吸症候群とも)だと発表されているが、そもそも事故後の警察による取り調べに際し、ドライバーは日本語の通訳を介さないと意志疎通が図れなかったという。これはどういうことだったのか? 事故後ほどなくして、この件がメディアに採り上げられなくなった。

 詳細は独自に調査中だが、自身でも経験した大型第二種免許取得時の学科/実技教習のなかには、明らかに乗客との会話によるコミュニケーションが必須であるものが多数存在していたことからも疑問は尽きない。ともあれ、乗客のうち7名が死亡し、38名(ドライバーを除く)が怪我を負われた非常に痛ましい事故であった。改めてご冥福をお祈り致します。

 しかし、その教訓はツアーバス会社に対する業務形態の見直しに加え、ドライバーの労働環境改善要求として確実に活かされている。また、この事故を重く見た国土交通省は、従来から取り組んでいた大型車に対する安全装備の義務化に対し前倒しの意向を表明、早々に行動に移した。

 それが、先進運転支援システム「ADAS(Advanced Driver Assistance Systems)」のひとつである衝突被害軽減ブレーキ「AEBS(Advanced Emergency Braking System)」の法制化だ。事故から約半年後の2012年11月1日、国交省の「車両安全対策検討会」において大型バスに対するAEBSの義務化が合意されたことを受け、2013年1月27日、道路運送車両法の「保安基準及び細目告示の改正」に大型バスに対するAEBSの義務化を織り込んだのだ。

 この法律は同日施行されたが、義務付けされる日程はGVW(Gross Vehicle Weight/車両総重量=車両重量、最大積載量、乗車定員の3つを含めた数値)によって異なっている。最初に導入されるのは、一般的な大型観光バスが属しているGVW12tを超える車両で、立席のないカテゴリーだ。

 「立席」とは、路線バスのように椅子に座らず立ったままの乗車を示すもので、車両の床面積に係数を掛けた数値を1席とカウントし、それを1人として換算する。これには観光バスにみられる折り畳み式の補助席は含まれない。導入時期は新型車で2014年11月1日以降となり、継続車(施行時から販売されている車両)については、2017年9月1日以降と決まった。

 大型車に対するAEBSは今回のバスに先立ち、すでにトラックには義務化されている。もっとも早く導入されるカテゴリーがGVW22t超の車両で、2014年11月1日以降に生産される新型車に対して施行される。トラックやバスなどの大型車は、我々が所有している乗用車と比べてひとつのモデルの販売期間が長くGVWごとに分かれているため、継続車に対する措置は段階的だが、いずれにしろ日本国内で2017年9月1日以降に生産される該当車両にはAEBSが義務化されることになる。

大型バスと乗用車のAEBSをテスト

三菱ふそうのAEBS「AMB」の動作

 今回は、法制化となった大型バスのAEBSを実際にステアリングを握りテストした。ありがたいことに、安全が確保されたメーカー内のテストコースで検証が行えるという、非常に恵まれた環境であったため、同時に乗用車のAEBSもテストした。衝突の被害を軽減することが目的のAEBSだが、大型車と乗用車では作動内容には大きな違いがある。当日は、その差異についても検証することができた。

 テストした大型バスは三菱ふそうの大型観光バスであるハイデッカー「エアロエース」だ。三菱ふそうはAEBSを「AMB」(Active Mitigation Brake)とネーミングしており、全車に標準装備した新モデルを2011年12月11日に発表、2013年1月15日から発売を開始している。

 乗用車は「PRE-SAFEブレーキ」と呼ぶAEBSを搭載したメルセデス・ベンツ「SL 550」(レーダーセーフティパッケージ付)をテストした。御存知のように、三菱ふそうが所属するダイムラー・トラックは、メルセデス・ベンツと同じダイムラー・グループである。

 両車のAEBSはミリ波レーダーを検知センサーとして使用するが、使用する周波数や個数に違いがある。AMBは近~中長距離(最大150m先)のすべてのレンジを76GHz(筆者の推測値)のミリ波レーダーのみで担保し、PRE-SAFEブレーキは近距離用24GHzと中長距離用77GHz(同200m先)の2つの異なる周波数を使うミリ波レーダーを使用する。種類やレーダー数の違いが単純にAEBSのスペックを左右するわけではない。これは車両形態や必要とする物体の検出レンジの長さ、さらには求められる検出角度によるものだ。

エアロクイーンのミリ波レーダー
テストに使用した障害物

 テストは、縦1m弱×横1.5mほどの疑似的な障害物に対して約30km/hで直進して、AMBとPRE-SAFEブレーキを作動させる。これを数回繰り返し行った。

 まずはエアロエースに乗りコースに入る。障害物から200mほど離れたスタート地点から発進し、加速しながら障害物に対して正対し、30km/h付近でアクセルを一定にする。ドライバーが回避動作をとったと判断されないためステアリング操作は行わない。すると、ほどなくして衝突の危険性を検知したことを知らせる1次警報(連続する“ピピピ”という電子音)が発報する。

 この時点は「衝突予測時間/TTC(Time To Collision)」換算で1.6秒前(30km/h走行時では約13.4m先に障害物がある状況)だ。1次警報に気付かないことを想定し、そのまま直進すると2次警報(連続する“ピー”という電子音)に変化するとともに、緩いブレーキ(平均減速度0.15程度か)が作動する。三菱ふそうの開発陣によると、この時点でドライバーが適正な回避動作を行えば、かなりの確率で衝突が避けれられるという。

