インプレッション
ジャガー「XJ 2.0 ラグジュアリー」
Text by 武田公実(2013/4/26 00:00)
ジャガーが「XJ」シリーズに、レンジローバー・イヴォークと共通の2リッターの直列4気筒ターボを搭載する? という未確認情報を初めて耳にしたのは、昨年夏ごろのこと。しかし、当サイト「ワールドレポート」の担当者として海外自動車業界の噂話にアンテナを張っていたつもりの筆者ながら、正直なところその噂をあまり本気には受け止めていなかった。
そして2012年末、ジャガー・ランドローバー・ジャパンから、「XFシリーズおよびXJシリーズに、2リッター4気筒直噴ターボエンジン搭載モデルを追加」という正式リリースが配布された際には、まさしく驚愕という以外の感情を持ち得なかったのだ。
たしかに、先ごろから日本にも導入されたアウディ「A8 ハイブリッド」では、基本となるガソリンエンジンはジャガーと同じく2リッターの直列4気筒直噴ターボとなる。また、わが国への正規輸入はされていないが、欧米市場向けのメルセデス・ベンツ「Sクラス」には、2.1リッターの直列4気筒ターボディーゼルを搭載した「S 250 CDI ブルーエフィシェンシー」が設定されているのも事実である。
しかし、いくら現代がダウンサイジング全盛時代とはいえ、「あの」ジャガーが2リッターの、しかも4気筒のガソリンエンジンを、自社のフラッグシップ、あるいはシンボルでもあるXJシリーズに載せるとは、俄かに信じ難かったのである。
ジャガーと言えば1955年に登場した「340」で、小型車サイズのボディに上級モデルの「マークVII」用、ないしはピュアスポーツカー「XK140」用の直列6気筒DOHC3.4リッターエンジンを搭載。「上級車用の大排気量エンジンをコンバートした高性能スポーツサルーン」という概念を世界で初めて構築したパイオニアである。その流れは1959年に発表された名作「マーク2」の3.8リッター版で決定的なものとなり、メルセデス・ベンツの伝説的モデル「300 SEL 6.3」などにも多大な影響を与えたという。
さらに言うならば、ジャガーの前身である「スワロー・サイドカー(SS)」時代には、オースティン・セヴン用やスタンダード用4気筒SVエンジンをコンバートしたモデルが作られたこともあったものの、1935年にジャガーを正式なブランド名として以降は、実はこれが初めての4気筒ガソリンエンジン搭載車となるのだ。
このように、ジャガーとしてはあらゆる点から考察しても興味深い2リッター直噴4気筒ターボを搭載した「XJ 2.0 ラグジュアリー」(価格は900万円)を、このあとじっくりと検分させていただくことにしよう。
否めない4気筒独特のフィーリング
このクルマについて先ず話題に上らせるべきは、やはり誰しもが興味を抱くに違いないi4型2リッター直噴4気筒ターボエンジンについてであろう。ジャガー・ランドローバーが自慢とする、当代最新のダウンサイジング・エコユニットである。
当然ながら筆者も、期待と不安が入り混じった複雑な心境のもとにエンジンを始動させてみたのだが、少なくともアイドリング領域では4気筒であることを必要以上に示すような雑音や振動は皆無である。
そして、新たに最新世代の8段変速となったATセレクターのダイアルをDレンジに入れてブレーキを放すと、クリープ域の段階から軽やかな動き出し、つまりジャガー伝統の「ネコ脚」感に感心することになる。さらにアクセルをそっと踏むと、プレステージ・サルーンとは思えないほどの軽快感がそのまま持続されてゆくのだ。
また、回転マナーについても秀逸。「4気筒としては」などという但し書きなど添えることなく、絶対的な評価でもスムーズと言える。しかもトルクフルで、先代「X350」系に設定されていた「XJ6(243PS/30.6kgmを発生する3リッターV型6気筒自然吸気エンジンを搭載)」を大きく上回る軽快な走りっぷりを見せてくれる。この動力性能なら、今回のリニューアルで新設定された3リッターV型6気筒+スーパーチャージャーユニットからも大きく見劣りすることも無いだろう。
ただしサウンドについては、やはり上級モデルと同等とは言えない……というのが正直な感想であった。エンジン周りの遮音対策レベルは非常に高いのだが、ロードノイズや風切音がごく小さく抑えられていることが逆に災いし、いかにも4気筒らしい排気音が耳に入ってきてしまう。しかもそのサウンドは、あまりスポーティとは言えない実用車然としたもので、元来がスポーツカーメーカーでもあったジャガーとしては、いささか期待外れの感がしなくもない。
それでも、エコロジーへの想いを常に新たなものとしてくれる4気筒エンジンのフィーリングを敢えて「好ましい」と感じる意見があったとしても、それは褒められこそすれ、否定される類いのものではないだろう。
したがって、「ジャガーらしさ」をスポーティかつシルキーなエンジンフィールにも求めたいと思う向きには、V型6気筒+スーパーチャージャーの「XJ プレミアムラグジュアリー」(1090万円)や「XJ ポートフォリオ」(1290万円)、あるいはV型8気筒+スーパーチャージャー「XJ スーパースポーツ」(1685万円/ロングホイールベース版1825万円)などの上級モデルを選択することをお勧めしたい。
今最もジャガーらしいジャガー
ジャガーのフラッグシップでもあるXJは、標準ホイールベース(3030mm)版でも、スリーサイズは5135×1900×1455mm(全長×全幅×全高)という堂々たるプレステージ・サルーンである。しかし今から3年前となる2010年の夏、当サイトのインプレッションにて、今回のパワーユニット刷新で絶版となった同じ「X351」系ジャガーXJのV型8気筒自然吸気エンジン搭載車を試乗した際には、軽快なハンドリングと素晴らしい乗り心地を両立していたことに、なんとも清々しい感動を覚えてしまったのを今でも鮮明に覚えている。
当時の筆者は、「初代XJやXJ-Sのような“ネコ脚”が完全復活したかのように思える」と述べさせていただいた。ところが、今回の4気筒モデルに乗ってしまったことで、かつてあれほど感動したV8仕様にでさえ、「上には上がある」と思い知らされることになった。それほどまでに、今回のXJラグジュアリーの「ネコ脚具合」は素晴らしいものだったのだ。
この素晴らしい乗り味をもたらしているのは、前述の軽快極まる加速フィールがもたらす「ネコ脚」と同様に、絶対的な「軽さ」に相違あるまい。V6スーパーチャージャー車の車両重量が1890kg、V8スーパーチャージャー車に至っては1960kg(ロング版1970kg)に達するのに対して、この4気筒搭載バージョンの車両重量は1780kg。しかも、オールアルミで装備重量にして僅か143kgという驚くほどの軽量・コンパクトな「i4」4気筒エンジンのおかげで、軽量化のほとんどはノーズ近辺で達成されている。
つまり、軽快なハンドリングを実現するためには重要な「ハナの軽さ」が、燃費とCO2排出量削減を期したダウンサイジング・エンジンを搭載した結果として実現されたことになる。そしてこの軽さこそが、ジャガーの良き伝統である「ネコ脚」を、ハンドリング面でもさらなる高みへと押し上げることにもなったのだ。
ジャガーが現状に甘んじることなく、常にイノベーションを求めてきたメーカーであることは、これまでの歴史が示している。また、ジャガーを愛してやまない愛好家のために、様々なプロポーザルを行ってきたことも周知の事実だろう。
総アルミ製モノコックを持つXJに、新たに4気筒エンジンを搭載したXJ 2.0 ラグジュアリーは、ジャガー・ランドローバーが、昨今隆盛を極めているドイツ勢にも負けず「エコロジーコンシャス」であることをアピールするためのアドバルーン的モデル、とする意地のわるい見方もあるようだが、筆者はその意見を否定したい。
文化的現代人であることの証として、エコロジーコンシャスなクルマに乗りたいと望む一方で、ゴージャスなスタイリングやインテリアと、スポーティかつ快適至極な走りという自動車生来の愉しみを失うことは絶対したくないと考える贅沢なジャガーファンのリクエストを満たすべく、ジャガーがオファーした「現在考えうる最高の結論」と考えれば、すべてに合点が行く気がするのだ。
今回のXJラグジュアリーは、伝統的なジャガーのクルマ創り哲学においては型破りかもしれないが、実は最もジャガーらしい1台なのかもしれないのである。