 さらに、2次警報にも気付かない、つまりドライバーが居眠りなどをしていることを想定してそのまま進むと、最終段階としてTTC0.6秒(同約5m先に障害物)で強めのブレーキ(平均減速度0.4以上)が作動する。しかしながら、障害物には10km/h以上の速度で衝突してしまう。これはセンサー誤認ではない。AMBの正しい作動内容だ。

AMBはドライバーが2次警報に気づかないとブレーキをかけるが、障害物には衝突する

 次にPRE-SAFEブレーキを搭載した「SL」に乗り換える。速度は同じ30km/hだ。ステアリング操作をすると回避動作とみなされAEBSがキャンセルされるのはAMBと同じだが、PRE-SAFEブレーキではアクセルに足をのせているだけでもキャンセルされため、40km/h手前まで加速させ、惰性で速度を調整する。

 1次警報はAMBとほぼ同じタイミングだが、2次警報では自車における最大減速度の40%(平均減速度0.4程度)という、はっきりとした制動力を伴った警告ブレーキが作動する。ちなみにこの警告ブレーキはガツンとくるためかなり不快だが、ドライバーのシステムへの過信を防ぐと同時に、ドライバーへの注意喚起を狙った意図的なセッティングであり、AEBSを採用する他メーカーの車両とも共通する事象だ。

 固唾を飲みそのまま直進すると、衝突が避けられないと判断されるTTC0.6秒前にフルブレーキが作動。平均減速度は1.0以上(路面状況によって数値は変化)と強力な制動力により、30km/hまでなら完全停止、それ以上なら被害軽減となる。

大型バスのAEBSがぶつかる理由

 同じミリ波レーダーを使い、同じ路面で同じ速度。なのに、なぜバスは衝突するのか? それは、日本の大型バスにおけるAEBSに対する考え方に、「衝突せずに完全停止させる機能」が(今のところ)盛り込まれてないからだ。速度には制限(国交省の先進安全自動車(ASV)推進検討会での規定に基づき設計/一元化)がつくものの、ぶつからずに完全停止する乗用車のそれとは根本的に違う部分である。大型バスのAEBSは文字通り「衝突による被害を軽減するためのブレーキ」なのだ。

 この問題をもう少し掘り下げてみる。たとえば、走行中のバス車内で乗客が座席を移る、もしくは車内に設置された化粧室に移動しているとしよう。その瞬間、乗用車のAEBSで許されているフルブレーキがかかったとすれば……結果は想像通り、乗客の身体は一気に前方へと転がり、最悪の場合フロントウインドを突き破ってしまう。前述の立席がある路線バスにAEBSが義務化されない理由はここにある。

 「AMB」と「PRE-SAFEブレーキ」は、ともに衝突被害を軽減するには有効な手段だ。今後は、1次警報の電子音に対しても国交省既定値(大型車で80dB)をクリアするだけでなく、走行中のドライバーにまでしっかりと届く音色の研究に踏み込んでほしい。

 ダイムラー・トラックの大型トラック「アクトロス」で、80km/hからぶつからずに完全停止するAEBS「ABA2」をテストしたのだが、キャビンに鳴り響く警報音量が大きいことに加えて、エコー掛かった音色となるため、走行中のロードノイズにかき消されることがなかった。

 しかも、ABA2の最終制動(衝突回避のフルブレーキがかかった)状態からは、自車のハザードランプを点滅させるとともに、ホーンをならしながら、ヘッドライトはパッシングを繰り返している。これは威嚇ではなく、衝突が避けられない状況であることを周囲、とくに前方の車両に対して強くアピールしているのだ。

 この時点で追突される危険性の高い前車のドライバーが、迫りくる大型トラックの存在に気が付けば、周囲の状況が許す限り回避行動をとることができるわけで、その分、被害が軽減される。加害者(車)と被害者(車)の関係になってしまう可能性がある車両の双方に回避動作をとらせることで“危険な状態からお互いが遠ざかる”わけだ。ここにダイムラーの安全思想を垣間見た。

井田哲哉氏

 日本においても、こうした安全装備はますます進化するだろう。

 「将来的にAMBの性能(検知能力・判断力・ブレーキの掛け方)が、大型第二種免許を持つドライバーと同等になるとともに、お客様のシートベルト着用率が100%になれば、完全停止まで行うことを検討していきたい」と語るのは、井田哲哉氏(三菱ふそう開発本部 バス担当 車両実験部マネージャー)だ。

 現状でもドライバーが気を失うなど、身体トラブルを抱えてしまった場合に強いブレーキをかける、いわば緊急ブレーキに対しては、すぐにでも検討していただきたい。副操縦士がいる飛行機のような安全性の担保は望めないだろうが、それでも運転中のドライバーに対して脈波センサーなどを装着し身体機能を常時監視することは、事故防止につながるだろうし、現在の技術でもそう難しくはないはずだ。

 しかしながら、どんなに安全技術が進歩しようとも、シートベルトがなによりも大切であることに変わりはない。いつもの運転席で、助手席に、乗客として……。いずれの場合でも、シートに座ったら命綱を締める。これを改めて徹底したい。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員